第28話:お茶会
陽光が差し込む温室庭園。
王城の奥に設けられたそこは、外界と切り離された静寂に包まれていた。
咲き誇る花々。
整えられた白いテーブル。
そして――三つの席。
彼女は、その一つに座っていた。
対面には、王子。
そして、少し遅れて私。
「本日はお招きいただき、光栄に存じます」
完璧な所作で一礼する。
お相手は名門貴族の令嬢。
王子の“有力な婚姻候補”とされていた人物。
噂に違わぬ、隙のない座り姿。
……ええ。
“正しい”ですわね。
「こちらこそ」
彼女は穏やかに微笑む。
「お越しいただき、嬉しく思いますわ」
言葉の上では、友好的。
だが、この場の本質は別。
理解している者は、三人とも。
沈黙の中、紅茶が注がれる。
香りが広がる。
誰も、すぐには口を開かない。
示し合わせたように、私たちはティーカップに触れる。
紅茶を口に含めば、強い香りが広がる。
先に動いたのは――
「単刀直入に申し上げます」
令嬢だった。
ティーカップを置き、まっすぐに私を見る。
「あなたは、この国にとって必要な存在ではありません」
静かな断言。
周囲の空気が、わずかに張り詰める。
だが私は、動じない。
「理由をお聞かせ願えます?」
「はい」
彼女の振る舞いは崩れない。
「あなたは外から来た存在」
一つ。
「この国の事情も、歴史も理解していない」
二つ。
「にも関わらず、王子殿下との婚姻という重要な位置にいる」
三つ。
「不安定要素でしかありませんわ」
言い終えた後、彼女の視線が私の紅茶に落ちるがすぐに私を見つめてくる。
綺麗に整理された論理。
感情は排除されている。
……見事ですわね。
「ごもっともですわ」
私は頷く。
その反応に、令嬢の目がわずかに揺れる。
否定されると思っていたのだろう。
「では」
私もティーカップを静かに置いた。
「あなたご自身は“適任”だと?」
「当然ですわ」
迷いはない。
「私はこの国で育ち、この国を理解し」
同席する王子をチラリと見てから、彼女は続ける。
「王子殿下をお支えするに相応しい立場にあります」
完璧な答え。
非の打ち所がない。
だからこそ。
「不合格ですわね」
私は、静かに告げた。
判定は予想通りだったのか、王子が失笑する。
逆に完璧な理論だと信じていた彼女の時間が一瞬、止まる。
「……理由を、お聞かせいただけますか」
声は乱れていない。
だが、わずかに温度が下がった。
「簡単なことです」
私はティーカップを置く。
「あなたは」
まっすぐに、彼女を見る。
「王子殿下ではなく」
姿勢を少し崩す。
「“王子殿下という立場”を選んでいらっしゃる」
三種の沈黙。
「それでは、誰でも良いのと同じですわ」
言葉の意味が、ゆっくりと浸透していく。
「それは、何が問題なのでしょう」
令嬢は問い返す。
冷静に落ち着いて。
教えられたように崩れない。
「問題ではありませんわ」
私は首を横に振る。
「“正しい”選択ですもの」
その通り。
だからこそ――
「ですが」
ほんのわずかに、笑みを深める。
「私は、その正しさを必要としておりませんの」
空気が、変わる。
「私が求めているのは」
静かに。
「“誰を選ぶか”ではなく」
王子に一瞬だけ、目をやる。
「“何を差し出せるか”ですわ」
令嬢の眉が、初めてわずかに動く。
「あなたは、何を差し出せますの?」
問い。
逃げ場はない。
令嬢は、すぐに答えた。
「この身と、家と、すべてを」
「不正解ですわ」
即座に切り捨てる。
再び、王子は失笑した。
今度は、はっきりと空気が揺れた。
「“すべて”という言葉は」
淡々と続ける。
「何も差し出していないのと同義です」
既視感のあるやり取り。
だが今回は違う。
相手は、崩れない。
「では、何を望まれるのですか」
「簡単ですわ」
私は視線を王子へと一瞬だけ向ける。
そして戻す。
「国か、その方か。どちらかを捨てられるか、ですわ」
紅茶に口をつける。
今度は、明確に重い。
令嬢の思考が止まる。
「……それは」
言葉が、初めて詰まる。
王子がティーカップを置く音がテーブルに落ちた。
「出来ません」
結論。
即答ではない。
だが、揺るがない。
私は、頷いた。
「ええ、存じております」
だからこそ。
「不合格ですわ」
静かに、繰り返す。
しばらくの沈黙の後。
令嬢は、ゆっくりと立ち上がった。
「……理解いたしました」
声は、落ち着いている。
だが、その奥に。
わずかな熱があった。
「あなたの求めるものは」
扇子で私を差してくる。
「この国には、不要なものです」
それは、否定。
そして、結論。
「かもしれませんわね」
私は、否定しない。
動揺も、しない。
そのまま受け取る。
「ですが」
ほんの少しだけ、視線を鋭くする。
「それでも私は、それを選びますわ」
令嬢は、何も言わなかった。
ただ、一礼し。
その場を去る。
足音が遠ざかる。
静寂が戻る。
「……容赦がないな」
王子が、ぽつりと呟いた。
「そうでしょうか」
「少なくとも」
姿勢を崩し、私に向ける。
「正しい人間ではあった」
「ええ」
私は頷く。
「だからこそ、不適でしたの」
王子は、私を見る。
「俺も、同じか?」
問い。
試すような。
だが、どこか楽しげな。
私は、わずかに笑った。
「どうでしょう」
視線を外す。
「まだ試験の途中ですもの」
沈黙。
そして。
小さく、笑い声。
「そうか」
王子は、納得したように頷いた。
この国での試験は。
まだ、終わらない。
むしろ――
ここからが本番だった。




