準備期間(その3)
5月16日、土曜日。
久しぶりに外泊をしたその夜、いつもよりイチャイチャが過ぎた2人。
ゆっくりした朝を過ごすと、チェックアウトの時間ギリギリ、午前10時にその日の行動を開始した。
駅へと向かう途中、ペットショップを見つけた恵子は、『念のため確認しておこう』と提案する。
『子猫を飼ってみた』という動画を撮影するために、氷山市内をはじめ、県内のペットショップを巡っていたのだが、主演の恵子(壊)の御眼鏡に適う子猫には未だ出会えていなかったのである。
そして今日、自宅から新幹線で3時間も要するこの場所で、恵子(壊)の心を射止める子猫に出会う。
「ねぇ、見て!この猫、顔がつぶれてて、目ぱっちりして超可愛いんだけど!雰囲気があなたにちょっと似てると思うの。毛がふさふさー!なところは似てないけど、あはは」
店員のいる前で大声ではしゃぐ恵子(壊)と、誉められているのか貶されているのかわからず、微妙な表情の夫。
その子猫は、生後4ヶ月のペルシャ(チンチラシルバー)の雄だった。
もちろん、購入を即決してもいいのだが、新幹線に乗せて、長い距離を移動させても大丈夫だろうか。
キャリーバッグに入れて新幹線に乗せることは可能であろうが、子猫のからだへの負担が心配だ。
店員によると、お昼前に少し遊んであげて、ご飯を食べると数時間はピクリともせずに寝る子らしい。お気に入りのブランケットを敷いていれば、たぶん大人しく寝ているから大丈夫だろう、とのことだった。
購入を即決すると、あわせてキャリーバッグと猫じゃらしを購入する。
夫が購入の手続きをしている1時間くらいの間、子猫を疲れさせるため、恵子と恵子(壊)は猫をじゃらしまくった。
引き渡し時には、子猫は既に疲れ果てたのか大人しくなっており、新幹線に乗ったときには死んだように爆睡していたのであった。その横で恵子と(壊)も爆睡していた、というのは言うまでもないが。
午後3時過ぎ。
氷山市の自宅に到着するや否や、恵子はいつもの動画用の格好に着替えていた。
パソコンを操作して動画撮影を開始すると、キャリーバッグを開け、ニャンニャンと鳴く子猫を解放し、お披露目する。
見知らぬ空間をよちよちと歩くその子猫に、恵子(壊)は『ケト』と名付けると、リアルな猫の被り物を被った人物がリアルな猫を愛でるという、珍妙な動画がここに完成したのであった。
猫動画は、あくまでも登録者数を伸ばすための最終手段なので、とりあえず投稿はせずに、様子を見ることにする。
さて、役割を果たした子猫をどうするか。
もちろん、可愛いからこのまま飼い続けたいのだが、最後に子猫も一緒に燃やすのはあまりにも非道であろう。
当面の間は飼い続けて、飼い主に相応しい人を探すことにした。
午後5時半。恵子は汚物処理を開始した。
子猫の糞尿処理、ではなく、中津江家に設置した隠しカメラの、昨日の映像データを確認するのだ。
「さて、あれだけの好条件を作ってやったんだから、愛人のひとりくらい連れ込んでるよね。犯行時間は何時だと思う?わたしの予想は午後11時50分」
「あたしは午前2時半。性交すなわち成功、ってやつね」
疲れからか、切れの悪い恵子(壊)と会話しながら、1時間毎に保存されたデータを観ていくことにする。
とりあえず、恵子の予想した午後11時~12時のリビングの映像から観始めた。
恵子の予想は外れ、終始真っ暗な画面が続く。もしかしたら既に帰っていて、寝室でイチャイチャしている可能性も考えられるのだが、恵子(壊)の予想もあるので、ひとまずは時間を早送りで進めていく。
0時~1時。同じく真っ暗。
1時~2時。真っ暗。
そして2時~3時、恵子(壊)が予想した時間帯だ。
3倍速で再生を始めるとすぐ、2時5分に画面が明るくなった。男と女が画面に映ったところで、画面を一時停止した。
男は中津江大悟、そして知性の欠片も感じない派手な見た目の女は、不倫写真に写っていた愛人で間違いないだろう。
リビングで少しいちゃつく様子を見せると、画面からいなくなった。おそらく寝室に向かったのであろう。
寝室の2時~3時のデータを再生すると、時間を2時10分まで進め、2倍速で観始める。
2時12分、部屋に明かりが点くと、バカップル入室。
既に準備が万全なのか、部屋に入るやいなや、男は女をベッドに倒すと、女に覆い被さった。
この後はしょうもない行為が続くであろう。5倍速にして終わりの時間を確認することにした。
しかし、長い。旦那の精力が凄いのか、酔った影響で着陸できないでいるのか。
3時台の映像に切り替えてしばらくすると、ようやく終わったのか、2人が部屋を出る様子が見られた。おそらくトイレ休憩をしたのであろう。
その後も何回戦か繰り返したようで、行為が終わり部屋が暗くなったのは午前4時55分であった。
『5月16日、午前2時12分~4時55分』とメモをとると、すぐさま胸糞映像を消す。
3時間分のデータをDVDーRに保存すると、ディスクの表面にメモした内容を記し、封筒に入れた。
午後7時。
恵子は、中津江家の現在のリビング映像をチェックしていた。
家族3人が夕飯を食べながらテレビを観始める様子を確認すると、既に車で中津江家の前に待機している夫に電話する。
夫が郵便受けに封筒を入れたことを聞くと、電話を切り、すぐに八手アカウントにて嫁にメッセージを送った。すると、映像から嫁が消えたため、郵便受けを見に行ったのであろうと推測された。
加えてメッセージを送り、明日の行動を指示した。
『ライブの夜にあなたと片桐がホテルの部屋に一緒に入る瞬間の写真を送るから、印刷すること』
『ホテルの部屋に設置し、あなたに持ち帰らせたカメラの映像から、良い雰囲気の瞬間を切り取り、印刷すること』
そして、
『印刷した写真を封筒に入れて、明日の夕方、自分の家の郵便受けに入れて、旦那に取らせること。あくまでも自然体で』
なお、写真を入れる封筒には、馬鹿っぽい文字で『みほぷーより』と書くように、加えて指示する。
『みほぷー』という愛人の愛称を入れることで、何となく良い方向に転がるのでは、という恵子(壊)の提案であった。
あとは嫁に頑張ってもらうだけ。
9月末までにはヨロシク頼むわ、とだけ呟いた恵子は一旦、中津江家のことは忘れ去ることにして、次の準備に取りかかった。
5月17日、日曜日。
この日、夫は午前10時から市内の不動産会社を巡り始めた。
自宅周辺に、現在空き家となっている、あるいは空き家になる予定で、尚且つ賃貸可能な物件があるかどうかを確認するためであった。
午後5時半、帰宅した夫は浮かない顔をしていた。どうやら収穫ゼロだったらしい。
聞くと、自宅周辺はここ最近も開発が進んでいるためか人気の土地らしく、賃貸ではなく一戸建ての販売しかしていない、という状況らしい。
「もし空き家を借りれなかったら...どこかの家族に、少しの期間だけどこかに行ってもらえばいいんじゃない?ほら、計画上はうちも旅行に行くみたいに」
「そう、だな。うまい口実を考えて、一家全員にどこかに行ってもらって、家の鍵も手に入れて自由に出入りできるようにする、か」
「うーん、そう聞くと難しいかな...あと、やっぱり、他人の家使うのも、ちょっとね」
「考えたんだけど、ほら、前に恵子が言ってた『他の人に頼る』ってやつ」
「あたしの完全なる使い魔となった仁井田を教祖とした『ケイコ教団』を設立して、信徒たちに信託を下して都合良く行動してもらおうってやつ?」
「いや、それじゃなくて...えっ?」
「ごめん、いつもどおり聞き流して。あれでしょ?いじめ被害者で協力してくれる人探そうか、ってやつ」
「うん。例えばさ、この家の周りって結構住宅あるし、子供も多いからさ、いじめの被害者だって1人くらいいるんじゃないかと思うんだ」
「そんな家族を見つけて、わたしたちの計画を伝えて協力を仰いでみる、か」
「これも現実的じゃないか...」
「とりあえず、少しでも可能性があるものは試しておこうか」
恵子(壊)の使い魔、仁井田に電話をしてみる。
使い魔とは言え、いくら何でも頼り過ぎなのは理解している。今回は、他の探偵に依頼しても良かったのだが、やはり仁井田が扱いやすいし、何より有能なのであった。
あと、ここ数回はちゃんとした報酬の請求が無いため、まとめてお金を支払いたい、という思いもあったのだ。
今回の依頼は、息子が通っていた氷山第2中学校の学区内(富田家の周辺)で、いじめが原因で自殺した、あるいは現在進行形で引き込もっている子供がいるか、の調査だ。
なんでそんなこと依頼するのか、という疑問を持たれそうだが、恵子(壊)が理由を付ければ何でも信じるだろう。
電話をかけると、1回目のコールで相変わらず嬉しそうな声で応答した仁井田に向け、破壊神の神託が始まった。
「この前さ、バスで『氷山2中』の近くを通ったの。ずっと外見てたんだけど、とある小道でね、中学生か高校生くらいの少年4人がたむろっているのが見えたんだ。
あたしのボンヤリングケイコズアイで見たから間違いない。あれ、いじめの現場だった。
運転手さんストップ!て叫んだんだけど、あのハゲ頭、停まってくれなくてさ。
次の停留所で降りて現場に行ったら、もう誰もいないわけ。
はぁ。あたしの領域で、しかもあたしの目の前で悪行を為すのは絶対許さない。
ていうか、いじめ大っ嫌い。
ね、何してほしいかわかるよね?」
「えっと、ケイコ様...」
仁井田が言葉につまる。さすがに無理があったか。
しかもボンヤリングケイコズアイって、ただぼんやりしてたやつの虚ろな目じゃないか。
「もしかして、ケイコ様の家って『2中』の近くですか?えーっ、もしかして2中出身だったりします?僕、2中なんです!」
すごいはしゃぎぶりだ。
本当は氷山市出身ではないのだが、さすがの恵子(壊)も空気を読んだのか、
「ふふっ、さて、どうかしらね。こ・う・は・い・君」
と色っぽく囁いた。
電話先でドスン、と音がした。仁井田が卒倒したのか、しばらく応答が無かった。どうやら脳震盪を起こしていたらしく、回復するとすぐ依頼の話に戻った。
「いやぁ、ケイコ様、さすがです!学区内のいじめ調査ですか...」
「さすがのあんたでも難しい?」
「いえ、先生の知り合いが多いので。先生たち、たぶん自分のクラスのことは言いにくいでしょうけど、他のクラスとか学校のことはこっそり教えてくれそうですから、たぶんいけますよ。
ほら、停学処分とか、引きこもりとか、最悪、自殺とか。他校にも噂立つでしょうから」
何とも頼もしい使い魔だ。
今回はちゃんと、報酬のことにも触れておく。
「じゃあ、お願いするね。前回までの依頼、何やってもらったか忘れたけどさ、やったことはちゃんと請求書出してよね?ほら、金額じゃなくてもいいから、ちゃんとそれ相応の対価は払うからさ。ね」
「えっ、い、いいんですか?えっと、あっ、すみません、鼻から血が...」
また卒倒しそうな雰囲気を察したのか、『じゃ、ヨロシク』とだけ言うと、電話を切った。
時は過ぎ、西暦2035年。
人工知能の発達により、機械が人間、ひいては世界を支配し始めていたこの時代。
いじめという概念は、機械が人間を強いる事象へと変化していた。
いじめっこへの制裁を計画していた富田家は、15年という時を経て、今や中津江家とも力を合わせ、機械との戦いの日々に明け暮れていた。
次回、『背を向けた戦友に沸き上がる怨恨』
絶対に観てくれよな!
とある日の午前3時。
意識の薄れた恵子の指だけが、恵子(壊)の言葉を紡いでいたようだ。
恵子(壊)は、こんな世界観が好きなのだろうか。
よし、今日はターミネーターでも観てやるか。




