軌跡ちゃん、真里菜とカフェテリアデートする。
対クシュラ専攻の授業は、午後二時半で打ち切られ、その後は自由行動となっていた。
真船軌跡は聖アルト女学院の校舎にある学生食堂兼カフェテリアで、アイスコーヒーを飲みながら一息ついている。
本日の三時半に、聖アルト女学院第三生徒寮の寮長が迎えに来ると聞いていたので、時間つぶしという面が強いだろう。
彼はコーヒーを飲みながら携帯端末でインターネットへ接続。『複座型AD』や『ラブレス型』等と検索するが、一つもヒットしない。
正確に言うと掲示板の書き込みで『なんで複座型ADが無いの?』という内容がある事はあったが、軍事専用の掲示板でこの書き込みは嘲笑の的であるようだった。
『ADにはOMSってOSが搭載されてて、これが基本的に操縦の補助をやってくれてる。複座にした所でやる事無いからタクシー代わりにしかならんよ』
確かに、と。軌跡は書き込みを見ながら同意した。
OMS――オペレーティング・マニピュレート・システムと呼ばれる、AD兵器の操縦補助を行うOSがある。
これは書き込みの通り操縦の補助も請け負っていて、細やかなオペレートはOSが自動的に補助を行う事となっている。
複座にする利点は主に二つ。
一つはメインパイロットの操縦力不足を補填出来る事。
一つは機体制御などを担当するサブパイロットが存在する事により、メインパイロットの負担を極力減らせる事。
それを、OMSが事前に叶えてくれているも同然なのだ。
だが――【刹那】は実際に、複座型AD兵器だ。
複座にパイロットが居なかった所で、動かす事自体は問題無かったが、もしあの機体に二人のパイロットが搭乗する事があれば、どうなるのだろう、と。軌跡はそこで、少しだけ好奇心を覚え、顔を上げた瞬間。
「やっほー」
「な――!」
いつの間にか向かいの席に座りながら、伊勢真里菜が笑顔でフリフリと手を振ってる光景が目に入って、思わず軌跡はガタッと椅子を揺らしてしまう。
周りに生徒はいないが、休憩中であるのだろう教員たちの視線が痛くなり、慌てて取り繕いながら座り直すと、レジに向かう真里菜の姿が。
「オススメってありますか?」
「今だとミックスフラペチーノがお勧めですね」
「じゃあそれ下さいっ」
店員から商品を受け取り、会計を済ませると、彼女は軌跡の隣の席に座って、自らの購入したフラペチーノを見せつけた。
「見てみて軌跡ちゃんっ、ホイップがこんなにふわふわしてるよっ」
「……ああ、そうだな。伊勢さんはまだ帰って無かったのか?」
「真里菜って呼んで欲しいなー。アタシ、あんまり名前で呼ばれ慣れてないし、そもそも真里菜って名前の方が、好きっ」
あはっ、と無邪気に笑った彼女は、じーっと軌跡の視線を離さず、彼――いや、彼女の言葉を待っている。
焦りで心臓の鼓動が止まらない軌跡は、少しだけ躊躇いながらも、彼女の願い通りの言葉を発する。
「――真里菜、さん」
「うん、よし! えへへー、名前で呼ばれるって、やっぱりいいねー」
彼女はフラペチーノに口づけながら「おいしいーっ」と歓喜の表情を浮かべた。
「真里菜さんは、帰らないのか?」
「んー、先生がね、迎えに行くまで居残りしてろって言ってたの。でもベンキョーは嫌いだから……軌跡ちゃんと、もうちょっとお話ししたいなーって思って!」
「俺と?」
「うん! 先生言ってた、一緒にお話したり遊ぶ事を、デートって言うんだって!」
デートなんて、本の中のお話位でしか知らないよー、と無邪気に喜んでいる彼女を横にしながら、軌跡は更に鼓動を速めていた。
「デー、ト……!?」
「うんっ! ……あ、もしかして、恋人さんとか、居る?」
「い、いや。居ないが」
「あ、そうなんだ! でも安心して! 軌跡ちゃん可愛いから、何時でも彼女できるよっ」
「……彼女なんて、欲しくない」
「え、何で? あ、男の人の方が好き?」
「恋愛対象にしたことは無いが」
「そうなんだ。アタシ、男の人って少ししか見た事無いから、知らないんだよね」
焦りからか少しばかり挙動不審になりつつ、軌跡は今何を発言して、どう行動すればいいか、思考すらまとまらず、彼女のペースに呑まれていた。
「じゃあデートしよ! 私も、全然デートの仕方とか知らないから、軌跡ちゃんに色々、教えて欲しいな」
ニッコリと笑った彼女の笑顔に釣られ、つい軌跡は頷いてしまう。――普段の彼ならば、女性とのデートと言う言葉だけで表情を阿修羅の如く歪ませるはずであるのに、だ。
「じゃあまずはえっと……カフェテリアデート? って言う奴、今してるんだよね?」
「そう、なのかもしれないが、よく分からん」
「じゃあもっと恋人っぽい事しよっ! あ、はい。あーん」
「なぁ――!?」
フラペチーノのミックスホイップを食べる為に備え付けられたスプーンで、そのホイップを一口分すくった真里菜は、無邪気な笑顔で、それを軌跡の口元に押し付ける。
「あーん、とは……!?」
「何か恋人っぽくない?」
彼女としてはあまり意識していない発言かもしれないが、軌跡としては彼女の笑みが、小悪魔的な何かにしか見えなかった。
真里菜に主導権を握られている事を認識しつつも、どうすれば良いかも分からず、ただスプーンの前で口を開く。
口内にスプーンの冷たい感触が当たった事を確認すると、口を閉じ、ホイップを入れた。
「えへへー。あーん成功っ」
「むぐ……」
味なんかわかりっこない。何かしらのフルーツゼリーが混ぜ込んであるのだろうが、軌跡の口内ではまるで唐辛子と蜂蜜のミックスのような味が広がったような気がした。
「とてつもなく口を刺激するような味がする」
「いやすっごく甘いよコレ」
冷静にツッコまれてしまう。だがその味覚障害のおかげで、どこか冷静になれた軌跡がいる。
――どうすればいい。女性とデートなど経験は無いし、そもそも興味も無かった。
しかし、なぜか彼女に対しては普段ある嫌悪感を感じる事が出来ぬのだ。ならば、その理由を知る為、行動を共にする事は間違いでは無いだろう。
一瞬の内に頭を回転させた軌跡は、グッと決意を決めたように彼女へと視線を寄越し、口を開いた。
「真里菜さんは、どこか行きたい所はあるのか?」
「え、うーん……そう言えば私も遊びとか全然知らないや。……ていうかそもそも、学校の外に出ちゃダメって、センセーに言われてるし」
「……そうだったな」
聖アルト女学院は、基本的に外出が許されない。校舎と寮は隣り合っていて外出の必要は無いし、買い物ならば学内に併設されているコンビニや薬局で事足りてしまう。
校外へ出る場合には申請が必要となり、申請も厳しく審査が行われ、デートの為に外出します等と言えば、許可は下りない事は想像に難くなかった。
理由をでっち上げる事も難しい。基本的には保護者の許可を取らなければならないからだ。
それまで施設で育った軌跡には、今や身元引受人となっているヒマワリに頼む事しか出来ぬし、それも非常に気に食わない。




