(六)文体の設定基準――どこまで文語化すればいいのか?
▼本気で古文に取り組んではいけない
このエッセイでは「擬似古文」という表現を繰り返し使っています。
なぜ「擬似古文」なのかと申しますと……だって、ガチの本気で古文を書いたら、古文の得意な方にしか読めなくなってしまうじゃないですか!
ちょっと雰囲気を楽しむ程度の、なんちゃって古文でいいんです。そうでなければ、読者の方々――特に古文をまだ学んでいない若い世代――は置き去りにされてしまいます。
▼擬似古文の書き方
ガチ古文ではなく、擬似古文を書くのであれば、それほど難しいことをする必要はありません。
基本的には、次の三つのポイントを押さえておけば十分それっぽくなると思います。
一、動詞・形容詞・形容動詞を文語活用させる。ただし語彙は現代語でOK。
二、助動詞は古語を使う。
三、古語の助詞や接続詞を適当に放り込む。
しかし、こうやって羅列しても分かりにくいと思いますので――書いている私もうんざりだったりします(笑)――どんな感じなのか、実際にやってみることにしますね。
▼実際にやってみる
今回の例文は元ネタがあるので一応ご紹介します。
――色あせた写本を開けば昔日のつかのまの音楽が零れる
自作の短歌です【注8】。あまり出来がよくないのでまじまじと見ないでください(笑)
何もないところから、ある程度の長さの文章をでっちあげるのはちょっと難しかったので、使い回しすることにしました。
この短歌をいったん擬似古文で引き伸ばした上で、それを少しずつ口語体に戻していく作業をしてみます。
〔1〕擬似古文
まず、私が元ネタを擬似古文で引き伸ばすと、こんな感じになります。
――色褪せたる写本を開けば、昔日の歌ぞ零るる。聴け、つかの間の楽の音を、失われし神代の物語を。
ヘルメスの使者の証をたずさえて暗き林を急ぐ者あり。闇のいよいよ濃くなりける頃、清らかなる泉に行き会えり。
私は創作意欲が低いタイプなので、この長さ(九十七文字)が限界です。すみません。
ですがそれでも、このエッセイで扱う範囲から外れている要素が入ってしまっています。
・係助詞「ぞ」と、それによる係り結び
・「き」「たり」以外の過去・完了グループの助動詞「けり」「り」
分かりやすいように、問題の箇所に傍点を付けて再掲載しますね。
――色褪せたる写本を開けば、昔日の歌ぞ零るる。聴け、つかの間の楽の音を、失われし神代の物語を。
ヘルメスの使者の証をたずさえて暗き林を急ぐ者あり。闇のいよいよ濃くなりける頃、清らかなる泉に行き会えり。
〔2〕ちょっと簡単にしてみた擬似古文
「ぞ」を外して係り結びを解除し、「けり」と「り」をそれぞれ「き」と「たり」に差し替えます。
――色褪せたる写本を開けば、昔日の歌が零る。聴け、つかの間の楽の音を、失われし神代の物語を。
ヘルメスの使者の証をたずさえて暗き林を急ぐ者あり。闇のいよいよ濃くなりし頃、清らかなる泉に行き会いたり。
〔3〕さらに簡単にしてみた擬似古文
ここで問題となるとすれば動詞の終止形でしょうか。
一行目の「零る」と二行目の「あり」。文語活用としてはこれで正解なのですが、「零る」のほうだけを「零れる」にしたい方もいらっしゃるかもしれません。
――色褪せたる写本を開けば、昔日の歌が零れる。聴け、つかの間の楽の音を、失われし神代の物語を。
ヘルメスの使者の証をたずさえて暗き林を急ぐ者あり。闇のいよいよ濃くなりし頃、清らかなる泉に行き会いたり。
私としては、この辺りがライトノベルとして読みやすい文体なのではないかと思います。古文をやっていない小学校の高学年でも、読書が好きな方ならこれくらいは読めると思います。
現在、動詞の中で「あり」だけが文語活用のまま残っていますが、「敵は本能寺にあり」とかで馴染みのある表現なので大丈夫でしょうということで、そのままにしておきます【注9】。
次は助動詞の差し替えになりますので、分かりやすいように傍点を付けて再掲載します。
――色褪せたる写本を開けば、昔日の歌が零れる。聴け、つかの間の楽の音を、失われし神代の物語を。
ヘルメスの使者の証をたずさえて暗き林を急ぐ者あり。闇のいよいよ濃くなりし頃、清らかなる泉に行き会いたり。
特に意識していなかったのですが、「たり」と「き」だけになっていますね。
〔4〕ほぼ口語体
では、古語の助動詞のところを全て現代語に差し替えます。文体を整えるために、直訳にしていないところもありますが、ご了承ください。
ついでに、今度こそ「あり」を「いる」に変更します。
――色褪せた写本を開けば、昔日の歌が零れる。聴け、つかの間の楽の音を、失われた神代の物語を。
ヘルメスの使者の証をたずさえて暗き林を急ぐ者がいる。闇のいよいよ濃くなりゆく頃、清らかなる泉に行きあたった。
このレベルなら、普通に歴史小説の地の文でもありますよね。
児童文学のファンタジーで、呪文とかに少しだけ使っても大丈夫だと思います。
ちなみに、現在、文語体の要素が残っているのは、形容詞と形容動詞だけです。
形容詞と形容動詞のところに傍点を付けて再掲載します。
――色褪せた写本を開けば、昔日の歌が零れる。聴け、つかの間の楽の音を、失われた神代の物語を。
ヘルメスの使者の証をたずさえて暗き林を急ぐ者がいる。闇のいよいよ濃くなりゆく頃、清らかなる泉に行きあたった。
〔5〕完全な口語体
蛇足かもしれませんが、最後まで残っていた形容詞と形容動詞の文語活用を、口語活用に戻します。
――色褪せた写本を開けば、昔日の歌が零れる。聴け、つかの間の楽の音を、失われた神代の物語を。
ヘルメスの使者の証をたずさえて暗い林を急ぐ者がいる。闇のいよいよ濃くなりゆく頃、清らかな泉に行きあたった。
▼読者層に合わせた文体設計
さて、段階を踏んで文体を変化させてみたところ、一気に雰囲気が変わって難易度が下がるのは、〔3〕から〔4〕にかけてですね。古語の助動詞を使うかどうかが分岐点になるようです。
これは私の個人的な意見ですが、ファンタジーの文体に古文の要素を取り入れるのでしたら、ライトノベルなら〔3〕、児童文学なら〔4〕の辺りをお勧めします。
どういう文体なのか、ポイントを書き直してみます。
〔3〕の基準
一、形容詞・形容動詞を文語活用する。語彙は現代語でOK。
二、古語の助動詞を「限定的に」使う。(※古語の助動詞を全てマスターする必要はない)
〔4〕の基準
一、形容詞・形容動詞を文語活用する。語彙は現代語でOK。
こうやって見ると、ずいぶんハードルが下がったと思いませんか?
▼まとめ
まとめますと、ガチ古文は誰も求めていません。擬似古文でいいんです。
何となくやばいと思ったり、自信が持てない部分は、無理はせずに、現代語や口語活用にしてしまったほうがいいと思います。おかしな擬似古文を書いてしまう可能性をあり、しかも「小説家になろう」ではチェック機能が働かないことを考えると、安全策を取るのが一番です。
とりあえず、古語の助動詞にはくれぐれもご注意くださいね。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
【注8】
――色あせた写本を開けば昔日のつかのまの音楽が零れる
自作の短歌ですが、連作に組み込んであるので出典も示しておきます。引用したのは冒頭の一首です。
「【短歌20首】西洋民間伝承を主題とするファンタジア」
(http://ncode.syosetu.com/n8374cy/)
でも全くお勧めできませんので!
読者を全く想定せず自分の趣味だけで作った作品ですので、お読みいただいても意味不明だと思います(笑)
万が一読んでしまった方への補足。文体は口語体を基本としていますが、形容詞だけを文語活用させています。また、例外として、一か所だけ古語の助動詞を使用しています。
【注9】
この段階で「あり」を口語に差し替えるとまずいことになります。すごく気が進まないのですが、二行目だけ書き直してみますね。
――ヘルメスの使者の証をたずさえて暗き林を急ぐ者がいる。闇のいよいよ濃くなりし頃、清らかなる泉に行き会いたり。
案の定、日本語としてちぐはぐになってしまいました。文法的にはこの状態でも統一が取れているんですよ。でも必ずしもそれが良いとは限らないという例ですね。あらかじめ基準を定めておくと安定した文体になりますけれど、どうしても機械的な作業になってしまいますので、最終的には書き手の感性で細かい調整をする必要があります。