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27.ヘブンリーブルー

「ようやく会えたね。初めまして」

「こちらこそ、足を運んでいただいたのに……」

「仕方ないです。あんな事があったわけですから」


 千葉さんが電話してくれた翌日の火曜日、福山厩舎の事務所。


 福山調教師と共にそこで待っていたのは1、2度しか顔を合わせた事のない大馬主・青野あおの 重治しげはる氏。


 自分の苗字から『青』にちなんだ馬名の馬を何頭も所有していて、中でも『ブルージャイアント』と『セレスティアル』という2頭でダービーを連続制覇した事で有名になった馬主だ。そしてオレに近い縁がある所では自身の代表馬であるセレスティアルの産駒・ブループラネットもこの人の持ち馬だったと記憶している。


 ただ、あの馬は塩田厩舎所属だったし、青野氏は塩田厩舎に多くの馬を預けていたハズだ。そんな人物がオレなんかに何の用があるというのだろう。


 

「早速本題に入りますね。来年の活躍を期待している新馬・ヘブンリ―ブルーなのですが8月の新潟開催でのデビューを予定しています。この馬を加賀君、是非あなたに乗ってもらいたいと思っています」

「!?」


 これでも一応騎手として『今年期待の新馬』の情報はチェックしているが、その馬は幾つかの情報では『美浦入厩の2歳馬で最も期待度が高い』とされている馬なハズだ。そして入厩先はブルー軍団の多くと同じく、塩田厩舎。となれば、馬主が推してくれたところであの塩田がすんなりとは乗せてくれないハズ。


「あぁ、余計な心配は無用です。彼はこの厩舎に転厩させましたから。塩田調教師には何の権限ももうありません」


 オレの疑問がモロに顔に出ていたのか、そう説明を足してくれる青野氏。でも、そこまでしてオレを鞍上ヤネにと推す理由が分からなかった。


「ありがたい申し出ですが、良く分かりません。どうして経験豊富なベテラン騎手も居る中で、オレなんかに?」


 そう、彼ぐらいの押しも押されもせぬ大馬主ならば東西問わず名門厩舎に預ける事も可能だし、どんな騎手だって交渉人エージェントだって向こうから乗せてくれと頼んでやって来るだろうに。

 

 

「私の『今年の期待馬』ブループラネットは青葉賞の後、放牧。その放牧先で骨折が判明し、復帰まで長期の療養を余儀なくされました」

「!?」


 衝撃的な話だが冷静に考えれば確かにな、とも思う。ほぼ毎月の連戦に加えて岩野のあの無理を強いる乗り方だ。あんなやり方はまともじゃないし、むしろよくあのレース中に故障せずに済んだものだ。


「あのレースでもし、加賀君が妨害と取られるのも覚悟の上で岩野騎手のスパートを止めてくれなかったらどうなっていたか……それを考えたら私は塩田厩舎のやり方に疑問を持ちました。そう思わせてくれたきっかけが加賀君、あなただったからです。本当に感謝しています」


 そう言って深々と頭を下げる青野氏。彼は青葉賞の件について塩田調教師と話し合いが物別れに終わった後、全ての持ち馬を違う厩舎へと転厩させたらしい。その中の1頭がこの福山厩舎に転厩したブループラネットの全弟・ヘブンリ―ブルーだったという話だ。


 

「それと……これは言うべきか迷うところですが。新堂さんという女性の記者が、青葉賞後のあなたと塩田調教師の会話を録音していたものを聴かせてくれたのです」


 新堂と言うと……前に取材に来た女性記者か。まさかあの場に居て、あの会話を聴かれていたとは思わなかったけど。

 

「1頭のスターホースを生み出すためなら何頭もの踏み台になる馬が出ても構わない、私はそういう考えを持っている人とは一緒に競馬を作り上げていきたいとは思いません。何頭も馬を所有していれば走る馬も走らない馬もいるけれど、どの仔も等しく命懸けで死力を尽くして走っている。それを踏みにじるような、馬を使い捨てるやり方を良しとする人には馬を扱ってほしくないのです」


 

 青野さんの言葉にオレは心の中で大きく頷く。


 

 オレが移った頃には引退を間近に控えて、受け入れ先の見つからなかった馬以外には自身の引退まで面倒を見ると決めた馬しかほとんど残っていなかった角野井厩舎には、未勝利戦も勝ちきれない馬や最盛期(ピーク)を過ぎて競走馬としては力を出し切れなくなった馬ばかりしかほとんど残っていなかった。


 だから乗せてもらったところで10番人気以下、実際走ってみても5着以内にはどうしても力が足りないような馬ばかりだったが、それでも、『馬が手を抜いてレースをサボっている』なんて事は絶対に無いのだ。馬だって人だって、必死で輝けるために頑張っている。

 

 持って生まれた才能やタイミングや運といった要素で立てる舞台と結果は違っても、そこに変わりはないのだという事はオレが角野井厩舎に居た4年間で学んだことの一番大きい部分だ。



「ありがとうございます。この依頼、喜んでお受けします。

 掛け違えなければ今回のダービー、成績を残せていたかもしれないブループラネットの分も乗せて、輝かせてみせます」


 そうしてオレと福山調教師・青野さんは三人で固く握手を交わした。

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