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新たなる疑惑

「アメリ、ちょっといいか?」

「今行きます」


 ニコルに呼ばれてアメリは立ち上がる。綴じかけの資料の完成は急ぎではない。



 クレアが学園を去って約半年が過ぎた。無事にアメリは二年生に進級し、生徒会では正式な書記付きの補佐職となった。新入生が入学してくるのは休暇を終えた在校生が学園に戻ってきてから一週間ほど後だ。

 入学式後は歓迎セレモニーを生徒会の主催で行う。規模は新歓パーティーに比べれば大したことはないが、新体制が始まって間もない分慌ただしい。それでも会長が昨年から続投というだけマシだろう。


 明日を入学式に控えた今、アメリのやることはほとんどない。あとは全てが終わった後に、資料を残す作業があるだけだ。そのため、今の仕事はもっぱら雑用である。


 そう、今年のアメリはまさかの書記の補佐である。しかも今年の書記はニコルで、本来なら微妙に気まずいだろうが、アメリは全く気にしていなかった。


「簡単な仕事で悪いけど、冊子にこれとこれを挟んでまとめて、三十部だけ図書館に持っていってくれ」

「わかりました」

「届けるのは四時以降に頼む」


 随分と時間に余裕がある。暇だものね、と思いつつ、アメリはお茶でもしようかと考える。みんなが実家に帰ったお土産に色々な茶葉を寄せてくれたので休憩がちょっとした楽しみになっていた。

 ちなみに日に二回、各二時間ほど学校食堂から給仕をしてくれる人が派遣されているので、今の時間ならとても美味しい紅茶が飲めるのだ。


「早めに休憩をいただいて、それから取り掛かります」

「ゆっくりやってくれていいよ。君は本当に仕事が早いから……会長付きになると思っていたんだけどね。ヴィンセントはあれだし」

「ルネッタは気にしてないみたいですよ」

「いや、仕事になるのかというところがね」


 インテリ眼鏡のイケメンが、お人形のような少女にぴったりとくっついて何かを話しかけている。

 男の方が嬉しそうにしている一方、少女の方は能面のように表情が動いていない。しかし、アメリの見る限りかなり限界にきているようだ。


 男の方はヴィンセント・バートローガンといい、去年は会計の補佐をしていた男で、今年の副会長だ。


 正式な補佐職は次期の役員候補。通常は役員である三年生の卒業後、補佐が役にスライドする。

 去年は副会長が任期途中で抜けてしまったので、補佐の生徒にやってもらおうとしたのだが断られてしまっていた。学年を理由に辞退しようとするのを二年生が会長をやっているのだからとみんなで説得してみたが、生徒会を辞める勢いで拒否されたため、仕方なくクラウスが半年兼務した。


 そのためアメリは青春を謳歌することなく、クラウスにこき使われている内に一年を締め括る女神生誕祭を迎えた。アメリがクラウスに苦情を入れたのは言うまでもない。


 またあれを一年やるのか……とアメリが覚悟していたところ、ヴィンセントが副会長となり、正補佐はルネッタになった。ルネッタはアメリの後に生徒会に入った生徒で、なんでもヴィンセントの一目惚れらしい。私情入りまくりの人事をクラウスが許すのは意外だったが、それだけヴィンセントが有能ということだろう。


(恋愛事に問題ある生徒が多すぎる……)


「ルネッタ、明日僕たちの初の共同作業を祝して、一緒にディナーを取らないか?」

「セレモニーの終了予定時刻が五時、撤収の業者が到着するのは五時四十分です。完了を見届けていたら夕食を取る時間があるとは思えませんが。尚、寮の門限は七時で延長申請の締切は過ぎています。あと、近いです」

「ああ、つれないな。僕の小鳥は!」


 顔はいいのに、性格が残念過ぎる。そしてルネッタの返しが鉄壁だ。


 ルネッタはクラウスの遠縁に当たるという。クラウスより温かみのあるハニーブロンドの絹のような髪は腰まで届き、肌は白く色素の薄いまつげは量も長さも申し分なく、表情が乏しいのも手伝ってまるでお人形のようだ。

 去年会長の雑務を引き受けていた彼女は同学年ということもあり、アメリの初めての友人になった。


「ヴィンセントさんが引き受けてくださらなかったら、また会長が兼務することになったでしょうし」

「いや、だからといって……正直、会長がこういうことをするとは思わなかった」


 言い方は悪いが、人身御供のような。


(しますよ、あの人は。使えるものはなんでも使っちゃう人ですよ)


 アメリは去年身にしみている。


「私はルネッタにとってもいい人事だったと思います。彼女はとても有能ですから」

「……君は」


 ニコルは少し驚いたような顔でアメリを見た。


「君が副会長をやってもよかったんじゃないかな。クレアが君を買っていたのがよくわかるよ。書記の補佐なんて退屈だろう?」

「いいえ、勉強になりますわ」


 今、アメリはニコルのフラグをバキバキに折った。最早爪の先ほどももったいなかったとは思わない。ちょっと自分より仕事ができるようになったからといって、君は僕がいなくてもやっていける、とか抜かすヤツには前世から興味はないのだ。




 少しルネッタの顔に疲労が滲んでいる。


「紅茶にはミルクを足したほうがいい?」

「……いえ、なしでお願いします」


 目を開けたまま少し寝ていたようだ。ルネッタは左にかしいだ自分の体をまっすぐに起こす。

 アメリはルネッタの前に砂糖を三杯入れた紅茶を置いた。甘いほうが目が冴えるので、とルネッタはアメリがとても飲めないような甘い紅茶を好む。


「――砂糖、忘れてませんか?」

「私見てたわよ。確かに三杯だったわ」

「……確かに甘いような」

「お願いだから帰って寝て」


 ルネッタがここまで消耗しているのは言うまでもなくヴィンセントのせいだ。

 去年のヴィンセントはここまでひどくはなかった。好き好きアピールはしていたが、まだまだ可愛いものだった。ちょっと親しみやすい眼鏡の美形キャラ――だと、アメリも思っていたのだが。


「正直ちょっと甘く見ていました」

「既に付き合ってるとかないわよね」

「ありません。クラウス様よりマシですが……」

「ちょっと待って、それはどういう意味なの?」


 うっかり口に出してしまった。そんな表情でルネッタはアメリから目をそらす。


「クラウス様を好きなアメリには本当に申し訳ないのですが」

「何度も言うけど好きじゃないわよ」


 クラウスに親しいルネッタには一応、好きではないことにしたい。


「――クラウス様は性格がお悪いですから」

「そう?」


 割り込んだ声に二人して声にならない悲鳴を上げてしまう。

 振り返ると休憩室の入り口でクラウスがにこにこと笑いながらこちらを見ていた。一体いつの間にいたのか、扉が視界に入るはずのルネッタでさえ気が付かなかった。


「じゃあちょっとルネに意地悪をしようかな。業者が最終確認に来たそうだから、ヴィンセントと一緒に行ってもらえる?」

「承知しました」


 ふらふらとルネッタが立ち上がる。死地へ向かう一般兵のようだ。

 アメリはルネッタに同情しつつ、再び入り口に視線を移したが、既にクラウスの姿はない。


 これで何日目だろう。アメリはもう長い間クラウスと話していない。



 *****



 半年ほどは友好関係にあったはずだ。こき使われはしたが、内緒で甘いものを差し入れてくれたり、ルネッタがいたりもしたが話す機会も色々とあった。

 大体、会長という呼び方が嫌いで名前を呼べと言ったり、妙に優しいことがあったり、自分のことが好きなのでは? とアメリが疑ってしまうようなこともしていたのに。クラウスはまだ何かひっかかることがあるのか、二人きりのときに「これはイベント?」と訊くこともあった。そのせいで実は好きなのに距離を取っているとかあったら困る。アメリとしては非常に困る。


 とっ捕まえて聞いてみればいいと思ったのだが、それがすっかりできなくなってしまった。いつからだろうか、学年末休暇が終わってからだろうか。それだと一週間も経っていないが、随分と長いこと話をしていない気がする。


「アメリさん?」


 図書館を出ようとしたところで声をかけられる。


「今お帰りですか?」


 ジェレミーが本を抱えて立っている。勉強でもしていたのだろうか。


「生徒会の用で来たので、戻るところです」

「ああ、入学式は明日でしたね。今はとても忙しくされてるのでしょうね。大丈夫ですか?」

「大丈夫です。……あの、この間は」


 実は半年前の混乱期にジェレミーが生徒会を手伝えないかと声をかけてくれたことがあったのだ。あまりの忙しさでアメリが疲弊していたので見るに見かねたといった様子だった。実際、ジェレミーは勉強もできるし、気苦労の多い副会長職の手伝いを一緒にやってくれるなら……と、クラウスに相談してみたのだが、即答で却下された。


『監禁されたいの?』


 本当にクラウスは気にし過ぎだと言いたい。自分じゃなければいいと言っていた口はどこへ行った。


「いいんです。気になさらないでください。僕があなたと一緒にいたかっただけなので」


(……………んん?)


 さらっと爆弾発言をしてジェレミーが去っていく。アメリは止める間を持たなかった。ジェレミーの姿はすぐに見えなくなったし、アメリもまた急いで生徒会室に戻らなければいけなかったからだ。

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