35:入れ替わってなかった令嬢と幽霊屋敷の元引きこもり公爵
煌びやかなパーティーも終わりの時間が来る。
来賓達は今夜のパーティーを褒め称え、それぞれの馬車へと乗り込んでいく。最初こそ幽霊屋敷に怯えを抱いていた者達もすっかりとこの薄暗くも美しい雰囲気に魅せられ、また来たい、次のパーティーも是非と口々に話していた。
中にはギデオンやレディの可愛らしさに魅了された者も居り、父や母に子犬を飼おう猫が欲しいと強請りながら帰っていく声も聞こえてくる。
そうして最後の来賓を見送れば、あとは片付けだ。
まだ仕事は残ってる、とエステルが気合いを入れるが、そこにエメット夫妻が声を掛けてきた。
「素敵なパーティーをありがとう、エステル」
「こちらこそ、お二人の協力があったからこそです。協力して頂き、それに私のことも受け入れてくださって、なによりアレンのことも……。駄目だわ、感謝の気持ちが溢れちゃって何からお礼を言えば良いのか分からなくなってしまいそう」
感謝の気持ちがいっぱいすぎるとエステルが話せば、夫人が嬉しそうに笑った。
「ねぇ、エステル。今夜の招待のお礼に、この後の屋敷の指揮を任せてくれないかしら」
「よろしいんですか?」
「初めてのパーティーだもの、アレンと二人でゆっくりと余韻を楽しんで」
穏やかに微笑んで提案してくれる夫人に、エステルは改めて礼を告げ、さっそくとアレンの元へと向かった。
ドニとライラと話しているアレンの姿を見かけて名を呼べば、三人が揃えたようにこちらを向いた。
ちなみにドニの腕の中にはギデオンが、ライラの腕の中にはレディがいる。どちらもグッスリ眠っているのはきっと慣れない接客で疲れたからだろう。
二匹の頭を撫でながら抱える二人のことを労えば、彼等も満足出来るパーティーが開けたと嬉しそうに返してきた。
華やかなパーティーの給仕を勤め上げ、自家の威厳と、そして主人がいかに立派かを来賓達に見せつける。それこそが給仕の喜びなのだという。
「二人ともありがとう。パーティーが成功したのも貴方達が頑張ってくれたからだわ」
「我々の方こそエステル様には感謝をしております。……それに、我々は」
ドニが言い難そうに言葉を濁す。彼らしからぬ態度だ。チラと横目に視線を向ければ、そこにあるのは二枚の肖像画。
彼の話を続けるようにライラが弱々しい声でエステルを呼んだ。幼い顔付きの彼女が申し訳なさそうに眉尻を下げると今にも泣き出しそうに見えてしまう。
「エステル様、私達ずっとエステル様のことを偽物だと思っていたんです。エステル様は何度も自身が本物であると訴えていらっしゃったのに、それを聞かず……。申し訳ありませんでした」
ライラが頭を下げようとすればドニもそれに続こうとする。だがそれをエステルは「謝らないで」と制した。
勘違いをしたのはライラ達だけではなく、そもそも主人であるアレンが勘違いをしていたのだ。それにあの肖像画を見たら勘違いするのも仕方ない。
なにより、偽物だと疑われていてもライラ達からは丁寧な扱いを受けていた。偽物だと考えたうえで偽物のエステルを大事にしてくれていたのだ。ゆえに勘違いを正せなかったとも言えるのだが。
「二人が頭を下げたら眠っているギデオンとレディが起きちゃうわ。これだけ気持ちよさそうに眠っているんだもの、寝かせてあげて」
話しながらギデオンとレディを撫でるも、二匹に起きる様子はない。これほど熟睡している可愛い二匹を起こしてまで謝罪されても、今度はエステルが二匹に対して謝らなくてはならなくなる。
そう冗談めかして話せば、ライラとドニが苦笑と共に頷いた。
「寛大なご配慮に感謝いたします。では、我々はギデオンとレディを別室に移して、片付けに戻らせて頂きます」
「ゆっくり眠れるようにふかふかのクッションに寝かせるので安心してください」
恭しく頭を下げ……、とは腕の中で眠るギデオンとレディを気遣って出来ないが、それでも軽く頭を下げてドニとライラが去っていく。
その際の「私もあの画家に描いて貰いたいわ」「ライラなら、さぞや仕事の出来る落ち着いた女性に描かれることでしょうね」「……もう二度とランタンを貸してあげない」という会話は二人らしく、そして心なしか弾んで聞こえるのはパーティーの高揚感がまだ残っているからだろうか。
そんな二人を見送り、エステルは改めてアレンを見上げた。
先程のエメット夫妻からの気遣いを説明すれば、アレンもまた彼等に感謝を抱き、そして「屋根裏に行こう」と誘ってきた。
「屋根裏?」
「屋敷内はどこも片付けで慌ただしいだろう、でも屋根裏なら二人で静かに出来ると思って。それに、また屋根裏で身を寄せ合って二人で話をしたいんだ」
だから、と強請るようなアレンの提案に対してエステルの返事など決まっている。
もちろんだと頷いて返せばアレンが嬉しそうに微笑んだ。手を伸ばし、エステルの金の髪をゆっくりと撫で、そして手を取ってくる。
彼の手に己の手を重ね、まるでパーティーのエスコートの続きのように屋根裏へと向かう。寄り添い、屋敷内に漂うパーティーの余韻を感じながら……。
その姿は微笑ましく、愛と幸福感に満ちている。
片付けに徹していた屋敷の者達も、彼等に指示を出していたエメット夫妻も、通路の角から覗き込んでみてくるドニとライラも、誰もが幸せの余波を感じ取ったかのように柔らかな表情で二人を見送った。
◆◆◆
屋敷内が豪華に飾り付けられていても、パーティーの余韻がそこかしこに満ちていても、流石に屋根裏は別だ。ここは相変わらず静かで、階下の賑やかさなど無縁と感じられるほど静まっている。
天井に設けられた窓からは星が覗き、それを眺められる場所にクッションを置いて二人で並んで腰かける。
「こうやって星空を眺めていると、なんだかさっきまでパーティーを開いていたのが嘘みたい」
届かないと分かっていても星空に手を伸ばしてみる。
頭上の星空はパーティーの夜であっても変わらず美しく、星々は静かに輝いている。華やかなパーティーも楽しかったがアレンと二人きりで空を眺めるこの時間には代えがたい。
「私こそがエステルだと宣言してくれてありがとう」
「あれは……、宣言はしたけど僕も勘違いをしていたから、あまり誇れることじゃないな」
「そんな事ないわ。今ここにいる私を愛してるって宣言してくれた、その事実が嬉しいの。それにアレンが自分のために行動してくれた事も嬉しい。アレン、私が愛しているアレンのために奮い立ってくれてありがとう。会場での貴方、とても素敵だったわ」
話しながら、エステルは胸に湧く多幸感にうっとりと酔いしれるようにアレンにもたれかかった。アレンの手が優しく肩に触れてくる。
なんて幸せなのだろうか。肖像画が引き起こした騒動とはいえ、こんなに幸せなのだから肖像画ばらまき作戦は大成功と言える。
「愛してるわ、アレン」
彼に寄り添い、肩を抱かれ、エステルが愛の言葉を囁く。
それを聞いたアレンが嬉しそうに目を細めた。
『幽霊屋敷の引きこもり公爵』という異名を聞いた時にはどんな男性なのかと想像し、婚約を申し込まれクラヴェル家に来ても愛想笑いしかしてくれなかった時にはどうしたものかと頭を悩ませた。
だが実際のアレンはこんなに暖かく幸せそうに微笑んでくれるのだ。そしてその微笑みが自分に向けられていると考えると、これほど幸せな事はない。
その幸福感のままにアレンの名を呼べば、返事の代わりにそっと肩を抱き寄せ、そしてエステルの頬に片手を沿えてきた。
(キスをしてくれるのね)
心の中で期待を抱き、エステルは誘われるように目を瞑り、
「愛してるよ、僕のエステル」
優しい声色の愛の言葉と共に贈られるキスに、自分の表情が自然と和らぐのを感じた。
森の中にあるクラヴェル家はその後も『幽霊屋敷』と呼ばれていたが、その妖艶な魅力に当てられ誰もが喜んで招待されるようになった。
そして屋敷に入るや正面に飾られている男女の肖像画に迎えられ、事情を知っている者は「これが噂の」と笑い、そして事情を知らぬ者は「これはどなた?」と首を傾げる。
エステルとアレンはそんな来客達の反応をいつも楽しんでいた。
二人並んで、時には顔を見合わせて笑いながら。
……end……
『クラヴェル家の厄介そうでいて厄介でないご婚約~入れ替わってない入れ替わり令嬢と、幽霊屋敷の引きこもり公爵~』これにて完結です!
最後までお読みいただきありがとうございました!
一枚の肖像画が招いた結局は相思相愛なラブコメ、いかがでしたでしょうか?
序盤で相思相愛になる作品はあまり書いていなかったので新鮮で面白かったです。
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では、最後までお付き合い頂きありがとうございました!




