第九話 騎士団長の願い
天幕へ着くと、入口には二人の兵士が立っていた。
槍を手に、鋭い視線を俺へ向けている。
歓迎されていないことだけは、一目で分かった。
「来たか。」
聞き覚えのある声だった。
昼間、俺へ剣を向けた金髪の隊長が腕を組んで立っている。
「神より授かった御髪を、許しもなく切り捨てる。」
「そのような所業、人のすることではない。」
俺は黙って聞いていた。
「お前には相当重い処分が下るだろう。」
口元だけを歪め、皮肉っぽく笑う。
「……まあ、入れ。」
天幕の幕を乱暴に開ける。
中へ入ると、広い空間の中央に一人の男が座っていた。
白銀の鎧を外し、簡素な服へ着替えたハルファスだった。
「よく来たな。」
「まあ、掛けろ。」
そう言われ、椅子へ腰を下ろそうとした、その瞬間。
「団長!」
金髪の隊長が声を荒げる。
「罪人をあなたと同じ席へ座らせるなど、あってはなりません!」
「貴様は立っていろ!」
場の空気が張り詰める。
しかしハルファスは静かに紅茶を口へ運び、一言だけ告げた。
「良い。」
金髪の隊長はなおも食い下がる。
「しかし――」
「下がれ。」
低い声だった。
それだけで空気が変わる。
「……団長。」
「処遇を決めるのは私だ。」
「それとも、お前は私の命令に背くつもりか。」
天幕の中が凍りつく。
「命令違反なら、お前を牢へ送ることもできる。」
しばらく沈黙が流れる。
やがて金髪の隊長は悔しそうに歯を食いしばり、
「……はっ。」
とだけ答え、天幕を出ていった。
静寂が戻る。
ハルファスは苦笑しながら肩をすくめた。
「すまんな。」
「あやつは真面目すぎるのだ。」
昼間とは違う。
部下の前で見せていた威厳ではなく、一人の人間として話しかけてくる。
「さて。」
「まず、お前の話を聞こう。」
俺はゆっくり息を吸う。
自分がいた世界の話をしようとしたが、
今はどのような処遇になるかわからない、
事故に遭ったこと。
目を覚ましたら、この世界にいたこと。
そこについては話さなかった、
自分が遠い国の出身で、
記憶をなくしこの村の老人と娘に助けられたこと、
そのように話した、
ハルファスは途中で一度も口を挟まなかった。
話し終えると、静かに目を閉じる。
「……そういうことだったか。」
そして小さく笑う。
「実を言うとな。」
「私も昔から疑問だった。」
「神を敬うことと、髪を切らぬことは、本当に同じ意味なのかと。」
俺は黙って聞いていた。
「兵士は長い髪で病にかかる。」
「傷口は化膿する。」
「戦場では視界を奪われる。」
「何人もの部下を失った。」
ハルファスはゆっくりと立ち上がる。
白銀の長い髪が背中まで流れ落ちた。
「だからな、レン。」
そう言って、静かに俺へ背を向ける。
「まずは――」
「わしの髪を切ってくれ。」




