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第6話 本当の自分は





 ……あれからアタシは一人机に向かい、頭を抱えることが多くなった。


ーーーーーーーーーーーーーー


 目指せハーレム!!

 攻略キャラ


 最推し ライト君

 クラスメイト マクベス



 幼なじみ兼お姉ちゃん 笠松怜


ーーーーーーーーーーーーーー


 ……綺麗な字で書かれたその名前を見ただけで、勝手に胸が騒がしくなって顔が熱くなる。


「はぁ……何であんなこと言ったの、あいつ……」



『……あなたが誰かに夢中になって感情的になっている姿を見ていたら、私もあなたに意識してほしくて……』


『……私は見守る立場なのに。……これからはあなたに選ばれる立場ね。頑張らなきゃ』



 あの言葉の意味を考えたくないのに考えてしまう。

 ……怜は……アタシにどう思われたいわけ?……つーか、何かこっちばっかあいつのこと考えてるみたいでムカつくし。ほんと怜っていつもアタシを振り回してばっかだ。


 アタシが念願の推しに会った後、怜の様子が変わった。

 あの発言後、怜はことあるごとにアタシと距離近いし、ボディタッチも多くて意識しないようにしても意識させられてしまう。何気ない仕草や言動の中でも、怜はすぐアタシの顔見て意味ありげな顔するし。ほんとこっちの心臓がもたない。


「……怜って変なとこ頑固だし困る……」


 やると決めたらとことんやるタイプ。

 恋愛なんて興味無いとか言ってたくせに。……アタシを振り向かせたい、って明確な目標が出来たからなのか、いきいきしてアタシにちょっかい出してくるし。


『……私も瑠華に攻略されたいもの』


 アタシはノートに書かれた綺麗な字を見つめる。

 最終的にアタシに押し倒される=攻略される、だと思ってるやつとは思えないけど。ライト君に負けたくないとか言ってたし……負けず嫌い発揮してるだけだと思いたい。


「ルカ」

「…………はぁ……」


 ……っていうか、あれから数日。

 むしろアタシが怜に攻略されてる気にしかならない。


 真っ黒、真面目、頑固で口うるさい風紀委員、そんな幼なじみが、ここではアタシ好みなゆるふわ綺麗お姉さんな見た目になってうるさい事もあまり言わなくなった。最初は違和感を感じてたけど、なかなか居心地が良すぎてむしろ苦手だった時の記憶が薄れていってるし。

 ……うん、間違いなくアタシの中で今、怜への好感度がアップしている。


「……これはヤバイ……てかアタシチョロすぎない?ほんと怜のやつ何考えてんだか」

「……ルカっ」

「っ、わ!」


 急に視界が真っ暗になって頭の後ろに柔らかい感触。顔を締め付けてくる腕を掴むと頭の上から宇宙人の声が聞こえてきた。


「レイって、誰?」

「……え?なっ、何でシエルが怜のこと知ってんの?」

「ルカが言ってた、さっき」

「あ……あぁ……。えっと、アタシのおさ……寮でルームシェアしてる子」


 誤解の無いように伝えると、シエルの腕が解かれる。

 寮の部屋じゃ怜が居て落ち着かないし、考える場所が教室の自分の席しかなくてこうして貴重な休み時間使って悩んでるのに、シエルはお構いなしにアタシに構ってほしくていたずらしてくる。……これじゃどっちが飼い猫か分かんないじゃん。


「…………ふーん」


 解放された後、振り向いて椅子の後ろに立ってるシエルを見ると、すっごく不機嫌そうな顔してアタシを見ていた。


『……まぁ、シエル様凛々しいわ』

『とても真剣な顔でルカさんを見つめているわね』

「ちょっ、違うから!この人たぶんお腹空いてるだけ!」


 熱心にシエルを見つめる信者二人に誤解のないように話すと、あらあら、と口に手を当てて「邪魔をしてはいけませんわね」とはけていく。


「あーもぉ。また誤解されたし。……シエル、いい加減アタシ以外の子と仲良、」

「私、ルカが心配」


 視界いっぱいに綺麗な顔のドアップで黙らされる。

 上から見下ろしてくるシエルの長い髪がアタシたちを隠して、その顔の近さに身動き取れずに固まった。


「……あ……アタシは大丈夫……だから」

「ほんと?」


 何も言えずにいるとシエルの手がアタシの顔を包んだ。……そして言うまで許さない、とばかりにじーっとしつこく見つめられて、アタシの方が根負けする。


「わ……分かった。言うから座って」

「……うん」


 好きな人のことで悩んでる、そう自分の悩みを簡単な言葉にまとめて、後ろ向きに座ってシエルの席で向かい合う。


「……じゃあ単刀直入に言うけど、……シエルって好きな人いる?」

「……好きな人?」


 シエル・ラクアス

 あのシエルファン二人と他のクラスメイトがシエルと話してる所から想像して、本物のお嬢様らしい。……アタシの前じゃ、言葉足りないにも程がある!って感じだけど、何故かこのお嬢様はアタシ以外の子にはちゃんと話してて、その佇まいは別人のようだった。……アタシのことは飼い猫と同じ扱いみたいだし、気を許してるってことなんだろうけど……。それにしたってアタシの扱いが雑すぎる。

 基本アタシとの会話は単語だけだし、思ったことそのまま口にする綺麗な顔した宇宙人。


 そんな宇宙人ことシエルはしばらく考え込んだ後、アタシを指さした。


「……そーゆーペット感覚の好きじゃなくて」

「知ってる。ルカはペットじゃない」

「ふーん……分かってるならいいけど。……で、アタシの言ってる好きは「恋愛的な意味」わかる?胸がキュンとするやつ」

「キュン……?」


 完全にハテナマーク浮かんでるし。……まぁ、そうだよね。シエルって周りから好かれるタイプだし、自分から好きになること無さそうだもん。


「もういいよ、シエル。心配してくれてありがと。……授業はじまるし、じゃ」


 これで諦めてくれるだろう、と前を向いた所でタイミング良くチャイムが鳴った。何度かペンの頭で背中をグリグリされたけど、それは無視しつつアタシは開いていたノートを閉じた。


 ……あれから何度かテニスコートに通ってはいるものの、遠目にその姿を見ることしか出来ていない。……だってこの間みたいにライト君と直接顔を合わせて話そうものなら、その場で心臓が壊れる自信あるし。……それにこの間逃げ出したし、変な子だと思われてそうだもん。


 ……でもライト君、めっちゃカッコ良かった~……。

 あの日アタシに向かって笑いかけてくれた日の事を思い出して頬がにやける。


 そして改めてこの世界があのゲームの中だと知って、アタシは気持ちを入れ替えて教科書を開いた。……これも全て、ライト君とのラブラブハッピーエンドの為!

 ……そう気合を入れたものの、授業が終わった瞬間、アタシはあまりの頭痛に机に頭を伏せていた。


「……やっぱ勉強きらい……」


 また一から勉強するし、どうにかなると思ってたけど、通ってた学校のように計算や基礎知識を養う勉強というよりは思想とか教養なんかの概念が強い。……まぁ、みんな自分の家を継ぐためとかそーゆーのなんだろうし。だからこそ余計チンプンカンプンなわけだが。


 ……ゲームをやり込んだアタシの頭にはライト君のフラグ条件とヒロインちゃんの情報は入ってはいるものの、その他のことなんてどーでもいいと思ってたから記憶に無いんだよねぇ……困ったなぁ。これじゃライト君攻略条件全然満たせそうにない。


「ルカ?」


 名前を呼ばれて顔を上げると、前の席の子がいなくなった後、シエルがそこに占拠していた。そしてアタシの机に肘をついて真顔で見つめてくる。


「……どしたの?お腹空いた?……あ、アタシお菓子持っ」

「違う。さっきの話」

「さっきの話?……なんだっけ」


 そう言うと、シエルの顔がムッと不機嫌になる。頬を膨らませたそれが可愛くて指でつつくと、ぷすっと口から空気がもれた。


「ふはっ。シエルかわいい」

「……ううん、ルカの方が可愛い」

「っ、……はいはい、ありがと」


 アタシが聞き流すとまた頬を膨らませるから、その顔がおかしくてまた指でつつくとシエルがその手を握ってくる。


「やっぱり好きな人、ルカ」

「…………ん?」


 さっきの話、が何だったのか思い出した後、ハッとしてシエルを見つめると目を逸らされた。……妙に恥ずかしそうな顔してるから、こっちまで恥ずかしくなってくる。


「授業中、ずっと考えてた。……うん、私、ルカが好き」


 ……相変わらず単語しか話さない彼女。でも授業中ずっとアタシのこと考えてたのかと思うと、ほんと不器用だなぁと思いながらも可愛いと思ってしまった。


「え……あ……ありがと」


 シエルみたいな美人に好かれるのは嫌じゃないけど、……何か照れる。っていうか、本当に告白されてるんじゃ、と錯覚してしまうぐらいドキドキする。

 ……大丈夫、分かってる。これは怜のみたいなマジなやつじゃないって。落ち着け、アタシ。


「……わ、わかった。シエルのおかげで悩み事少し解決したかも」

「……本当?」

「ほんとほんと。ありがと。もう大丈夫だよ?」


 ……そうでも言わないとこの話は終わらない気がして、にこっと笑いかけるとシエルも嬉しそうに笑った。


「……じゃあルカの好きな人は?」

「え?……なんで?」

「知りたい」

「……知りたいって……」


 ……まぁ……アタシも聞いたんだし、言われても仕方ないけど。

 でもシエルがそんなこと聞いてくるなんて驚いた。他人のことなんかどーでもいいって感じなのに。答えることは決まってる、そんなの一択しかないのに、そう思った時、ふと怜のことが頭をよぎってしまった。


「っ、あー…………えっと、ラ、ライト先輩」


 言葉に詰まりながらも口にする。……怜が変なこと言うから妙な所で言葉詰まったし。


「……って、シエル?」


 それよりアタシが口にした瞬間、シエルの表情があからさまに嫌悪感に歪んでいた。


「……ライト……姉様を苦しめるあの男?」

「……え?」


 シエルがそんなこと言うなんて思わず聞き返す。

 少し冷めた顔したシエルは、アタシの知ってるシエルじゃない。……見た目だけなら物静かなお嬢様。そんなお嬢様が重苦しいため息をつきながら口を動かす。


「……私の姉様は彼の許婚なの」


 ライト君はこの国の第一王子様で次期国王。お貴族様たちは学園に通う生徒とは階級関係無く共に過ごす。……その学園生活の中で主人公ちゃんはライト君と出会って恋に落ちるわけだけど……。


「……ってことは……ライバル令嬢……」


 アタシはごくッと唾を飲んだ。

 ライト君ルートを阻むライト君の婚約者のご令嬢。この人に勝つ為にパラメーターMAXにしなくちゃいけなかったわけだし。忘れてたけど、この世界にも居て当たり前だった。……でもシエルの姉?……妹こんななのに、姉はあんな強いの?

 画面で見てたライバル令嬢、言われてみればシエルに似てる気がするけどこんなにほんわかしてない。……まぁ最終的には認められて良い友達になってたけど。


「王子様の婚約者……ってことは、妹のシエルってすごいお嬢様ってこと?」

「…………すごい」

「……すごいんだ……」


 やけに溜めた言い方ですごさだけ強調されて、アタシはそれ以上聞くのはやめた。


「はぁ……姉様可哀想。……いつも勉強ばかり。許婚やめたいのに」

「……え?やめたいの?」

「うん。だって姉様には好きな人がいるし」


 そんな裏設定知らないけど。……ってことは、やめたがってるなら、むしろアタシにもチャンスありってことじゃない?


「……だからルカ、私にして?」


 勝算あるかも、なんて考えてたら、シエルにポンと肩を叩かれた。


「……何が?」

「好きな人」

「………………ん?」


 単語しか喋んないから話が分からない。思わず首を傾げると、シエルまで首を傾げた。


「私なら安心。ルカ悩まない」


 そう胸に手を当てて満足気なシエルを微笑ましい目で見つめながら、アタシは席を立つ。


「……さて、トイレ行ってこよ」

「ルカ」


 スカート掴まれて渋々振り返る。


「はいはい、ありがと。シエルの気持ちはありがたくもらっとくから」

「…………む」


 返事が気に入らなそうなシエルはまた頬を膨らませていたけど、どう返していいのか分からないアタシはトイレへと向かった。

 ……まったく、アタシを悩ませることばっかり次から次へと……。トイレを済ませてから手を水で洗っていると、ふと目の前の鏡に映る自分が目に入る。


 そこには見慣れない女の子が不機嫌そうな顔をしていた。

 ……相変わらず目つき悪いし、怜みたいな愛想は元から無い。その上こんな地味な髪型に恰好してたら、親だって久しぶりにアタシを見たら分からないはずだ。


「…………ほんと誰だよ、こいつ……」


 姿形はこのゲームのヒロインちゃんのそれだけど、アタシが想像してた自分とはだいぶかけ離れていた。

 ……ライト君が好きになるあの子は、可愛いし性格も良くて……。鏡の中の自分を見ていたら、どんどん自分が主人公には思えなくなっていた。

 ……これじゃ、ライト君が振り向いてくれるはずなんて……。

 こんな姿でも好きになってくれるなら我慢しようって思ってたけど、……それってアタシじゃない誰かでも、この姿をしたらみんなライト君に好きになって貰えるってこと?


「…………やっぱ、こんなの……アタシらしくない」


『ルカが好き』

『……あなたに攻略されたいもの』


 っていうか、こんなアタシを好きって、怜もシエルも変なの。

 ポン、とたった今、頭に浮かんだことを実行する為にアタシは教室に戻るとする鞄を持って席を立つ。


「……ルカ?どこ行くの?」

「……ちょっと出てくる」


 それだけ言って教室を出ると、職員室の前で担任の先生と話してるやたらカチッとした服装の人が目に入る。……話が終わるのを廊下で待っているとアタシに気付いてその子が声を掛けてきた。


『……先生?どうやら貴女に話があるようだ』

『……あら、イサキさんどうかした?』

「あっ、あの、早退したくて」

『……ご実家の用事かしら?それとも体調が悪いの?』

「……家の用事です」

『そう。……分かったわ。気を付けて帰ってね』


 案外アッサリ早退させてくれたことにホッとして帰ろうと振り返ると、肩をグッと掴まれた。


『……どこへサボりに行くんだ?後輩』


 低くハスキーなその声が耳元でして思わず身震いした後、横を見るとさっき先生と話してた人だった。


「……な、何の話ですか?」

『またまた~……彼女は誤魔化せても私は誤魔化せないぞ?……さ、行くぞ』

「え!?ちょっ……っていうか、誰!?」

『……私を知らないとは面白い』


 そしてそのまま学園から連れ去られる。

 その人は制服に腕章を付けた人だった。眼鏡に髪は肩より短いボブ。キリッとした顔で男前なその人は、ルキア先輩というらしい。

 ……なんでか知らないけど、アタシと一緒に学校サボろうとするから、仕方なく目的を告げる。


『……はん?髪の色を変えたい?…………なんだ、そんなことか』

「そ。でもアタシまだここに来て日が浅いし街のこと知らなくて。……ルキア先輩ならそういうお店知ってるでしょ?」

『……ふーん……その髪型は清楚で私好みだが』

「先輩の好み聞いてないんだけど。……そんなにこの髪型が良いなら先輩が髪伸ばせばいいじゃん」

『くくっ。まったくこの後輩は口が悪い。……いいよ、おまえは他人とは思えない。案内しよう』


 そして先輩に案内された美容室は明らかに庶民のそれじゃない。……え?もしかして先輩って良い所のお嬢様なんじゃ……と冷や汗が流れた所で、先輩はアタシをそのお店にさっさと任せて、呼ばれた、と帰っていく。


「ちょっ……置いてくなよ……」


 そんな消えるような小さな声は、先輩に後を頼まれたお店の人たちに囲まれてすぐ掻き消された。



+++



『……せっかく真面目な瑠華になったのに』


 数時間後、アタシが寮の部屋に戻るとウサギがアタシに気付いて深いため息のような声を出した。

 そんなことお構いなしにアタシは洗面台の鏡を覗き込む。


「……はぁ、やっと落ち着いた……」


 やっと見慣れた自分の顔が目の前にあってアタシはまじまじと鏡の中を見つめた。

 ……顔は変わらないけど、おとなしめの髪から色を抜いて貰って金髪……よりはだいぶ暗いけどあっちの世界の自分の髪型に戻る。……それにメイク道具も多少揃えてきたし、これで明日からは身が入る。正直入学式からやり直したい気持ちだけど、さすがにそこまで願うのは違う気がするし。


「……うん。これならライト君にちゃんと会える」

『……そんなに自分の顔が好きなの?』

「まぁね。ウサギは……怜の絵心の無さに同情するけど」


 チラッといつも間抜け顔してるウサギを見ると、ふんふん鼻息で威嚇してくる。


『……それより、これを見て?瑠華』


 何の話?とウサギを見れば、カタカタカタ……と口らしき場所からレシートが出てきた。


「……なにこれ」


 そこには名前とパーセンテージが記されている。


『……君ならよく分かるでしょ?好感度だよ』


 ……確かに攻略キャラとの好感度チェックは大事だけどさ、そもそもここに書かれてる名前がこのゲームと関係無い人なんだけど。


「……怜……はともかく、なんでシエル……っていうか、ライト君は!?」

『君、遠くから見てるだけでしょ?まだ認知されてないってことさ』

「ぐっ……」


 そうだった。ライト君の中ではアタシはまだ出会ってない。むしろ出会いのイベントこれから起こさなきゃじゃん。


「……やっと自分に戻れたし、明日から頑張ろ」

『うん、頑張って瑠華。君の想いがちゃんと届くようボクは祈ってる』

「………………うん」


 ……調子狂うな……。

 いつになく真面目なウサギの言葉に照れ臭くなって、手元の好感度レシートに目を落とす。

 怜とシエルの好感度が異様に高い。見慣れた好感度数値だけど、もう告白イベント起きても不思議じゃない。……っていうか、もう告られた後だし。


「……今、何時?……もう帰ってくるかな」

『帰ろうとしたら教室に君がいないんだ。……我が主がどんな顔して帰ってくるのか、想像に難くない』

「……絶対驚く、あいつ」


 にやにやと顔が緩む。……少しぐらい怜にやり返したい。そんな思いでアタシは部屋の中を見渡した。



+++



 ……そして数十分後、慌てた様子で帰ってきた怜が部屋に入ってくる。

 アタシは着替えた後、ベッドの下でその時を待っていた。


「はぁっ……はぁっ…………っ、……る、瑠華は?」

『おかえり我が主』


 姿は見えないけど、怜とウサギが話してる声は聞こえてくる。


「……た、ただいま。……ウサギさん、瑠華は?今日、早退したって聞いたけど、」


 やっぱり思ってた通り、怜はアタシが早退したのを知って学校終わってすぐこっちに戻ってきたみたいだ。……ったく、どんだけ心配性なんだよ。


『あぁ、瑠華?帰ってきてたけど、また出掛けたみたいだよ』

「……ということは、体調が悪いわけじゃないのね……良かった」


 心底安心したように怜がアタシのベッドに座る。……アタシはそのベッドの下でいつ顔を出そう、なんていたずら心で隠れていることに少し罪悪感。でも息を潜めて、その時を待つことにした。


「……どこへ行ったのかしら……。はぁ……私に何も言わないで行くなんて」

『……相変わらず君は過保護だね。せっかくなんだ、瑠華の好きなようにさせてあげなよ』

「!それは……そうだけど、」


 ……顔出しづらい話するなよ……。出るタイミングを考えてたのに、真剣なトーンの声が聞こえて驚かそうと怜の足を掴もうと伸ばした手を止めた。


「……ウサギさんもそう思う?……やっぱりダメね、私。こういう事はやめないと余計嫌われてしまうって分かっているのに」

『……良く分かってるじゃないか、我が主』

「……私はずっと……分かってるの。でも私、瑠華のことになると自分でも自分を抑えきれなくて……だから瑠華もどんどん私から離れていって……」

『………………』


 怜のひとり言がぼそぼそと申し訳なさそうな声で聞こえてくる。ウサギの相槌も聞こえてこなくなって、アタシはその声を止める為にベッドの下から上に座ってる怜の足首を掴んだ。


「きゃあっ!」

「……あははっ。驚いてやんの」

「……る、……瑠華……?い、いつから……って、え?髪……」


 ベッドの下から出てくると、怜がアタシを見て固まっていた。元々怜を驚かせたくて隠れてたわけだけど、こんなに驚かれるとは思わなかった。


「……どうしたの?……それ」

「染めてきた」

「…………そ、そう」


 また髪を染めたの!?……なんて怒られるかと思ったのに、怜は何にも言わずアタシの髪に手を伸ばしてきた。


「……何で嬉しそうなわけ?」

「……うん……瑠華だなぁって思って」


 さっきまでうじうじしてたくせに、怜は元の髪型に戻ったアタシを見て嬉しそうに笑う。アタシがその顔を不思議な気持ちで見てたら、怜が気付いて恥ずかしそうに目を逸らした。


「……そんなにジッと見つめないで?」

「は?あんたが見てんじゃん。……ってか、怒んないから不思議に思っただけ」

「……そういうことね。……だってこの世界は自由でしょう?瑠華のことを咎める人はどこにもいないわ」

「…………ふーん」

「でも私は前の髪型も可愛くて好きだったわ」

「おえぇ。どこが。…………アタシは違和感だらけだったけど。鏡の中の自分を見ても、自分だと思えなくて」

「そう。……うん、私もこっちの方が瑠華って感じするわ」

「でしょ?……それにちゃんと自分で勝負したかったし、ライト君に。その為にメイク道具もちょっとだけ揃えてきたし」


 グッとこぶしを握って気持ちを改める。……でもそんなアタシを快く思わないのか、怜がそのこぶしを下ろさせた。


「…………何?」

「彼に、って所が気に入らない。……そんなに好きなの?」

「す、好きに決まってるじゃん。……それに応援してたくせに、怜だって」


 それを承知でこのゲームの中に送り込んだくせに、やっぱ気に入らないとか何?


「……私はもう応援してないわ。むしろ邪魔するつもりでいるもの」

「…………ねぇ、ウサギ。この人さっきものすごい反省してなかった?アタシに過保護にしすぎたとかなんとか」

『あぁ言ってたね』

「えぇ、過保護にしないようには気を付けるけど、それと私の瑠華を好きな気持ちとは別問題よ」

「…………はっ……?」


 怜に腕を引かれてベッドに座らされた後、腰を抱き寄せられてあっという間に目の前に顔があった。


「……私のこと、ちゃんと意識してくれなきゃ嫌」

「!っ……」

「彼のことは私のこと攻略してからでも、……遅くないと思うけど」


 フッと息を吹きかけられて身震いすると、耳元でクスクスと笑い声が聞こえてくる。……っていうか、これじゃ攻略されてんのどっちか分かんないんだけど!


「……ちょっ!?…………っ、ち、近い……」

「……やっと意識してくれた。……私の前で他の人の話はしないで?瑠華」

「ぐっ……」


 横からアタシを抱きしめてきて肩に怜が頭を寄せた。


『……君たち、最近距離感おかしくない?』

「……っ!?」


 ドキドキしすぎて目を逸らしたら、ウサギの正論が聞こえてきて固まる。……ほんとその通り。これ幼なじみとかルームシェア相手の距離じゃない。


「……瑠華に大好きな彼のように、私のことも意識してほしいってお願いしただけよ」

『へぇ~なるほど?……瑠華、君って単純だね。その反応、意識しすぎじゃない?』

「そうなの。……瑠華が可愛すぎて困っちゃうわ」

「……っ!!うっ、うっさいな!」


 ……だ、だって……怜が変なことばっか言うから……。

 ふしゅうぅぅぅ……と頭から湯気が出そうなぐらい顔が熱い。もう怜にくっついてる部分、全部意識してしまいそうだから離れてほしいのに、嫌がれば嫌がる程くっついてくるし。


『……まぁ、ボクからすれば今更?って感じだけど。我が主、長い片想いお疲れ様』

「……あら、気が早いわ。瑠華はまだ彼に夢中だもの。……ね?」

「!……あ、当たり前でしょ?このゲームでライト君に会う為にアタシが何年……どれだけプレイしてると思ってんの?」

「……ふーん……そんなに家にこもってゲームしてたの?瑠華。……私には忙しいって言って、全然話にも付き合ってくれなかったのに」

「………………」

『……墓穴掘った、って顔してるね、瑠華』

「っ……んなこと今更どーでもいいんだって。……それより明日から変わるんだから、アタシ」


 リスタートだ、明日からはライト君攻略の為に動くんだから!

 ……自信を付ける為に髪も染めたし、化粧品だって少し揃えてきた。もう顔を見るだけで逃げるようなことしないんだから。


「……それは、どう変わるの?」

「ラ…………何でもない」


 思わずライト君の名前を口に出しそうになって止める。……またさっきみたいに名前出しただけで妬かれそうだし、と黙ったら、それも気に入らなかったのか怜に睨まれた。


「……まぁ、いいわ。瑠華の好きなようにすれば?……私も好きにさせてもらうから」


 フイッと顔を背けて、怜が立ち上がって部屋の仕切りカーテンを閉めて反対側に向かう。……自分のベッドなのに居心地悪かったけど、やっと一人になってほっとした。


『……あんなにイチャついておいてもう喧嘩?』

「……知らないし。……あっちが勝手に怒ってるんでしょ?」

「……別に怒ってないわ。……瑠華の新しい人生なんだし、私が口を出すことじゃないもの。……瑠華が彼に好かれる為に……頑張っ…………はぁ」

『あーぁ……我が主ってば落ち込んじゃって』


 カーテンから覗くと、怜はこっちに背中を向けてベッドの上で枕を抱えてた。

 ……何拗ねてるんだか。


「……怜、着替えたら?制服シワになる」


 いつも散々アタシが言われてる言葉を怜に投げつけるけど、反応が無い。それが何?とばかりにゴロゴロし始めた。

 ……まぁ、ほっとけば良いって話なんだけど。アタシは仕方なく背中を向けてる怜の後ろに座る。ギシッとベッドが音を立てると、怜が視線だけこっちに向けた。


「……自分じゃない自分の方がライト君は受け入れてくれるのかなって思ってたけど、……こんなアタシのこと誰かさんが好きとか言うから、少しは自信付いたみたいでさ。……もっと自分を出していいんだって思ったから、元の自分で勝負しようって思ったんだし」

「………………」


 今度は体が半分こっちに向いて枕を抱えたまま怜が仰向けになる。

 何か言いたげな視線をこっちに向けられて、アタシの心臓は否応なく騒がしくなった。


「…………着替えるわ」

「そうして。……食堂行きたいし」

「ねぇ、瑠華。……メイクも彼の為?」

「……ライト君の為っていうか、髪もメイクも自分に自信を持ちたいだけだし。……アタシ目つき悪いし、愛想無いし。……それぐらいしなきゃ無理だから」

「!そんなことないっ!……瑠華は、瑠華はずっと可愛いわ」

「っ!……そっ……そんなこと言うの怜だけだし。親バカっていうか、幼なじみバカじゃん、それ」


 カッと顔が熱くなって腕で隠したら、怜が邪魔するように腕を引っ張ってくる。


「……はぁ……それに怜みたいに何もしなくても顔が良い奴に言われても同情としか思えないし」

「……っ。瑠華までそんなこと言うのね。…………私が男の子だったら良かった?」

「……?怜が男?」

「それなら今の言葉だって瑠華は素直に受け入れてくれたでしょう?」

「…………」


 言われて気付く。……確かに、怜が男だったら、アタシはただ褒められたことに喜んでいたかも。……男になったらライト君タイプっぽくなりそうだし、怜って。

 …………もしかしたら、アリ寄りのアリ?なんて思ったけど、そんなことになったらアタシ学生結婚させられそうだな、と未来が容易く想像出来て、やっぱり怜は女で良かったとホッとした。


「……ううん。やっぱ怜は女でいい」

「……え?」

「……さっきの、ごめん。アタシが照れ臭かっただけだから忘れて」

「……瑠華……」


 ポンポンと頭を撫でるように軽く触れる。すると怜は苦しそうに胸元に手を当てた。


「っ、……良かった……私、瑠華に嫌がられてるんじゃないかって……。瑠華は私が女でもいいのね」

「……別に、怜が男でも女でもそのめんどくささ変わんないでしょ?……怜が口うるさいのも幼なじみバカなのも知ってるし、……それに、……あれだけベタベタしといて今更すぎない?」

「……それは……だって。……瑠華は押しに弱いから」

「…………は?」

『そうそう。瑠華は派手な見た目で中身はヘタレだからね』


 思わず怜から枕を奪い取ってウサギに向かって投げていた。

 アタシの机の上にあったそのぬいぐるみが枕と一緒に落ちる。


「……食堂行ってくる」

「あ、私もっ」

「怜、着替えてないでしょ?アタシ先に……」


 ベッドから立ち上がろうとしてぐいっとTシャツを引っ張られてまたベッドに落ちた。そして制服をその場で脱ぎだすから、咄嗟に顔を背けてしまう。

 べ、別に見たって何とも思わないけど……。と思いながらも、後ろから聞こえてくる服が擦れる音でドキドキが増してしまった。


「……私、瑠華のこと本当に可愛いと思ってるから」

「ぃっ……!」


 服を脱いだ後の怜の体が背中に密着してきて、さっきよりもその香りも感触まで強く感じて固まる。


「……ねぇ、聞いてる?…………瑠華?」

「……う…………ちょっ……」

「あら…………もう少しこのままで良いってことかしら」


 何も感じないように固まっていたら、勝手に都合の良い解釈されてまたしばらく身動きが取れなくなる。……だって今動くと色んな所が当たるし、怜から離れてほしいのに全然離してくれる気配が無い。

 ……そして耳元で小さく笑う声が聞こえる。


「…………こういう所よ?瑠華」


 こうしてアタシは、身をもって押しに弱いことを証明してしまった。



ーーーーーーーーーーーーーー


 攻略メモ


 ◎瑠華は押しに弱い


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