表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第3章 失われた魔法
59/85

11.密かな選択

 一人抜け出した人物ーータクヤは静かに廊下を進んでいた。


 進行方向は、玄関に向かう道とは真逆。


 初めて訪れたとは思えないほど慣れた足取りで、タクヤはある場所へと向かう。




 倒れた少年を運ぶ道中、そして呼び出された部屋に向かい、さらに移動する中でこの家の構造は確かめていた。


 もはや癖になっているそれは万が一の逃走の際に役立てようと思っていたのだが、今は全く違う目的のために行使している。




 始めに連れていかれた部屋には、玄関から左に向かって歩くことで到着した。

 そこから元来た道を戻り、先程の二部屋に。


 この二つに共通するのは、奥にまだ道が残されていたこと。

 すぐに曲がり角となってしまっているために、この時点では自らの目で先を確認することはできなかった。


 ーーしかし、恐らくは。


 今出たばかりの部屋は、角部屋のさらに奥に位置している。

 部屋を出た際、人がいないことは確認済みだ。


 改めて思い出す。


 玄関から、廊下は三つに分かれていた。


 一つ、右へ進む先程まで対談していた部屋への道。

 二つ、左へ進む初めに通された部屋への道。

 三つ、玄関から一直線に進む突き当りが壁の道。


 タクヤの現在地が、その突き当たりだ。


 家に足を踏み入れた時は気にしていなかったが、この状況では最も危険な箇所となる。


 失敗すれば、今まさに玄関に向かっているユウヤたちに目撃されてしまう。

 隠れて動いたこの時間が無駄なものとなり、さらには二度と機会が訪れることもないかもしれない。


 見つかること自体は問題ない。

 忘れ物をした、とでも言えばいい。怪しまれるだろうがそれで終わりだ。

 しかし、そうなれば目的の達成が難しくなる。


 タクヤは壁に背をつけ、顔を少しだけ覗かせて周囲を探る。


 声が聞こえるはずはない。既に十分と言えるほどに距離は離れていた。

 ユウヤほど耳がよければ話は変わってくるのだろうが、残念ながらタクヤにそこまでの聴力はない。

 ユウヤがおかしいだけだ。あれは野生児といっても過言ではないほどの五感、身体能力を持ち合わせている。

 基本的にその力を振るうことをしないが、裏の世界でも生き抜いていけるほどの力を持つ実力者だ。


 しかし、リズとの模擬戦で見せたあの表情。

 総合して、この一言に尽きる。


 ーー理性ある獣。


 決して崩壊することはないとまで錯覚させる堅牢な理性、そしてふいに覗かせる獣性の凄まじさ。

 そこから下した評価だ。

 最近は魔術まで使えるようになり、もはや未知数としか言いようがない。


 それは今は置いておく。


 四人が玄関に到着するまでにはまだ時間があった。しかし、それほど余裕がある訳ではない。

 慎重に辺りを伺いつつ、急いで通路を横切った。


 そして、次の角。ここを曲がればーー。


「……当たりだ」


 予想が的中し、タクヤはほくそ笑む。


 少年が眠る部屋の前に到着だ。


 この家の特徴として、部屋数は多くともその構造は実に単純だということが挙げられる。

 廊下もそれに準じ、玄関から歩けば一周できるように作られているのだ。


 部屋の前にはナギナタを携えた男が一人。

 先程は二人いたはずの見張りが減っている。

 タクヤの想像が正しければ、ここからは容易に進むことができるはずだ。


「ちょっといいかい」


「ーーはい。どうされましたか」


 手を挙げながら近づくタクヤに、至って普通の反応。

 距離を詰めても、その様子は変わらない。要するに、警戒一つされていないのだ。


「中に入っても?」


「ええ、どうぞ」


 半身をずらし、道を開けた見張り。快い了承に、笑顔まで見せた。

 どうやら既に先程の話が伝わっているらしい。

 これ幸いとタクヤは入室する。


 中に誰かいるかと思えば、そんなことはなかった。

 少年が一人で眠っているだけだ。

 容態の安定した少年に治療師を常駐させる必要はないと考えてのことだろう。

 スズリの言からすると、定期的には訪れているらしい。あまり長居はできない。


「……随分と、不用心なことで」


 タクヤは眠る少年を見下ろす。


 観察か、静観か、注視か。


 その瞳から表情を読み取ることは難しい。

 タクヤ自身、図りかねていた。


 タクヤは手を伸ばし、少年の首を包み込む。


 両の親指が深く重なるほど、男にしては細い首。

 少年が起きる様子はなく、寝息の一定のリズムで揺れる体に緊張が走ることもない。


 タクヤには時間がない。四人の歩く速度を見るに、もう限界だろう。

 残されているのは、ほんの数秒。


「……やっぱり、駄目か」


 その一言で諦め、立ち上がる。

 僅かに乱れた少年の服を整え、部屋を出た。


 開け放たれた戸に反応した見張りがにこやかに話しかけてくる。


「目を覚まされましたら、お知らせに行きます。どうか気兼ねなくお過ごしください」


「うん、どうもね」


 一つ礼を残し、その場を後にした。


 四人は既に外に出た頃だ。

 タクヤは木製の引き戸を開け、後を追うために早足で向かう。


「あんたが言ったこと、わからなくもないわ。ーーそれでも」


 思いがけぬ出来事に、タクヤは体を強張らせる。

 引き戸のすぐそばに寄りかかったリズが、こちらを見ずに声をかけた。

 リズは立ち止まったタクヤの前に立ち、片手を腰に当てる。


 難しい顔の彼女に、次の言葉を待った。


「あの子たちと一緒にいる以上、それは無理な話よ」


「……バレちゃった?」


 タクヤはカプセルを開け、中から微かに発光する小粒の石を取り出す。

 そして、親指と人差し指の腹で砕いた。


 瞬間、二人の周囲に薄いベールのようなものが出現、目視できないほどに色を消していく。


 ーー遮断石。


 姿が見えなくなる視覚的な遮断、攻撃を防ぐ物理的な遮断など、その用途は多岐に渡る。

 様々な種類の中から、今回は周囲に音をもらさない遮断石を選んだ。

 効果範囲は使用者、及び使用者が指定した人物にのみ見えるようになっている。

 今回の使用者はタクヤ、指定された人物はリズだ。


 裏の人間における暗黙の了解として、使用されたのならば、これから行われる会話は他言無用となる。

 リズは黙って、タクヤの密談を受け入れた。


「……まあ、それが『普通』なんだろうけどさ。危険が過ぎると思わない?」


 タクヤは顎に手を当て、同意を求める。リズはただ、まっすぐにこちらを見ていた。


「なんで、あんなところに倒れてる。なんで、あそこまで衰弱してる。なんで、こんな時にーー」


 はたと気がつき、思い直したように両手を広げたタクヤは余裕の笑みを浮かべる。


「……なーんて、ね。どうも立て続けに嫌なことが起こりすぎて、全部疑っちゃうよ」


「それはあんたにとって『普通』のことでしょう。……疑うのは悪いことではないわ。信じるのに必要な工程だもの」


 ようやく口を開いたリズ。

 最もなそれを聞いたタクヤは苦笑した。


「俺にその結果は存在しないよ。終始、疑いっぱなしだ」


「神経質になりすぎよ。あの傷、自分で作るには深過ぎたでしょう?」


 冷静に状況を把握していたリズだったが、タクヤの表情は明るくない。


「そうだといいんだけどね。あの子たちは、何にも考えずに信じそうだからさ」


「私たちが注意すればいい話よ。……あの子たちはあのまま、綺麗なままでいればいい」


 どこか達観したような言葉に、タクヤはため息を吐いた。


「それは、こっちの台詞なんだけどなぁ」


「……? 今、なんてーー」


「何でもないよ」


 聞き返そうと耳を傾けたリズを遮って話を切る。

 聞こえないように言っているのだから当然だ。


 優先すべきは、『お願い』。

 気まぐれに聞いてしまった、一生有効の『お願い』だ。


 その一言を最後に、タクヤは範囲外へと手を伸ばす。

 ガラスの砕けるような音と共に、薄く透明な壁が霧散した。


 遮断石の効果は一人でも範囲から出ると消える。


 ーー密談終了。この会話はここまでだ。


 不服そうな顔をしつつも、それは理解したらしいリズ。その不満を、思い切りタクヤの背中にぶつけた。


「いっ……」


 タクヤが軽く呻き、背中を押さえていると。


「タクヤ、リズ! 置いてくぞ!」


「今行くわ! ……そんなに思い詰めなくてもいいと思うわよ」


 遠くで手を振るユウヤに大声で返し、さりげなくタクヤに一言。


 遠ざかっていくリズの背中、こちらを向くユウヤ。絵でも眺めているような気持ちになる。

 不思議なことに、タクヤにはここに入っていくことが許されていた。

 信じられないほど平和な図だ。


 背をさすっていたタクヤは背筋を伸ばし、呟いた。


「あの子たちがいれば安心かな。……ま、ちゃんと見てればいいか」


 そして、ゆっくりと声の方向へ歩いていく。



◆◇◆◇◆



「遅ぇよ」


 ようやく追いついたタクヤに、ユウヤは文句を投げた。


 タクヤがいないことに気がついたのは玄関を出た直後だ。

 逆に言えば、そこまで気づくことができなかった。


 いつの間にか姿を消していたタクヤに大変な焦りを覚えたユウヤ。いきなりの単独行動に驚かされたものだ。

 そんな意を込め、タクヤを見る。


 当の本人からは焦りなど感じられず、のんびりと歩きながら到着。


「いやー、ごめんごめん」


「お前、忘れ物なんてするんだな。浮かれてんのか?」


「ああ、うん」


 タクヤにしては迂闊な行動をからかう目的で開いた口は、その適当な相槌に尖っていく。


「何ぶすっとしてんの。ほら、置いてくよ」


「お前なぁ……」


 ユウヤの頭に軽く一発かまし、さっさと進んでしまうタクヤ。

 一部見ていたが、完全にリズにやられた背中の八つ当たりだろう。


「タクヤって、忘れ物するほど荷物持ってたっけ? ……どうしたの?」


 首を傾げるユアはこちらを見てさらに首の角度をきつくする。

 穴があきそうなほどの視線に晒され、何か感じたのだろう。


「なんか、言おうとしてたような……」


 ユアを見ることで、思い出せるような気がするのだ。


 眉根を寄せて思考するユウヤから目を逸らし、ユアは顔を斜め下に動かす。


 やはり、顔が怖いのか。いや、それはいい。

 よくはないのだが、これはこれで傷つくが、今は違う。


「……そうだ」


 ーー思い出した。


 自分のことに精一杯で、忘れていたことが一つ。


 ユアに尋ねようとしたことがあった。


 ーーユアこそ、大丈夫なのかと。


 ユアはウメの憎悪の言葉を聞き、異常に怯えていた。

 確かに、あれはユウヤでも恐ろしいものだった。

 しかし、ユアは度を越して恐怖を感じていたように思えたのだ。

 空気が和らいだ後も、思い詰めた表情をしているのを見た。


 今の今まで思い出せなかったのは、目の前にいるユアが普段と変わらない様子だったからだ。

 ごく自然な態度に、違和感を見出すことができなかった。


 果たして、口に出していいものか。

 ユウヤの懸念はそこにあった。


 念には念を入れるべきか。いや、蒸し返すべきではないのかもしれない。


 だが、しかし。


「ユウヤ?」


「……ん、なんでもねぇよ」


 ユウヤの考えは後者に至った。

 思考に没頭していたユウヤは、ユアの声で現実に引き戻される。


 何気なく返し、そのまま足を進めようとするが、進路に顔を出したユアに止められた。


「本当かなぁ? さっきもそんなこと言ってたけどなぁ」


「……それは忘れろ」


 そのからかい口調に、頭を抱えたくなる記憶が蘇る。


 あんなところは二度と見られたくない。

 恥ずかしいことに加え、情けないことこの上ない。


 ーーもっと、強くならなければ。


 悪戯な笑顔を向けるユアを見て口元を緩めながら、静かに決心する。

ストックが危ういため、明日から毎日更新が難しくなるかもしれません

なるべく早く投稿しようとは考えております

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ