土御門静 十年以上前
第3章、8話。
語られる、静の過去。
自分の家庭が普通ではないということは、幼少期の頃からなんとなくはわかっていた。
母が部屋の方角と色を気にして家具を選んだり、時折父が不思議な文字や模様のようなものを紙に書いては、近所の人に渡してお金をもらっていたりしたからだ。
どうしてそんなことをするのか、母に聞いたことがある。母はどこか得意な様子で答えた。
「お父さんが陰陽師という仕事をしているからよ」
「おんみょうじ?」
「家で嫌なことがあったり、お化けが出て困っている人を助ける仕事のことよ」
「陰陽師」は静のご先祖様たちの時代から続いてきた仕事で、「風水」という家の中の運気を上げるための占いをしたり、家に出てくる悪い霊をやっつけることを近所の人相手にしているのだということをそのとき初めて知った。
家の中で何もいない場所から音がするのもよく聞いた。犬や猫などを飼っていたわけではないのに。
かつかつ、かつーん。硬い爪を持った犬のような生き物が、硬いフローリングの床の上を歩く音。
がさごそ、ばふん。ソファの上を犬や猫ぐらいの生き物が動いたり、クッションに飛び込むような柔らかい音。
それらの音は一体何者が出しているのか。怖くなった静は、これも父に問うたことがある。
「なんだ、そんなことか」と言いたげな顔で父が答えた。
「パパのしきがみがいるからだよ」
しきがみ。初めて聞く言葉だった。
「パパにしか見えない生き物のことさ」
「おばけってこと?」
「うーん、おばけではないな」
「しきがみ」は父にしか見えず、父の言うことを聞いてくれる不思議な生き物のことなのだという。聞けば聞くほどわからなかったが、それが悪いものではないことはわかった。
静自身にも、普通でないところはあった。彼女の体質のことを、陰陽師を祖とする父は「憑依体質」と呼んだ。霊や憑き物などを呼び寄せやすい体質のことだ。
始まりは、小学校低学年の頃のことだ。
「……なんか、寒い」
学校から帰ってくるなり、ソファに横たわった。いつもならそんなことはしないのだが、その日だけ背筋にぶるぶると寒気が走り、身体が重い。母に熱を測られたが熱はなかった。
気分の悪さは収まらず、そのうち涙が出てきた。心なしか、今いる場所が自分の家でない感覚がし始めてきた。
——早く家に帰りたい。
「うちに帰りたい。お願い、帰らせて」
駄々をこねるような言葉が、静の口をついて出た。もうすでに、静はうちへ帰っているのに。
「静、あんたまさか……」
静の様子を見て、母は慌てた様子で電話をかけた。一時間もしないうちに、父が帰ってきた。その日も仕事で遅くなるはずだったのに。
涙で顔を泣き腫らした静を見るなり、父は身をこわばらせた。
「——学校の帰り、パンダ公園に行っただろう?」
静の通う小学校から一番近い、児童公園のことだ。パンダの形をした乗り物の遊具のあるため、「パンダ公園」と呼ばれていた。
「行ったよ、どうしてわかったの?」
母たちには隠していたが、放課後に少しだけ友達と遊んできたところだった。父にはそのことを言っていなかったのになぜわかったのか、不思議でならなかった。
「……ちょっと待っていなさい」
蒼白な顔で自分の部屋に行った父は、人型に切った紙を持って戻ってきた。その紙で、静の背中を撫でてから、ふうっと息を吹きかけた。
「もうこの子から離れてやってくれ」
途端、全身の寒気も重さも全てが消え去った。父が行ったことを形代を使った穢れ移しと祓いであることを知るのは、数か月先になる。
「あの公園で亡くなった男の子が、静についてきてしまっていたんだ」
静がずっと生まれる前の話を、父は語り始めた。
「パンダ公園」のジャングルジムのてっぺんから落ちて、亡くなった子供がいた。父に言わせると、その子の魂は天国へ行くことなく、未だ公園の中を彷徨っているのだという。そして時々、公園で遊ぶ子供を見るとその子の身体に入り込み、家までついてきてしまうのだという。
「パパも霊感が強いからね。静にも遺伝してしまったんだろう」
父は静をいたわるように頭をぽんぽんと叩いた後、こうも言った。
「きっとこれからもこんなことがある。身を守るための方法を覚えておいた方がいいな」
父は霊に憑りつかれてしまったときに形代を使って祓う方法、結界の貼り方などを教えてくれた。それらの方法は全て、静や父たちの先祖たちが「陰陽師」だったから知りえたことだということも。
「今じゃほとんどの人が陰陽師の存在を忘れてしまったけど、パパはまだ陰陽師としての活動を続けているんだ。助けを求めてくれる人がいるからね」
「陰陽師」の話をするときの父は、とても誇らしげだった。
父は静にも自分と同じことをするようにも言った。
「これからは彷徨える霊に憑りつかれた場所や人と出会うかもしれない。そういうときは、パパみたいに陰陽師式のお祓いをするんだ。それが人助けにも、魂を助けることにもつながるからね」
父の言葉に静は「わかった」と頷いた。それが正しいことだと思っていたからだ。




