序章 運命の出会い?
初めての小説投稿です…!
どなたかのお暇な時間に、少しでも触れていただけるお話になったら幸いです。
※誤字脱字、気になる点、知っておくべき投稿のルールなどあれば優しく教えていただけると助かります。感想もあればとても嬉しいです!
本当に、初めましてすぎて分からないことが多いので……(> <;)
徐々に暖かくなっていく季節の変わり目。
綻び始めた花々と、あちこちから聞こえるようになった小鳥のさえずりとが、目と耳を楽しませてくれる、穏やかで何の変哲もないある日のこと。
とある荘厳な宮廷の片隅では、一人の少女がおろおろと、行ったり来たりを繰り返していた。
陽の光を浴びて輝く自慢の赤毛は生真面目に頭の後ろで結わえられ、少女が歩き回るたびに巻き添えをくらってゆらりと揺れる。
しっとりと苔むしたような落ち着いた深緑の瞳は、その毛先以上に忙しなく左右をあちこちしている。
今いる居場所の手がかりを僅かでも見逃すまいとする内心が、もはや血走っていると言っていいほどのぎらついた眼光に表れていた。
そんな彼女は最近王都に出てきたばかりの新入り女官で、状況としてはもちろん、絶賛迷子中である。
「ど、どど、どうしよう!」
ありふれた田舎の、とある領主貴族の家庭に生まれたこの少女、名前をメイメイと言う。
世間の少年少女が社交に勤しむ年齢になってもまるで意欲を見せず、出掛けることも人と会うこともとにかくできるだけ控えて、慎ましく暮らしていた。
何か深刻な事情があるわけではない。
ただ単に、人見知りを極めていただけである。
のどかな実家の領地には、都市から離れているせいか同じ年頃の領民が少なく、領主館の周りは広大な畑や牧草地が広がるばかり。
隣の領地に行くのにも、かなりの時間がかかる。
限られた人と接触する機会しかない、そんな環境で自我の芽生えを迎え、そのままのびのびと暮らしていているうちに、自然とこの性格へと相成ったのだ。
と言って環境のせいにできたらよかったのだが、いかんせん同じ家で暮らす彼女の親も、歳の離れた弟でさえ、積極的に人と関わり出掛けて回るような社交性の持ち主だ。
言い訳のしようもなく、少女のこの内気な性格は、彼女独自に育んだものであろう。
さらに、彼女の生家が貴族的な人付き合いを控えてしまってもさほど問題ないほど末端のありふれた一般貴族の家柄だったとか、長いこと一人っ子状態で甘やかされがちだっただとか、そういう諸々の要因により、見知らぬ人との関わり合いを極力避けたい娘のわがままはまかり通ってしまった。
自力で出かけることがないから方向感覚は乏しく、人見知りは留まることなく進行した。
箱入り娘、もとい、箱に自ら入っていく箱入り娘メイメイの出来上がりである。
(うう、こうして客観視するとちょっとばかり残念さが際立つというか……。でも、私だって、その状況に甘んじ続けているわけじゃなくて……!)
そう、彼女は一応現状打破に向けて、ちょうど今、頑張っているところなのだ。
少し前に、自分がもう間もなく成人年齢を迎えるということに気づいた少女は、さすがにこのままではよくないだろうと一念発起をして、はるばる王都まで一人出てきたのである。
観光目的ではない。
新入りの女官として、労働という名の社会活動を行うべく、メイメイはこの宮廷にいる。
(ここ最近は調子よく、とっても活動的で自立した大人になった気分で過ごせていたんだけどな……)
女官として出仕し始め、宮廷や王家のことを少しずつ学ぶことひと月。
廷内を一通り見回って学んだことの復習をしつつ、実際に仕事に取り掛かる準備を始めようねと、宮廷見学に連れ出されたのが本日。
その最中に、残念ながらメイメイは自分の特性を思う存分発揮し、うっかり付き添いの先輩や仲間たちとはぐれてしまったというわけだ。
説明された宮廷内の建物の配置は、頭からすっぽりと抜け去っていた。
それでも人が周りにいるうちに道を聞けたらまだよかったのに、話しかけることを躊躇っていたら、周囲に誰もいない場所まで行き着いてこうして彷徨う羽目になっている。
少しでも記憶を引っ張り出す手掛かりになればと、先ほどから必死に辺りを見回しているのだが、その甲斐なく、未だにさっぱりと道は分からないまま。
このまま目的地の場所を思い出せず、人にも通りかかってもらえなかったら、メイメイはどうなってしまうのだろうか。
「どのくらい時間が経ったんだろう。さすがにもうみんなも目的地に着いている頃だよね。……うぅ、待たせていて、もしかすると誰か探しに来てくれでもしているのかと思うと、なんだかもう申し訳なさすぎて泣けてくる………。社会勉強の第一歩がこの有様じゃあ先行きが怪しすぎるし、ひぃん………」
すっかりしょぼくれてしまったメイメイは、めそめそと立ち止まった。
そうして心の中で涙と汗の池ができてしまいそうなほどの時間が経過したーーあくまで体感の話だーー頃、ようやく散らばった気力は少しずつ集まってきた。
メイメイはそれを必死にかき集めて自分を鼓舞することにした。
メイメイは、やればできる娘だと散々励まされて生きてきたのだ。
ここで挫けてしまうと、やればできる娘の名が廃る。
「そもそもね!よく考えてみたら、食事を済ませた後だからおなかもすいていないし、暑くも寒くもなくて外でも過ごしやすい。迷子にはうってつけのいい日なわけ。むしろ幸先がいいくらいの状況と捉えてもいいんじゃない……!?」
やや強引に前向きになったメイメイは、仕切り直しにそそくさと目についた軒下に入ってみた。
宮廷内には身分によって使えない通路や場所があり、ちょうど今日、実際に見て回りながら案内してもらう予定だったのだ。
それを把握できていない現時点で、不用意にうろついてしまうのはよろしくないだろう。
その上、王様たちが仕事をしたり暮らしたりする空間なだけあって、どこもかしこもきらびやかな装飾や重厚な造りでできていて、どの建物も慎ましい感性を持つメイメイを何とも落ち着かない気分にさせる。
それなので、他の建物よりは地味で、やや控えめな端っこの建物の、さらに陰になる軒下に入ると少しほっとすることができた。
「というか、なんでさっきまではあんなに人が沢山いて賑やかだったのに、ここはこんなに静かなの……? 人に出会えなくなると知っていれば、案内してくれそうな人を捕まえる勇気だってどうにか振り絞れたかもしれないのに!」
気力が湧いてきたメイメイは、今度は元気よく悶々とし始めた。
みんな真面目に忙しなくしていてメイメイには近寄りづらかったし、難しい顔で話をしている人たちの間に割り込んでいく度胸なんてなかったのだから、例え過去に遡れたとしてもうまく人に頼れたかは分からない。
しかし、非常事態の今はそんな正論など大して重要ではないのだ。
ぽいっと棚に上げてしまうに限る。
(それに、「あの……」くらいは言えたかも知れないし!そうしたら私の困り顔を見て察してくれる親切な人もいたかもしれないし……!!)
ようやく冷静になれると思いきや、興奮により絶好調でとりとめのないことを考え始めるメイメイである。
「せめてここに来るまでに、あまりにも人がいないとか静かすぎるとか、そういう異変には気づいてもよくない? 何を考えていたらこんなところで一人ぼっちになるんだメイメイ……。 ひたすらだだっ広い敷地なのに、鳥の鳴き声と風のそよぐ音しか聞こえないってどういうことなの? ………はぁ、現実はなんてままならない! こういう時小説ならーーー」
「ねえ、そこの赤毛の娘」
とそこで、頭の中で自問自答を繰り返し、呪詛のようにぶつぶつ呟いているメイメイに、軽く甘やかな声が掛かる。
メイメイは、思わずはっと息を呑んだ。
ーーー少女は人付き合いに臆病で、交流を避けていた代わりに、本をよく読んだ。
特に好む題材は、姫と騎士の恋愛物語のような、可愛らしい仮想の物語だ。
現実では身内以外との人付き合いをせず、きらきらして甘酸っぱいお話にどっぷり浸る日々を過ごしていたから、物語のような恋愛に憧れる夢見がちな少女になった。
そんな彼女が、ちょうど困って落ち込んでいる時に、美声の男性に呼び止められたのだ。
ちょうど思い描いていた小説の一頁を切り抜いたかのような、運命の出会いなんかを連想してしまうのも無理はないだろう。
(きょ、今日迷子になったのって、ももももしかして、この素敵な王子様と出会うためだったのでは!?お、王子様も、何かに惹きつけられるようにしてここに来て、私を見つけてくれたとか……、そういうやつでは!?)
少女メイメイ、有頂天である。
「もう!ようやく止まってくれた」
振り返ると、その美しい声にまったく引けを取らない華やかな容姿の王子様、もとい見知らぬ青年がこちらを見ていた。
むすっと眉を寄せていてもまるで崩れることのない美貌は、つんと澄ました猫のように上品。
軽く尖らせた唇は淡い桃の花のようで、清楚なのにどこか艷やかさも感じられる。
ふわりと感じる清らかで素敵な香りは、今吹き抜けた風に煽られたさらさらの髪の毛から漂ってきたようだ。
ーー今まで頭の中にあった理想の王子様像を遥かに上回る、とびきりの人物である。
そんな彼は、どうやら少しご機嫌斜めな様子で。
「……聞いているのかな?さっきから呼んでいたのだけれど」
「へっ!?」
不審げに目の前で手をひらひらとされ、自分が目の前の美青年にまじまじと見惚れていたことに気がついた。
呼び止められたくせに、返事もせず真顔で人様の顔に見入っていたようだ。
何なら今も、翳された手の形の美しさにうっとりしかけていた。
眉をひそめたくなるのも当然だろう。
(素敵な香りで美声の美形がこんな道端に現れるなんて、宮廷ってなんてすごいところなんだろう………。それに普段ならびくついて全然人の顔なんて直視できないこの私が、すっかり釘付けになってしまうなんて恐ろしい………)
危ない危ない、と首を振って雑念を飛ばしてみると、また少し目の前の人に対する気づきが出てくる。
例えば、初めに目についたのはその身に纏う衣装。
メイメイの着ている、機能性重視で装飾のないさっぱりした綿麻の制服と違って、綺麗で繊細な薄い絹が何層にも重なった上衣を着ている。
袖口にも裾にも見事な刺繍が入っており、見るからに高価。
身分ごとに着る物や身に付ける装飾品が制限される中、これだけ雅な格好でいられるということは、確実に宮廷内で高い身分を持っている証拠だ。
最近ちょうど学んだばかりで、メイメイも記憶に新しい。
(………あれ?もしかして、今の私って、とんでもない失態を犯しているのかも………)
この推測が正しければ、新入りの下っ端が、おそらくかなり高貴な人に、だいぶ失礼なことをかましてしまっているということだ。
メイメイは少しずつ冷や汗をかいてきた。
「し、失礼いたしましたっ……!え、ええと、何度もお呼びでいらっしゃったのですよね、その、……ぼうっとして気がつかず。あの、……なにかございましたでしょうか……?」
取り急ぎがばりと頭を下げて、詫びの気持ちだけでも示してみる。
大事にならないといいな、なんて思いながら視線をそろりと向けると、少しだけ視線を和らげてもらえて、思わずほっとした。
そんなメイメイに掛かったのは、無慈悲にも驚愕の一言で。
「ここは王族の居住区だよ。今日この区画に女官が立ち寄るとは聞いていない。早く退くことだね」
「え………」
(宮中の、よりにもよって最重要区域に迷い込んでしまった……ってこと……………?無断で、新入りが………!?)
出会いの衝撃とやらかし疑惑による動揺ですでにメイメイの心の余裕はないというのに、さらなる衝撃的事実が、メイメイを思考停止にさせる。
呆然というやつである。
自分が辿って来た道すらあやふやなメイメイだったが、目の前の青年は片眉だけを上品に持ち上げると、おそらく出口辺りを視線で指し示しながら、立ち退きを要求してくる。
メイメイはそちらの方向にちらりと目を向け、それからまたよろよろと視線を戻した。
(宮廷勤め、早くも雲行きが怪しいのではーーーー!?)
これが、物語に出てくる王子様のように現実離れした美貌の青年との、浪漫の欠片もない現実的な出会いの瞬間。
そして、少女メイメイを大きく変えるきっかけとなる出来事である。




