第一話 事件の結末ととある事情
目を覚ましたら正面に知らない天井があった。
いや、正確には目を覚ましてからも暫くの間二度寝したりゴロゴロしたりで、なんかいつもと違うなーと思いながらもぼーっと過ごしていたのだが、今やっと意識が覚醒してこの状況を認識した。
病院か?
俺が寝ていたこの部屋は白っぽくて病院みたいだ。今俺のいるベッドも病院のやつっぽいし。
いやしかし、うっすらと目が覚めてから一時間くらいたってると思うが、まったく気付かなかった。流石にだらけすぎだよな。
でも病院?なんでこんなところにいるんだ、俺は。
そう思いながら昨日寝るまでの記憶を思い返そうとして気付いた。
「あ、死にかけたのか、俺」
そうだ、俺は女の子を助けようとして死にかけたんだった。
でもこうしてここに居るってことは助かったのか。
良かった。俺生きてたんだ…………なんて。
「んなわけねぇよな」
ありえないだろう。
腹を刺されただけならまだしも、俺は自らそれを引き抜いたんだ。どうやったって出血多量で死んだだろう。いわんやあれほどの無茶をした後をや、だ。
腹は場所によっては死なないことも多いみたいだが、俺は完全にアウトな場所だったと思う。血がえげつなかったし。
なんとか立ち上がってからの一連の行動は俺の命を削って、最後の力を振り絞ってのものだ。文字通り死ぬ気でやったからこそあそこまでできたともいえる。
あれで生きられると思うほど俺は楽観的じゃない。
それに、実はさっきからなんとなく違和感を抱いていたのだが、それも今気づいた。
全く腹が痛くない。あれだけの怪我でそれはありえないだろう。
一つ気付いたら他にも出てきた。
ここ、よく見たら病院じゃない。俺以外の人がいない(そもそも他のベッドがない)しカーテンやナースコールするやつとかいろいろない。
決定的なのは窓の景色が全く動いてないことだ。ここは思ったよりも異質な空間なのかもしれない。
「あー……」
しかしどうしよう?そんなことに気付いたからと言ってどうだというのだろう?
俺が死んだにもかかわらずこうして生きて(?)いることと、一瞬病院に見えるけど実際は全然違う変な部屋に入れられた事だけは確かみたいだが……、これでは何もわかっていないようなものだ。なるべく現状を把握したい。
…………とりあえずこの部屋から出てみるか。
服があの時から変わっていないことから予想していたが、ベッドの下には俺の靴があった。
……土足か。いや、そもそも病院はそういうものだったっけ?
一度しか来たことないから覚えてないな。
まぁ、こんなどうでもいいことまで気にすることはないか。
どうでもいい疑問は置いといて、靴を履いてからドアまで近づき、横に引いてみる。
ガラガラガラ。
目の前に現れた景色は真っ白でした。
…………壁かよ。
ドアを開けても横の壁の延長があるだけだった。少しの隙間も空いていないただの壁の手前に横開きのドアを取り付け、形だけ出入り口に見えるようにしてたらしい。
……なんでドアついてんだよ。出口なしにするとしても、ドアが開かないようにするとかあるだろ。
ただまあ、ここがおかしな空間であることはもうわかっていたのでツッコミはほどほどにして、今度は窓の方がどうなっているのかを確かめてみる。
さっきから外の景色が見えないことといい、こっちもろくなもんじゃないに違いない。
…………開かない。
こっちはそう来たか。
まぁ、いいわ。
じゃあ俺はどこから入ってきたのかとか見当違いの疑問は出るが、まぁ、いい。
やることなくなっちゃったなぁ。困った。
もうこの空間で出来そうなことなんにもないぞ。
そんなふうにおもった瞬間、ピロリロリン♪と携帯の着信のような音が部屋に響いた。
いや、俺の携帯はプルプル震えるんだけどね。自然じゃない音ってことよ。
どこから出た音なのか辺りを見回してみるが、何も見当たらない。
はて、今のは何だったのか。
『お目覚めですか』
「うわっ」
なんか急に声が聞こえてきたんですけど。中性的で、なんだか感情を感じさせない声だ。
部屋には誰も人はいないんだけど……。
『人柱さん、あなたはお亡くなりになりました』
……あ、はい。そうですよね。
それはもう知ってますよ。
どうやらこの声は誰かが発しているというよりは、脳内に直接情報を伝達しているらしい。耳で音源がつかめない感じがするのだ。天の声って感じ。
それともう一つ気になったんだけど……。
「あの、できれば苗字ではなく名前の方で呼んでくれませんか?」
人柱さん、とはあまり呼ばれたくないのだ。
今更ながら自己紹介をさせてもらうと、俺の名前は人柱神道。どこにでもいるような大学三年生だ。
人柱というのが苗字で神道が名前。
人柱と言っても、別に俺のご先祖様が生贄だったとかいうマイナスな苗字ではない。むしろ逆で、神に祈りを捧げたりする祭事において司祭のような立場にいた昔のご先祖様(かなり高位の霊媒師だったらしい)が、人の身にありながら神のように崇められていたことから人の柱(柱は神を数える単位の一つ)と呼ばれていた事に由来して付けられたものだ。
どちらかというと現人神のような意味なのだ。
と言ってもそれが本当かは俺には分からないし、今の親戚に霊媒師はいない。
いや、霊的なものを見たエピソードがみんな一つ二つはあるらしいから結構霊感はある一族であることは確かなのだが、俺はそういうのをはっきりとは見たことがないのでそこは何とも言えないのだ。
ちなみに名前の方に神が入っているのは苗字に合わせてで、親族は大体名前に神が入っている。
まあとにかく、そういう由来がちゃんとあるとはいえ外聞がよろしくないし、ちょっとしたトラウマもあるので人柱と呼ばれるのは嫌なのだ。
『では……神道さん、あなたはお亡くなりになりました』
ああ、繰り返すのね。
……って、普通に会話しているけどこの人誰なんだろう。閻魔大王とかではなさそうだけど、普通の存在ではないよな。
何故か俺の名前も知っているし……。
『通常なら死んだあなたの魂は世界へと還元され、世界と一つになった後にまた新たな命として生まれるのですが、とある事情によりあなた方は地球で転生することができなくなってしまいました』
うん?
いくつかツッコミどころがあったな。
魂云々はいい。霊感があるという俺の親族達がやたらその存在を強く主張してたから実際にあったとしても驚かないし、魂があるなら転生があってもおかしくない。
わざわざぼかしたとある事情とやらもひとまず置いておこう。
気になったのは、あなた方、の部分と地球で、の部分だ。
「この部屋には俺しかいないみたいだけど、あなた方ってのは?」
『あなたがあの男を殺した時間からそう離れてない間にあの付近で亡くなった方々……事実上あの男が殺した人たちの事です』
うわぁ。
考えないようにしていた核心をいきなり明かされちゃったよ。
記憶が変なところで途絶えていたけど、やっぱりあの男は俺が殺したのか。
だとしたら確かに俺はあの男の死亡時刻とそう離れてない時間で死んでいる。この天の声の言う条件に当てはまっているな(距離については言うまでもない)。
しかし、そこまで聞いちゃったらもう気付いてないふりはできないな。
本当は真っ先に思いついたのに、知るのが怖くて考えないようにしていたのだが……。
「……あの女の子って助かったの?」
『はい、あなたの頑張りのおかげで無事助かりました』
おおぅ。よ、良かった……。
これで救えてなかったらどうしようかと……。
「あっ、それじゃあはは……」
『母親の方はお亡くなりになりましたが』
………………え?
ハハオヤノホウハオナクナリニナリマシタ?
聞きたくなかった現実に、一瞬だけ頭が理解を拒絶する。
お亡くなりに?じゃあ何、助からなくて死んだって事?
親子共に救うつもりで必死に頑張ったのに、間に合わなかったのか?
「…………そ、そうですか……」
いや、わかっている。認めろ。
あれだけ刺された母親の方が生きている確率なんて、俺とどっこいどっこいだったはずだ。
普通に考えて死んでる。
あの親子って助かったの?ではなくあの女の子って助かったの?と聞いた時点で俺はこのことを予想していたはずだ。
わかってる。わかっているんだ。
でも……でもそれじゃあ、俺は結局救えてなかったって事じゃないか。女の子は無事だって?目の前で母親を失って大丈夫なわけないじゃないか。
全然救えてない。救えてないよ……。
『あなたやあの母親、さらに他のお亡くなりになられた方々は、地球ではない別の場所────異世界に転生してもらいます』
「…………うん」
天の声が何か言っている。言っていることは理解しているのだが、先程知った事実が後を引いていてなんだか上の空になっていしまっている。
どうしてもあの時こうしていれば……と考えてしまう。
異世界転生──某小説投稿サイトでは定番の設定で、こんな状況でなければ俺ももう少し大げさなリアクションをしていたのだろうが。
なんというかまあ、憂鬱だ。
「そもそも魂って何なの?」
少しでも気を紛らわすために、大して気にもなっていない事を質問してみる。
『肉体に対をなす霊体、物質に対をなす非物質。人の肉体ではなく精神を司る存在。体とは別の実体。いろいろと言い方はありますが、概ねあなたたちが一般的にイメージしている魂と大差はありません。特筆すべき点があるとすれば、死んだ人間の魂はそのまま別の赤子や動物に輪廻転生するわけではなく、その他の肉体を失った魂や世界中に満ちている霊的エネルギーと混ざり合って、その混ざり合ったエネルギーの一部がまた新たに魂として生まれます。ですから、死んだあとに元の魂がそのままの形を維持するようなことは普通ありませんし、それだけ薄まれば記憶なども残らず完全に別の人と言っていいでしょう。今回あなた方にしてもらう転生は魂が世界に還元される前に確保したものをそのまま使う為、記憶はそのままになりますが』
そうでなければこのような説明は意味がありませんからね、と天の声さんが最後に付け足す。
『ちなみに、あなたの姿が生前と同じになっているのは今言った通り、魂をそのままの形で確保したからです。今ここにいるあなたは魂だけの存在で、魂に最も馴染む姿で視覚化されているので怪我も無いのです。この空間は、なるべく混乱しないような場所をあなたの記憶から選んで作りました』
おおぅ。
軽く話すだけのつもりが結構がっつり説明されてしまった。
うーん。しかし比較的わかりやすい説明だったな。興味が湧いてきて嫌な気分が少し紛れるくらいには。
引っかかるところがなかったではないけど。
魂と輪廻転生ね。
俺の姿に対する疑問も解けたな。この病院を形だけ真似て間に合わせで作ったような部屋の謎も。
俺がなるべく混乱しないような場所を選んだのなら病院チックなのはわからなくもないが……クオリティのせいでむしろ不気味な空間になってる……。
ええと、それで、新しく出た疑問点は……。
「世界中に満ちている霊的エネルギーとは?」
『すべてのものには霊が宿るといった考えに近いものですね。大地や大気中にもそういった目に見えないエネルギーがあふれている……という。魂を構成しているエネルギーも世界中に満ちている霊的エネルギーも、本質的には同じものですね。山には不思議な力があると言いますが、それは世界中どこにおいても言えることなのです』
信仰の対象となっているような場所は他所よりもエネルギーに満ちているというのは事実ですけどね、と続ける天の声さん。
ふむ。興味深い話だな。世界は目に見えないエネルギーに満ちている、か。アニミズムの考えに近いか?
気を紛らわす為にただ喋る話題が欲しかっただけだったんだが……。
このままずっと落ち込んでいる訳にもいかないし、終わってしまったことはもう忘れよう。
今は今の事だけ考えるべきだ。とりあえず会話に専念しよう。
「あなたはどうしてそんなことを知っているのですか?というかそもそも、あなたはどういう存在なんですか?」
おおよそ普通の人では知らないだろうことを知っているこの人の正体が気になってきた。いや、人じゃない可能性の方が高そうだけど。
てか普通は真っ先にそこを聞くよな……。俺の最初の質問は何だっけ?
……ああ、質問じゃなくて名前の呼び方に注文を付けたんだった。思い返してみるとなんだか馬鹿っぽい。
相手が誰か考えなかったわけじゃないんだけど、なんか普通に会話が始まったからタイミング逃した感があったんだよな。
『私は……しいて言うなら輪廻転生のシステム……管理システムのようなものでしょうか』
いや、疑問形で返されても。知らんよ。
……しかし、輪廻転生システムだと?閻魔大王様っていうさっきの予想もあながち間違ってなかったな。
「それじゃあ何?俺が天国に行くか地獄に行くかを判断してくれたりするわけ?」
今の説明だけではあまり詳しい役割がわからなかったため、とりあえず思いついた事を言ってみる。
『いえ、天国や地獄といったものはありません。先程も言いましたが、肉体の死後魂は世界に還ってまた新しい魂の一部となり、循環を繰り返しますから』
しかし俺の適当な予想はあっさりと否定された。
ああ、そうか。さっき言ってた通りだとそうなるな。見当違いな質問だったか。
てことは、輪廻転生つっても仏教でいう解脱とかはないってことか。
だとすると輪廻転生って言ったのも微妙に定義がズレてるけど、そこは多分イメージの伝わりやすさを優先したんだろう。
『その循環も、私が何をするまでもなく自然に任せているだけで機能しますから、管理システムである私はこのような例外的な事象に対応するのが役割なのです』
へぇ。
このような例外的な事象ね。
「とある事情で地球では転生できない……だっけ?それってどういう事なのか聞いてもいい?」
『長くなりますが、よろしいですか』
「構いませんよ。興味湧いてきたし」
だっておもしろそうじゃない?
向こうは説明を省くつもりだったみたいだけど、普通気になるよね。
『では、その前に言っておいた方がいいでしょう。先程私は自分の事を輪廻転生システムと言いましたが、それは地球のではなく、あなた方から見た異世界のシステムなのです』
「はい、定義確認させてください。異世界とは?」
さっきも思ったが、異世界という説明だけではあやふやだ。全く今までの常識が通じない異次元の世界かもしれないし、ひょっとしたら地球の人類が将来たどり着けるような、地球と同じ宇宙空間内の惑星のことかもしれない。
一番気になるのは人間みたいな生物がいるかどうかと、いたとしてそれに転生できるかどうかだが。
『異世界というのも、基本的に想像通りだと思いますよ?地球の人間とほぼ同じ種族もいますし、魔法や神といった存在もありますが、それはおとぎ話や童話の類の世界を想像してみればそこまで受け入れがたくはないかと。ゲームの世界でもいいですね。それさえ知っていればそれほど逸脱したものはないと思います。基本的にはですけど。定義というなら、地球ではない惑星、でしょうか。といっても、銀河系どころか宇宙も違うみたいですけれど。というか文字通り世界も違うらしいのですが、私はそこまで詳しく知りません。ただ、距離的には離れていてもこうしてあなた方の魂を招くことができるように、どういう訳か世界同士は繋がっている、あるいは隣接しているようです。こちらの世界から地球以外にもいくつか異世界が観測されています。観測できるのは神だけなので、地球人同様こちらの世界の住人も異世界のことは知りませんが』
なんかすげー長い説明だったけど、要するに魔法とか神とかはあるけどファンタジーの世界だと思えばいいんだな。
惑星とか宇宙とか言ったのは多分、物理法則は地球とほとんど変わらないから大丈夫だよってことだよな。
異世界には万有引力がない、とか、そこまでいかなくても陸がないだの機械が全てを支配しているだのといった常識外があるかもしれない。その場合も多分生きるのには問題ないんだろうけど、ギャップで精神に支障をきたしてもおかしくない。
まあ、基本的に想像通りと言ったのだから転生しても俺が発狂するようなことはないだろう。便利な説明だね、想像通りだと思いますって。もしあまりにも違ったらクレームは受付けてくれるのかね。
こう、俺が読んだことのある異世界転生の小説の主人公は何故か、異世界がどんなところかもわからないのに意気揚々と転生するんだよね。
チート能力をくれるか聞く前に、人間がいる世界か、それに転生できるか聞きなさいよ。
というわけで質問。
「人間がいて、俺の想像とそこまで逸脱した世界じゃないのはわかったけど、俺は人間に転生できるの?」
人間じゃない種族に転生しちゃったって小説も割とあるからな。
ゴキブリとかに転生させられたら死ぬしかないよね。
『はい、あなた方は魂の形を変えずにそのまま転生させる必要がありますが、その場合元の姿と近い生物が一番無理がないので。亜人もいますが、そこまで人間の姿から乖離してないので問題ないかと』
そこは普通なのね。良かったというかなんというか。
亜人っていうのはケモミミとかかな?そのくらいなら俺基準では余裕で人の範疇だね。
「チート……転生するにあたって何か特典はつけてくれるんですか?」
『?……それはどういう事でしょうか?私が何かするのですか?何故?』
「いや、忘れてください。本気で言ったわけではないので」
チートについて聞いたら普通に困惑された。そりゃそうだよね。
もちろん俺は本気でそんな要求をしたわけではない。
「えーっとそれで、あなたが異世界の輪廻転生の管理システムという事はわかりました。俺がこうして異世界に記憶を持ったまま転生することになった理由の続きの説明をお願いします」
細かい疑問は概ね解決できたので、ちょっとずつズレていった質疑応答をもとの話に戻す。
『はい、あなたたちから見た異世界の存在である私がこうしてあなた方地球の魂を招いたのは、それが地球の神からの要請だったからです』
「はい!はい質問!地球にも神いたの!?」
またいきなり疑問が出てきたよ!
いや、今までの話と合わせるとそこまで驚愕の事実ではないけど、異世界には神がいるって言ってたから逆説的に地球にはいないのかと思っていた。
『はい、いますよ。一柱だけですが』
「唯一神…………それって一神教のどれかが正しかったって事?」
俺にとっては驚きの事実ですな。魂のことといい、結構人類は真実に近いところにいたのか。
『いえ、地球の神は遥か昔の人類の想像から生まれて、それ以降に考えられた神の概念を取り入れながらいろいろな姿をとるようになった存在です。多くの人が共通して神として認識しているものがあるならば、そのような姿をとって働きかけることが可能です』
ええ?なんだか予想外の話だった。
神は想像から生まれた?地球の神はすべて一柱が違う姿をとっているだけ?
地球の宗教の考え方とは割と違うのか?いや、確かそんな感じの宗教もあったような……。
『質問は受付けますが、神はいろんなことができる凄い存在、と今は認識していてください。あなた方の転生についての説明が済んでから細かいところは聞いてください』
「はい……わかりました」
すっげー気になるけど、転生の話と直接関係ないなら今は質問するのを我慢しよう。
すっげー気になるけど。
『私が地球の神に話を聞いたときは既に皆さんが亡くなった後でした。地球内では手に負えないかもしれない事が起きたと言われ、そこであなた方がどうなったかという事の顛末を聞きました。ただの事件であれば放っておいても何の問題もありませんでしたが──それこそ戦争で人が何万人も死のうと魂、エネルギーはきちんと循環しますから──あの事件は一つ異常な事態が起こっていたのです』
説明をする為に事実を述べる、というよりはなんだか一つのエピソードに脚色を付けた物語のように語りだしたその声に思わず聞き入ってしまう。
その異常な事態というのが、俺らが異世界に転生することになった原因なのだろう。
続きが気になる。
『地球で次々と人を殺していたあの男、あなたが殺したあの男の魂は、こう、なんというか、……凝り固まっていたんですよ』
「凝り固まっていた?」
いまいちピンとこない説明に思わず首をかしげる。
向こうも今の説明ではわかってもらえないことは理解しているようで、今度は例え話を持ち出してきた。
『世界に満ちているエネルギーを、水槽に満ちている水に例えるとしましょう。そして魂はインクです。通常肉体が死んで体から離れた魂──インクは、基本的に世界──水槽の中に還ります。では、水で満たされた水槽にインクを一滴垂らすとどうなりますか?』
例え話の途中で急に質問が来た。
えーっと、何?水槽にインクを垂らすとどうなるか?そりゃあもちろん……。
「滲む……というか、水槽全体に均等に広がって薄まるな。水槽のサイズにもよるけど、ほとんど色は着かないんじゃないか」
『ええ、そうなりますね。この場合の水槽は世界ですから、相当薄まるでしょう。では今度は新たに生命が生まれたとします。魂がどこから来たかと言えばそれは世界に漂うエネルギーからですから、先程の水槽から一滴分の水を掬って新たな魂とします。今言った通り、先程死んだ人の魂──インクは無視してもいいほどに薄まっていますから、この新しい魂には元の記憶などありませんし完全に別な色──完全な別人となります。実際にはこの水槽には絶えずたくさんの魂が、さながら多種多様な色のインクで彩るように入り込み、また、水槽の中からも次々と新たに魂が掬い上げられる為、もう少し複雑なのですが、基本的なところを簡単に説明するとこんな感じですね』
わかりやすっ!え、何その例え、超わかりやすいんですけど。
俺はさっきの説明でも一応理解はしていたけど、この例えはわかりやすいぞ。
理解が深まったというか、より視覚的に想像できるようになった。なるほど、水槽とインクね。
俺の納得顔を見て(見てるのかな?)説明を理解している事がわかったのか、天の声はそのまま説明を続ける。
『ここからが本題ですが、先程言ったようにあなたが殺したあの男の魂は凝り固まっていたのですよ。インクと水槽のたとえで言いますと、死んで水槽の中に戻ってきたのに広がらず、グミ……というか水飴?のように元の形からさほど変わらないまま新しい命として生まれ変わったのがあの男だったようです』
「……元の記憶を持ったまま生まれ変わったって事?」
『端的に言えば、そうなります』
それはまた……特殊だな。リアル生まれ変わりか。
あれ?でもそれって……。
「でも俺たちも今からそんな感じで転生するんだよね。それが何か問題になるの?」
そう、結局今俺たちがしようとしていることが自然と起こったってだけで、大した問題じゃないんじゃ……。いや、本人にとっては大したことだろうけども。
『あなた方の転生とは明らかに異なります。あれは神や私のような存在の干渉なしに起こり得る事象ではありません。言ってみれば、通常通り運行していたシステムに突然バグが発生したようなもの、一種の異常事態です。自分の手で右にある物を左に動かす事ができるからと言って、何もしていないのに目の前で物が右から左へ移動したら驚くでしょう?』
た、例えがわかりやすすぎる……。
なるほど、神の力でないとできないようなことが目の前で起こったからこうして異世界も巻き込んで対応している、と考えるべきだったのか。
『同じ魂が一つだけあまり変わることなく転生を続けているだけならば地球の神も監視をするだけに留めたでしょうが、あの事件の後にさらにまずいことに気付いたのです』
「はあ、何でしょう」
『あの男の魂は水飴ではなく、ゼラチン、あるいは寒天だったのです』
「んん?それはどういう……」
なんか例え話のし過ぎでわからなくなってきたぞ。
水飴じゃなくてゼラチンって……。
『あの男と共に多くの人が死にました。そしてその魂たちが世界に還ると思ったときです。あの男の魂はまたもや分散せずにほとんど固まったままだったのみならず、こんどはあなた方被害者たちの魂も固まりだしたのです』
うん?……どゆこと?
えーと、あの男だけじゃなく俺たちまで魂が拡散しなくなったってことは……俺たちもほとんど元のままで転生しそうになったのか。それも神の手によってではなく不自然に。
ゼラチンね。言い得て妙だな。ただの溶けにくい魂だったんじゃなくて、どんどん周りを固めていく凝固剤だったってことか。
『ただのシステムの一時的バグかと思ったら、同時期に付近で死んだ魂にまで感染するウイルスだったのです』
まだ例えるか。この例え話に対する異常なまでの執着はどこから……。
いや、わかりやすいよ。わかりやすいけどさ……。
『このままこの現象が続けばいずれ世界中の魂──いえ、ひょっとしたら魂に限らず世界中に満ちているエネルギーすらも全て流動性を失い、エネルギーが循環しなくなるかもしれない……そう思った地球の神は、自分の手には負えそうにないと私に……こちらの世界に話を持ち掛けたのです』
ここまで随分と長かったけど……やっとつながったな。地球では対応できないから異世界に転生することになったのか。
しかし……これは異世界ならこの事態に対応できるって事か?
「それで……俺らがそっちに転生したら問題は解決するのか?」
それが問題である。
『はい、解決できます。こちらの世界に満ちているエネルギーは地球とは比べ物にならない程多く、神や私のような存在はそのエネルギーを利用して力を行使するので、私にできる事も地球の神より遥かに多いです。魂に関することに限れば、ですが。ただまあ、あなた方の魂はもう転生する前段階まで来ていたので、直接こっちの世界に還元するのはやめておいて、自然に転生させた後の死後に対処する事にしました』
なるほど。こちらの方が問題解決に割けるリソースが大量にあるという訳か。
この天の声さんはそれだけの力を持っていると。
一度そのまま転生させるのは、無理が無いようにという訳か。
んん?
さっきから天の声さんは自分を管理システムのようなものとか言って、今も自分を神ではない存在みたいに言ってたけど、地球の神を越える力を持っていて異世界において魂を司る立場にいるって、そういう存在を神って言うんじゃ……。
俺がそんなことを考えた瞬間、俺の目の前──部屋の中心から突然強烈な光が飛び込んできた。
「うわっ!何?まぶしっ!」
いきなり視界を埋め尽くした光に数秒目が見えなくなる。
いくらか時間をおいて刺激に目が慣れ始めた頃、その光もだんだんと弱くなり、目の前を認識できるようになった。
一体何が起きたのか把握するために先程光が飛び出してきた部屋の中心、さっきまでは何もなかったその空間を見てみると、そこには何故か──何故か一糸まとわぬ姿の美女が座り込んでいた。
「……えっ?………………えっ?」
説明過多ですいません。序盤は多くなると思います。
魂だけのはずなのに視覚などが働いていますが、これは当然目で見ている訳でなく、魂が感じているものを五感に置き換えて処理しているからです。実際、天の声さんが直接魂に伝達している情報は聴覚に変換されてますね。
部屋の窓の景色が絵のように固定されて動かないのは、それより遠いところを人柱君の魂が感じ取れなかったからです。
伝わるよう頑張って考えた例え話でしたが、インクと水槽の例えはわかりやすかったですかね?




