4-2. 憧れの人は………
とりあえず悩みは解消してすっきりなメイメイです
「女の人、好きなんですかっ!?」
「うわ、ひとを遊び人みたいに言う……。 まあでも、みんな優しくて可愛いよね」
―――憧れの人は、紛うことなき女たらしだった。
メイメイが驚愕の表情で固まってしまったこんなやり取りに至るまで、時を少し遡る。
まず、メイメイの今後の方針についてである。
アンリをお供に夜通し悩んだ結果、メイメイはソユンともっと親しくなりたいという気持ちを引き続き大切にしようと決めた。
ソユンを一目見たい、会いたい、話したい。
その気持ちがメイメイの王都生活を輝かせ、いつだって薄れることはない。
彼も、今のところはメイメイのことを気楽に受け入れてくれているように見える。
(だったら下手にこの感情を抑えつけようとして苦しむよりも、前進あるのみ!この好意が恋かそうじゃないかは、今はまだ突き詰めなくていいことにするのだ……)
そして、結局のところ気になるのは、メイメイが見たあの時の女性とソユンの関係性で。
本気で付き合っているのか、友達以上恋人未満というやつなのか、はたまた単なる親しい知人なのか。
そして関係性の名前がどうであれ、他にもそんな女性がいるのか。
(ただ本気で付き合ってるなら、この前の後輩ちゃんの目撃情報からきっとそれほど経ってないだろうに、そんなすぐに気持ちを切り替えられるものなのって話だよね……。 じゃあ付き合う直前の甘酸っぱい時期ってやつ? それにしてはかなり睦まじげな雰囲気出してたけど……。 でも、単なる親しい知人止まりだと言われてしまうと、ソユン様が親しい人に気軽に、……く、口づけ、をして回る軟派男みたいになるから、おそらく違うのだろうけど……)
何であれ、それがメイメイにいちばんの衝撃を与えたのだから、差し支えなければ事実確認をしたかったのだ。
「あの、この前とっても美人なお姉さんと一緒にいるところを目撃したんですっ!なんだかその、し、親密な感じだなって……。そ、その方とは、つ、つき、付き合っていらっしゃるんですかっ!?」
ということで、これはもう下手に婉曲に聞いても仕方ないから、直球でいくことにした。
暇さえあれば例の大庭園へ立ち寄ってうろうろと探し回り、それが十回を超えた頃から数えるのをやめたメイメイである。
人目を避けて話をできるのは宮廷の外で、この庭園以外でソユンの行きそうな場所を知らないメイメイは、ここで待ち伏せをする他ないのだ。
そして、こんな地味な努力もようやく実を結び、今しがた神出鬼没なソユンを捕まえることができたのであった。
当の本人は、最近は散歩が趣味になったの?とのほほんだが。
そばにいる護衛がそろそろ怪訝そうに見てくるようになったから、多少邪な気持ちはあれど、害にはならない存在なんですという視線を向けておく。
「この前って言うと、いつ頃かな?誰のことだろう……」
艶美な青年は、そこはかとなくあどけない顔で緩く首を傾げた。
誤魔化されたり不審に思われたりしても仕方ないような踏み込んだ質問なのに、天気や日付を聞かれたかのような気楽さだ。
そして、意を決してずばりと聞いたはずのメイメイが思わずたじろぐほど、心当たりが多そうな様子でもある。
「せ、………先月の初旬、確か……六の通り沿いにある、立派な豪邸に行かれていたかと思います……」
「六の通り……。三区かな?だったら、彼女は親しい友人だね」
あっさりと返ってきた回答は、想定していた選択肢のうち、まさかの最も軟派男なものだった。
(あんなに色っぽく顔を寄せ合って、たぶん接吻までしていたのに!?)
聞いたはいいものの、思わぬ回答にやたらと混乱してきた。
ここで撤退しても仕方がないので、メイメイは頑張って気を取り直すと、もう一歩踏み込む。
「そ、そういう親しい方ってもっといるんですか? その……、女の人、好きなんですかっ!?」
「うわ、ひとを遊び人みたいに言う……。 まあでも、みんな優しくて可愛いよね」
―――憧れの人は、紛うことなき女たらしだった。
遊び人みたいにと拗ねたような表情だが、あいにくとメイメイ基準だと、それはみたいどころでなくもう立派な遊び人だ。
(そんな可愛い顔をしても、ごまかされないぞ……!罪作りなソユン様め……)
物語でもいた、"女の途切れない色男"ってまさしくこういう人のことを言うのではないか。
去る者追わず、来る者拒まずの凄艶な生活を送っているに違いない。
とんでもなく綺麗な顔をしたおっとりさんのくせに、可愛いねと笑顔を無意識に振りまいて、周りの女性の目と心を奪いまくっているのだ。
なんの後ろめたさも感じさせない顔でお答えされてしまったから、むしろソユンほどの高位貴族なら、それが作法とか当たり前のことなのかもしれないと思い始める始末だ。
メイメイの両親は親類の勧めでお見合い結婚をした夫婦だけど、今も他に恋人を作ることもせず、仲が良さそうに見える。
痴情の縺れとか爛れた関係とか、そういったこととは一切無縁の生活だ。
けれども独身の高貴な男女、しかもとびきりの美形ともなると、色々な人と気軽にそういう関係を築くものなのかも。
(………ソユン様が平然としているということは、もう、そういうことなんだ)
受けた衝撃が予想を超えて大きかったせいもあるだろうが、彼自身が粗野だったり好色な印象とまるで対極な人柄を持つせいか、思わずそれで納得してしまった。
(彼の印象も、結局当初の印象通り清らかで美しいままだし、この件はもうそれでいい。次だ次)
まだ質問が許されそうなので、最後にもう一つと質問を重ねた。
「この間お会いした時は、結婚する気持ちはないって仰ってましたけど、女性と親しくされるのはお嫌いではないってことですよね?仲の良い女性たちを可愛くお思いになっても、やっぱりそれよりもお仕事が大切だからでしょうか?」
「仕事はもちろん大切だけど、それと女性を敢えて天秤にかけたことはないな。添い遂げることにそれほどこだわりがないだけかも」
「ソユン様と一緒にいられたら、結婚や未来のこともどうしても考えてしまいそうですが……」
「うーん……、結婚を見据えた子たちは、僕のことには目も向けないだろうね」
興味やこだわりがないなんて、よくある話だ。
女官仲間たちだって、異性との交際には積極的でも結婚にこだわりは持っていなかったり、そもそもあまり異性自体に関心を向けていなかったりとさまざまだった。
ソユンがそういう考えを持っていても、何らおかしくはなかったのだ。
ただ、納得の理由はありつつも、メイメイは前から抱いていた仄かな違和感が消えないのを感じていた。
おそらく数多の女性から好意を向けられてきて、そのうちの数人とは――どういう選び方をしているのかは気になる――、より親密に仲を深めている彼が、やはりどことなく冷めて見えるのだ。
紛れもなく親切で温かみのある性格だし、女性たちを弄んでいるわけでも軽んじているわけでもない。
非情であるとは全く思ったこともないけれど、だからこそ、情を交わすことに関してはすごく優先順位が低いように見える。
仕事第一で、その合間に貴族らしく気まぐれに人と交わる。
人の心に寄り添えるのに、自分の心には寄り添われることを求めない。
「質疑応答の時間は終わった?この前も思ったけれど、普段あまり考えないことを聞かれるから、なんだか楽しかったな。お返しに、次会ったときは僕から赤毛ちゃんに仕掛けてしまおうか」
機嫌のいい猫のように目を細めて手をひらりと振ると、この後も予定のあるソユンは立ち去った。
最後にちらりとこちらを見やった護衛には、改めて無害なすまし顔をして取り繕っておいた。
メイメイは今日のことを思い返して、少し落ち着かない気持ちになる。
今日楽しかったと言ってくれたのは、メイメイに親しみを感じてくれているからだろうか。
次会うとき、彼はメイメイにどういう質問をしてくるのだろう。
多忙なこの人に会えるのはまたしばらく先のことだろうが、ついこの間話したことのように会話を覚えていてくれる人だから――彼は記憶力がとてもいい――、きっと忘れずに、何かしらを聞いてくるのだろう。
つい楽しみになってしまう。
そうやって親しげに笑い掛けてたり気に留めておいてくれたりする素振りがこそばゆく、どうしても特別扱いされているように思い上がってしまうということを、彼は知っているのだろうか。
いや、何気なくこういう絶妙な乙女心を無意識に素のままでくすぐってくる、ある意味一番厄介な質な気がする。
知ったらたぶんやめてしまうから、このままの態度でいてほしい気持ちのほうが強くてもどかしいけれど。
一度悩みさえ晴れてしまえば、むずむずそわそわとするこんな心地もただ新鮮で、興味深く感じる余裕ができる。
メイメイは、生身の人に憧れるとこんなにも心が大忙しなんだなぁとしみじみしたのであった。




