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王子様と夢みる女官  作者: 笹野にこ
三章 恋愛とか将来とか
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3-5. 美貌の役人の恋愛観が気になります

なんだかソユンの恋愛観が気になり続けているメイメイですが…







「……ということで、ソユン様にご助言いただいた通り、趣味の集まりに参加してまいりました!親に聞いたところ、いい感じに生家の近隣地域で読書の会なんてものがありまして。とりあえず初回は当たり障りなく説明を受けたりして、次回からさっそく本を一冊持ち寄ることになりました……!ちょっと緊張しますが楽しみでもあり、不思議な気分です」


「楽しい会になるといいね」


 

また話を聞かせてね、とふんわり微笑むソユンはいつ見ても麗しい。


  

 

季節がまた巡り、吹き抜ける風にも涼しさを感じる今日このごろ。

宮廷の片隅、人気(ひとけ)の少ない建物群の境目で、先ほど偶然ソユンと出会った。


挨拶だけでもと声を掛けたところ、この前の悩み事は解消したかなと、気遣わしげに問われたのである。

 

以前手紙のことを相談してからもうひと月以上は経っているが、なんと覚えてくれていたのだ。

その気遣いと優しさが胸を疼かせ、口角がにんまりと上がるのを止められない。




 

「ほかに心配事はない?」

 

「ないです!……ないのですが、恐れ多くもお聞きしたいことはあります!差し支えなければですが……」

 

「ん?何かな?」


 

ないと言った拍子に、いつか同室の友人たちとの間で、ソユンのお相手だとか結婚観の話で盛り上がったのを思い出した。

せっかく快く答えてくれそうなので、この勢いで聞いてしまうことにする。


 

「私の職場ではよくソユン様の話題でもちきりになるのですが、……あ、もちろんとてもいい意味でです!」

 

「はは、何が話題になっているのか気になるね」

 

「普段のお過ごし方とか服装とか、あらゆることですね! 皆の憧れの的ですので。それで、ひょんなことから、今は婚約者の方がいらっしゃらないにしても、今後は結婚のご予定なんておありなのかな、となりまして……」


 

失礼のないように顔色は伺いながら、気持ちは一字一句取りこぼさない優秀な書記官のつもりで問いかける。


 

「結婚ねぇ? 今のところ、視野には入れていないよ。持っている領地や爵位を強いて誰かに継いでほしいわけではないし、いずれは国や本家に寄贈でもすればいいからね」


「ソユン様のこと、ご実家や地位も関係なく、好きだから結婚したいと思う女の人もたくさんいると思います! お優しいしお綺麗だし、欠点がまず見つからないですから。……ソユン様自身は、そういう恋愛結婚に憧れることもあるのでしょうか?」


「恋愛結婚か……、お互いに添い遂げたいと思い合えるのは素敵なことだね」


 


にこりと微笑んでくれたし、その言葉が嘘だとは全く思わないが、なんとなく察するものがある。


(こ、これは、すごく他人事だと思ってそう………!)


先ほどから自分事として盛り上がることはなく、ひたすら生徒の質問に答える誠実な師の顔をしているのだ。

それも、自分の専門外の分野のように。



 

「で、ではですね、どういう女性(ひと)だったら結婚してもいいとお思いになりますか? その、ソユン様のお心を動かして隣に並び立つような女性って果たして存在しうるんだろうかというのも、私たちで勝手に議論しておりまして……!結婚していいまでに至らなくても、こんな相手が望ましいとか……」

 

「興味がないなんて偉そうなこと言うつもりはなくて、単に真剣に考えたことがなかったというだけなのだけれどね」


 

立て続けの質問に嫌な顔もせず、なおかつ紳士的な断りを入れてから、


 

「例えば、王子殿下への忠義に篤い人だと嬉しいかな。長い時間を共にする人と同じ方向へ歩めるのは、ありがたいことだから」

 

「な、なるほどですね……」 



ひと呼吸の間考えて出てきた回答は、驚くほどに固くて真面目だった。



メイメイが思う恋とは、憧れから生じるものだ。

ソユンなんて顔も性格もよすぎて彼自身を上回るような存在なんて希少だろうから、他者を尊重はしても、憧れや焦がれという感情に到達することはなかったのかもしれない。

 

だから、その回答自体は当然のことを聞いたようにすんなり納得できた。


 

(やっぱり、この前考えてた興味ない説がいちばんあり得るのかなぁ? 高嶺の花すぎて誰からも直接迫られたりしたことがないから()()()になっている自覚も薄くて、元々真面目な方だから自分から恋愛ごとに首を突っ込む気はなくて、関心は仕事に向けられる、と……)


 

すごくありえる。

だから、たくさんの人が遠巻きに慕情を向けるその真ん中で、皆に同じような親切を与えながら、一方で傍観者のように佇んでいるように見えるのかもしれない。

  

ただそれだと、こんな容貌と性格でありながら、付き合った人なんかもいないことになるのだろうか。


  

快く答えてくれた人にさらなる質問でがっつくのもはしたない気がするが、最後に一つだけ、と言い訳をして質問を重ねる。


 


「先ほど仰っていた王子殿下への忠誠心のほかに、何かソユン様の中に条件のようなものはおありですか? それで、それを完璧に満たす人がいて、そんな人に強く望まれたら、その時はご結婚を承諾するのでしょうか……?」

 

「誰かに条件をつけるつもりもないけれど……」


 

口元にほっそりした手が添えられる様子に見惚れていると、はたりと目が合う。

よほど気になると顔に出ていたのか、柔らかに苦笑してからさらに考えてくれた。


 

「そうだね……。まず、何があろうと僕の優先順位の頂点で、思考の基準になるのは王子殿下だ。それで、その次に来るのが僕の親兄弟」


すらっとした指が一本、二本と順に立てられる。

赤毛ちゃんとは逆で、少し年の離れた兄がいるんだよ、とふんわり笑いかけられた。


「僕には心強い味方もいてくれるけれど、国政に携わっている以上、反対の立場の人だっている。抱えきれない弱みを作りたくないから、仮に結婚するとしても、その人をその人が満足するほど大切には扱えないかもしれない。自分のことを優先する余裕もない伴侶なんて、気分がいいものではないだろう? 連れ添うなら同じように想い合える人が望ましいだろうし、慕ってくれるとしたら尚更、こちらもそのくらいの誠意は返したいから」



とても責任ある立場の人の、とても誠実な意見である。

それでもいいからと手を挙げる女性はいくらでもいそうだなんて相槌は、今はふさわしくない気がする。


 

「……うん、自分が家庭を持つことに適していない自覚があるから、今まで真剣に考えてこなかったのかも」

 

メイメイをなんだか神妙な気持ちにさせた目の前の人は、腑に落ちたというような顔をした。

 

いつも考えないようなことに向き合うのって新鮮で楽しいねと、ソユンはほのぼの微笑んでいる。

片側にかわいいえくぼができるのを、メイメイはその時初めて知った。




 

 

「そもそも、赤毛ちゃんは買いかぶり過ぎだね。僕はそれほど自分に対して夢見がちな方ではないし、世の中の女性もちゃんと見る目は持っているさ」



そう言って肩をすくめる彼こそ、自分の特別さをあまり分かっていないんじゃないか。

 


つい言葉を重ねようとしたが、ちょうどその時、数人の使用人が頭を下げる動きが視界にちらついた。

階位の高そうな役人が通りかかったらしい。


そのうえ、ソユンの居場所を尋ねているように聞こえる。

 

その役人がこちらに向かって来るのも、おそらくは時間の問題のようだ。

メイメイは慌ててお礼を言うと、辞去の挨拶をしてその場を離れることにした。

 

一介の女官が天下の首席補佐官様に気安くしているところを、大臣やら何やら一般の偉い人たちにでも見咎められたらと思うと恐ろしい。

そんな機会、回避しておくに越したことはない。


ソユンが例外なのであって、権力者が近くに来たら普通は怖いし。

 


メイメイが気後れしていると伝わったようで、ソユンはさりげなくまたねと囁いてくれる。

その気遣いを喜びながら、ささっと近くの人混みに紛れて去る。


 

午前中で仕事を終えていたメイメイは、そのまま部屋まで戻ることにした。




 





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