宮園楓花 撮影開始
「やっと見つけた!」
悪天候を危惧していた天気予報は見事に外れた。そのことを祝うかのように澄み切った青空の元、西洋風の庭園に弾んだ声が響いた。
紺色のブレザー服姿の少年——否、ボーイッシュなショートヘアーの少女は感動に打ち震えるように声を震わせた。
「……はっ?」
彼女の前にはセミロングヘアーの少女がおり、整った顔立ちをぽかんとさせ「はっ?」と目を丸くしている。「自分が何を言われているかわからない」とでも言いたげに。
そんな少女を置きざりにして、ブレザーを着た少女は彼女の元へ駆け寄ると嬉しそうに叫んだ。
「君は、僕のミューズだ!」
庭園をぐるりと囲む花壇の花たちが風でそよぐ中、目をきらきらと輝かせながらショートヘアーの少女は映画のような台詞を続けた。その表情はまるで子供のようだった。
「何なの、一体……」
台詞を受けた髪の長い少女が、怯えたように口をわななかせる。怯えをたたえたその両目は、今にも泣き出しそうだった。
「……うん、オッケー! 問題なし!」
校舎内に設置された大きなモニターをかぶりつくように見つめていた茶髪の女性が、嬉しそうに背後を振り返った。途端、同じようにモニターを見ていた周囲で歓声が沸いた。
緊張しながらモニターで過去の自分の演技を見返していた宮園楓花は、ほっと胸をなでおろした。
「リテイクなしで撮ることができて良かったです。幸先が良いですね」
楓花の隣で顔をほころばせたのはセミロングヘアーの少女——を演じていた共演女優の咲堂樹里だった。
「期待はしてたけど、二人とも息ぴったりだったね~。阿吽の呼吸ってやつじゃないの?」
そして機嫌よく言った彼女こそ、人気アイドルグループ「ばんかみ」メンバー・宮園楓花が出演するドラマ「乙女の園の王子」の総監督、関和美だ。誰よりも今の映像を見ることができたことを喜んでいるに違いない、と楓花は思った。
彼らがいるのは東京都内某所、私立の女子校である東花女子学園の敷地内である前庭だ。楓花たちが主演するドラマ第1話の撮影のために許可を得て、ロケ地とさせてもらっているのである。
楓花たちが主演のドラマは、少年漫画誌「週刊少年コミック」で多田野にら氏が連載をしていた女子校を舞台に女子生徒二人のドタバタラブコメ「乙女の園の王子」を原作としたものだ。
クランクインを迎えた初日の今日、第1話の冒頭シーンはこうして撮影が終わった。後は続きのシーンを撮影し、「ポストプロダクション」と呼ばれる映像編集を行えば、ドラマ初回として放送できる。だが、それはまだ先の話になるだろう。
「……それじゃ、十分ぐらい休憩にしましょうか。一旦解散!」
周りのスタッフたちに指示をいくつか飛ばした関監督の一声で休憩が始まり、スタッフたちが一斉に散らばる。楓花や咲堂の元にも、それぞれの担当のヘアメイクたちが髪型を直しにとんで来る。
じっとしていると、左腕につんつんとつつかれるくすぐったい感覚があった。
「お疲れ様、宮園さん」
ほんのりと茶色がかった前髪を整えられながら、目を細めている咲堂がいた。
「こちらこそお疲れ様です、咲堂さん。さっきは本当に楽しかった!」
「さっき」というのはもちろんドラマ撮影のことだ。
今回のドラマで楓花との共演は初めてだが、すぐに息が合ったように思っている。
「咲堂さんの小夜、すごくハマってましたよね。さすがです」
「まあまあ、宮園さんったらお世辞が上手ですね」
「そんな、本心ですよ?」
冗談めかしてむっと口をとがらせる楓花。その直後、二人はほぼ同時に噴き出した。
咲堂演じる小夜は、楓花が演じる突飛なヒロイン・響に翻弄される女子生徒であり、表情豊かな演技が求められる。休憩前に撮影された、楓花が演じる響のアプローチに小夜が怯えるシーンでは本気の「怯え」が感じられた。
「やっぱりこの漫画の原作が元から好きだったのもあるかもしれないですね」
「そっか、原作愛か」
「そういうことです!」
咲堂は嬉しそうに言った。
楓花たちが出演するドラマ「乙女の園の王子」は、人気漫画が原作の実写ドラマだ。咲堂はドラマのクランクイン前から「原作ファン」、ドラマの元となった作品のファンであることを公言している。原作ファンとして実写化に出演できるという意味でも、役への情熱は計り知れないだろう。
「咲堂さん、楓花先輩!」
スタッフたちの中をすり抜けながら、小柄な少女が駆け寄ってくる。
「おっ、美亜だ。やっほ~」
その姿を認めた楓花の口元の口角は自然と上がった。話し方も自然とくだけたものになってしまう。
やってきたのは人気アイドルグループ「万物の歌神」こと「ばんかみ」のメンバー、金剛寺美亜だ。「ばんかみ」メンバー最年少の健気な彼女は、自分以外のメンバーを全員「先輩」と呼んでいる。
今回、脇役ではあるが「乙女の園の王子」に楓花とともに出演することとなっている。良く知った仲間が共に仕事現場にいるというのは、いないよりも心強いことだった。
「お二人の演技、ずっと見てました!」
美亜は嬉しそうに「ここの演技が良かった」などたどたどしくも話し始める。
隣で咲堂が「ありがとうございます」「良く見てらっしゃるんですね」と愛想よく相槌を打つ傍ら、楓花はそれまでのことをぼんやりと思い出していた。




