第5シナリオ 人を刺す時まず、金属にアレルギーがあるかを聞くべきだ!01
第5シナリオ 人を刺す時まず、金属にアレルギーがあるかを聞くべきだ!01
「ギャハハハハハッ! もっとだ、もっと盛り上げろや! あははははっ、苦しそうだな? なら、もっと笑えや! 死にたくないんだろ? ギャハハハッ!」
王宮前広場に響き渡る、狂気の笑い声。
だが、その姿は見えない。
街を荒らした犯人は、爆音と瓦礫の影を巧みに利用し、姿を隠していた。
実際の被害の多くは、混乱に陥った騎士団の団員たちによるものだった。
「どうなってるんだ、これは!」
「ギャハハハッ!」
海唯は、魔法に対する拒絶反応を逆手に取り、団員たちの視線を欺きながら、精神を揺さぶり続けていた。
一対多数の市街戦を熟知している者の動きだった。
「ぐわっ!」
仲間の絶叫と、海唯の笑い声が重なり、団員たちの恐怖をさらに煽る。
「クソッ、どこに隠れてやがる! 正々堂々かかって来い!」
叫んだ団員の男は、横目で箱の影に揺れる“何か”を捉えた。
見えないふりをして背を向け、一気に斬りかかる。
――だが、それはただの袋だった。
「バッカじゃないの?」
「ぐわっ!」
上から飛び降りる影。
海唯が姿を現した瞬間、男は反応しきれず、そのまま気絶させられた。
「クソッ……仲間が次々やられてるのに、俺は何もできねぇ!」
「誰のせいだと思ってるの? そろそろ、誰彼構わず喧嘩を売るのはやめたら?」
「そいつが先に俺をバカにしたんだよ、先輩ー!」
別の団員は路地裏で待ち伏せしていたつもりだった。
だが、瞬き一つの間に、向かい側に隠れていた仲間が倒れる。
「市街戦、初めて?」
声だけが響く。
誰一人、その姿を捉えられない。
「……死角の確認、できてないよ?」
「なっ……」
また一人、背後から現れた海唯によって沈められた。
「団長! 出動した団員の大半がやられました!」
魔水晶から伝令の声が響く。
その一方で、屋台で肉串を頬張る男の姿。
あまりにも異様な対比だった。
「団長さん、部下が可哀想ですよ~」肉を売る美人が包丁を振るう。
「心配ないさ~。祭りには支障ない」悠々と食べ歩くその男――第三騎士団団長、リヒル・ダーテオだった。
「いい加減にしてください、ダーテオ団長」
「おお~カファロ。お前も肉食うか? ぐふっ」
副団長のカファロは、ダーテオの顔を掴んだ。「団長なら、団長らしい仕事をしてください」
「我々の仕事は?」
「“秩序を守る”ことです」
「正解~。じゃあ質問。祭りを楽しんでる市民たちは元気か?」
「……それなりに」苛立ちを抑えながら、カファロは団長の戯言に付き合う。
屋台を巡る間、ダーテオは市民の様子を観察していた。
確かに、祭りは続いている。
「じゃあ次の質問。陛下の命令は?」
「“聖女召喚のお付き物を生け捕りにしろ。魔法が使えない奴だ。簡単だろ?”……との命令です」
その瞬間、ダーテオは笑顔を消し、真顔になった。「厄介な奴に喧嘩を売ったもんだな、あのバカ」
「……団長でも厄介ですか?」
「地面に転がってる、うちの団員を見てみろ」
「……ほぼ無傷で、気絶していますね」
二人は祭りのエリアを離れ、王宮前広場へ向かう。
そこは、まるで別世界だった。
倒れているのは、騎士団の団員ばかり。
「……だが、数人は重傷だな。内臓までやられてる」
「救助班を呼びます!」
「ああ、頼む」
剣を奪い、魔法を封じ、次々と相手を倒していく海唯の動き。
その一挙手一投足に、無駄は一切なかった。
見た者は、ただ息を呑む。
団員の腕を折る海唯の姿を見て、カファロは戦慄する。
――だが、本当に驚いたのは、その直後だった。
紫色のポーションで、倒した相手を即座に治癒する行動。
「カファロちゃん、どう思う?」
「怖い……ですが、戦ってみたい、とも思いました」
「素直でいいね。でも、やめときな。あれは“人間”じゃない」
「どういう意味です?」
「“未知”だよ。魔人でもなければ、理性ある魔物でもない。――我々の管轄外ってこと」
リヒル・ダーテオ団長はそう言ったが、カファロにはなんとなく団長はただめんどくさがっているだけだと思っていた。
「にゃは~。団長発見~」笑いながら、海唯がリヒル・ダーテオに近づく。
同時に、リヒル・ダーテオは即座に反応し、カファロの抜刀を止めた。「うちの若いのは血の気が多くて困るね~。大目に見てあげて」
首元にナイフを突きつけられても、リヒル・ダーテオは平然としていた。
「……話が通じて助かるよ。手綱はしっかり握ってくれよ、飼い主さん」海唯も、にこりと笑って返す。
「悪いな。それで、兄さんの目的は?」
「いや、私は……」訂正する前に、轟音が海唯の声を遮った。魔法が、再起動したのだ。「……まあいいや。団長さん、任務中なんだろ? これ、あげる」
そう言って海唯が差し出したのは、金色の網が光を放つ水晶石――クレインから託されたものだった。
「!?」ダーテオは目を見開く。それを持っているのは、クレインただ一人のはずだった。
「お付き物か? それとも、王子さま?」海唯はぐいっと水晶石を掴み、ダーテオにだけ聞こえる声で囁く。
そして、距離を取った。
まるで――「お好きなほうをどうぞ」とでも言うように。
その水晶石はまさに、SS級魔道具《探し人の意志》だ。特定条件の人物を、一度だけ探し出せる。魔力を注ぐことで、特徴をもとに相手を引き寄せる。
あの時、クレインの考えはこうだった――
この魔道具で、海唯に「魔力を持たない人物」という簡単な条件を設定させ、
聖女召喚に巻き込まれた「もう一人」を見つけ出す。
そして、その人物をリヒル・ダーテオ団長のもとへ連れて行き、――犠牲にしないでほしい、と頼むつもりだった。
幼い頃からリヒル・ダーテオに懐いていたクレインは、自分の頼みなら、彼は聞いてくれると信じていたのだ。
クレインの考えは、実にシンプルだった。
だが、そこには多くの誤算があった。
一つ目は、海唯こそがその「もう一人」だったこと。
そして、もう一つは――
……
水晶の網の金光に包まれた、次の瞬間。クレインは、海唯とダーテオの間に立っていた。
クレイン:「???」
「ご無事でなによりです、クレイン王子様っ!」
リヒル・ダーテオ団長とカファロ・ヒース副団長が、同時に敬礼した。
「……え? ちょ、ちょっと、顔を上げてください!」
「体が……四年前と変わらない……まさか、記憶が……?」
困惑するクレインと、戸惑う二人。
だが、運命の歯車は、確実に回り始めていた。
クレインは、知らなかった――。
四年前。盗賊にさらわれ、白銀大森林に囚われた際、第二騎士団団長アキレス・ザックウェーバーが、彼を救出に現れていたことを。
そして、その後、第三騎士団が王都まで護衛していた途中、突如として現れた魔人によって、彼が姿を消したことを。
捜索は大規模に行われた。
だが、彼の痕跡はどこにも見つからず、魔痕すら残っていなかった。誰もが死を疑わなかったが、第三騎士団長ダーテオだけは、最後まで諦めなかった。
とはいえ、すでに四年。諦めざるを得ないほどの時間が、流れていた。
そんな折、彼は海唯から「探し人の意志」と呼ばれる魔道具を託される。そして、最後の希望として、その名を呼んだ。
――アデレード王国第三王子、クレイン・ハーディス。
***
王宮、王座の間。
「貴様がクレインをさらったとでも言いたいのか?」王座から見下ろす男が、威圧的な声を投げる。
「へえ〜、王様のくせに頭悪そ〜。耳も遠いのかね? おじさんよ〜」
挑発するように海唯が言い返すと、両脇の衛兵が怒声を上げた。「無礼者! ここは御前であるぞ!」
しかし海唯は動じず、鼻をほじるだけだった。
「もうちょっと言葉を選べよ……」隣でクレインが小声でたしなめる。
「だから言ったろ? 路地裏でたまたま見つけたって。それを助けてやったんだから、感謝される筋合いだぜ? いらないけど」
「本当です、陛下! この方に助けていただきました。それに、この方の魔力は、我がアデレード王国の力にもなると……」クレインは、まだ顔を上げられずにそう訴えた。
ざわつく空気の中、海唯の黒髪と、並外れた戦闘能力には定評がある。ダーテオ団長もそれは認めていた。
ただし、彼女が広場で第三騎士団員にした非道な振る舞いから、王国に忠誠を誓うような人物とは、到底思えなかった。
「さようでございま〜す、王様。私はアデレード王国にさらなる繁栄を齎すことを、ここに誓おう〜」
海唯の芝居がかった敬礼に、周囲から再び怒声が飛ぶ。
「お前、どれだけ陛下を愚弄すれば気が済むのかっ!」
「まあよい」国王が手を上げ、場を制した。
「クレインの件は我々で調べる。貴様が役に立てると言うのなら、試してもらおう」
その言葉にざわつきは止み、クレインの隣にいた第三騎士団長が、静かに頭を下げた。
レッドカーペットに跪くクレインと、へらへら笑う海唯だけが残される。
「陛下、お待ちください! 黒髪は貴重な人材にして──」
「下がれ。お前の出番ではない」
クレインは逆らえず、海唯に小さな声で、「ごめん……耐えてくれ……黒髪の人は皆生き残ってるから、大丈夫だ」とだけ言った。
「ほーん? 試しって? 偉そうに〜」
「今日は“付き物”に逃げられて困っているのだ」
「へえ? 聖女召喚のお付き物を探せってことか?」
「クレインに聞いたのか? なら話は早い。貴様も“穢”を受け入れてみせよ」国王はそう告げた。
誰も、海唯がその“お付き物”だとは気づいていなかった。それほどまでに、誰も彼女に関心を抱いていないということでもあった。
逆に、クレインは、彼女こそが皆が探している者だということを、二人だけの秘密として黙っていた。そのことを、海唯は意外に思った。
“試し”とは、穢を受け入れることで魔力耐性と忠誠を示す、儀式のようなものだ。
だが、穢に触れた者は、焼かれるような苦痛に襲われる。生き延びるには、強靭な魔力耐性が必要だった。
致死量ではないにせよ、常人には耐えがたい。
痛みで錯乱する。
「おお〜、いいよ〜」海唯は適当に返事した。
そうして、魔道士たちが海唯の周囲に結界を張り、穢が放たれる。
「へえ〜、これが穢? 汚れた霧みたいなもんじゃん」そう言って、海唯はそれを舐めた。
ざわつく周囲。国王も、その様子に目を細める。
「おい〜、王様〜。聞こえる〜?」
「……何だ?」
「別に〜」
結界内の声は外に届く。
苦しむ様子を見せる場だと察した海唯は、わざとらしくつぶやいた。「ん〜、毒じゃないな〜。どこが“耐える”ってやつなんだ?」
そして彼女は、いたずらを思いついたような顔で、歌い出す。澄んだその声は、場にいる者すべての心を掴み、魅了していった。
霧の中のその姿は、まるで天使のようだった。その霧が穢じゃなければの話だが。
結界の中は黒くて、汚い霧が満ちていて、外を見えにくい。それでも、彼女はその隙から不意に彼と目が合った。
アキレス・ザックウェーバーだった。彼も彼女を見ている。
なぜか目を逸らせなかった。
やがて、霧が晴れる。
穢は、一切の痕跡を残さず消え去っていた。




