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女神(アイドル)たち舞い歌いて、邪を祓う  作者: 暇崎ルア
第3章 踏み鳴らす足、地を清め

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櫛川明 遭遇

第3章、6話。

怪しい民家、バイト先、訪問者。

 翌日の出勤は気持ち良く家を出られた。やはり夜間の活動というのがオレに合っているのだろう。思わぬ天職を見つけたようで気分が良くなり、いい歳してスキップしそうになった。

 渡された鍵を持ち、民家のドアを開ける。

 窓がきっちりと閉まったリビング。中央のテーブルを見ると、筆のセットともに置いて行った黒塗りの半紙の束はなくなっていた。オレが退勤後の時間に戸倉が取りにきたのだろう。


「……頑張りますか」


 新しい半紙と漢字一覧表を広げ、硯に墨汁を適量垂らすとスイッチが切り替わった。

 途中で眠くなることはないと思うが、念のためミントタブレットも持ってきている。用意は完璧だ。

 脇から冷たい風が吹いてきたのは、筆先を墨汁につけたときだった。

 閉まっていたはずの窓がいつの間にか開いている。


「……またかよ」


 自然と舌打ちが出て、閉めにいく足取りが乱暴になった。

 ——今日の仕事が終わったら、言ってやる。

「何か気づいたことがあればいつでも教えてください」と戸倉からは言われている。窓の建付けが悪いのも「気づいたこと」に入るだろう。

 確実に閉めたという実感を得るため、わざとらしくガタンと音を立てて窓を閉める。

 ——これで良い。


「はっ?」


 満足したオレの後ろで、気配が濃くなった。何か後ろにいる。

 ——そんなはずないだろ。

 今この民家にはオレしかいない。


「ねエねエ、あそぼウ」


 オレの腰のあたり、子供ぐらいの大きさだった。

 振り返ったオレの背後に立つ、顔も髪型もわからない人影は不思議な抑揚で言った。男なのか女なのかわからない声だった。


「誰、だよ……」


 恐怖で乾いたオレの口からは、それしか出てこなかった。


「あそぼウ、わたシといっしょにあそぼウ」


 顔はわからないのに、赤い目を爛々と輝かせたそれは笑っているような気がした。無邪気な子供が友達に「一緒に遊ぼう」と誘いかけているような。


「わたシとたのしイことをしよウ」


 小さい身体に似合わない、長い腕をオレに向かって伸ばす。

 腕はたくさんの黒い触手のようなものが寄り集まってできた集合体だ。


「じょウず、じょウず」


 新しくできた同僚は向かいの椅子に座り、筆を動かすオレを褒める。そいつ自身は、筆を持つことができないからそれしかしてくれない。だが、それだけでいい。


「……へへっ、ありがとう」


 自分の口角が上がるのを感じながら、礼を言う。

 褒められるというのは、仕事を進めるうえでのモチベーションにつながる。予想外の出会いだったが、こんなに親切な同僚に出会えるとは。

 本当に良かった。このバイトはオレにとって天職だ。


「じょウず、じょウず」

「とってモ、じょウず」


 褒められるまま、筆を動かす。

 ——そうだ、オレはやればできるんだ。

 同僚の声が聞こえる度にやる気がみなぎり、筆を動かすスピードが速くなる。

 ——社会のカスなんかじゃないんだ。オレはできるやつだ。

 たくさんの人間の顔が、頭の中に浮かんでくる。

 些細なミスをしてオレに「こんなこともできないのか」と言い放ち、ごみを見るような目でオレを見てきた教育係。

「自分は君と違って器用だから」と言い放ち、あざ笑った同期。

 あいつらは全員カスだ! 今までオレのことを散々馬鹿にしやがって! お前たちのせいで、オレはやっと取れた内定先をやめることになったんだ!

 死ね。恨んでやる。呪う。殺す。屠る。

 今まで出会ったクソみたいなやつらの顔を思い浮かべながら、文字を書きつけていく。

 ああ、なんて楽しい仕事なんだ。こんなに楽しいのにお金までもらえるなんて、オレは本当に幸せ者だ。


「いイねエ」


 同僚が嬉しそうな声をあげたとき、一枚目の半紙がほぼ真っ黒になったことに気づく。


「——完璧だ」


 戸倉が指定した漢字で埋め尽くされた半紙を、オレはほれぼれと眺めた。

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