捜査本部(その7)
「まずは、『中津江将太を除く、いじめ加害者と称される少年2人』への聞き取り結果から。
昨日、俺が聞き取りをしたのは、阿部陽斗の方だった。停学処分も終わり、登校を再開したと聞いていたが、その日は平日の午後1時過ぎにも関わらず、自宅にいたようだ」
「動画以降は、中津江家までとはいかないでしょうが、いたずらや脅迫まがいの電話、メッセージなんかが多かったことでしょう。そんな中で、いじめ加害者と称された3人のうち1人が失踪したら、身の危険を感じるのは当然ですね」
「あぁ。明らかに何かに怯えている目、そして俺が警察官であるとわかった瞬間、何かにすがるように目を輝かせていたからな。両親によると、中津江将太が失踪した翌日の11月9日月曜日から、学校への登校はおろか、部屋からもほとんど出なくなったらしい」
「聞き取りできる精神状態だったんですか?」
「結果、聞き取りはできたんだが、とても正常とは言えないだろう。最初に口を開いたのがその少年で、その言葉が『お願いします、助けてください』だったからな」
富久山は手元のパソコンを操作し、とある画像を表示させた。
「これは、阿部陽斗、山部陽翔、そして中津江将太の3人によるグループトークの画面を撮影したものだ。11月8日、午後11時に中津江将太から送信された2件のメッセージ、そして1枚の画像が最後のやりとりとなっている」
表示された2件のメッセージ、ポップな吹き出しの中には、『次はお前らだ』『安心しろ、殺しはしない』という物騒な文字。
富久山の操作により、今度は画像データが拡大表示された。写っているのは、どこかのリビングだろうか、そこには3人掛けのソファが置かれている。そしてそのソファに目を閉じて横になっているのは...どうやらメッセージの送信者、中津江将太のようだ。寝ているのか気を失っているのか、はたまた生きているのか死んでいるのか、それはこの画像からはわからない。
また、もう1つ、ソファの上に置かれているもの、それは、リアルな猫の被り物であった。
「中津江将太の行方不明届けが提出されたのが、8日の午後7時頃のこと。メッセージが送信されたのが11時なので、友人の2人にも、失踪したという情報は伝わっていたでしょうね。そこで失踪したはずの本人から、しかも犯行予告めいたメッセージ、さらにはこんな画像まで送られたら...震えて眠れ、というか眠れませんね」
「中津江将太を連れ去った人物が、少年の携帯電話で写真を撮り、メッセージを送ったとみて間違いないだろう。そしてこの被り物、動画でKが被っていたものと同じだと思われるが、どう思う?」
「はい、動画で嫌というほど観たので。これは間違いなくKが被っていたものと同じです。ただ、この被り物、割と手に入りやすいものなので、これだけでは、Kによる犯行とまでは言えないですね...」
「そうだな、ここでわかったのは、あくまでも『中津江将太が何者かに連れ去られた』ということだけだ」
パソコンの画面が、少年が写る画像から元の報告書データへと戻された。ただ、報告書を表示してはいるものの、富久山は断片的な情報だけを確認するだけで、ほとんどの情報は頭に入っているようである。情報をアウトプットしながら、さらに頭の中を整理しているようにも見える。
「そして次に、動画でKが扮したとされる人物について。同じく少年2人にその外見、特徴の聞き取りをした結果だ」
実際にいじめられるために扮したのが『富田恵介』、そして損害賠償請求のことを加害者に伝えるために扮したのが『弁護士』であった。
「まず、富田恵介に扮した人物のことだが、聞き取りした2人、どちらも同じ意見で、『まさに富田恵介本人だと思った』という。身長は165cmくらいで、顔はマスクと眼鏡、そして前髪で隠されており、見える範囲が狭かったようだ。それでも、4月に数回見た本物の富田恵介と、目のあたり、そして雰囲気もほとんど同じだったと思う、と言っていた」
数回しか会っていないとは言っても、そのうち2回は、富田恵介の家まで一緒に歩いているのだから、身長や雰囲気の情報は信じても良さそうだ。何より、午前中に片平と推定した身長とほぼ同じであったのだ。
「そして次に、弁護士に扮した人物のこと。こちらも2人、概ね同じような特徴を言っており、『40歳前後の男性』『身長は175cmくらい』『富田恵介ではあり得ない』というものだ。年が近いこともあり、念のために富田恵介の父親の写真を見せたが、全く違う印象であったらしい」
「つまり、富田恵介に扮した人物と弁護士に扮した人物は、別の人間であると考えられる...」
「そう。ちなみに動画を配信していた『K』は、動画から推定される身長、何よりも最後の自殺映像から、富田恵介に扮した方の人物、と考えていいだろう。そしてKとは別の人物が存在し、動画に大きく関わっているその人物は、Kの協力者であると考えられる」
K単独の行動であるという御手洗の勘は外れたようだ。口に出さないでおいて良かった、御手洗は一瞬そう思うと、すぐに忘れ去ったのだった。置いといて、で例えるなら、ハンマー投げのように彼方へと放り投げた、というところか。
富久山は一息つき、手元の缶コーヒーを一口飲むと、話を続けた。
「次は、『中津江将太の父親である中津江大悟』、そして『中津江大悟の元妻である木村沙妃』への聞き取り結果だ。
まず始めに言っておくが、今から話す内容の大部分が、中津江大悟、木村沙妃の離婚に関することだ。本来は他人の離婚原因なんて聞いても仕方がないだろう。
だが、この離婚が今から3か月前の8月5日のこと、つまりKの動画準備期間中に起きた出来事である以上、調べる必要があった、ということをわかった上で聞いてもらいたい」
つまり、夫婦間のいざこざを、ツッコミは無しで聞くように、ということだろうか。
「まずは、木村沙妃への聞き取り結果から。特に重要と考えられる出来事が2つあった。ひとつ目は『5月15日に行われた、某有名男性アイドルグループの全国ツアーから戻った2日後の出来事』、ふたつ目は『中津江大悟の浮気調査』だ」
まるで小説のように説明を始めた富久山。なんとか付いていこうと必死な御手洗。さっきまで離れた少し場所で弁当を食べていた片平は、気づくと隣に座り、話を聞いていた。
「木村沙妃...何度も言うことになるから、元嫁、とする。元嫁は2年ほど前から、とあるKPOPの男性アイドルグループにぞっこんで、オフィシャルファンクラブに入会しているらしい」
ぞっこん...片山よりも上を行く昭和言語使いが現れた。御手洗は、自分の中の昭和アンテナの受信レベルをMAXに設定したのだった。
「SNS上のつぶやきも、このグループに関するものがほとんど。他にも、コアなファンとの情報交換や意見交換をしていたようだ。
そんな中、4月中旬頃らしいが、『ケト』というユーザーにフォローされたのだという。その人物のつぶやきからは、元嫁がぞっこんのアイドルに対するすさまじい熱量が伝わり、さらには元嫁が共感できることが多いことがわかり、すぐにフォロー返しをしたそうだ」
ケトとは、Kが子猫につけた名前と同じではないか...片眉を上げて反応する片山と御手洗をよそに、富久山の話は続く。
「相互フォロー後、個人的なメッセージのやりとりもするようになったある日のこと。ケトから、『代わりに全国ツアーに行ってもらえないか』というメッセージが送られてきたのだという。この全国ツアーのチケット、4か月前の予約開始後、ものの数分で完売したようで、元嫁は予約できずに涙を飲んだ1人だったらしい。
ケトがチケットを譲るのは、いつも一緒に行動する友人の都合が急に悪くなったこと、そして、自分1人でツアーに行くのも悪いし、感想を語り合えないのもつまらない、という理由だった。
なんとなく怪しいという思いが消せない中、ケトから、譲るための条件が2つ示されたのだという。ひとつは『もう1人、自分がチケットを譲る人物と一緒に楽しんでくること』そしてもうひとつは『自分が予約したホテルに宿泊すること』。
せっかくなら、心から楽しんでくれる人に譲りたいし、気の合う同士でツアー後に感想を朝まで語りあってもらいたい。あと、この日で期限が切れるポイントを使い切りたいから、泊まってくれるなら宿泊費はこちらで持つ、という補足もあったようだ。
当然、それは元嫁にとってはどちらも好条件であり、快く承諾したのだという」
なんて奇特な人がいるんだろう、という素直な思いと、こんなうまい話があるものか、という疑い。御手洗の頭には2つの思いが浮かんだが、天秤にかけるなら、きっと疑いの方が重いだろう。
「そしてツアー当日のこと。片道3時間半かけて会場入りし、グッズを一通り買い揃えると、自分の席に着いた。ケトからチケットを譲り受けたという、もう1人の人物は、既に隣の席に座っており、そこで初対面したという。
元嫁は、その人物が女性であると思い込んでいたが、実際にそこにいたのは、おそらく20代前半くらいの背の高い男性であったという。『片桐』と名乗ったその男は、元嫁の好み、どストライクであったらしく、最高に楽しい時間を過ごしたようだ。
ツアーが終わり、予約されたホテルに到着した2人。ここで予想外のことが判明した。2部屋予約されているとばかり思っていたが、なんと2人部屋だったのだという。しかも、ツアーの影響で、他に空き部屋は無く、きっと他のホテルにも空きは無いだろう。『どうせ、語り尽くせば同じ部屋で朝を迎えていただろう』と諦めた2人は、同じ部屋に入ったのだった。当然だが、ベッドが2つにわけられており、そこは安心したという。
その後、一度外に出て近くのファミリーレストランで夕食をとった。そこでも2時間くらい語り合い、ホテルの部屋に戻ると、ツアーの感想、お互いの話したいことをとことん語り合い、思った通り、気づいたら朝になっていたという。
元嫁曰く、さすがに、初めはちょっとドキドキしたものの、結局は何も起きなかったらしい。実際のところはわからないし、そこは今回の事件とは関係してこないだろうから、深くは聞いていない」
元嫁と片桐の顔がわからない御手洗は、話に入りやすくなるよう、その2人に自分が好きな演技派女優と、背が高いということで相棒の安積の姿を重ねていた。富久山の語りが上手いのか、続きが気になる。
「次の日、片桐と観光を楽しみ、元嫁は東に3時間半、片桐は西に3時間半と、それぞれ正反対の同じ距離に帰ったのだった。その後、片桐とのメッセージのやりとりは今でも続いているものの、会うことは無かったそうだ。
そして、帰宅してから2日後の5月17日。離婚を決定付ける、ある出来事が起こった」




