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1・紫田 英秋

 男と女は人気のない公園のベンチに座っていた。


 二人は何気ない会話を楽しんでいた。


「ねぇ雷希、私たち付き合い始めて随分経つでしょ? そろそろ考えてくれない?」


 女は雷希と言った男に、結婚を持ちかけていた。


「李良、今俺たちがもっと上に行くためにもう少し実績が必要なんだよ。

 李良にはわかって欲しい」


 雷希は李良と言った女に口づけをした。


「・・・すぐにそうやって誤魔化すんだから」


 しらない! と、頬を膨らませて雷希と反対の方へ向く。


「そんなつもりじゃないんだって。 俺はいつでも李良のことしか考えてないんだからさ。 機嫌なおしてくれよ」


 李良は肩を震わせて、クスクスと笑い出した。


 今度はそんな李良を見た雷希がむくれて李良の頭を掴んで、握り拳を額にあて、軽く数回叩いたのだった。


 二人は笑い合ってから立ち上がった。


「そろそろ行くの?」


 李良が雷希の手を取った。


「あぁ、そろそろ集合の時間だからな。 遅れたらまた何言われるかわかったもんじゃない」


 雷希は笑いながら李良の顔をのぞき込んだ。


「帰ってきたら、またデートしようね」


 雷希は李良にキスをしてから、二人して公園を後にした。


    *


 待ち合わせのコンビニ駐車場。


「またヒッキーが遅れてるじゃんよ。 どうせまた彼女とデートかよ!」


 文句を言っているのは赤城あかぎ 桂太けいた。 通称  ケイ。 髪の毛を赤く染めている。


「遅れてきたら焼き肉奢ってもらおうぜ! 決定な」


 こいつは紫田むらた 英秋ひであき。 通称 ムッキー。 髪の毛を紫に染めている。


「噂をすればなんとやらだな。 ぎりぎりに来やがったから回らない寿司屋で奢ってもらおう」


 ふざけたことを言ったのが青木あおき 善正よしまさ。 通称  ヨッシー。 髪の毛を青に染めている。


「お! いいねそれ!」

「俺、まだ回らない寿司屋で食ったことないんだよな」


 赤城も紫田も寿司が食いたいがため、ぎりぎりに来いと口に出して願っていた。


 そんな中、堂々とぎりぎりに来た黄博だ。


「わりいわりい、彼女が離してくれなくてよ」


 軽いノリで遅れてきたこいつは黄博きひろ 雷希らいき。 通称ヒッキー。 髪の毛を金髪に染めている。


「皆で話し合った結果、回らない寿司で許してやるよ」


 青木が代表で黄博に告げた。


「はぁ!?  ふざけんなよ! 俺は今金欠だよ!」


「女とデートばかりしているからだろ! このスケコマシ野郎!」

 

 赤城が笑いながら文句を言う。


「雷希、そこはだめ!」


 くだらない事を言いながら、こちらに背中を向けて自分の手を肩やわき腹に這わせて変な動きをしている紫田も紫田だ。


「ヨッシー! こいつらに何とか言ってくれよ!」


 黄博は青木に助け船を求めたが、青木も黄博を助けなかった。


「それは寿司を奢ってからだな」


「くそっ!」


 黄博以外笑い合っていた。


「ま、くだらないことはここまでだ。 今日は例の洞窟に入るからな」


 青木は全員に言った。


 更に今日の趣旨を再確認するように語り出した。


「あの洞窟は入り口が塞がれている。 配信する前にその板を取り除くんだ」


 全員はニヤニヤしながら聞いていた。


「ムッキー、カメラの準備は?」


 青木が確認する。


「いつでも配信いけるぞ」


 紫田はカメラの準備を終えて、変な撮影ポーズをとりながら答えた。


「調べ上げたあの洞窟に入れば、かなりの視聴率がとれるぜ。 心霊様々だよな」


 いやらしい笑いを浮かべながら赤城が言った。


「荷物持ちはヒッキー! 君に決めた!」


 青木が黄博に荷物持ちをやらすことに決めたようだ。


「まじかよ・・・。 今度から少し早く来よう」


 こんな事を毎度言っているが、一度たりとも早く来たことがない黄博だった。


 そして一行は車に乗り込み、洞窟のある場所まで車を走らせるのだった。


 車中、紫田はカメラでサブチャンネル用に動画を撮っていた。


 移動中は皆で馬鹿話やこれから向かう洞窟について話していた。



 一時間半後・・・。



 一行は山の中腹にある駐車スペースに車を停め、荷物を持って徒歩で移動を開始した。


「すげー雰囲気出てるじゃん」


 赤城がライトを顔の下から照らして遊んでいた。


「この先になんか石碑があるんだよな」


 黄博が誰とも言わないが質問してきた。


「ああ、下調べに来たとき見たけど、よくわからないけど文字が彫られていた」


 青木が答えた。


 時折、風が吹いてざわざわと異様な音を鳴らしているように聞こえる。


「こちらカメラマン。 われわれは今、秘境の奥にあると言われている洞穴を調査すべく密林の中を進んでいく」


「ムッキー、楽しそうだな」


 赤城が紫田につっこんでいた。


「そろそろ着くぞ」


 青木が皆に言った。


 車から降りてから三十分は歩いた感覚はあるが、実際には五分くらいだ。


 木々を抜けると、岩が窪んだ感じになっていて、入り口には板が張り付けられていた。


「ヨッシー、おまえが言っていた石碑ってこれか?」


 赤城が石碑にライトの明かりで照らしている。


「そうだ。 そいつだよ」


 青木は答えた。


 その石碑にはこう書かれていた。


 ”鬼は在り

  鬼 常に傍らに在て人を窺ふ

  入るべからず 近づくべからず

  入れば魂は奪はれ 黄泉路へ誘はる

  ひとたび彼の世へ渡らば 現世へ帰ることは叶はず ”


「難しくてよくわかんねーや」


 赤城は興味を失い、洞窟の入り口へ歩き出した。


「よし、皆で板を剥がそう」


 青木が音頭をとり、全員で板を引き剥がし始めた。


「なんか裏に札が貼られているな。 どうやって貼ったっていうんだよ」


 笑いながら紫田が札を手に取りカメラに収めていた。


「板が・・・いちまい・・・にまい・・・いちまいたりなぁい」


 黄博が両手を前で垂れ下げて遊びだした。


「皿屋敷かよ」


 青木がつっこみながら、最後の一枚を剥がし終えた。


 中から、この時期だと寒いくらいな風が洞窟の中から吹き付けてきた。


「夏だから、この風は気持ちいいな。 生き返るぜ」


 紫田が涼しそうな顔をして言った。


「おお! 確かに生き返るぜ!」


 赤城も真似て入り口に立った。


 青木と黄博は剥がした板を少し離れた場所まで捨てに行っていた。


 準備も整い、全員がいつもの配信で見せる顔を作りながら準備を始めた。


 紫田が配信用のスマホを取り出し、準備ができた事を仲間に伝えると、配信が開始された。


 予告していた配信時間になる。


 紫田は手で合図を仲間に送った。


「はい! この時間がやって来ました! オカルトはんてぃんぐ OH!の信号トリオ! ヨッシーです」


「ヒッキーです」


「ケイだよ」


「おまけカメラマンのムッキーですよ」


 いつもの挨拶で配信を始めた。


 コメントは紫田がスマートグラスで確認して、スパチャコメントを読み上げてくれる。


「今日は噂の洞窟へやって参りました。 見てくださいよ、このいかにもっていう感じの洞窟。 中からひんやりした風が吹いてきています」


「視聴者の皆様にも、感じて頂きたいのですが残念。 カメラ越しでは届かないんですよね」


「本当に残念だね。 この蒸し暑い夜にこの涼しさを届けられないなんて」


 青木、赤城、黄博の順番で話していく。


 それを紫田がカメラで撮って、全国でこのチャンネルを観ている視聴者に届けているのだ。


 早速視聴者からコメントが飛んできた。


@こんばんわ

@観に来たよ

@そこどこだ?

@すげー雰囲気あるところだな


 いくつもコメントが流れ始めていく。


「ここは鬼がでると言われている。 噂の鬼の洞窟!」


 赤城が頭の上で指二本を角に見立てて伸ばした。


「居るわけないけど、やばいくらいに静かなんだよ、ここ」


 青木も言葉を続ける。


「俺たちはこれからこの中に入って行くんです。 皆も怖がらずに最後まで見ていってくれよな」


 黄博の発言を合図に青木が号令を出す。


「よし。 入ってみましょう」


 洞窟からは冷たい風が今もなお吹き続けている。


 そして、四人は誰一人気がついていない・・・。


 虫の声が全く聞こえていないということが。


 洞窟の入り口の上には二つのくぼみがこちらを見ているようにも見えてくる。


 四人は冷たい風が吹き出す暗闇の中へと姿を消していくのだった。


    *


 洞窟に入って暫くすると、三人の会話は徐々に少なくなっていく。


 紫田のスマートグラスにコメントだけが流れていく。


@急に口数が減ったよな

@雰囲気作りか?

@ケイ~、いつものノリで騒がないの~?


 このコメントを見ている紫田も読み上げることをしなくなっていた。


 洞窟の中は更に冷え込んでいく・・・。


 時折天井から垂れてくる滴が地面に出来た水たまりに落ちる音と、自分たちの足音だけが不気味に響きわたっていた。


「なんか凄い寒くなってきた」


 青木が口を開いた。


 それに続くように二人も口を開いた。


「ヨッシーもか? 俺もさっきから震えだしているんだよ」


 赤城も同じ感想だった。


「ムッキー、カメラ大丈夫か?」


 震えながらムッキーを気遣う黄博。


 そんな黄博に対して、ムッキーは大丈夫と伝えるために、親指だけを立てた。


 そんな彼らを視聴者たちも心配し始めていた。


@大丈夫か?

@三人ともすげー震えている

@このカメラマンも小刻みに震えているんだよな。 さっきから画面がぶれまくっている

@俺も気になっていた


 コメントも同じような物ばかり流れ出していた。


 そんな時、ライトの明かりが奥の壁を照らし出した。


 そこに映し出されたのは巨大な鬼の姿だった。


「皆見てくれよ。 鬼が居た」


 赤城が真っ先に口を開いた。


「今までみた鬼の絵なんか比べものにならないくらい気持ち悪い絵だな」


 黄博も感想を述べた。


 その時、四人が持っているライトが一斉に消えた。


「・・・!?」


 低い呻き声と共に、地面に何か堅い物が落ちて転げる音がした。


 明かりはすぐに戻った。


「今のは・・・何だったんだ?」


 青木が頭を押さえながら口にした。


「俺、腹から血を流してた」


 黄博がそんなことを言うと赤城も続いた。


「俺、足を痛めつけられていた」


 二人とも違う物をみたらしい。


「俺なんて首がポーンだぞ」


 青木も自分が見た物を口にした。


「ムッキーは?」


 赤城が紫田に確認しようとしたら、彼の姿がどこにもなく、配信用のスマホだけが地面に転がっていた。


 青木はそれを拾い上げて、配信設定をコメントが読めるように変えた。


 三人は紫田の名前を呼んだが返事はなかった。


 この洞窟は一本道で、隠れるところすら無かった。


「あれじゃね? またいつもの悪い癖で、俺たちにドッキリかますやつ」


 赤城の言葉で二人も思いだしたようだ。


 紫田は過去にも同じ事をやったので、三人は特に探すようなことはしないで洞窟を出て行くのだった。


 三人は、スマホのカメラで周りを実況しながら車の所まで戻ってきた。


@結局ムッキーは居なかったな

@すでに車を用意していて帰ってんじゃね?

@前に帰っていたもんな、あいつ(笑)


 三人は暫く待つことにした。


 その間に配信は終了していた。


 一時間以上待ったが戻ってこなかったので、洞窟の方に向かって叫んでおいた。


「俺たち帰るからな、お前は勝手に帰って来いよ。 じゃあな」


 青木が叫び終わると車に乗り込み、家路につくのだった。


    *


 紫田が消息を絶ったのと同時刻。


 紫田家一階リビングで、父親と母親、それと女の子がテレビのお笑い番組を見ながらスイカを食べていた。


「英は?」


 父親が尋ねると、女の子が応えた。


「お兄ちゃん配信やるから遅くなるって出かけたよ」


 スイカを美味しそうに食べながら、父親を見ずにテレビに夢中になっていた。


「あの子、カメラマンやってるからね色々大変みたいよ」


 母親もスイカにかじり付いていた。


「そうか、何にしろ人様に迷惑かけなければいいがな。 それにしてもこのスイカは甘くて美味しいな」


 父親もスイカの甘さに唸っていた。


 そんな何気ない時間が一瞬で崩れ去る出来事が起きた。


 二階の部屋の窓が割れる音がすると、強い振動が家を揺らした。


「な! なんだ!?」


 父親は食べていたスイカを落とし、母親と妹は天井を見上げて怯えてしまった。


「二階からだったな」


 父親は壁に寄り掛けていたゴルフクラブを手にして、慎重に階段を上がっていった。


 その後から母親と妹も寄り添いながらついてきた。


「英の部屋からだな」


 父親はそっと英秋の扉を開けると・・・。


 部屋は外から投げ込まれた物で散らかり、窓ガラスが派手に割れていた。


「誰だ! こんな悪質な悪戯をする奴は!」


 父親が叫んでいるところへ、母親と妹も部屋を覗いた。


 その直後、母親と妹が叫び声を上げた。


「どうした二人とも!」


 父親が声を上げる横を、母親が叫びながら部屋に投げ込まれた物へ駆け寄っていく。


 妹も叫んだ。


「お兄ちゃん!」


 父親は投げ込まれた物をよく見ると、それは英秋だった。


 父親の息子だった。


 英秋は泥まみれで無残な姿だった。


 そんな泥まみれの英秋は、すでに息をしていなかった。


 翌日、この出来事がニュースで流れた。


『昨夜、民家の二階に遺体が投げ込まれる事件が発生しました。亡くなっていたのはこの家の長男、紫田 英秋さん 二十二歳 自営業』


 そのニュースを聞いた三人は、紫田の家へ向かったが、家の周りにブルーシートで囲われて、警察官達がいてとても入れる状態ではなかった。


 三人はそこでやっと理解した。


 紫田は何か事件に巻き込まれて死んでしまったのだと。


 くだらない事なんかしないで皆で一緒にいればよかったのにと。



    *



 同時刻、洞窟の壁画には腕をもがれた人物の絵が浮き上がっていたが、誰にも見られることはなかった。

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