操作本部(その8)
富久山はパソコンを操作すると、ある映像データを再生した。
映像には、どこかの家の寝室だろうか。ベッドが2つ映っており、片方のベッドには1人の女性がうつ伏せになって、携帯電話をいじっているようだ。
「これは元嫁から借りてきた5月17日、中津江家の寝室の映像だ。元嫁が、とある事情で、そして元旦那には内緒で撮影したというもの。夫婦喧嘩をただただ映したものだが、気になる点があったから、データを提供してもらった」
寝室にもう1人、おそらく中津江大悟であろう男性が入ってきた。男は部屋に入るや否や、女に向けて怒鳴るように問いかけた。
「沙妃、お前、一昨日のツアー、誰と行ってたんだ?」
「なに?友達と2人って言ったよね?」
「これはなんだ?」
男は、手にした封筒のようなものから1枚の写真を取りだし、女に見せる。
富久山が説明してくれたが、それは、元嫁が片桐とホテルの同じ部屋に入る瞬間を捉えた写真だったという。
「これはなんだって?こっちが聞きたいわよ。なに?勝手に付いてきたわけ?趣味悪っ、最低」
「うるせぇし、俺じゃねぇよ。なんか、郵便受け見たら入ってたんだよ」
「なにそれ...誰が、なんのためにこんな...」
「本当のことなのか?」
「...でも、何も無かった、のよ」
「はっ。信じられっかよ。いかにもお前が好きそうな男だよな。良かったじゃねぇか、帰ってからもずっと楽しそうだったもんな、この淫乱が」
「はぁ...あんたには言われたくないわ。昔から女癖悪いのは知ってる。仕方がない、これは病気なんだと思って我慢してきた。でも、もう我慢できない。
あんたさ、あたしのことばっか言ってるけど、一昨日、この部屋に誰か入れなかった?」
「あ?入れてねぇよ」
「ここ半年くらいかな、掃除の度に自分のじゃない女の髪の毛、何回か捨ててたわ。でね、何か嫌になって、仕掛けてみたの。カメラ」
元嫁はそう言うと、立ち上がり、化粧机の引き出しからDVDのようなものを取り出した。元旦那は部屋のなかを見回している。どうやらカメラを探しているようだ。
「んだよ、盗撮でもしやがったのか?カメラどこだ?」
「さぁ、どこにあるのかはあたしも知らない。すごいよね、全然わからないんだもの」
「誰かに頼んだのか...ちっ、んだよ、面倒臭ぇなっ」
「あたしさ、自分で言うのも何だけど、結構我慢強いのよ。この映像、思い出したくもないけど、あんた達の気持ち良さそうな行為がしっかり映ってる。
凄いと思わない?こんな映像観ても、あんたにあの写真見せられて、淫乱呼ばわりされなければ、今回も我慢してやろうと思ってたのよ」
「...」
「もう無理。あんた、あたしと別れたいんでしょ?今付き合ってる女と一緒になって、あわよくば慰謝料でも取ろうと思ってたの?ほんと最低」
「ちげぇよ、この写真は...まぁいいや、別れてくれんならありがてぇよ。KPOPアイドルだかのポスターとか、もう見たくねぇんだよ」
「良い機会みたいね。じゃあ、離婚届あんた書いて、実家に送ってくれる?そのくらいしてよね。あたし、もうあんたの前には顔出さないから。荷物は...あんたが仕事行ってるときに取りに来るから、鍵は当分持っとくわ」
そう言うと、元嫁はクローゼットからキャリーバッグを出し、服や化粧品など、目につくものを入れ始めた。そして、何も言わずに苛立った様子で立つ元旦那に向け、こちらも何も言わずに睨みつけると部屋を出ていったのだった。
そこで、富久山により映像が停止された。
「この後、慰謝料やら親権やらの問題で、揉めに揉めた結果、8月10日、親権を中津江大悟に譲り渡し、離婚が決まった。元嫁は、息子を引き取りたいという思いは強かったようだ。だが、元旦那は女癖だけでなく手癖も悪かったらしく、息子を引き取り今後も関わり続けることによる身の危険を感じたらしい」
「それで、気になるところと言うのは、元旦那の持っていた写真、そして隠しカメラですか」
「あぁ。まず隠しカメラのことだが、元嫁に聞いたところ、設置されたのは5月13日水曜日のことらしい。そして、『どこにあるのかはあたしも知らない』と言っていたように、設置を別の人物に依頼し、設置場所は知らされていなかったらしい」
「別の人物...もしかして、富久山警部が言っていた重要な出来事のひとつ、『浮気調査』ですか?」
「そう、元嫁は元旦那の浮気を知り、とある人物に調査を依頼していたらしい。その経緯を聞くと、依頼したっていう表現は正しくないのだが」
富久山はそう言うと、今度は別の画像を表示させた。何やら、いかにもなホテルに入る男女が写っている。この話の流れから、写っているこの男が中津江大悟であることは間違いないであろう。一緒に写る女は、派手な服装で、20代後半くらいだろうか、男とは年齢が一回りは違いそうだ。
「元嫁が言うには、5月に入ってすぐくらい、見知らぬ相手からこの画像が送られてきたらしい。そして、併せてこのメッセージも送られてきたという」
パソコンの画面が、メッセージのやりとり画面になる。画面に写し出されたメッセージは、送り主から、短いメッセージが3つ。
『あなたの夫は半年以上前から浮気しています』『そしてあなたの夫は探偵に、あなたの浮気調査を依頼している』『あなたから慰謝料をふんだくって離婚できたらいいと公言している』
そして、次のメッセージ。
『こちらから電話をしてもいいですか?番号はxxx-xxxx-xxxxです』
「『はい』と返信するとすぐに、その番号から電話がかかってきた。電話の相手は男性で、八手と名乗ったという。八手は、実は元旦那から浮気調査を依頼されているのが自分であること、そして、元嫁に対しても、自分に浮気調査を依頼しないかと勧めてきたのだという。
元嫁も初めは何を言っているのかわからず、何が目的なのかを聞いた。すると、自分はただ、あなたにとって有利になる情報を得ること、そして、相手にとって有利になる情報を偽造して提供し、『あなたとあなたの夫、両方から相応の報酬をもらうことが目的』と言ったらしい。
そして、もしも調査を依頼するのであれば、2つのことを実施する、という話が続いた。うろ覚えではあるが、概ねこんなことを言っていたという。
まずひとつ目、『5月15日に1泊でツアーに行くと思うが、その日、わたしはあなたの尾行を依頼されている。そして、良い写真が撮れたなら、報酬は弾む、とも言われている。一緒に泊まる相手が女性か、はたまた男性かはわからないが、男性とホテルに入る写真を撮影したい。もちろん、あなたが有利となるよう、それが嘘の写真であることを、のちのち証明できるよう偽造する』。
そしてふたつ目、『5月15日、もしもあなたの息子が友達の家に泊まるとしたら、きっと、あなたの夫は女を家に連れ込むでしょう。許可が得られるのであれば、寝室にカメラを仕掛け、撮影する』。
そして、次に1つのお願い。
『あなたにお願いをしたいのは、自分に調査を依頼してくれること。5月15日に友達の家に遊びに行くよう息子に勧めること。そして、あなたの夫の浮気現場を撮影できたら、わたしに報酬を払ってくれること、です。
もちろん法外なお金をとるつもりはありません。何もせずに、あなたの夫にとられることになる慰謝料と比べれば、可愛いものだと思いますよ』
元嫁は間髪入れずに全ての要求を受け入れたようだ。すでに元旦那の浮気は察していたらしく、寝室に女を連れ込んでいるという確信もあったのだろう。
次にカメラの設置方法について、八手から指示があったようだ。
『設置場所については、あなたにも教えません。少しでも不自然な仕草があると、バレてしまう可能性があるから。だから、家に誰もいないときに立ち入らせてもらい、設置する。
また、あなたとの接触は極力避けたい。万が一でも接触しているところを見られたら、計画を考え直す必要が生じるから。
カメラを設置するのは、5月13日の午前10時頃にしたいと思っています。あなたの夫は夕方まで仕事で不在でしょうから、あなたには9時半頃から12時くらいまで、外出してもらいます。
またお願いですが、家の鍵を1つ貸してください。合鍵でも何でもいいです。設置するとき、そして用が済んで撤去するときのため、1週間くらい、貸してもらいたい。
13日に外出する際に、どこかに隠し、その場所を教えてください』
以上が八手からのお願いと指示。そして13日、元嫁は指示のとおり外出すると、鍵を玄関の植木鉢の下に隠し、八手にメッセージを送ったという。
その後、元嫁はカメラがどこに隠されているか気にしつつも、何事も無いように過ごし、もう1つの指示、息子に友達の家に遊びに行くよう勧めた。自分が1泊すること、そして元旦那はどうせ飲みに行って帰りも遅いだろうということ、併せて、いつもお世話になっている友達の親に何かお礼を渡したいということ、を伝えると素直に応じたのだという。
そして15日。ホテルに入ったところまではさっき話したとおり。ツアーの相棒が男性であること、そしてホテルの部屋が2人部屋であることを知った直後、八手から電話があったらしい。
尾行しているから、状況を全て把握しているのだろう。男からの指示は、
『その男性と普通に部屋に入ること。そして、その写真をエレベーター側から撮るから、こちらを見ないように。また、男性に気づかれないようにしてほしい。もちろん、男性にこのことを話してもらっても良い』だったという。
元嫁はその男性、片桐には話さなかったらしい。自分達夫婦のどうでも言い事に巻き込みたくないし、何より楽しく語り合えない気がしたからだ、という。
その後、夕食に出たときに、再び八手から電話があった。
『部屋にカメラを仕掛けたい。もちろん、何も無いとは思うが、確実な証拠があった方がいいだろう。ただ、これは強制ではない。せっかくのツアー、最後まで楽しむのにカメラが邪魔になるのであれば、断ってくれてもいい』
元嫁は、何もやましいことは無いし、昨日までの2日間、カメラがある寝室で何事もなく過ごせた経験もあることから、八手からの依頼に応じた。
すると、八手からは、『部屋に忘れ物をした。友達が代わりに取りに行ってくれるから、鍵を渡してほしい』とホテルに電話するよう、指示があったという。
その後のことは、今まで話したとおりだ」
富久山の長い説明が終わった。説明というよりは、まるでドラマのように感じていた御手洗は、現実に戻り、ここまでの内容を振り返る。
「この話のポイント...まずは浮気調査を持ちかけたこの『八手』という男。建築会社から聞いた防犯工事の依頼者と同じ名前ですから、KかあるいはKの協力者で間違いないですね」
「そうだな。そしてこの八手という男の浮気調査をする目的、『元旦那と元嫁からの相応の報酬』と言っているが、実際は違うだろう。最後の動画の準備、あるいは中津江将太を連れ去るための準備、と考えてもいいのではないだろうか」
「...浮気調査の結果からわかるのは、この夫婦が離婚した、というのと、離婚に当たっては元嫁が有利になるように情報を偽造した、というところでしょうか?
目的は、何でしょう...離婚をすることで中津江家の環境を悪化させて、中津江将太がいじめ加害者となる確率を高めるためでしょうか」
「それも1つあるかもしれない。だが、本当の目的は別にあると思っている。そして、これらのことから、とある仮説を考えた。最初に言ったように、これはあくまで考えられる可能性の1つだ」
すると富久山は、まるでドラマの続きを語るように、話を再開した。




