第十二話 後日談とお礼
「う……ん?」
目が覚めると、目の前に天井があった。二年間ずっと見てきた家の天井だ。
どうやら俺は、気絶して眠っている間に家まで運ばれてきたらしい。
目覚めたばかりの状態から、辺りの状況を確認する。
窓から差し込む日の光を見る限り、今は朝だと思われる。
あの後気絶してから、今までずっと寝ていたみたいだ。
「あ、目が覚めたのね、ルシフェル」
「……お母さん、おはよう」
俺の目が覚めたことに気付いた母さんが、俺の寝ているベッドまで来て話しかけてきた。
なんとかそれに答えてはみたものの、なんだか頭がまだはっきりとしない。
睡眠系統の力が優れているはずの夜王族であるにもかかわらず、目覚めた俺の体には疲労からくる倦怠感があった。
久々に味わう、すっきりとしない寝覚めだ。
「事件が終わったと思った途端倒れたから、すごく心配したのよ?」
「ん、ごめんなさい、お母さん」
突然倒れたわけだし、母さんたちもだいぶ驚いただろう。
「……お父さんは?」
だんだんと頭がはっきりしてくると、父さんがいないことに気付いた。
一体どこに行ったのだろうか?
「父さんは今、バルバロン家の護衛の仕事をしているの。襲撃が本当にあれで終わりかわからないから。それに、屋敷があんな状況だし、しばらくは付きっきりになると思うわ」
なるほど。仕事か。
バルバロン家を襲撃したアマデウスの目的は結局わからず仕舞いだったし、あれにはまだ続きがあるかもしれない。
それに、屋敷が半壊したわけだし、バルバロン家の人たちはしばらく宿とかで過ごさないといけない。
貴族が泊まる用の高級宿とかはちゃんとあるんだろうけど、彼らがいつもより慎重になるのもわかる。
「ミシェルとフローラさんは?」
「大丈夫よ。完璧に治癒しているって父さんが言ってたわ。傷跡も無かったし……あれをルシフェルがやったっていうのは本当?」
「うん……」
一応ミシェルとフローラさんの安否を尋ねたら、話題が俺のやった治癒魔法の話になった。
さて……あれはどう説明したものか……。
「本当にそうなのね。バドルさんたちが言っていたけど、ルシフェルは叡智神の祝福も受けていたの?賢いし文字を覚えるのも早いって思っていたけど、本当に叡智神の導きがあったのね。私、驚いちゃったわ。あ、そういえばルシフェルはあのとき【契約】の神術を使ったのよね?ルシフェルが倒れた後に秩序神様が降臨なさって、今後同じような使い方をしたら神罰を与えるって言ってたわよ」
俺のやったことはほぼばれているみたいだ。全然隠してなかったわけだし、当然だな。
秩序神も説明したみたいだし。
……しかし、叡智神の祝福を受けていたことには何も突っ込んでこないな。
なんで祝福を受けているのか聞かれると思ったんだが……。
「ルシフェルも無事だったし、フローラもミシェルちゃんも助かったからよかったわ。よく頑張ったわね。偉いわ、ルシフェル」
そう言いながら、母さんが俺の頭を撫でる。割れ物を扱うかのようにそっとだ。
その触れ方、語り方、俺を見る目、全てが俺に対する慈愛に満ちているのがわかる。
「本当によかった……」
そして、母さんはもう一度だけそう呟くと、優しく俺を抱きしめた。
頬と頬が触れ合い、母さんの体温が伝わってくる。なんだかほっとするぬくもりだ。
母さんは俺の体温を感じることで、俺が確かにここにいることを確認したかったのだろうか。
「ごめんなさい、お母さんに心配かけて。でも僕、ミシェルとフローラさんを……」
「わかってる、わかっているわ。ルシフェルは正しいことをしたの。それは母さんも誇らしいわ。でも、その途中で何度も危険な目に遭って…………本当に心配したんだから」
母さんがそう言うのもわかる。
俺が最初にアマデウスに炎の魔法を撃たれたときも、一歩間違えればあっさりと死んでいた。
俺が母さんについて行かなければミシェルとフローラさんは死んでいただろうからあのときの行動を後悔はしていないけど、俺の我儘で母さんに心配をかけたのは本当に悪かったと思う。
そのまましばらくの間母さんに抱きしめられた後、俺はあの事件が終わってからの後日談というか、結局あの後どうなったのかということについて聞いた。
母さんによると、あの事件で出た死者は門番の二人と襲撃時に近くにいた一般人四名だけらしい。彼らが死んでいたことには俺も胸を痛めたが、流石にあの時点では俺にはどうしようもないことだったので仕方がないと受け入れた。
屋敷はほとんどが壊されたが、中にいた人たちはアマデウスがあの最大級の魔法を放った時にはすでにほぼ全員が退避していたらしい。あれだけの被害を受けたにもかかわらず死者がそれだけというのは、一応いい知らせである。
ちなみに、屋敷の人たちが避難していた場所は守護の神の神殿である。守護の神の神殿は普段は特に施設としての運用はされていないが、緊急時──今回のようにどこかで襲撃があった場合などには避難所として扱われる。
貴族の家などでは当然その辺の認識も徹底しているので、襲撃があると気付いた時点で護衛たち以外は素早く避難したそうだ。
ただ、ミシェルだけはまだその辺の認識がしっかりとできていなかったため、彼女を連れて避難しようとしていた侍女が少し目を離した隙にいなくなっていたらしい。
ミシェルがあの場に出てきたのはおそらく、大きな音のする方へ向かって行った結果だろう。
ミシェルを見失ったその侍女だけは屋敷に残ってミシェルを探していたそうだが、アマデウスの魔法で屋敷が破壊された時にはセーラさんたちと同様に、父さんの守護魔法に阻まれて一番被害が少なかった側にいたおかげで偶然助かったみたいだ。
俺が倒れた後にあの場にやって来て、ミシェルだけでなくフローラさんまでが死にそうになったと聞いてコデルロスさんに泣きながら詫びたらしい。
ただ、屋敷内に残ってずっとミシェルを探していたことと、結局ミシェルもフローラさんも助かったことから、大した咎めは無しで済んだそうだ。
その後に秩序神が現れて、【契約】の神術のあの利用法が今後は神罰の対象になると告げていったというのはさっきも聞いた通りだ。
それに加え、アマデウスが何らかの神の名前を口にしていたことも喋らないようにとも言われたらしい。
あと、あの場に居合わせた鬼人の貴族一行は普通に帰ったそうだ。護衛の人には改めてお礼を言いたかったんだけど、もういないならしょうがないな。
母さんが俺を連れて帰るまでの間にはフローラさんもミシェルも目を覚ましていなかったみたいだけど、生きているのはちゃんと確認したし、父さんも大丈夫って言ってたなら問題ないだろう。
バルバロン家が今後どうなるかはわからないが、今は二人を助けられたことを喜びたい。
数日後、コデルロスさんたちがうちを訪ねてきた。
数名の侍女や護衛の他に、ミシェルやフローラさんもいる。既に目を覚ましていたみたいだ。
もちろん父さんもいる。
「ルシフェル、よかった。なんともなさそうだね」
「うん、お父さんのおかげだよ。治癒魔法かけてくれたんだよね」
「そうだよ。だから大丈夫なのはわかっていたけど……うん、安心した。ごめんね?ずっと側にいられなくて」
「大丈夫だよ。お父さんがミシェルたちを守っている方が安心だし、今はそっち優先でも」
俺の無事を確かめた父さんは、安心したような表情を浮かべながら側にいられなかったことを詫びるが、今はむしろ父さんが向こうで護衛をしている方が安心だ。
襲撃があれで終わりじゃない可能性もあるしね。
「ルシフェル君、君がいなかったら妻も娘も死んでいただろう。助けてくれたこと、感謝する」
コデルロスさんが俺にお礼を言ってくる。
俺が助けたかったから助けただけだから、別にお礼とかはいいんだけど。
「はい、僕も二人が助けられてよかったです」
「心臓の欠損だったみたいだし、僕が来てからじゃ間に合わなかった可能性があるからね。ルシフェルはよく頑張ったと思うよ」
父さんも褒めてくれた。確かに父さんが間に合っていたかはわからない状況だったからな。
「ルシフェル君が私たちを助けてくれたんですって?ありがとう」
「るしふぇる、ありがと〜」
フローラさんとミシェルもお礼を言ってくる。
「こうしてまた話せて僕も嬉しいです。ミシェルとはまた遊ぶって約束もしましたしね」
「ふふ、ルシフェル君は本当にいい子ね。命を助けられたお返しは必ずするから、私にできることなら何でも言ってね」
「みしぇるも〜」
二人がこうして元気な姿を見せてくれただけでも、頑張った甲斐があるというものだ。
「おかーさん、もう行っていい?」
「いいわよ。ちゃんとお礼言えたからね」
ミシェルがフローラさんに何やら許可を取ると、フローラさんがミシェルと繋いでいた手を離す。
自由になったミシェルはそのまま一直線に俺に飛びついてきた。
「るしふぇる〜」
「はは……今日はおとなしいと思ってたけど、我慢してたのか」
ちゃんとお礼を言うまでは飛びついたりしないって約束でもしてたのかな?
勢いよく俺に抱きついてきたミシェルは、会えなかった時間の分を補うかのように俺の匂いを嗅いでいる。このまま顔がベトベトになるまで舐められるかもしれないけど、今日は大目に見てあげよう。
「るしふぇる、なんかいつもとちがう〜」
「ん?何が?」
「においが、ふたつ〜?」
は?……匂いが二つ?
俺の匂いを嗅いでいる途中のミシェルが、突然変なことを言いだした。
今まではこんなこと言ったことなかったんだけど……。
俺はミシェルが言っている意味がわからなかったが、フローラさんは何か心当たりがあったらしく、驚いたような反応をしている。
「え?ちょ、ちょっと待って。ミシェルはもしかして、ルシフェル君の魔力を感知できるようになったの?」
「?まりょく〜?るしふぇるは、いいにおいだよ〜。きょうは、べつのいいにおい、もする〜」
え!ミシェルも魔力感知できるようになってるの?
俺は視覚と触覚だけでしか認識できないけど、嗅覚って……狼獣人だからか?
一体いつの間に……あ、ひょっとして……。
「僕が治癒魔法をかけたとき?」
「そーなの。みしぇるがねむってるとき、るしふぇるのあったかいのが、みしぇるの中に入ってきて、ふわふわしてしあわせな気持ちになったの。あのときのゆめと、おなじにおいする〜」
これはほぼ間違いなく治癒魔法の時に感じ取れるようになってるな。しかし言い方……。
幸せな気持ちって……だから俺が魔法をかけた後は二人とも安らかな表情をしていたのか。これは治癒魔法の副次効果かな?
あの時ミシェルは気絶していたはずだけど、感覚と夢で覚えているのか。
「ミシェル、私の匂いは二つある?」
「?おかーさんは、おかーさんのにおいだよ。いつもといっしょ〜」
「……今はルシフェル君の魔力だけしか感知できないのね」
どうやらミシェルは俺の魔力だけ認識しているらしい。俺の魔法が原因だからかな?
俺も最初は母さんの魔力を漠然と感じているだけだったけど、ちょっと意識してみたらすぐにマナや魔力が視えるようになった。
この感じだと、ミシェルもちょっとしたきっかけですぐに完全な魔力感知ができるようになるに違いない。
フローラさんの適性は空属性だったみたいだけど、ミシェルの適性はどうなるかな?
「フローラさんたちの魔力も感じ取れるようになったら、ミシェルも魔法の練習ができるようになるよ。よかったね」
「まほー?るしふぇるといっしょ〜?」
「うん、僕と一緒だよ」
「えへへ、いっしょだ〜。るしふぇるといっしょ〜」
ミシェルに魔法ができるかもしれないと伝えたら、俺と同じかどうかを聞いてきた。
少しでも俺と共通点があると嬉しいんだろうな。俺と同じだよと言ってあげると、ミシェルは本当に無邪気な笑顔で喜びを表す。
ああ、もう!可愛いな!可愛すぎるよ!
俺は全然ロリコンではないけど、ミシェルは可愛い。
可愛いは正義。これは真理だな。
ミシェルのこの笑顔の為なら、俺はなんだってできそうだ。
気付いたら自然とミシェルの頭を撫でていた。
ああ、癒される。
撫でられているミシェルの方も、とても気持ちよさそうな顔で喜んでいる。
「ミシェル」
「なーに〜?」
「またいっぱい遊ぼうね」
「うん!」
俺の言葉に、ミシェルは満面の笑みで返す。
本当に。
本当に、守れてよかったよ、この笑顔を。
「……フローラ」
「何かしら?」
「ミシェルがあそこまで懐いている男の子がいるなんて聞いてないぞ」
「クラウとの茶会で子供同士の交流をしていることは、前に話さなかったかしら?」
「確かに聞いた覚えはあるが、これは……」
「いいじゃないの、家はアドルフが継ぐんだし。……それもどうなるかわからない状況ではあるけど、私はミシェルが幸せになってくれるならそれが一番いいわ」
「むむむ……しかしな……」
コデルロスさんとフローラさん夫婦が何やら話しているが、今の俺はミシェルの笑顔に夢中なので頭に入ってこない。
「るしふぇる〜」
「ん?何?」
「だいすき」
「えっ」
俺がニコニコとミシェルの顔を眺めていたら、ミシェルが俺に好意を示しながら頬にキスしてきた。
「おっ」
「あら」
「まあ」
「なっ!」
周りも驚いているが、俺が一番驚いている。
まさかこんなちっちゃい子に、頬とはいえキスをされるとは。いや、俺も今は同じくらいの年齢だけどね。
「そ、そう?僕もミシェルは好きだよ」
内心微妙にパニックになりながらも、とりあえずちゃんと返事はする。
コデルロスさんは「そんな……ミシェル、それはまだ早いぞ……」みたいなことを言っているが、他の面々は微笑ましいという表情でこちらを見ている。
やべ、ちょっと恥ずかしくなってきた……。
「ミ、ミシェルは女の子だから、誰にでもこんなことをしちゃ駄目だよ?」
「わかった!るしふぇるだけにする!」
ミシェルの教育の為にと思って一応注意をしたら、俺にならいくらでもしていいみたいな解釈をされた。
言い方間違えたな……。
まあそれはいいや。
「ゴ、ゴホン。ミシェル、そろそろ帰るぞ」
コデルロスさんがミシェルに帰ると告げる。
どうやら俺に改めて礼を言う為だけにうちに来たらしい。
「屋敷が元に戻って落ち着いたら、改めて報酬についての相談をしよう。今日はこれで……」
「やー!みしぇるは、るしふぇるとあそぶ!」
そのまま帰ろうとするコデルロスさんにミシェルが反抗した。
襲撃があったせいで、あの日は結局遊べなかったからな。
俺は気持ちとしてはミシェルと遊んでやりたいんだけど、どうするべきか……。
「それじゃあ、私とミシェルはしばらくこっちにお邪魔していいかしら?」
「ええ、もちろん。それじゃあ、帰りは私が送っていくわ」
「ありがとう。そういうわけだから、あなたは先に宿に戻ってね」
俺がどうすべきか悩んでうちにフローラさんと母さんで勝手に話が進んでいき、ミシェルがうちで遊んでいくことになった。
コデルロスさんの扱いがなんだか雑な気がするが……屋敷が使えない状態でも仕事はたくさんあるらしく、コデルロスさんは結局父さんと一緒に宿に戻っていった。
父さんの護衛はまだしばらく続くようだ。
「それじゃあミシェル、何して遊ぶ?」
「ボール!もってきたの!」
「よーし、それじゃあ、すぐそこの広場でやろう」
それから俺は、ミシェルが満足するまでずっと遊び続けた。
それは、なんだか久々に感じる、平和なひとときだった。
堕天使「俺はロリコンじゃないぞ」
3月7日の00時に続きを投稿します。今日のと合わせたらちゃんと一万字超えてますから。
てか、タイトル考えるのが地味にきついですね。




