17.トロカデロ・デ・モンテカルロ
ロットバルトは豪奢な応接室で、一人の商人と向かい合っていた。
机の上には濃紺の営業礼装が一着。
「これが例の第二世代です。」
商人は袖を撫でながら目を細める。
「噂どおりですな。」
「第一印象は、商売の命。」
ロットバルトは穏やかに微笑む。
「良い品は、多くの商人に着ていただきたいものです。」
二人は固く握手を交わした。
商人が帰ると、ロットバルトの書記が尋ねる。
「よろしかったのですか。」
「何がだ?」
「ジークフリート様の商会にも、同じ礼装を納めておられます。」
ロットバルトは肩をすくめた。
「商売に敵も味方もない。」
そう言って静かに紅茶を口へ運ぶ。
その笑みだけが、どこか冷たかった。
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その日の夕方。
ジークフリートの馬車は、『シュヴァン』の前で止まった。
店内へ入ると、男性の受付係がいつもの笑顔で迎える。
「いらっしゃいませ。」
「オデットは……。」
受付係は申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ございません。オデットは現在も長期のお休みをいただいております。」
「そうか。」
「他の施術師でしたら――」
ジークフリートは首を横へ振った。
「今日は帰るよ。」
「かしこまりました。」
受付係が頭を下げる。
ジークフリートは静かに店を後にした。
その背中には、どこか諦めにも似た寂しさが漂っていた。
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2階の窓辺に立つオディールは、その様子を黙って見つめていた。
(……帰っちゃった。)
胸の奥がざわつく。
ジークフリートは、まだ"オデット"を探している。
自分ではなく、"オデット"を。
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仕立て屋『チャイコフスキー』では、営業を終えた弟子たちが丸机を囲んでいた。
「『瀕死の白鳥』も、『絶対に揃わないバレヱ』も好評だったね!」
マイヤが嬉しそうに笑う。
「次はどうする?」
スヴェトラーナが腕を組む。
「同じことを続けると飽きられるかもしれません。」
「じゃあ、お客様も参加できる踊りとか?」
ウリヤーナが勢いよく手を挙げる。
「私は転ぶ役なら得意です!」
「それは素じゃない?」
部屋に笑い声が広がった。
店主も腕を組みながら口を開く。
「俺も何か出来たらいいんだがな。」
「じゃあ、白鳥はどう?」
「は?」
「親方も白鳥を踊るのよ。ポワントを履いて!」
「それ、いいわねぇ!」
女将も乗ってくる。
店主は思わず一歩後ずさった。
豊かに蓄えた髭の奥で青ざめる店主を囲み、弟子たちによる説得が始まった。
その輪の中で。
アンナの口数がいつもよりわずかに少ない。
(今月は……。)
夜の仕事が減っている。
ジークフリートからの指名がなくなって以来、予約そのものが減り始めていた。
収入、生活費、借金の返済額。
頭の中で何度計算しても、答えは変わらない。
誰にも気づかれないよう、小さく息をつく。
「アンナ?」
マイヤが覗き込む。
アンナはすぐに笑顔を作った。
「ううん、何でもない。」
その笑顔だけは、今日も誰よりも上手だった。
トロカデロ・デ・モンテカルロとは、男性だけで構成されるニューヨークのコメディ・バレエ団です。白鳥の湖では男性がレオタードを着てポワントを履いて踊ります。




