会えないあなた
これは緊急事態なのだと思う。
やはり監禁されなかったのが問題なのか、それとも単にジェレミーは自分を好きだというだけなのか。ストーカーをしている様子はないし、物腰も普通で病的なところはない。でもそれにしても、ジェレミーが自分を好きになるほど接点はなかったような気がする。星祭りを終えて半年。アメリはただひたすらに忙しかった。あの状況下でも成績を落とさなかった自分を褒めたいくらいだ。
(半年ほどはほとんどクラウス様と一緒にいたのよね)
クラウスは会長の兼務が難しそうな案件については副会長補佐だったパーシーに任せていたが、雑用と思われる部分はほとんどアメリに丸投げである。時にはルネッタに手伝ってもらいながら何とかこなしていったという状況だったのだ。
丸投げをしつつも、クラウスはちゃんとフォローをする。正直、感心するくらいに周りのことを見ている。もう無理だと思う前に助けてくれるし、心が折れそうなときに追い打ちをかけたりはしない。それに加えてあの顔である。ちょっとSが入っているところもいい。
これが好きにならずにいられようか。
転生者という隠し事もないのだ。尊い、と言っても鼻で笑われるだけで済む。優しい。優しいの基準がアメリは少しおかしいとルネッタに言われたが、転生前の世界に行って、ちょっとブラック気味の上司の下で仕事をしたら理解できると思う。多分。
「アメリ、夕食は済ませたのですか?」
寮の談話室のソファで半分横になっているところにルネッタがやってきた。先程までは誰かがいたが今は無人だ。行儀が悪くても誰も見ていない。
「ええ。ルネッタは?」
「食堂で済ませてきました」
単に食堂といえば学園の食堂を指す。夕食時も開いていて利用する生徒も多く、当然男子も入ることのできる。いつもならルネッタは寮で食事をするのに珍しいこともあるものだ。
「ヴィ……」
「クラウス様とです」
ルネッタは国の関係もあるのか、クラウスを会長とは呼ばない。アメリもしばらくは会長呼びが抜けなかったが、ルネッタを含めて話す機会が増えたこともあって、最近は名前呼びに戻った。
「少し相談に乗っていただきまして」
「……副会長のこと?」
名前も聞きたくないようなので呼び方を変える。
「ええ、負荷が高いと」
「――で、どうなったの?」
ルネッタは首を横に振った。
「どうにもなりませんでした」
(まぁ、そうだろうな)
「新歓パーティーのあとは、生徒会室にしばらく近づかないでいたら?」
「そうですね……授業のスケジュールは入手したので、うまくルートを考えてみます」
「ヴィ……副会長の?」
「はい。勉学の邪魔はしないでくれと伝えているので今までは大丈夫でしたが、会えないとなるとどういう行動を取るかわかりません」
――会えないとなると。
「が、がんばってね……」
アメリも何か、手を打ったほうがいいのだろうか。
*****
学園には男女それぞれに寮が用意されている。在学中はここから授業に通うことが義務付けられていて、基本的に例外はない。学校としては歴史が長いが、女子が通うようになってからはそれほど長くはない。そのため、男子寮は外観は古いが建物は大きく、女子寮にはない設備も多い。
今、クラウスとルネッタがいる部屋もそういう部屋である。
「意見としては聞くけれど、答えはわかっているよね?」
「……ですので、こうしてお時間を取っていただけたことは意外でもあります」
ルネッタが少し時間を取れないかと話をすれば、夕食を一緒に取ろうと誘われた。食堂かと思って覚悟をしていたら、寮に呼ばれこうして個室で二人きりになっている。
学内と違って流石に緊張する。国に帰ればこうやってクラウスと同じテーブルで食事を摂ることなど恐れ多いことだ。
ドア前に控える給仕はルネッタも故郷の城で見たことのある顔だった。普段は顔を見ることはないが、やはり何人か連れてきているのだろう。
「君も大変だと思うから、お土産をあげるよ。帰りに受け取るように」
「お土産ですか」
「ヴィンセントの授業スケジュール」
「できればもっと殺傷力の高いものがいいのですが」
「授業用の模造刀じゃ駄目?」
そそのかすような目でクラウスが見るので、次の授業があったときにうっかり忘れたふりをして持って帰ろうかと一瞬考えた。駄目だ、ペーパーナイフのほうがまだよく切れる。
「本題はそれじゃないだろう? ルネ」
(やはりわかっておいでか)
わざわざ彼がこうして時間を割く理由。こちらの頼み事だけならば、人払いを必要とはしない。もうひとつ、ルネッタが彼に話そうとしていたこと。
可哀想な可哀想な、美しい少女のこと。
「アメリのことです」
「うん。ちょっと落ち込んでるみたいだよね」
「どういう意図があってか、ご説明いただけないでしょうか。私に仲介を頼むのも時間の問題だと思われます」
「いつまで突っぱねられる? できれば、そうだなぁ――数ヶ月」
「……難しいと思われます」
「俺の仲介だけだよ。彼女が直接仕掛けてくることに関してはこちらで何とかする」
「不審に思われないでしょうか」
「もう十分不審に思ってるよ」
クスクスと笑う。彼の思い通りに事が進んでいるのなら何よりだ。ルネッタは臣下の立場でそう思う。
「必要なことはまだ何も起きていない。まだ足りないんだよ」
「――どういうことでしょう?」
どこまで問いを重ねていいものか。ルネッタはギリギリを探る。
「君にできることはまだないかな」
気がつけばデザートの用意が始まっていた。食事の味はよく覚えていない。
クラウスは穏やかに笑っているのに、どこか怖い。
「一つだけ教えてあげるよ。俺はね、ゲームをしているんだ」




