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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第3章 失われた魔法
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36.錆びた決意とその代償

お久しぶりです。

ぼちぼち投稿していきたいなと思っております。遅筆のため、のんびりなペースとなりますが、よろしくお願いします。

 さようなら、と聞こえた。


 その言葉の指すところを知り、身を震わせる。……『意味を噛み締め、理解することが出来た』、ということだ。直後に影に刺されて絶命していれば、不可能だったことだろう。


 ユウヤには、はっきりと状況が見えた。


 全身に降り注ぐはずだった影が、瞬く間に消滅していく。

 影が崩れるにつれ、眩い光がユウヤを照らす。


 目を細めた先に見たのは、空からの光。

 頭上には、ユウヤを中心として雲ひとつない空間が生み出されている。そして、影は普段の通り、ユウヤの体の範囲にその姿を収めた。


「……悪あがきを」


 顔を歪めた先は、ユウヤの背後だ。恐らく、こちら側の誰かがこの状況を作り出した。

 振り返りかけた頭を、無理矢理前方に固定する。


 スズリが混乱している間、ここが隙だ。


 次の瞬間走り出すが、彼女は行動を起こさない。そして、何の障害もなく、すぐ傍まで肉迫することに成功する。


 ーーあと四歩。


 ここまで来て、ユウヤの心はまだ決まっていない。

 もちろん、この戦いを終わらせるべきだ。戦いの行方は、ユウヤの手にかかっていると言っても過言ではない。


 ーーあと三歩。


 迷いは動きを鈍らせる。そして、迷いのままに行動すれば、後悔を生む。虹は、倒さなければならない敵だ。


 ーーあと二歩。


 躊躇を振り払い、ナイフを抜く。


 ーーあと、一歩。


 攻撃のために動き出したスズリ。その手が上がり切る前に、彼女の懐へと辿り着く。

 驚愕に目を見開き、硬直した体を突き飛ばした。スズリは反射的に目を瞑り、そのまま背中を打ち付ける。彼女が起き上がる前に肩を押さえつけ、体に乗り上げることで足を封じた。


 手を振り上げ、ナイフを心臓に突き立てれば、全てが終わる。今が、いつか教わった『やらなければいけない時』なのだ。


 余計なことは考えない。それは、別れをより一層辛くするだけなのだから。




 少し、手が震える。歯を食いしばっても、抑えることができない。



 最後に彼女の目を見るように顔を上げる。せめて、終わらせる者の責任を果たす。出来ることなら、苦しまないように。


 スズリの瞳を見た。そこに映っているのは酷い顔をした自分の姿。

 それに比べ、彼女の目は澄んでいた。透き通るような瞳に困惑を浮かべ、ユウヤを見ている。


「……ゆうや、さん?」


 耳を震わせたのは、同じく震えた声だった。





 何度も呼ばれた名前だが、明らかに何か違う。

 こちらを見上げる彼女の瞳が揺らいだ。いつも向けられていた恐怖とは少し異なる本物のそれを向けて。


 ーー深い藍色の中に、水泡のようにとぷりと桃色が差した。






「……スズリ?」




 ーー知っている。




「おい、スズリ! スズリか!?」




 ーーこの瞳を、知っている!




 確かに見た薄桃に追い縋り、肩を揺さぶる。されるがままのスズリの表情は、はらりと下りた髪に隠された。


 しかし、彼女は居るのだ。ーー確かに、ここに!


「スズリ……スズリ! オレが分かるか!?」


 う、と苦しげに唸る様子に気が付き、揺らす手を緩める。


「なあ、スズリなんだろ……?」


 縋るように尋ねた言葉。それに反応があった。


「……はい」


 小さな呟きが肯定を示す。彼女の唇が真横に引き絞られたかと思うと、微かに緩んだ。


 スズリの手が、腕に添えられる。ゆるりと撫でるように動くそれに、安堵の息を口内に宿した。


「ーーあなたを殺したくて仕方がない、スズリですよ」


 吐き出そうとした息は居所を無くし、留まる。


 柔らかな夕焼けの兆しはそこになく、辺りを日暮れへと落とす濃紺が、楽しそうに歪んでいた。





 ーー『間違えた』。


 そう理解した時には、既に彼女は動き出していた。


 腕の関節を力いっぱい押され、肘が体を支えきれなくなる。

 突如降下する視界の端を影が蠢いた。力の抜けた腕を無理やり跳ね上げ、即座に地面を転がり、距離を取る。


 一歩、二歩と、前方を見据えながら後退する。ようやく詰めた距離を遠ざけながら、改めてスズリを捉えた。


 差し込む陽光に照らされる紺碧の少女。幻想的な光景でありながら、悪夢の化身を宿してしまった彼女に身震いする。しかし、大きな収穫を得ることができたように思う。


「元に、戻せるのか……?」


 一瞬、瞳の色が元に戻った。ユウヤはそれを目の当たりにした。それだけで、充分だ。





 あの時の状況は。二人の立ち位置、間合いは。行動、目線、感情に至るまで、全てを思い出す。それが答えであるはずだ。頭の中で全てを余すことなく再現すれば、正解は見つかる。


 ひとつ息を吐き出し、両手に炎を纏わせた。


 今この瞬間では、彼女に対する脅しにしかならないかもしれない。ただ、背後に居る仲間たちに教わったこの魔術を、おまもり代わりに。


 今は戻ることが出来ない場所に居る彼らに見えるように、強く、熱く。

 灼熱に揺らぐ空気を広げ、影から光を引き摺り出す。皮膚が焦げる手前まで、さらに熱を上げていく。倒すにしろ、救うにしろ、そのくらいでなければ何も為せない。


 戦いに支障を来さず、痛みを我慢できる程度に。己の中で思考し、間合いをはかる。

 慣れない操作故のぶれを見せつつ、釣り合いの取れる範囲を探し続ける。




 限界を探りながらも、地の上で足を擦った時。







 炎が、異常な揺らぎを見せた。








 浮かんだのは、疑問ではなく焦燥。術者本人であるからこそ、即座に気づいた異変。



 威力が増しているのではなく、徐々に低下の兆しを見せていた。


 ぽつりぽつりと降る水滴が、数を増して鎮火を進める。


「……あ、め」


 思わず溢れた言葉は、激しく振り始めた音にかき消えていく。取り戻したはずの光は雲に閉ざされ、再び影の世界が訪れる。



 瞬きの間に、対抗する術を無くしてしまった。




 そう、思わされてしまった。




 絶望が生み出した空白は、油断よりもはるかに迂闊な隙を押し付ける。







 気づけば、影が目の前に迫っていた。それは先程よりも存在感を増し、きらめく切っ先で胴体を狙う。

 ユウヤは必死に覚えたての魔術を繰り返し、僅かに稼いだ時間を積み重ねて一歩ずつ後ずさった。






 ーー魔術は苦手だ。


 もともと才能などこれっぽっちも無かったところに、『虹の遺物によって強制的に付与された力がやって来た』。この馴染まぬ感覚は、いつまで経っても拭えずにいる。


 魔力量が多いと言われても、ろくに使えないのであればただのお荷物だ。術式自体をほとんど知らないために発動さえおぼつかない。暴走の恐れさえある。

 使うと一転、とんでもない足手まといへと早変わりする危険を持つ。これが、自分が使用する魔術に限っての印象だ。


 極力使うべきではないと思うものの、使う場面が多いのがこの世の現状である。だからこそ、ユアから学んだものだけを使うことで何とか危機を脱してきた。


 しかし、今日その縛りが覆った。この切迫した状況が、ユウヤの背中を突き飛ばすようにして

我流の魔術の使用に踏み切らせた。





 ーーそれが、この状況を招いた。





 幾重にも重ねた壁を貫く、蠢く黒い影。発動を上回る速度での猛攻に、ユウヤは無傷を諦めた。

 腕を重ねて心臓の位置を合わせる。反射的な行動ではあるが、心境としては惰性に近い。そんなものは何の足しにもならないとわかっている。そう断言できるほどに、誰よりも彼女と目の前で対峙しているのだから。


 腕でも、足でも、何を失ってでも、命を繋ぎ止める方法を。生きてさえいれば良い。この命さえ残されていれば、ユウヤはアレンと繋がっていられる。それだけであり、それが全てなのだから。



 覚悟を決めかけたユウヤの前に、突如として分厚い障壁が現れる。

 よく見れば、今までに見たことがないくらい堅固なシールドのようだった。それは何枚にも重ねられ、ユウヤの安全を守り切ろうと力を注がれている。


 ーーユアだ。


 直感的に理解した。ただ、それだけだった。それだけのことしか、できなかった。一時の安堵を取り戻すこともなく、ユアのシールドは砕け散る。


 背後から悲痛な叫び声が聞こえた、気がする。普段以上にゆっくりと流れる情景の中で、それがユウヤに僅かな未練を取り戻させた。



 しかし、無情にもその時は訪れる。



 この身に宿ったはずの思いも、力も。鋭利な刃が容易く、全てを切り裂く。




 そして、全てが失われてしまったかのような虚脱感。




 視界には暗闇が、口の中には鉄の味が広がっていた。

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