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軌跡と美奈子、戦います。

 背中を叩き、機体へ乗り込む様に軌跡へと急かすヒマワリ。


 彼女に押されて機体の眼前に立った軌跡は、まず装甲にしがみ付いて、機体の胸部へ。


 僅かなスリットがあってそこを開くと、解放レバーが取り付けられている。レバーを強く引くと、コックピットが稼働して開き、機体内部へ入る為の入り口を示した。


 恐る恐る、覗き込む。機体の内部は通常のAD兵器と同じくメインシートが、シートの前には二本の操縦桿が有されている。シートに座り込み、今度は操縦桿を観察するが――それは、レバーになってもいなければ、トリガー等の通常ある規格とも異なっており、軌跡は呆然としながら声を挙げた。



「あの! これどうやって起動すれば」



 武器庫に居る筈のヒマワリへ問いかけるが、声は思わぬところから聞こえた。――軌跡の眼前だ。



「ほら、操縦桿があるだろ? ソイツで起動する」


「――って、近い近い近い!」



 もう少し顔を近づければ、唇と唇が触れ合う位置。本来ヒマワリのような若々しく綺麗な女性にこれだけ接近されれば劣情を抱いてもおかしくはないが、軌跡の心中にあるは【嫌悪】だけである。



「さて、失礼するよ」



 軌跡が座るシートの隣――通常のAD兵器には無い【サブシート】に腰かけたヒマワリは、呑気にシートベルトを締めていた。



「て、ていうか何で、ADにシートが二つも」


「この機体は【複座式】だからな」


「複座式の、AD……? そんなAD、聞いた事が」


「だから言ってるだろう? 君の非常識は、世界の常識かもしれん、とな。さ、操縦桿を握れ。握れば動く」



 急かす様にヒマワリが指示するので、軌跡は一先ず、二本の操縦桿を見据える。


 丸みを帯びた、球体にも近い操縦桿。どこを握ればいいのか分からなかったので、上から掴むように触れてみると。



「――っ、!」



 身体全体に、微弱な電流が走るような感覚。軌跡は一瞬身を竦めたが、手だけは離さなかった。



――瞬間、ゴゴゴと機体内部が蠢くような音がした。



 エンジンが稼働し、機体のシステムが起動を始めたのだ。


 メインモニタが点灯。頭部のツインアイから観える武器庫の天井が映し出されて、軌跡はハァ、と息を吐いた。



「本当に、起動した……!」


「そりゃそうさ。何たって【NOS】搭載機だからな」


「ノ、ノス? だから、何なんです、それ」


「ナノマシン・オペレーティング・システムだ。君の体内にあるナノマシンが機体システムとリンクし、機体を神経接続で動かす事が可能となる操縦方法だ」


「ナノマシン!? 俺の身体に!? アンタ一体何を」


「感情を昂ぶらせるな――暴走するぞ?」



 今度は、振動が二人に襲い掛かる。二人が乗り込む刹那が――何と軌跡の操縦も無しに、両腕を用いて、立ち上がろうとしているのだ。


 ヒマワリは胸ポケットにしまっていた一つの携帯端末を取り出し、それを操作。数秒のタイムラグを経て解放し始める武器庫天井。天井が完全に開かれると同時に、機体は両足でしっかりと地面に立ち、腰を持ち上げた。



「な、何で……俺、何もしてない」


「君が感情を昂ぶらせるからだ。――丁度良い、跳べ」


「跳べったって! この機体スラスター用フットペダルも無くて」


「あるさ。君の頭の中にな」



 跳べ、と。ヒマワリが有無を言わさぬ口調で言うので、軌跡は無意識に頭の中で、この機体が地を蹴り、跳ぶ光景を思い描いた。



――その時には、刹那は一瞬だけ膝を曲げ、地を蹴り上げて、飛び上がっていた。



「なぁ――!」



 上昇する機体。武器庫を飛び越え、聖アルト女学院の屋上程度まで跳び上がった刹那が、重力の法則に従い、グラウンドへと落ちていく。恐怖のあまり、目を閉じようとした軌跡の手に――一つ、手が重ねられた。



 ヒマワリの手。それは互いの体温を感じさせる。



「……チッ」



だが軌跡は、それを【ウザったい】と、心の中で思ってしまったのだ。


しっかりと目を開き、着地する寸前まで、まぶたは閉じない。


 二、一……着地。着地の瞬間、脚部スラスターから僅かにブシュッ、ブシュッ、と噴射剤が吹かれたばかりか、肩部の電磁誘導装置までが稼働し、緩やかな速度で着地した刹那――機体はそこで、動きを止めた。


右手の甲に重ねられたヒマワリの左手を振り払い、軌跡は彼女を強く睨む。


 触れるな、と。彼の眼が訴えていた。



「君は何故、そこまで女性を毛嫌いする」


「別に……先生には、関係ありません」


「全く、私も年で嫌われたかな?」



 溜息をついたヒマワリがハッチを解放させ、コックピットハッチから身体を出した。



「この機体は、君の体内に埋め込まれたナノマシンとリンクし、君が思い描く機体の動きを反映させる。これならば、瀬川の神姫と渡り合えるだろう」


「まず、なぜ俺の体内にそんなナノマシンがあるのか、説明を要求したいのですが」


「それもまた、いずれな」



 フフッと笑ったヒマワリが「ラダー出してくれないか?」と言うので、軌跡は「それも思い描けば?」と聞いた所で、コックピットハッチのスリットが自動的に開かれ、ラダーが展開された。



「そうそう。思い描いた時には、既に行動を開始してる」


「便利なのか、嘘が付けないのか……厄介ですね、ノスって奴は」


「君の心を映し出す鏡だ。嫌悪するな」


「――俺は、自分の心を、映し出したくなんか、ありません」



 既にヒマワリは、ラダーを用いてグラウンドへと降りていた。聞こえていたかも定かではないが、彼女は自らの足でグラウンドに足を付けると、首に取り付けていた無線機で通信を開始。



『真里菜、機体を下がらせろ。ここからは軌跡ちゃんと瀬川の一騎打ちだ』


『えーっ! アタシも軌跡ちゃんと戦ってみたいよーっ!』



 ヒマワリの指示と、真里菜の不満げな声が、コックピットの中に反響した。



『瀬川、手加減は無用だぞ』


『でも軌跡さんってADの操縦、初めてですよね? 手加減しないと怪我しちゃうんじゃ』


『いいから――下手すると、気絶するまで殴られるぞ、お前』



 軌跡は、刹那のコックピットハッチを閉じ、機体をグラウンド中央まで歩かせる。迷いの無い歩みを見て、美奈子も何か察した様子で押し黙り、刹那の前に神姫を稼働させた。



『あの、軌跡さん。シートベルト付けてますか?』


「付けてる。俺をバカにするな」


『バカになんか……その、本気でやって、いいんですよね?』


「そうしなきゃ――俺が勝っても、お前を叩き潰した事にならない」



 二人に僅かな沈黙の時間。真里菜の蕾がグラウンドの隅に移動し終えた事を確認したヒマワリは、無線機に声を吹きかけた。



『始めろ』



 彼女の声が聞こえた瞬間、刹那が地面を強く蹴って、神姫の元へ駆けていた。


 放たれる右ストレート。しかし神姫は右腕の軌道を読み切った上、左手で受け流し、刹那の顔面を右掌底で打ち込んでいた。揺れるカメラ。上下する体。しかしシートベルトで固定された自身の身体は浮く事無く、軌跡はキッと、前を見据えた。



「うおおおおおっ!」



 雄叫びを上げながら、機体の背部スラスターを全稼働させる。神姫の両腕に掴みかかって、美奈子の乗る機体を地面に叩きつける。



『ううっ!』



 呻く美奈子。しかし頭の中で彼女が駆る機体を、殴る想像を止めぬ軌跡。


 右腕が振り上げられ、神姫の顔面に叩きつけようとした瞬間、神姫の電磁誘導装置が強力な磁場を緊急展開させた。



『まだ――!』



刹那の使用する磁場とは対極の磁場を放つ事により反発し、双方の機体が強く吹き飛ぶ。



「なに……っ」



電磁誘導装置の応用方法だ。これは軌跡が思いつきもしなかった方法である。


空中で電磁誘導を開始、ゆっくりと降下し始めた刹那に向けて、神姫がまず右斜め前に足を付けたと思った瞬間には、今度は左斜め前に、また右斜め前に――と、左右に機体を軽く動かしながら、軌跡を惑わせるように素早く駆けた神姫を、彼は視線で追いかける。



しかし、視線で追う事が間違いだった。


 いつの間にか強く地面を蹴り付けていた神姫は跳び上がり、右脚部を刹那の首元に叩き込んだのだ。


 グワングワンと大きく揺れる機体内部。軌跡は胸元をシートベルトで強く絞めつけられ、ガフッと息苦しさを口にした。



『そこまで。瀬川の勝ちだ、軌跡ちゃん』


「まだ……まだやれるッ!」


『これは戦争じゃない、訓練だ。止めなさい』



 強い口調で言い放つヒマワリの声。彼女の声に舌打ちをしながら機体を止めた軌跡は、フッと息を吐いて、美奈子の駆る機体に向けて、声を上げる。



「……俺の、負けだ。瀬川」


『そ、そんな! 軌跡さん、すっごく操縦上手かったですよ! 私なんて、そんな』


「謙遜するな。……俺が、間抜けにしか、見えなくなるだろ」



 軌跡が放った言葉を聞き入れながら――美奈子は押し黙る。


軌跡は、決して美奈子に、心を開きはしなかった。自分の力を示しても。彼女は心を、閉ざしたまま。



――何が軌跡さんを、そこまで嫌悪させるんだろう。



考えれば考える程、彼女の頭には、軌跡の事しか、思いつかなくなる。


美奈子はこの感情をなんといえばいいか。それが、分からなかった。

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