1-1. 箱入り娘、王都へ行く
メイメイが王都に行く経緯の説明回です
そもそも、このそそっかしい少女が宮廷で働くに至った経緯について―――
この王国には古くから身分制度が設けられており、上から順に王族、八大貴族、高位貴族、一般貴族、平民という構成になっている。
八大貴族と呼ばれる特別な家門と、多くがその分家筋で構成される高位貴族、そして貴族家の大半を占めるその他大勢貴族である一般貴族。
少女メイメイはそんな階級制度のもと、よくいるいたって平凡な中小貴族、いわゆる一般貴族の娘として生を受けた。
もちろん、一般貴族であってもとりわけ優秀な者は官吏として出仕し、精力的に中央の政に参画するようだが、メイメイの親は穏やかでこぢんまりした田舎暮らしを選んだ。
日々のどかに領地の様子を確認し、大して変わり映えのない事務作業を行い、近隣の領主らと和やかに交流をし、そうして年に一度王都に領地の様子を報告しに行く。
そんな郊外の生活を送っている。
取り立てて目立った功績はないが、領民にとっては飢饉や災害に苦しめられることもなく住みやすい領地だと評判がいい。
外出を避けてきたメイメイもそんな自領には愛着があり、散歩がてらよく見て回ったものだ。
見かける領民たちは清潔感のある家に住んでいて元気そうだし、ちんちくりんのメイメイ相手にも優しく丁寧に接してくれるのは、両親がよく領地を治めているからであろう。
メイメイは生家を誇りに思っている。
ここまでの説明とメイメイの性格を踏まえると、両親共々田舎の隠遁生活を満喫していると思うかもしれないが、メイメイの両親は娘とは違ってかなり社交的だ。
王都と離れた地域とはいえ、代々貴族として土地を治めているからには近隣の家門とのある程度の付き合いは必要である。
しかし、彼らはそんな義務感とは関係なく、四方八方の貴族らとの交流に勤しんでいるのである。
人付き合いを億劫がるなんて微塵も考えたことのない、真性の社交家なのだ。
おかげで、領地の外への旅行や他所様への訪問を善意で誘う親とその度に断る娘という光景が頻繁に見受けられる、性格の不一致極まる家庭となっている。
(私は記憶にないくらい小さい頃から人見知りと外出嫌いが激しかったみたいだから、こちらは真逆で真性の引きこもりなんだよね。なんでこの両親に育てられてこんな性格になったのかは、長年の謎……)
そんなメイメイも、実はわりと最近まで後継者と見なされていた。
そのため、親の姿を見るたびに、自分も将来同じようにうまくやっていくことができるのかと不安に思うことも多かった。
しかし、そそっかしく臆病な愛娘のありのままを、両親はそれはそれは可愛がってくれた。
本をたくさん読んでいると知識が豊富な大人になれると褒め、屋敷内で気づいたことを報告していると細かいことにも目を配れる素晴らしい観察眼の持ち主だと褒めた。
包容力と愛情たっぷりの両親のおかげで、メイメイは長いことぬくぬくと、自ら箱に入る系の箱入り娘な生活を満喫していたのである。
そんなメイメイが成人まであと三年という時に、弟が生まれた。
これがメイメイにとっての転機だ。
うっすら赤くてとても小さな弟は、甘やかされた一人娘だった少女を姉にして、守らなくてはという庇護欲まで芽生えさせた。
もちもちした手に指を握られ、その無防備な寝顔を眺めながら、彼女はこの快適で住み慣れた箱からゆっくり這い出てみることを決心したのであった。
もっと自立したお姉さん、頼もしい大人になってみせると。
ところで、この国では男性が家を継ぐことが一般的だ。
爵位や領地があればあるほど融通が効くが、メイメイの生家では継げる土地と爵位は一つきりだった。
姉弟は年が離れていたが両親は健在で、姉は本格的な後継者教育を受けていない。
順当に考えると、この場合は弟の方が跡継ぎになるだろう。
元々両親はメイメイに頼りがいのある婿を取らせ、このまま穏やかに暮らせるようにと考えていたそうだが、弟が家を継ぐならばその将来設定は崩れる。
その場合も彼女にはそのまま家に残るという選択肢がある。
しかし、繊細な彼女が年の離れた弟の妻やいずれ生まれる甥姪と共に、そう広くない屋敷で共同生活を送れるのかは怪しいところだ。
かといって他家に嫁に出しても、慣れない環境では気苦労が多いに違いない。
メイメイの両親は遅くにできた息子を愛娘と同じように愛したが、後継者については頭を悩ませていた。
メイメイとしては、現状のままでいられるのなら、このまま甘えてずっと家にいたい。
親が当初考えていた通りに後を継ぎ、身内に頼って生きていけたら楽だろう。
しかし、弟の誕生を期に、このままではよくないとも思い始めていた。
そして折しも、メイメイは成人年齢をまもなく迎えようとしていた。
だから、メイメイは自立しようと決意したのだ。
「お父様にもお母様にも、今まで頼りない姿を見せてきちゃったよね。そんな私をたくさん支えてくれてありがとう。だからこそ、これからは迷惑も心配もできるだけ掛けないように頑張ってみたいの。しっかり者の娘、頼れる姉になるために、修行に出ようと思います!」
拙いながらに、家は継がずに外に出てみることを伝えると、両親は目をうるうるさせて娘の決定を尊重し、できることは何でも協力すると言ってくれた。
「まずはお茶会なんかに参加するところから始める?それとも、どこかへ行儀見習いに出てみるかい?」
「行儀見習いに行きたい!」
優しげな眼差しの父が聞いてくれたので、即答する。
将来一人でも生きていける術を身につけるためには、やはり高位貴族の館などで立ち振舞いを覚えるのが手っ取り早いだろう。
決して同い年の子たちが集まる魔の巣窟―――又の名を茶会―――メイメイは知らない人たちと過ごすのが苦手だし、メイメイの不器用さをうまく庇ってくれる年上で包容力のある人間が一緒でないと居辛いのだ―――を避けたくて選択したわけではない。
―――嘘だ。
メイメイはまだ典型的な社交に参加する勇気はない。
それよりは、仕事のほうがいいと思ったのだ。
そんな思惑はあれど、両親がいろいろと伝手を頼り調べて回ってくれた結果、宮廷の女官という勤め先を見つけてくれたというわけだ。
「……って宮廷!?」
お休みの日に王都を観光するのも素敵よね、なんてほのぼの笑う両親を前に、メイメイは椅子から飛び上がらんばかりに驚いていた。
正直、勤め先については探しておくという言葉に甘えて丸投げさせてもらっていたものの、まさか国内一規模の大きいところを用意されるとは、思いもよらなかったのである。
「そう、ちょうど半年後からの新入りを募集していたみたいで、なんとか間に合ったのよ。ほら、ちょっと人見知りさんだから、四六時中高貴な人の側につくような侍女は大変でしょう?だから高位貴族の方のお屋敷は違うかなーって思って」
「そ、そっかぁ、ありがとう………。それで宮廷ね………」
「宮廷なら役割も序列も細かく決まっているから、新人の女の子は直接誰かに仕えることもないみたいだよ。それに、メイメイは勉強が得意だから、二か月後の試験だってきっと合格できるさ」
「そ、それは安心なのかな………。あれ、待って、……気遣いは嬉しいんだけどね、二か月後!? 試験って言った?」
両親の思惑を聞き、メイメイが確かに宮廷の方が向いているかと半ば納得しかけたところで、また聞き逃がせない単語が出てきた。
「ええ。そういえばメイメイが王都に行くのは初めてよね? 綺麗なところなのよ」
そんな驚愕のメイメイにおっとり笑うのは、優しい母で。
「ほら、ちょうど昨日通達の手紙が来たんだ。 大丈夫、メイメイなら心配は要らないよ」
誇らしげに力強く頷くのは、頼れる父。
二人ともメイメイをのびのびと育ててくれたとても大好きな親なのだが、メイメイへの信頼感とお膳立ての手厚さは親ばかが過ぎるのではないかと、つい神妙な気持ちになってしまう。
何事も経験だと思って楽しめる性格の人たちのことだから、メイメイのこの動転っぷりはきっと理解できていないに違いない。
「周りの人の身元も確かで安心、色々な人と接することができる上に、女官なら力仕事が回ってくることもない。 人はたくさんいるけれど、メイメイと似た立場の子たちと接することがほとんどだろうから、それほど気負わなくていいからね。 可愛い娘が頑張って新しい生活を始めようとしているんだ。 せめて親としてはそれなりの環境を整えてあげたくてね」
「手紙を書いてね、メイメイ」
「…………うん!ありがとう!」
その後、最近まで宮廷勤めをしていた親戚がわざわざ遠方から来てくれたので、話を聞いてみた。
まず宮廷官吏の前提条件は、一定以上の身分、つまり一般貴族以上であるとのこと。
側仕えほどではないが高位貴族以上の身分の人たちと接する可能性があり、身元が確実である必要があるそうだ。
掃除や厨房の雑用など基本的に平民が従事するものとは異なり、伝手や縁故、さらにはある程度の教養を有することも必須条件らしい。
ただし、若く経験の浅い者が高位貴族以上の身分の者と接することがないように、宮廷での階級や役割は厳密に決められている。
つまり、父親が言っていた通り、メイメイが普段宮廷で接するのはまさしく同じ立場の子女たちのみ。
社会経験皆無のメイメイが挑むには、ある意味うってつけの環境といえるだろう。
もちろん高位貴族の館だって、一般貴族の子女からしたら将来の出世や婚姻に箔のつく仕事場だが、王族の住まう宮廷での仕事はそれをさらに上回るため、競争率は段違いで高い。
そんな希少な立場を娘に用意するために、普段のんびり田舎の領地で暮らす両親はかなり頑張ってくれたに違いない。
(次この荷物たちと一緒に帰ってくる頃には、立派な独り立ちを果たした凛々しい娘の姿を見せてあげるからね!)
メイメイはそんな両親の愛に報いるため、やる気を奮い立たせ、大荷物とともに王都へ向かったのであった。




