捜査本部(その4)
午後7時7分。
残りの動画、『いじめられてみた』45分、『対処してみた』88分を観終えた御手洗は、立ち上がり大きく背伸びをし、何度か屈伸をした。隣の席では、相棒がメモを片手に確認作業を続けている。
捜査本部のある部屋、会議室内を見回すと、捜索班の4人が今日の成果確認をしているようだった。
トイレに立ち、本部に戻ろうとしたところ、帰ってきた先行捜査班の2人と廊下で出くわした。捜査の収穫があったかどうか、表情からは判断できない。一緒に会議室に入ると、2人はそれぞれが手に持った大きめのビニール袋を顔の前に掲げた。どうやら、捜査本部への差し入れのようだ。袋からおにぎり20個、菓子パン10個、ペットボトルのお茶8本を取り出すと、会議室内からは感謝のどよめきが上がったのだった。
Kの素性捜査班の4人は、おにぎりを食べながら本日の捜査の進捗と今後の進め方を軽く話し合った。御手洗は、動画確認の進捗として、全ての動画を観終えたこと、これから2人でメモの突き合わせをし、データのとりまとめ作業をする予定だと報告した。
結果、それぞれの班で本日の成果をとりまとめ、明日の朝9時から4人での報告会をすることに決まった。
その後、約10分でメモの突き合わせを終えると、相棒と分担してメモのデータ化に取りかかる。データのまとめかたは、メモをした捜査対象となるモノ、事柄を表にリストアップし、登場した日にち、入手できる場所や方法などの情報を付け加えることにした。
午後9時半、それぞれの作業が完了し、2人のデータをひとつに統合したところで、今日の作業は切り上げることにした。先行捜査班の2人は、10分くらい前に作業を切り上げ、既に帰宅していた。
11月12日木曜日、午前9時。
捜査本部の一角で、K班の報告会が始まるところだった。なお『K班』とは、Kの素性捜査班の略称で、昨夜の作業中の何気ない会話で決まったものだった。
「まずは先行捜査班の報告から始める。じゃ、片平さん、よろしく」
まとめ役は、警察本部刑事部捜査第二課の大槻警部補だ。そして、報告役を請け負ったのは、氷山警察署警備課の片平警部補であり、御手洗の直属の上司である。
片平は、自分のパソコンを本部に支給された32インチのディスプレイに接続すると、報告データを映し出した。このスタイルは、会議での紙の出力を極力無くそうと署内で勧められているもので、捜査本部でも、暗黙の了解として取り入れられていた。第1回本部会議の資料は警察本部が作成しており紙媒体を用いていたが、第2回からは紙が排除されることだろう。
「では報告を始める。明日の本部会議での報告を想定したつくりにしているため、捜査内容の概要からの報告となる。加除修正するところ、気になるところがあればその都度教えてほしい」
片平はそう言うと、K素性捜査概要と書かれた画面を表示させた。
「まず、K素性捜査の目的は『Kの素性を明らかにすること、ひいては、Kの生死を確認すること』だ。
この捜査の結果からは、捜査本部設置の目的である『行方不明者の捜索』に関する有力な手がかりが得られる可能性が高いと考えられる。
Kの素性を明らかにする手段としては、まずKが残した手がかりである『配信動画』を全て確認することが挙げられる。具体的には、Kが購入したもの、接触した人物、関わった事柄を洗いだし、その情報からKの素性を辿ること。
動画でピックアップした捜査対象に優先順位をつけたのがこの表だ。もちろん今は空欄だが、今日の2人の報告結果を使う予定だ。そして、優先順位の高いものから、本部立ち上げの11日から捜査を開始している」
御手洗ら2人の報告結果と、今日の捜査結果を追加すれば明日の会議資料にもなる、という構成に仕上げているあたり、さすがは警部補達と言ったところだ。そして片平からの説明が続く。
「先行して始めたのは、『富田一家』の身辺調査だ。Kと接触した可能性が極めて高く、Kの企画動画に大きく巻き込まれているこの一家への聞き取りを優先事項と捉えた。現在は世界旅行に発ったとされるため、まずはその足取りを追うことになる。加えて、この一家の周りにもKに繋がる手がかりがあると考えられる。
富田一家が現在どこにいるのか、動画の情報ではわかりようがない。よって、一家の足取りを追うための情報を得ること、一家の周りで変わったことがないか、情報を得るために、まずは富田家の近隣住人、そして、富田家の家族や職場、友人等への聞き取りを行うことにした。
それでは、富田家に関する情報から報告する。経緯が前後するが、これらの情報は全て聞き取りにより判明したものだ」
画面には富田家3人の顔写真、氏名、年齢などの最低限の情報が表示された。聞き取りでは、もっと詳細な情報を掴んだに違いないが、容疑者ではないのだから、このくらいの情報が妥当であろう。
「まず父、富田大介44歳。福須磨市出身、氷山市役所の上下水道課に勤務しており、役職は総務係長だ。
次に母、恵子39歳。海津市出身で、出版社に勤務していたが、出産を機に退職し、現在は主婦である。
そして長男、恵介15歳、氷山高校の1年2組に通っているが、4月から半年間不登校が続いていた。
富田家は、氷山駅から北北東に約2kmに位置する住宅地内で、新築の建て売りの一戸建てを5年前に購入。家の出入り口側は市道に面し、その他3方向は住宅に面している」
富田家の説明が終わると、聞き取りの結果報告へと移る。
「まず聞き取りをしたのは、富田家の近隣住人。
平日の午前中ということもあり、在宅していて、聞き取りができたのは富田家の北隣の住人だけだった。なお、この後の聞き取り全てに共通するが、富田一家を容疑者扱いしていると勘違いされないよう、事前に聞き取りの目的を丁寧に説明するなど、最善の注意を払っていることを付け加えておく」
画面には、この住人への聞き取りで得られた情報が箇条書きで表示された。
①『8月頃』富田家の防犯工事
②『9月30日』前日挨拶
③『10月1日』出発見送り
「まずひとつ目。8月のお盆明けに突然、富田家の周囲が足場で囲われ、外壁工事が始まった。たまたま玄関先で富田恵子と対面したため、会話をしたところ、防犯会社のキャンペーンの一環であるとの説明を受けたという。
なお、その住人からは、施工会社が近隣住人への挨拶周りをした際に配ったタオルと現場代理人の名刺を貸してもらった。施工したのは佐藤建築、市内の建築会社だ。この情報はリストに追加しておいてくれ」
御手洗は頷くとすぐに手元のデータ、防犯工事欄に会社名を追記した。
「ふたつ目。前日の夜、富田大介が近隣住人への挨拶周りをしたようだ。
世界各地を回り、帰るのは3月中旬頃になるということ、セキュリティや維持管理がしっかりしているため、近隣への迷惑はかからないと思う、ということを告げたのだという。
そして、みっつ目。出発当日の午前7時半くらいにも富田大介の訪問があったという。タクシーの運転手が大きな荷物を積み込むのを、息子の恵介が手伝っている様子も伺えたらしい。なお、妻の恵子は駅で済ませる用事があり、一足先に出発したらしく、その後は大介と恵介がタクシーに乗り込み、駅方面に向かうのを見送ったという」
画面は次の聞き取り結果へと移った。聞き取り相手の名前『星辰夫・優子』、そして先ほどと同様に、聞き取りで得られた情報が箇条書きで表示された。世界旅行の旅程だろうか、地名が主に記されている。
①まず新幹線で東京駅
②夢の国
③沖縄など、約10日間の国内旅行の後、飛行機・船・電車で世界各地を回る
「次に聞き取りをしたのは、富田恵子の両親。『星』は富田恵子の旧姓だ。前日にアポをとり、午後1時半に海津市の自宅を訪れた。
娘夫婦と最後に会ったのは、8月のお盆期間。娘の恵子とその夫大介が日帰りで帰省し、そのときに世界旅行について、主には旅程の話をしたようだ。
その時点で判明している、ざっくりとした予定を聞いたようだ。世界旅行とは言っても、はじめの10日間くらいは国内を回るらしく、まずは氷山駅から新幹線で東京に向かい、千葉県にある某有名テーマパーク『夢の国』に行くと言っていたという。その後は、飛行機あるいはフェリーで沖縄などを巡ったら、飛行機・船・電車で世界各地を回るのだという。
本当にざっくりとした旅程であるが、どこに行くかよくわからないのもドキドキする、とも言っていたという。なお、旅行は数組でのツアーではなく、富田家だけの旅行で、通訳兼案内人として2週間おきくらいに現地の人間がつけられる予定であるらしい」
その他、大介の仕事のこと、恵介の学校のことも話をしていたようだが、特に捜査対象となるような情報は得られなかったらしい。この報告からは、リストの世界旅行欄に、その時点の旅程を追加したのだった。
次の聞き取り相手、画面には聞き取り相手の『富田久男・和江』と、得られた情報が表示された。
①防犯会社のキャンペーン広告
②連絡手段
③絵ハガキ
「次は富田大介の両親。午後4時過ぎに、福須磨市の自宅を訪れた」
先ほどの海津市は氷山市から西に約60km、この福須磨市は氷山市から北に約60kmに位置している。どうやら先行捜査班の2人は、昨日だけで車での移動を約250km、おそらく6時間くらい運転したのだろうが、昨日帰ったときに疲れた様子を微塵も見せなかった。さすがは警部補達、体も頑丈である、と改めて感心する。
「ここでの情報もみっつ。ただし、これまでに出た情報は除外している。
先ほどと同じく、お盆に息子夫婦が日帰りで帰省したときの情報だ。ひとつ目は、息子の大介が持参した世界旅行のキャンペーン内容が書かれたチラシ。実家に置いて帰ったらしく、今回はそれを借りることができた」
チラシには、『モニター募集中。半年間の世界旅行に行ってみませんか?』という謳い文句。動画に登場したものと同じだ。動画と異なる点は、大手防犯会社の名前が書かれていること。御手洗は、防犯会社のキャンペーン欄に、会社名を追記した。
「ふたつ目、これは世界旅行に発った後の連絡手段についてだ。今のご時世、手続きをすれば海外でも携帯電話での通話やメールができるのだが、息子の大介は『環境を変えること、旅行を最大限楽しむこと』のために、携帯電話は持っていかないと言っていたようだ。ただ、安否を知らせる必要があるからと、落ち着いたら手紙でも送る、とも言っていたという。
そして実際に、11月3日、旅行から約1か月後、絵ハガキが届いたのだという」
画面には絵ハガキの両面を撮影した写真が表示された。切手と消印をみるに、フランス...だろうか?描かれたエッフェル塔と思われる絵の下には『パリに来ました。置き引きにあってしまい、写真は送れませんが、毎日3人元気に楽しく過ごしています』と、メッセージが手書きで記されている。
「どうやらフランスのパリから送られたものらしい。おそらく現地で購入した絵ハガキだろう。筆跡については、息子の大介のものに違いないだろう、と言っていた。参考に、今年の正月に届いたという年賀状も撮影させてもらった。息子夫婦は年末年始に実家に帰ることができなかったらしく、新年の挨拶として年賀状が届いたのだ、と話していた」
次の画面では、パリからの絵ハガキに記された筆跡と、年賀状の筆跡を拡大表示で比較していた。あまり癖の無い字ではあるが、なんとなく同じようには見える。
「以上が、昨日の聞き取り結果だ。じゃあ、次、動画確認班。今の報告内容での追加情報を反映できたら、報告をしてくれ」
先行捜査班の報告中に必要な情報の追記を終えていた御手洗は、すぐに自分のパソコンとディスプレイを接続し、報告データを映し出す。
そして、報告を始めた。




