⑨
◆
閑話(とある男の驚愕)
今日はこの国の王自らが開催される社交パーティの日。
俺も親父の付き添いでこのパーティに参加することになった。
王が入場してくるとファンファーレが鳴り響き会場が盛り上がる。
それに続いて第一王子、姫君が入場すると更に熱気は高まった。
第一王子はすでに妻がいるが第二王子には婚約者すらいない。
女の影もないということで女性達は玉の輿を狙って彼に近づいていく。
早くも化かし合いが始まる中で俺はそんな女共を嘲笑った。
俺はそんな女に用はない。
妻にするなら強くて媚び諂いをしない女。
どうやらこの国にはそんな女はいないようなので俺は踵を返そうとする。
その途端何やら会場が騒がしくなった。
なんだ...?
踵を返しかけていた足を元に戻して入り口に視線を向ける。
そこには亜麻色の髪の女性にエスコートを受けながらプラチナブロンドの髪を軽く靡かせる女性が一人。
なんて美しい。俺は二人共の女性に見惚れてしまった。
他の男性陣も同じらしい。
目が彼女達に釘付けになっている。
二人とも揃って極上の陶器の人形のような肌のきめ細やかさ、白さ。
"ごくりっ"と唾を飲む。
あのような女性がいるとは思わなかった。
彼女達は他の女性達とは違うドレスで会場の奥へと歩いて来る。
裾が広がっておらず、細身のデザインのスカート。
露出は最低限に抑えられていて、刺繍も権力を見せつける為ではなく飾りとして精巧なものが誂われている。
ある意味では貴族らしからぬ姿なのに他のどの女性よりも貴族として見えるのは何故だろうか。
目が離せない。あの女性達が俺は欲しい――――。
二人はジーク侯爵の姿を見つけるとそちらに行き談笑を始めた。
侯爵家の娘達なのだろうか?
だとしたらあの気品も頷ける。
いや、もしかしたら公爵家かもしれない。
あの光沢のあるドレス。
あれは相当金を積まないと買えない筈だ。
などと考えていたら音楽が流れ本格的にパーティが始まる。
俺がシャンパンを手に取ると二人の女性が王の元に進み出た。
一時的に他者の目線が逸れていたのが再び二人に注目が集まる。
「パトリシア・ラナ・ルーシナ伯爵令嬢並びにブロッサム商会商会長アルマ。此度はよく参加してくれたな」
「勿体なきお言葉」
「私のような平民の身のものをお招きいただき恐悦至極にございます」
会場がざわめく。
その身分のこともさながらブロッサム商会。まさか女性が商会長とは思わなかった。
「うむ。二人共此度の会。大いに楽しむがよい」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
二人は呼吸を合わせたように揃って礼をするとその場を下がった。
王との話を終えた二人に男性陣が群がろうとする。
だが二人はそれらを華麗に躱すと今度はリリウス伯爵と談笑を始めた。
俺は少しずつ二人に近づく。
そのうちリリウス伯爵が二人から離れるとタイミングを見計らって彼女達に接触した。
◇
王様主催のパーティ。
私は内心美しすぎるパトリシア様に"ドキドキ"していた。
そのせいもあってさっきの王様との会話、少し声が上ずってしまったような気がしたけど大丈夫かな。
機嫌が悪くなるなんてことはなかったし、パトリシア様から注意を受けたりもしなかったから多分大丈夫だったんだと思う。
それにしても絢爛豪華とはこのことだろう。
ここには私とは一生無縁だと思っていた世界が広がっている。
「アルマ」
他の人には聴こえない小声でパトリシア様が私の名を呼ぶ。
エスコートはもう終わったのに手を重ねて来られるパトリシア様。
「お嬢様?」
「緊張しているでしょう」
手が握られる。
どうやら私の緊張を見抜いて解そうとして下さったらしい。
胸が温かくなる。
"じわりっ"とパトリシア様への想いが広がる。
「少し外に出ましょうか?」
「はい」
歩き出すパトリシア様と私。
息抜き出来ると思っていたのに...。
「初めましてパトリシア嬢、それとアルマ様」
まさかの堰止め。
ガッカリな気持ちをひとまず抑えて私はこの日の為にフィーネ様から習った作り笑いで対応する。
「初めまして」
「・・・・・」
私が挨拶を返したのに対してパトリシア様は何もしない。
それはマナー違反なのでは? 驚いて見ると訝しんだ顔。
「まずご自分の身分と名前を名乗るのが礼儀ですわ」
なるほど。そういうものらしい。
改めて貴族様って面倒くさいなと思っていると目の前の男の方が笑う。
「これは失礼しました。俺は...。余はレオン・ハートと言う。姓は...」
「レオン様...。まさか貴方様は」
「おっと。ここではなんですから少し出ませんか?」
「はい」
誰だろう?
パトリシア様が従うということはご自分より身分が上の方ということだろう。
外へと歩き出した二人に従い私も後に続いた。
…
会場から抜けた中庭。咲き誇る美しい花々。
頭上には満天の星々が煌き、月の青白い光がまるで二人の出会いを祝福するかのようにパトリシア様とレオンと名乗った方とを照らしている。
嫌でも覚える疎外感。
ううん、そんなことはどうでもいい。
パトリシア様が何処かに行ってしまうような、そんな予感が不意に私を犯す。
「さて、話の続きをよろしいでしょうか?」
「ええ、レオン殿下」
「殿下ですか?」
「アルマ、この方はイグレシア王国の王子様よ」
「!!」
つい目を見開く。
イグレシア王国と言えばこの国アリアノラ王国と敵対関係にある国。
何故そんな国の王子がここにいるのか。
「余の存在が気になるようだな」
「それは貴方の正体を知れば誰でもそう思うと思いますわ」
「まぁそうか。単刀直入に言うとアリアノラ王国と友好関係を築こうと思ってここに来た」
「それはブロッサム商会の品が目当てでしょうか?」
「それもある。だが、お互いいい加減睨み合い続けるのも疲れたであろう?」
「そうですわね。イグレシア王国と友好を結べれば我が国は北の国境の守りに人員を多く裂かなくて済みますわ」
「こちらもな」
パトリシア様とレオン殿下が会話し続ける中、私はただお二人の様子を見守る。
会話が進み続けるにつれてますます大きなくなっていく――――不安。
「余は親父に着いてきただけだがな」
「まぁ。そうでしたか」
「ただこの国を見学だけして帰るつもりだった。しかし気が変わった」
それまで星を見ながら話していたレオン殿下がパトリシア様に視線を向ける。
その視線は私でも分かる熱の篭った視線。
となるとその先何を言わんとしているか。明白。
「パトリシア・ラナ・ルーシア。余の妻となっていただきたい」
ああ、やっぱりだ...。
心に大きな穴が空いて涙が零れる。
受け止めきれない。
悲しんだらダメなのに張り裂けそうな程胸が痛い。辛い。
「それは素敵なお話ですね。両国の為にもなるでしょう」
「うむ。国と国との友好の話もスムーズに纏まるであろうな」
「ええ。そうですわね」
貴族様は。特に女性は政略結婚が当たり前。
パトリシア様は国の為に喜んでその身を投げ出すだろう。
私が知っているパトリシア様はそういうお方だから。
「アルマと言ったな。そなたには余の側室となって貰いたい」
「....身に余る光栄です」
嘘だ。全然光栄じゃない。
でもパトリシア様のお傍にいられるのならば。
「...っ。殿下。私共も準備しないといけませんわ。このお話少し待っていただくことは可能でしょうか?」
「そうだな。一週間後迎えに来る」
「畏まりました。さぁ、ここは冷えますわ。室内に戻りませんか?」
「うむ」
後は何も覚えていない。
貴族様方に失礼なこととか言わなかっただろうか。
気が付けば私はラナの街のお屋敷に戻ってきていた。




