ヒロインは惑う
二年目の新歓パーティーの日が来た。アメリは光沢の目立たない深い真紅のドレスを仕立てた。思うところがあって、デザインは去年と同じだ。
アメリの隣にはルネッタがいる。グリーンの落ち着いたドレスがよく似合う。
美少女が二人、男の連れもなく壁際で談笑しているのだ。幾人かの勇者がダンスの誘いをかけに来たが、適当に断って追い払われていた。中には入学したての一年生もいて、中々に勇気があるなと思わないでもない。アメリは同学年よりは落ち着きがあるように見えるし、ルネッタはその表情のなさから幾分冷淡に見える。
また一組追い払ってから、アメリは遠くのヴィンセントを横目で見る。
「アレ、よくこっちに来ないわね」
「クラウス様が取引したそうですよ」
仕事にならないと判断したようだ。
生徒会は主催という立場になるし、彼は見た目がいい分注目を浴びる。補佐であるアメリやルネッタは付けていないが、役員は胸元に三色のミニバラを挿している。自由にお声がけくださいの意だが、表向きの目的とされる学園生活の不安を解消するために、彼らに声をかけるものはいないだろう。
繰り返すが、ヴィンセントは黙って立っていると絵になる。隣にクラウスがいたりすれば尚更だ。
アメリはヴィンセントの隣のクラウスを見つつ、小さくため息をつく。
「……嫌な予感しかしないのだけど」
「間違っていません」
はあ、とルネッタは大きなため息をつく。
「一応、あなたに拒否権はあるのよね?」
「あると思いますか?」
「嫌だったら言わなくていいけど、何をしなくちゃいけないの?」
「次の休みに一緒に出かけることになりました」
「私も行くわ」
「助かります。条件に二人きりとは言ってなかったはずなので」
ルネッタのぐったりした顔をヴィンセントがうっとりとした顔で見ている。憂いのある表情も美しいね、とクラウスに言っているのかもしれない。クラウスの表情は少しも変わらないのでわからないが。
(目も合わない)
意識的に逸らしている感じもない。こちらに向けられることもあるのに素通りするのだ。誰もいないかのように、自分に意識が向いていない。それに気がついた時泣きそうになった。
「アメリ、先に帰りましょう」
「でも、あなたは最後までいなくちゃいけないでしょう?」
ルネッタと違ってアメリはすることがない。途中で帰ってもいいのだ。
「今日は帰ってもいいと思います」
「気持ちはわかるわ。でも……ほら、デザートが並び始めたわよ」
ルネッタのあまり変わらない表情が少し緩んだように見えた。彼女は甘いものに目がない。当然それをヴィンセントが知らないはずはなく、デートではケーキの美味しいお店に連れて行くのだろう。ただただ彼女に喜んでほしくて。
嫌々来ているルネッタもその時はお礼を言うのだろう。きっとそれだけですべて報われるような気持ちになるだろう。仮令、愛情へのお返しはなくても。
「ちょっと行ってきます」
ルネッタが一番近いデザートコーナーに向かう。一通り制覇しないと帰らないだろう。アメリは苦笑しながら見送る。
「アメリさん」
はっとするような声。他に好きな人がいても反応してしまう。推しの声は別腹らしい。
「ジェレミーさん、楽しんでいただけてますか?」
「ええ、きっとこれから楽しめると思いますよ」
ジェレミーは微笑を浮かべてアメリに手を差し出した。
「僕と踊っていただけませんか?」
(――――は?)
ジェレミーお前、そんなキャラだったか?
(いやいやいや、なんか私と一緒にいたかったとかなんとか言ってたし、多分それってやっぱりいや、うんそうなんだよ、そういうことだったんだよね!?)
「わ、たしは」
遠くにクラウスの姿が見える。
ドレスの生地はクレアとドレスを作りに行ったときに見つけたものだ。来年の新歓はこういう色がいいとクレアに話したのを彼女は覚えていた。ドレスを仕立てなければと思っていたところにクレアから届いたのだ。
ドレスの型は迷わず去年と同じデザインにした。去年一緒に踊ることのなかったクラウスの手を今年は取りたかったから。そして迎えた当日、アメリは彼女のように毅然として立った。やり方はどうであれ、『好き』を貫いた彼女にあやかりたかったから。
一瞬、クラウスと目が合った。しかし、そらされる。
「――こちらへ」
ジェレミーがアメリの方を抱いて廊下に連れ出す。助かった。あのまま泣いていたら会場の視線を集めていた。
(でも、そうしたら来てくれたかも知れない)
そんな事も考えてしまう。
「ごめんなさい。いきなり泣き出して」
ジェレミーが差し出したハンカチをありがたく受け取る。
「気にしないで」
「……目にゴミでも入ったのかしら」
心配そうなジェレミーの顔を見て笑ってみせたが彼の表情は晴れない。
「よく見せて」
ジェレミーがアメリの顔を両手で掴んで仰のかせる。顔が近すぎて思わず目を閉じると、まぶたに柔らかいものが触れた。
これはひょっとしなくてもあれだ。
驚くわ、恥ずかしいわで涙も引っ込む。
「……私、あなたの前で泣いてばかりのような気がします」
たった二度だ。だがどちらもインパクトが強かった。
「もしあなたが僕の前でしか泣けないというのなら、とても嬉しいです」
ジェレミーが本当に嬉しそうに笑う。
(あっ、………無理………)
何故、彼らはこんな恥ずかしいセリフを堂々と言えるのだろう。何故、現実はポーズもできずに時間が過ぎ去っていくのだろう。
「アメリ、何がありました?」
両手にデザートの皿を持ったルネッタが会場の扉の外からこちらを窺っている。
「ルネッタ」
ジェレミーが少し離れる。
「大丈夫ですか?」
近付いてきたルネッタはジェレミーを見つつ、アメリのところまで歩いてきた。きっと泣いていたことには気づかれてしまうだろう。
「涙が止まらなくなっちゃって。困ったわ」
「こちらは?」
「初めまして、ジェレミー・キースウッドと申します。生徒会の方ですね」
「副会長補佐をしております、ルネッタ・メネ・ベルーガです」
「……失礼ながら、生徒会長の縁の方ですか?」
「遠縁ですが」
そうですか、とジェレミーは小さく呟いた。
「絞りきれなくて持ってきてしまったのですが、アメリも食べますか?」
ルネッタはアメリの涙には触れず、両の皿を見せた。
「ベリータルトはアメリが食べてください」
「ありがとう。あ、チョコもいいな」
「甘かったら教えて下さい」
「椅子を持ってきますね」
二人のやり取りを見てジェレミーがくすくすに笑う。アメリが止めようとする間もなくジェレミーは行ってしまう。
「何かされたりはしていないのですか?」
「大丈夫、いい人よ」
「……アメリは騙されやすそうで心配です」
「それなりに警戒はしているんだけどね」
「それなりじゃなくて、ちゃんとしっかりすべきです」
「やばそう?」
あまりにルネッタが心配するので訊いた。ルネッタは少し考えて首を横に振った。
「紳士ですね」
ルネッタの視線を追うと、椅子を二つ抱えたジェレミーがいた。
「誰かに頼めばよろしいのに」
「自分で持ってきたほうが早いですよ」
「少し、食べます?」
「いいえ、お二人でどうぞ」
とりあえず訊いてみただけだったらしいルネッタは、ぱくりとチーズケーキを口に運ぶ。
「……しあわせ」
「ホント好きよね」
「三食ケーキでもいいですよ」
「えー」
ぞっとする。
「そういえば、胡椒を使ったチーズケーキが美味しいのよね」
「そんなのがあるんですか?」
「……多分?」
しまった。前世の記憶だ。
「副会長にそれ、頼んでみましょうか。次の休みのときに」
「ある、かなぁ……」
「そういう店を知らなかったら断る方向で」
ルネッタのことを思うと賛同すべきだが、どこで食べたか突っ込まれると困る。悩みつつ、タルトを食べているとジェレミーと目が合った。
「本当に仲がいいのですね。でも、ルネッタさんはアメリと同級生でしょう? どうして敬語なんです?」
「癖でしょうか。そのほうが話しやすいので。あなたもそうなのでは?」
「そうですね。ルネッタさんは副会長ともそんな感じなのですか?」
「――私と副会長は親しくはないですが」
言外に気がついたルネッタは口調を強くする。
「失礼しました。先程彼の名前が出たものですから」
「アメリも一緒です。休暇に街で必要なものを買いに行くだけです」
「それには生徒会長も?」
「いえ、三人だけです」
思わずアメリは割り込んで否定してしまう。割り込んでしまった自分に驚いて、アメリはルネッタの視線に気が付かない。
「それなら、僕もご一緒して構いませんか? あなたをエスコートする人が必要でしょう?」
「あの男は絶対にしないでしょうし、いいんじゃないですか?」
二人の視線を受けてアメリは困惑する。ダブルデートとかそういう話ではなかったはずだ。ルネッタが乗り気なので断りにくい。
「いいでしょう? アメリ」
この声は反則だ。
――気づいてくれないのなら、それでもいい。ただただ、できる限りの全てを貴方に捧げ続けるから。
どれほど好きか気づいていないのなら、そのくらいのことをしてもいいのではないだろうか。
ストックが尽きたので、次の更新までしばらく間が空きます。
そろそろ連載も折り返しです。