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傭兵聖女  作者: 崎ノ夜
12/159

1.5-03

 知らない人を付いて行くなって教えるが、知ってる人も付いて行かないでって教えたほうがいい。03


 海唯はクラマーの店――セクシー美魔女ベービー――の前に立ち、足を踏み入ろうとした。


「よ~クラ……」


「クソガキ!いちいち結界を破るんじゃねー!」


「はいはい~槍でお迎えすんなよ、ババア。先に言っとくが、あたし何もしてないから、人のせいにすんな!」


 そう返しつつ、海唯は簡単に繰り出された攻撃を避けてそのまま店に入り、何かを探し始めた。


「ふん……無意識でやったとでも言いたいのか?面白いじゃ」そう言ってクラマーはドアを閉め、もう一度結界を張る。


 クラマーの発言からすると、どうやら結界を破ったのは海唯の無意識によるものらしい。彼女は、自分にも魔力があるのではと疑問を抱く。真相を確かめるために、「……魔法を消す魔法ってある?」とさりげなく尋ねつつ、以前来た時よりもさらに荒れ果てた店の奥へと進んでいった。


「ほ?初耳じゃよ」


 クラマーはそう言いながら、石や水晶をいくつか海唯の左手に握らせ、反応を見ては取り替えるという動作を繰り返していた。


「何か分かったのか?」


 海唯はそう尋ねつつも、どうせ左腕は折れているのだからと、クラマーの好きなように実験を任せた。彼女自身も、自らの変異を早く把握したいという気持ちがあった。


「ほほほ、否定はしないさー」クラマーは笑いながら、隣のタンスの引き出しを漁り始める。


「で?」


 そう適当に相槌を打ちつつ、クラマーが忙しくしている隙を見て、海唯はこっそりと紫のポーションを三本、ナイフを仕舞うためのベルトに差し込んだ。


「魔法を消せる者が魔法を使って魔法を消す……それは矛盾しておるじゃろ?」それを見ていたクラマーは海唯を止めもせず、逆に問いかけてきた。


「げっ、確かに」


「だが、それとは似たようなものはある」そう言って、クラマーは黒い霧が中で光る匣を取り出した。


「魔法を消す“効果”というなら、聖魔法の類じゃ。それも、“源ノ池”クラスのものじゃから、人には耐えられぬ代物じゃよ」そう言いながら、クラマーは海唯の左腕の骨折を再確認していたが、薬草が効いていないことについては口をつぐんでいた。


「私の場合は?」


「ひっひっひっ!それは、実験してみねば分からんのう!」


 楽しげに言うクラマーは匣を机に置き、海唯に「手を近づけよ」と言った。


 すると、匣の中の薄い黒い霧が、大波のように、渦を巻く滝のように激しく振動し、机を通じて振動が伝わる。そして、霧はぱっと消えた。


「えーと、で?これで何かわかるの?こんなガラスの雪玉みたいな……」


「触るな!ガキ!」


 しかし、クラマーの叫びは遅かった。海唯の指先が軽く匣に触れただけで、それは砕け、光の破片となって消えていった。


「えーと、で?何かわかった?」


「本ッッッ当…………最高じゃよ!汝、最高じゃよ!」


「……なんだ?頭でも壊れたのか?」


「とりあえず、こっち来な!」


「一応、用事があるんだけど」海唯はそう言いながら、クレインから渡された水晶石を揺らし、クラマーに見せた。


「ふはっ!さすが、わしが見込んだガキじゃよ!取り入れるのが早いのう!」


「やっぱり、もう知ってたのか~まっ、そういうことね……」


 店を出ようとした海唯を、クラマーが引き止める。皺だらけの顔をさらに歪めて笑い、「大丈夫、あそこには時間がないからじゃ」と言った。


「ほう?」


「『罪人の囁きが現し世を超え彼岸に届く。咎人が横になり静かに眠る。属のない箱舟よ、その一コマの安らぎに檻を開け。』」


 クラマーの声と共に、何もなかったはずの壁に魔法陣が現れ、壁が開く。その先には、二階建ての高さを遥かに超える、長い螺旋階段が続いていた。


 だが、すでに異世界の存在を受け入れていた海唯にとって、もはや驚くことはなかった。


「ほほ?魔物が出てこないな」


「魔物?」


 海唯が周囲を見回すと、階段の中は光のない真っ黒な空間だったが、階段と人だけははっきりと見えた。


「穢のことは汝も知っておろう。ここは、それの溜まり場じゃよ」


「預言の、あれ?」


「そうじゃよ。だが、教会が持ってる預言書とは……《ネーフェの目録》の中の一章だけじゃ。穢やら侵食やらと騒いどるが、とんでもないものに手を出したものよ」


 クラマーが「ネーフェ」という名を口にした途端、その声が微かに震えた。後ろを歩いていた海唯には表情は見えなかったが、そのわずかな変化に気づいた。彼女はなんとなく感じた――クラマーは何かを暴き出そうとしている一方で、何かを隠してもいるのだ。


「どっちにするか決まってから話せよ。中途半端なら知らない方がマシってもんだ」


 人間は、ひとつのことで二つ、あるいは三つ以上の相反する感情を同時に持つことがある。それは普通のことだ。そして、自分の中にある膨大な感情に気づかないのもまた普通であり、そんなパラドックスを脳が処理できないからだ。


 “人間の感情”をよく知っている海唯でさえ、自分の“飼い主”と過ごした13年が終わろうとしたあの冬の日まで、そのことに気づかなかった。そして、それが彼女が唯一受け入れなかったことでもあった。


 それこそが、()()海唯の異常さを物語っていた。


「……ガキが大人を見通すんじゃないや」クラマーは小さくつぶやいた後、「……はあー、よう聞けや、穢は人が作った物じゃ」と、どこか諦めたように語った。


「んん……人が何かの目的で穢を作って、それを魔物の食いものにしていたが、やがて食いきれなくなりそうになって、そこから溢れ出した穢が世界を壊しかけて、それを何とかするために《ネーフェの目録》の断片で聖女をここに呼んだ……そういうことじゃないのか?」


「はあー、その頭の中を見てみたいほど、合っておるわい!」


「ひゃはははっは~できるならどうぞ~」


 二人は長い螺旋階段を登り、ようやくその場所へたどり着いた。クラマーがドアを跨いだ途端、後ろの道はドアごと消えた。そして、海唯の目の前に広がっていたのは、境界線すら見えぬほどの花畑だった。涼しい風に花々が揺れ、小川が清らかな音を立てて流れていた。しかし、そこには植物以外、何も存在していなかった。


 その景色を見たとき、海唯はどこかにデジャヴを感じていた。『小屋?……似てはいるが違う、のか?。それに、中に……森に入ったときと似た何かが……それに、あれは……光ってる?』と、すぐに光の方へと意識を奪われた。


「その小屋は薬草の研究のための場所じゃよ、他に何かあるのかの?」


「いや、別に~でもここも穢の溜まり場だったな、随分と雰囲気が違ってたけど」


「それは先の暗闇の話じゃ。ここはわしが作った別空間じゃよ」


「へ~、なんで隠してるわけ?」


「ここではどんな魔法も使えん。だからこそ、薬草の研究には最適な場所なんじゃ。つまり、そなたがここに無事入れたということは、完全に魔法が効かないというわけではない、ということが分かったというわけじゃ」


「じゃあ、なんでポーションが効かなかった?」


「じゃが、この世には自然界の魔力を止められる者はいない!魔力がない?違う!それでは匣の魔力残滓を覆った説明がつかぬ!聖魔法?それも違う!それではポーションが無力化された説明がつかぬ!」


「何なの?この世界の人間って、人の話を聞かない奴ばっかなの?」


「じゃが、魔力の量も質も確かじゃ!それでも魔人を超えるほどじゃよ!つまり、そなたの傷もここで癒えるはず……」と、クラマーの言葉が唐突に止まった。目の前の出来事に、顎が落ちるほど驚いたのだ。


 海唯を中心に、魔法陣が開かれていた。どんどん、どんどんと、その魔法陣は広がっていき、範囲内のすべての植物が芽吹き、花が咲き、美しく育っていたものさえ、目に見える速さで成長していく。何よりも驚くべきことに、枯れかけた草までもが蘇っていた。


「おい、魔法は使えないんじゃなかったのか?じゃあ何だ、植物は範囲外ってことか?」


 身体の奥から何かがこじ開けられるように、どんどん体力が失われていくのを感じた海唯は、これはクラマーの育てた植物による作用だと判断した。


「植物には自然の魔力が宿っているのは確かじゃが、それはほんのわずかのはずじゃ。それに、薬草が生き物の魔力を奪うなど……」


「なんとかしろよ!」


「……じゃが、この現象……」


「おいっ!」さすがの海唯も焦りを覚え、『立てなくなった……クソっ……早く、ここから出ないと……』と考えたが、もはや立ち上がる力さえ失っていた。


「……まさか!汝、一体どうやって!?」


 このとき、クラマーの顔には初めて好奇心ではなく、恐怖の色が浮かんでいた。


「おい!ババア!こっから出せ!」海唯は地に片足をつけ、冷たい汗が頬を伝っていた。まるで筋弛緩薬を打たれたような感覚だった。


「……いくら魔力が高くても、自然の規則も……それなら、もしかして……」クラマーは何かに気づいたように呟いた。


「クソババア!聞いてんのか!こっからっ……」耐えきれなくなった海唯は無様に倒れ、最後の力で引き金を引いた。


「っう!」呻き声と共に、クラマーの肩が撃ち抜かれた。急所は避けていたが、その痛みはクラマーの思考を強引に現実へ引き戻した。


「うっ……汝、すまんねェ。まだわしの声が聞こえるなら、心の中で『魔力の流れを制御する』と思え!このままじゃ何が起こるかは、もうわしの能力範囲外じゃ!悪いが、汝を助けるのは汝自身だけじゃ!」クラマーは膝を地につき、肩の銃創を押さえながら海唯に呼びかけ続けた。


『うるせー……当たり前のことを耳の隣で叫んな……』海唯はそう心の中で毒づきながら、必死にその奇妙な力に抗っていた。


 この状況はクラマーにとっても初めてだった。確かに感じられるのは、今その膨大な魔力量に包まれた海唯に触れれば、自身の魔力は一瞬で吸い取られ、あるいは高濃度の魔力が一気に注がれて死ぬ危険すらあるということだった。


 海唯はすでに俯せになって地面に倒れ、ビクリとも反応しなかった。


「ガキ!しっかりしろ!魔力の流れを制御しろ!聞こえんのか?」クラマーはそう叫び続けたが、肩から広がる痛みと熱が頭にまで昇り、麻痺と灼熱の感覚に眩暈すら起こしていた。


『やってるよ、今!』海唯は心の中でそう叫んだが、自分の身体をまったく制御できなかった。


「汝は何度もそれに打たれて平気で……いられるなら、魔力の流失くらいに負けんじゃねーや……ガキ……」クラマーは最後の言葉を残し、肩を押さえたままその場に倒れ込んだ。


『流れやら魔法やらどうだっていいや……取られるもんは取り返す主義さー……さっさと返せェー!』


 その一瞬、真っ白な光が黒い閃光と混じり、魔法陣が停止した。そして、その内部にあったすべての植物が枯れ、命を失っていった。美しい花畑は、海唯を中心に半径約10キロに渡って死の荒野と化し、その範囲内で生き残ったのは海唯とクラマーだけだった。


「うっわ~、どうなってんだよ!つまり何だ?私がやったんだってこと?これ……」海唯は目の前の荒野を見つめながら、先ほどのクラマーの言葉を反芻していた。


 魔力があることは理解できたが、それが勝手に流れ出し、自分自身すら死にかけた。しかし、戻そうとすると逆流してくるような気持ち悪さを覚えた。


 それにしても、この惨状──海唯でさえ、自分の身に何が纏わりついているのか把握しきれていなかった。


「おい~説明しろ~起きろ~」海唯は地に倒れたクラマーを足で軽く揺すったが、クラマーは荒い呼吸をするばかりで反応がなかった。海唯は屈んでクラマーの首筋に触れた。


「……あ、そっか、王宮の武器倉庫には銃がなかったな~。まぁー、あっても、撃たれたことはないよな、この様子じゃ」思ったとおり、クラマーの体には熱が出ていた。


「はあーめんどっ」そう呟きながら、海唯はクラマーをその場に置いて、先ほど見た小屋へ入っていった。


「わ~、確かに薬草の研究って感じだな、臭っ!草と花だけか~魔法が使えないって本当だな~いや、じゃ先のは何だ?ん~」


 海唯は机に置かれた深い緑色の液体を嗅ぎ、皿に盛られた粉末に触れてみた。漢方薬のような匂いだった。


 タンスにはタグのついた瓶やパックが一つ一つ並べられていたが、文字は読めなかった。


 とりあえず、スプレータイプのものを選び、骨折して感覚のなくなった左腕に吹きかけてみた。


「……おお!?おおお!すっげ!感覚が戻った!麻痺感もなくなった!神経が治ったってこと?すっげー!」海唯は手を開いたり、握ったりを繰り返し、問題ないことを確認した。


 腕の骨はまだ折れたままだが、痛みを感じないため、大した問題ではなかった。

 同じスプレーを他の傷口にも吹きかけてみたが、何の反応もなかった。


 また別の液体が入った瓶を適当に試してみたが、効果があったのは二箇所だけだった。


 同じものなのに、他の傷に使っても何も起きなかった。それに、効果があるといっても傷が塞がり、血が止まる程度で、劇的な変化はなかった。


 しかし、痛みがなくなり、血が流れないだけでも十分だった。


 海唯は次々とさまざまな薬を試し続けたが、結局、完全に傷が治ることはなかった。


「まいっか」


 そう言い放つと、瓶を床に叩きつけて割った。




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