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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第2章 望まぬ再会
32/85

18.決断の時

第一章二話の風の話に一言加えたのと、第二章六話の始めの方の人物表記を変更しました。

今まで投稿する時間帯がランダムになっていたのですが、これからは21時台にしようかなと思います。

「え、何!?」


 自分の名前が出てくるとは思っていなかったらしく、待機場所から素っ頓狂な声を出すユア。

 彼女からすれば、二人で言い合いをしていたと思えば、突然自分に白羽の矢が立ったのだ。それは驚きもするだろう。

 こちらの様子を理解していないユアは慌てて話を聞く態勢に入る。


「水だ! 核を壊せば、アレは止まる!」


「どのくらい必要なの!?」


 即座に含意を汲み取ったユアは遠くから声を張り上げ、指示を仰ぐ。


「王都の近くに湖があったね? あのくらいだ!」


「サルナ湖!? それだと、今の私には一回が限界……」


 言葉を切ったユアは、持ち上げた左手を見つめた。


「ねえ、タクヤ。私ーー」


「それはいい! 一回で十分だ!」


 タクヤは食い気味に返し、ユアの言葉を遮る。


「でもーー」


「いいから! 失敗したら考える!」


「ユア、頼む!」


 提案すら許さないタクヤに疑問を抱きつつ、ユウヤも続けて声をかけた。


 会話の意味はわからない。しかし、ユアが何かを躊躇っていることはわかった。


 視線を受けたユアは瞳を伏せ、拳を強く握りしめる。


「……うん、わかった」


 あまり気乗りしないような調子で受け入れたユアだったが、頭を振って正面を見据えた。


「俺は次の魔術で最後だ。意味は理解できてるね?」


 ゴーレムが動き出したのを横目で確認したタクヤは後ろに数歩下がり、ユウヤにも倣うよう手振りを見せた。


 それぞれが頷き、ユアの魔術を合図に全てを決行する。


「水よ、我が意志に従え。ーーアクア・バレット!」


 圧倒的な存在感を放つ砲弾のような水球。それが三つ、こぽこぽと音を立てて浮遊した。


 二人は膝をつき、姿勢を低くしながらそれを見守る。


 ユアが手を薙ぐと、宙を泳いでいたうちの二つが同時に射出。

 高速でゴーレムへと進んだ水球。一つは顔面、もう一つは胴体を直撃し、態勢を崩すことに成功する。


「ユア、あれだ!」


 剥き出しになった胸部に光る石が埋め込まれていた。一足先に見つけたユウヤは、目を細めていたユアに位置を知らせる。


 頷いたユアは何事か呟くと、最後の一つを放った。


 タイミングよく吹き付けた追い風を受け、勢いを増したそれは、空気を切り裂く音を耳に残してゴーレムの胸に吸い込まれていく。


 水球は輝きの中心に命中。


 ぴしり、と大きなヒビが入り、真っ二つに割れたその石は閃光を放つ。そして落下、粉々に砕け散った。


 ゴーレムは断末魔とも取れる音を立てて崩壊する。大岩が地面に叩きつけられ、轟音が鳴り響いた。


「なぜ、またしても……」


 その背後に、放心状態で立ち竦むアーデスの姿。

 ユウヤはタクヤと同時に走り出した。


 ーーこれが最後のチャンスだ。


 しかし、そこに一つの大きな懸念があった。


 今まで通りの動きでは、また危機一髪で逃れられてしまう恐れがある。

 ユウヤはアーデスの前で自分の体術を余すことなく使って挑んでいた。

 いくらアーデスが動きに慣れていないとはいえ、読まれる可能性は消えていない。


 ユウヤの勘が、やかましくそう主張していた。


 ーー何かが必要だ。


 そんな直感に従い、アーデスとの距離を詰めながら思考を回す。


 この戦いで一度も見せていないもの。いっそ味方すら驚く決定的な一手。


 ーーあった。


 ユウヤはほとんど使ったことのない、しかしごく一般的な方法が。

 考え得る中で最善の手段だ。


 その反面、胸中は不安に満ちていた。

 ユウヤにとっては危険が過ぎるのだ。


「ユウヤ、何考えてる!?」


 その迷いが顔に表れていたか、タクヤの声は発破をかけるようなものだった。


 ーーそうだ。考えている暇などない。


 今、決断しなければならないのだ。


「タクヤ、これ!」


 ユウヤは腕に嵌る輪を放り投げた。


「え、何こーーユウヤ!?」


 タクヤは視線を落とすと驚倒の声を上げる。そして先の展開に考えが至ったようで立ち止まった。


 あの時、三人を傷つけてしまいそうになって諦めた力。


 今だけでいい。

 三人を守るために、もう一度だけ。


「ーー頼むから、言うこと聞いてくれよ。……炎よ、我が意志に従え! ーーフレイム・ボール!」


 手の平に一つ炎球を浮かべ、アーデスに投げつける。


 それはほんの小さな炎だった。白衣に焦げを生み出して燃え尽きる。

 アーデスとって致命的な怪我を負わせることは叶わなかった。

 こんな時に限って小さな炎球しか出ないのは不運としか言いようがない。


 しかし、アーデスにとっては一大事のようだった。


「こ、こんな、聞いていない! なぜ、貴様が魔術を……!?」


 アーデスが混乱している間に、とうとう本領を発揮できる間合いに飛び込んだ。


「う、ぐっ……!」


 やはりユウヤの戦闘スタイルを記憶していたか、アーデスは次の行動を予測し、発動準備に入る。


 優位に返り立ったと勝ち誇ったような笑みを浮かべたアーデス。しかし、ユウヤはそれを通り越して体の側面に足を踏み出す。意図を図りかねたアーデスは、眉をぴくりと跳ね上げさせた。


 この局面、とどめを刺せる位置につきながら、自ら方向をずらしたユウヤ。


 理由は一つ。


 とどめを刺すのは、ユウヤではない。


 ユウヤの影は、アーデスの正面に向かって伸びていた。


「今だ!」


「ーー解除!」


 タクヤは最後の魔術を解く。ユウヤの影が浮き上がり、纏っていた黒が剥がれ落ちた。


 アーデスは驚愕に目を見開き、かろうじて眼球を正面に移す。


「き、さまは……!?」


 突然、姿を現した人物。その正体はーー。


「ーー行け、リズ!」


 逃げ場をなくすため、アーデスの背後についたユウヤはその名を叫ぶ。


 タクヤの魔術によってユウヤの影と同化しているように見せたのだ。


 ユウヤに気を取られていたアーデスにはとても反応できない。

 身動きを封じられたアーデスの下腹部に、リズのナイフが突き刺さる。


「……ぁ、ふ?」


 アーデスは吐息を漏らし、深々と肉に食い込むそれを縁取るようになぞりながら現実を確かめる。


 リズがナイフを引き抜くと、よろめくように数歩下がった。


「ぅ、ぶっ、げぶ、がぼッ……!?」


 口元を押さえたと思うと盛大に吐血し、自らの手を血で染める。さらに、おぼつかない足を岩に引っかけ、仰向けに倒れた。


「な、なぜ、私が、こんなこと、に……?」


 なおも吐血が続くせいで血に溺れそうになるアーデス。口からも腹からも、鮮血が垂れ流しになっている。


「あ、ああ、違う。これ、は。ーーそうだ、これは!」


 アーデスは腹部から溢れ出す血をすくい上げ、自分の顔の前で手を広げてみせる。

 ぱた、と落ちてくる液体を受け止め、さらなる紅で顔を染めながら、口元を吊り上げた。


「ああ、素晴らしい! 死ぬのは初めてだ!」


 ーーこの男は。


 与えられた死を、溢れゆく命を。


 初めての経験として、心の底から楽しんでいる。


 ーー狂っている。


 ユウヤは底冷えする自分の体を抱く。


「力が抜け、末端から冷えていく! しかし、腹部には熱があるように感じられる! 教えられてもいないのに、自然に理解できる死への道! そうか、これが死か!」


 死を目前としたアーデスの狂乱ならばよかった。

 しかし、この男は理解している。


 自分の行く先を。


 もう未来はないことを。


 その上で、自身の死を喜んでいる。


「誰も知ることはできない! あの腐った害悪どもでさえだ! それを知るのはこの私ただ一人! 本当に、素晴らしい!」


 周囲をアーデスの紅が彩る。それは鮮やかになればなるほど、命の限界に咲いていることを示していた。


「も、目も霞、む。体が、動かしにくく……なっ、て」


 自身で生み出した血溜まりに沈むアーデスは、虚ろな目で空を見上げながら指先に血液を絡めてぱしゃぱしゃと音を立てる。


「これ、を、けんきゅ、うに……いか、せば。きっと、わた、し……は」


 眼を大きく開き、狂気の笑みを浮かべたまま。

 戦いは衝撃のうちに幕を引き、アーデスを攫っていった。


 一体、何がそこまでの執着をもたらしたのか。


 終わりを迎える前に、自身が喪失することへの恐怖ではなく、新たな道を覗いた歓喜を表した。


 残り僅かで生を絶たれる者が、むしろ嬉々として死を受け入れた。


 研究に利用できると、狂った言葉を口にして。


「な、何だった、の……」


 震えるユアの肩にそっと手を置いたタクヤ。


「……最後の最後で、研究者としての死を選んだのか」


 タクヤの呟きを最後に、重い空気が流れる。


 どうにもできないやるせなさが、ユウヤの身を包んでいた。


 この死は人を弄んだ者の末路だ。しかし、結果としてその者の望みが叶う形となってしまった。


 誰も予想し得なかった。当然、アーデスすらも考えていなかったことだろう。


 死の際に得た、究極の研究材料。

 蘇生を追い求めた彼らしい終わりだった。


 妄執が色濃く刻まれる死に顔を眺めながら、アーデスという研究者へ最期を招いた者として思いを巡らせた。


 その時、アーデスの体が仄かに光り始める。


 ユアとリズは口を開けて固まってしまった。

 前回のユウヤも寸分違わず同じ表情だったことだろう。


 粒子が放出され、天へ昇ると共に、アーデスの体が末端から消失していく。


 それは幻想的でありながら、数多の犠牲を重ねなければ現れない光景。

 もう二度と見ることはないと思っていた、終わりの光景。


 そして、頭の先から弾けた光の粒を最後に、アーデスはこの世から姿を消した。


「本当に、消えて……」


 リズはそれきり絶句する。


「やっと、終わったね」


 長く息を吐いたタクヤが、事の収束を口にした。


 ようやくだ。

 自覚した途端に足の力が抜ける。


「おっ、と」


 かくん、と膝を折ったユウヤをタクヤが片腕で支えた。


「……あ、すまん。ありがとう」


「いいえ。でも、重いから自分で立ってもらえると助かる」


 ユウヤはタクヤの力を借りて、しっかりと地面を踏みしめる。気を抜かなければ自分で立つことはできる。そのくらいの余力はあった。


「ねえ、ユウヤが前言ってたのってこれのこと?」


 タクヤが指したのは、アーデスの代わりに現れた橙色の玉。


「ああ。前も似たような感じだった」


 首肯し、拾い上げるために腰を曲げる。


「ユウヤ、待て!」


 突然の大声に肩を震わせたユウヤは何事かとタクヤを振り返る。


「いいか、触るなよ。絶対に触るな」


「あんた、何でそんなに神経質なのよ」


 面倒臭そうに視線をやるリズ。その体からは気怠さが滲み出ていた。体力の限界か、壁にもたれかかっている。

 最後にリズを動かしたのは、意地と呼ばれるものだったのだろう。


「いいかい、リズ。ユウヤには前科があるんだ。前に赤の玉を触った時、意識飛ばしたんだから」


「赤の玉?」


 首を傾げたリズへ、タクヤは姿勢を低くしながら答えた。


「虹だったアルマードの娘だよ。あの時は赤の玉が落ちてたらしいんだ」


「アルマードね……あそこのお嬢様は大人しい性格だったはずだけど。意外とわからないものね」


「へえ、面識あったんだ。流石、ガルナ家。……というか、あれが大人しい? 冗談きついよ」


 ユウヤとしても驚きだ。

 大人しい人間にあのような所業が可能であろうか。

 それほどの憎しみを抱いた特定の人間に、という話ならわからなくもないが、シャーロットは無差別に強者を狙っていた。


 それらを踏まえると、ユウヤの答えは否だ。


 しかし、シャーロットを知っているらしいリズはその疑念を否定した。


「本当よ。少なくとも、演舞のために強制連行された社交場で見た時は。深窓の令嬢って言葉がぴったりの人だったわ」


「『血塗れの』、じゃなくて?」


「塗れてないわよ。私の記憶の中ではね。……それより、さっきから何を探してるの?」


 会話を進めながらきょろきょろと周囲を見回すタクヤに、リズが訝しげに視線を送る。


「いや、素手で触るのは嫌だなと思って」


 道具越しに触れようとしたようだが、この付近にあるのは粉塵か、持ち上げることすら困難な大きさの岩だけだ。


「何もないし。まあ、ギリギリいけるか……」


 タクヤの指先から、針ほどの細さを持った影が伸びる。

 影で橙色の玉をつついたタクヤは何度も首を捻った。


「……あれ? ……いや、何もなさそうだな」


 一人呟き、あろうことか直接持ち上げた。


「オレには駄目だって言ったくせに」


「仕方ないだろ。君は前にやらかしたんだから」


 ふてくされるユウヤをさらりと流したタクヤ。ユアに向き直り、手の平に乗せた玉を彼女の近くに寄せる。


「ユア、どう思う? つついた感じ、気味が悪いくらい普通なんだけど」


「……別に、何も。ただのガラス玉なんじゃない?」


 顔を接近させたユアも、タクヤと同じ評価を下した。


「やっぱり、そうなのかな。でも実際にアーデスが消えてから出てきたんだよね……」


 考え込んだタクヤが伸ばしたままの手に、ユアが指先を近づける。


「おっと」


 タクヤは自分の手をユアが届かない位置まで上げた。


「私も駄目なの?」


「念のためだよ」


 やんわりと拒み、その手を丸めて引く。


「リズも見る?」


 今度はリズに差し出した。彼女はそれをじっと見つめた後、肩を竦める。


「……私にはわからないわよ」


 リズは唇を軽く尖らせ、何を思ったか指先でつついた。


「駄目だって言ってるのに……」


「止めなかったじゃない」


 やり込めたと言わんばかりに鼻で笑ったリズだったが、タクヤは目を逸らし、ぽつりと一言。


「リズは頑丈だから、そこまで気を張らなくてもいいかなって」


「殴るわよ」


 詰め寄られたタクヤは困ったように降参の意を示すが、リズの憤りはそれを許さなかった。


「ぐえ。首、絞まってる……お、俺、怪我人……」


「口は随分と元気みたいだけど?」


「元気というか、手が動かないというか……」


 リズの手を剥がそうともしないタクヤ。手が塞がっていることもあるのだろうが、本気で力が出ないらしい。

 そろそろまずい、と仲裁のために近づく。


「……あ」


 ユウヤはタクヤの手から玉がこぼれ落ちそうになっていることに気がついた。

 親指と人差し指の隙間に、危ういところで留まっている。

 時間の経過と共に、その隙間は広がっていく。

 そして、とうとう玉は地面めがけて落下を始めた。


「危ねっ……よし」


 見事、地面との衝突を防いだユウヤ。誰も見ていなかったので、自分で自分の成功を喜ぶ。


 両手ですくい上げるようにして危機を救ったユウヤは、それを観察しようと視線を落とした。

 その時、橙色の玉が浮かび上がる。


「急に魔力が……!?」


「え、何で……あ!?」


 ユアの焦りにタクヤの驚き。


 前回とは違い、ユウヤにも理解できた。


 ただのガラクタ同然だったものから、突然濃密な魔力が吹き出し始めたのだ。


 それはユウヤの胸にぶつかり、消えてしまう。

 瞬間、覚えのある温もりが流れ込んで来た。


 熱を認識した途端に視界が歪み、再び足の力が抜ける。

 ぐらりと揺れたユウヤを支えるものはなく、次の瞬間には頬に無機質な冷たさを感じていた。


「ユウヤ、どうしたの!?」


「ああ、また……君って奴は!」


 頰を強めに叩かれるが、瞼は勝手に閉じていく。

 睡魔とは違う、抗えない強さで押さえつけられた瞼の裏で、ユウヤは夢を思い出していた。


 シャーロットの始まり。

 貴族の肩書きを脱ぎ捨て、生まれ変わった彼女の夢を。


 後で、三人に話しておく必要があるだろうか。


 ユウヤにはわからなくても、ユアなら何か知っているかもしれない。

 タクヤなら何か意味を見出すかもしれない。

 リズならその変貌の理由を解決できるかもしれない。


 どれも、ユウヤが無事に目を覚ませたら、の話だが。


 全ての感覚を失い、意識は闇に落ちる。

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