17.再開戦
「ゴーレム?」
見上げた顔をそのままに、タクヤが尋ねる。
「大昔に戦争で使われた兵器だ。力が強すぎて封印されていたらしい」
「そんな危ないもんが土でできてんの!?」
ぐりん、と首を動かし、こちらを向くタクヤ。ユウヤはその圧に腰を反らせながら答えた。
「いや、本だと確か……金属?」
「じゃあ何だ、土で再現しましたってこと!?」
「オレに聞くな!」
半ギレ状態で迫るタクヤを手で押さえるユウヤ。ユアはおろおろと二人を見るばかりだ。
「それより早く逃げないと……伏せろ!」
会話の途中で後ろを確認したタクヤの大声。ユアを巻き込んで反射的に身を低くする。
ユウヤの頭と置き換わったのは大岩。
それは今まさに潜ろうとした通路の入り口に衝突し、周辺の壁を砕いて岩を積み上げた。
この廃墟は今いる広い空間まで一本道に繋がっている。そこに至る唯一の通路は塞がれた。
ーー要するに。
「……閉じ込められたか」
退路を断たれた。
悔しそうに舌打ちをしたタクヤは床に転がる岩の破片を足で払い、リズを壁にもたれかからせる。
「俺が前に出る。ユアはリズと後ろに下がって」
一言で指示を出し、そのまま戻ろうと踵を返したタクヤは動きを止める。その腕をリズが軽く引いたことで物理的に動きが止められたからだ。
「まだ意識は飛ばさないでくれよ。いざとなったら君がユアを守るんだから」
「……わか、てる、でも」
「とどめを刺す頃になって動けるようなら呼んであげる。今は大人しく休んでて」
有無を言わさぬタクヤの口調にリズは頷き、静かに力を抜いた。いつもはもう二言、三言と反論するリズだが、その余裕すらないようだ。
ゴーレムはつんざくような雄叫びを上げながら、緩慢な動きで周囲の様子を探っている。
そのたびに地面の揺れが発生し、壁が粉塵を吐く。
「……まずいな。この音、どのくらい大きいと思う?」
「外まで聞こえるくらいにはデカイと思うぞ」
ゴーレムが体を動かすたび、耳障りの悪い叫び声を上げるたびに、それは轟音となって周囲に響き渡る。
「だよね。どうしようか、音を聞きつけて見物人でも来たら大変なことになる」
ゴーレムは天井から文字通り頭一つ飛び抜けている。外からだと頭部だけだが、確認できてしまうのだ。
万が一見られてしまえば、警察や野次馬など人が人を呼ぶ事態となるだろう。
そして、その万が一の可能性は大きい。
これはゴーレムというよりも橙との戦闘。
虹が及ぼした被害は聞いた通り、最悪としか表現することができないほどに酷い。国一つを滅ぼすことができるその力は、例え一片だとしても脅威に変わりない。あっという間に屍の山が築かれてもおかしくはないのだ。
「……ユア。何とか、できるか?」
タクヤは考えた末に、躊躇いながらもユアに委ねた。
ユアの視線がタクヤへ移される。戸惑いを見せていたユアだが、少し経って瞑する。
何かを振り切るように瞼を一層強く閉じたユアは、手の平が開いた左腕を空へ掲げた。
「……無よ、我が意志に従え。ーーシールド」
ユアが選んだのはシールド。しかし、何となくだが普段とはいくらか違うように思える。
「術式に防音と目くらましを組み込んだけど、これでいい?」
「想像以上だ。ありがとう」
「目、くらま……?」
一瞬のうちに解決してしまった難題。ユウヤが呆けている間にタクヤは立ち上がった。
「ユアはちゃんと戦況を見てて。岩飛んでくるかもしれないし、魔術が必要になるかもしれないから。リズは任せたよ」
「うん。二人とも、気をつけて」
ユアはユウヤたちに背を向け、リズの周りにもシールドを張る。
既にタクヤはゴーレムへと向かった。
しかし、ユウヤはユアから目が離せなかった。
複数の効果が付与されたシールドに衝撃を覚えたのもある。
一番の理由は、その背中がどこか悲しげだったからだ。
「……ユア」
同じく立ち上がったユウヤを見上げるユア。
思わず呼び止めてしまったが、自分でも何を言いたいのかわからない。何かを言いたいのは確かだが、言葉が出てこない。
「ユア、その、今のはーー」
「ここは任せて、早くあっちに」
ユアは待ってくれなかった。ユウヤから目を逸らし、ゴーレムを見据える。
ユウヤに考える時間を与えないまま、自分のやるべきことへと移ったユア。
「また、後で」
今の二人は同じ表情をしていたに違いない。少し傷ついたような顔をしたユアの横を通り過ぎる。
きっと、ユウヤが悪い。ユウヤが何かしてしまったのだ。
喉から絞り出した一言を置いて、タクヤの後を追った。
「正直、思い出したくないんだけどさ。最近、似たようなことをやった気がするな」
ゴーレムに向かって歩みを進めながら、追いついたユウヤに軽い口調でぼやいたタクヤ。
「ほぼ同じことをな。オレも思い出したくなかった」
血塗れの館で出会ったタクヤとの共闘は記憶に新しい。
「空気は前よりマシだと思わねぇか」
「うん、同感だ」
あの時を思い出したのか、タクヤが薄く笑った。
以前は肺を焼かれるような灼熱地獄だ。おかしな表現だが、寒気が走るような体験をした。
「違うのは俺の右腕が動かないことと、魔力が残り二割程度だってことだね」
「……それはもう少し早く言え」
万全とは思っていなかった。しかし、そこまで酷いとも、だ。
二重の負荷を抱えていたとは思えないほど、タクヤは平然としていた。
「まだ動けるから大丈夫だと思って」
「腕はどうすんだよ」
指で示したタクヤの腕は赤く腫れ、僅かだが曲がってはいけない方向に歪んでいるように見える。
タクヤは怪我をしていない方の肩を竦めた。
「ユウヤ、俺がどれだけこの世界にいると思ってるんだい。痛みなんて気にしなきゃ気にならないよ。応急処置は済ませたから魔術を使うのに支障もない」
それに、と今度はタクヤが遠くを指差す。
「あの通り、影にも困らないし。影属性っていうのは、特定の形を作らなければそこまで魔術を消費するものじゃない。操るだけなら、どうにかなる」
タクヤは残る手を腰に当て、敵の分析を始めた。
「こんな魔術、見たことないけどさ。ああいうのは大体、元を断てばいいと思うんだ」
「アーデスか」
ユウヤの答えに、指が弾かれる小気味の良い音が聞こえる。
「ご名答。どうせ、あのデカブツの後ろにいるんだろ? なら、くぐり抜ければいい」
タクヤの視線が下がり、岩に覆われた足を示す。
「この戦い、どう考えても俺たちの分が悪い。俺たちはずっと動いてたけど、アーデスはさっき出てきて、ようやく自分の力で戦い始めた。消耗戦なんて持ち込まれたら絶対に負ける。……短期決戦だ。早く終わらせよう」
「……ああ」
自らの影を纏わせ、やる気を十分に見せるタクヤ。
そんなタクヤに、一抹の不安を覚えた。
今のタクヤは、若干冷静さを欠いているように思える。軽い口調は普段と何ら変わりはない。しかし、それは見せかけだ。
これまでのタクヤは毒は吐いても口調は荒れなかった。
常に落ち着いて、一定のトーンを保っているのがタクヤの特徴であると言えるほどにはそうだった。
荒れ始めたのはリズの相棒という男と戦ってから。そして、その名残が所々にある。
元から戦闘の間は端的に会話する必要があるために多少素っ気なくなることはあった。
しかし、今のそれは違う。僅かに低くなった声のトーンも、その程度を超えている。
普段の柔らかなものでないことは明白だ。
先程見せた激情はいまだ消えず、タクヤの中で火花を散らしているのだろう。
それはアーデスが後ろへ下がったことで、燃焼することが叶わずにくすぶっている。
ーーこのままではいけない。
理解はできているのだが、目の前の敵はその予断すら許さない状況を作り出していた。仕方なく目線を移す。
ゴーレムはその体の大きさを活かした上からの攻撃に長けている。
故に小回りが利かない。
タクヤの言う通り、足元から回り込んでしまえば簡単にアーデスへと辿り着くだろう。
ーーそう考えて臨んだ戦い。二人は予想以上の苦戦を強いられていた。
戦いに全く進展がない。ただ疲労がたまっていくばかりだ。
ゴーレムの下さえ取ることができれば、戦いは短時間で終結すると考えていた。しかし、それは見当違い。
最大の問題は、足元に到達するまでの道が一番の難所であることだった。
手の大振りで風圧が生まれ、それは全てを吹き飛ばすほどの勢いを見せる。
本によると一国の端で薙いだ手の風圧がその国土の建物を全壊させ、更地にしたという。
流石に本の通りとはいかないようだが、それでも異常な強風が吹き付けた。
その度に岩陰に身を潜め、飛んでくる岩片をやり過ごすことを余儀なくされる。
近づけたと思えば、足を踏み下ろした振動で立つことさえままならない。
風だけでもこの有様だ。直接食らえばどうなるか、想像は容易い。
そもそも、こちらに攻撃手段がほとんどないのが痛い。
「……ああ、くそッ!」
痺れを切らしたタクヤはゴーレムの影を掴み、バランスを崩そうと思い切り腕を振る。
「うわっ!?」
しかし、ゴーレムはびくともせず、逆にタクヤが影に引かれてつんのめってしまう。
そこに目をつけられた。大きな手が押しつぶすような動きでタクヤに迫る。
「タクヤ!」
ユウヤはタクヤを突き飛ばし、その勢いで入れ替わりに手の真下へと立ってしまった。
「な……! 駄目だ、ユウヤ!」
岩はユウヤの目前まで迫っていた。
体はひしゃげ、鮮血を噴出して命を散らす。
そんなイメージが頭に浮かび、せめて無様な悲鳴は上げるまいと息を詰め、目を閉じた。
しかし、いつまで経っても衝撃は訪れない。不審に思ったと同時に硬質な音が鼓膜を震わせ、ユウヤは薄目を開ける。
シールドに阻まれたゴーレムの腕は弾かれ、その巨体ごと仰け反らせていた。その隙に危険から脱する。
「助かった!」
ユウヤは振り返らず、ユアに聞こえるように声を張り上げる。
「ユウヤ、怪我は!?」
「ねぇけど……死ぬかと思った」
青い顔でこちらに走り寄ってきたタクヤに無事を伝えると、彼は深い息を吐いて目を押さえた。
「もう、こんなことしなくていい。俺が殺されそうになっても、そのままアーデスを目指せ」
「……何、言ってんだ」
耳を疑うような言葉が飛び出し、ユウヤは体が冷えていくのを感じる。
「足手まといを気遣って倒せる相手じゃない。それはわかるだろ?」
「ふざけーー」
「避けろ!」
カッとなって掴みかかろうと一歩踏み出したユウヤは、タクヤの声で我に返る。
再び振り下ろされるゴーレムの腕。それは二人は左右に分断させた。
動くたびに巻き上げられる砂煙。周囲の確認が困難な状況に陥ってしまったことに気がつく。
今、別々に動くのは得策ではない。素手でゴーレムと戦うのは無謀にもほどがある。ユウヤは、一人では何もできないのだ。
後ろに下がればタクヤと合流できる。
しかし、それではユアとリズも攻撃の対象として認識されてしまう。現状の標的はユウヤとタクヤ。近くにいる者だけを敵としていると推測されるそれに、二人を巻き込む訳にはいかない。
前に出ることは難しい。ゴーレムを突破する必要があるからだ。それに加え、越えたとしてもアーデスがいる。一人では不可能だ。
八方塞がり。
打破できない状況に歯噛みし、後者の手段の成功に全てを賭ける。
単独でも突撃すれば、誰かが気がついてくれるかもしれない。タクヤが援護に来てくれれば上々、失敗してもまだ三人がいる。
それに、ユウヤは頑丈だ。何かあっても多少の怪我で済むだろう。
そう言い聞かせて己を鼓舞し、蹂躙の止まない暴力へ足を踏み出したその時、柔らかな風が背後から流れる。
「二人とも、しゃがんで」
ふわりと風に乗って声が聞こえた気がした。
覚えのあるその声に、素直に従う。
「水よ、我が意志に従え。ーーアクア・バレット」
ユウヤの頭上を高速で飛んでいったそれは着弾、何かを砕く。
ごろごろと硬いものが落下する音、続いてゴーレムの叫びがシールドの中にこだまする。
着弾と同時に煙を切り裂いたそれは水弾。連続で放たれた水弾によって、視界は明瞭なものへと切り替えられる。
タクヤは思っていたより近くにいた。タクヤの体はまっすぐこちらを向いていたので、彼にはユウヤの位置がわかっていたのかもしれない。
驚くのはゴーレムの姿だ。
胴体に、貫通とはいかなかったが数カ所穴が空いた。これまでで一番の損傷だ。
膝をつき、動きを止めているゴーレム。ちょうどいい、とタクヤの下へ向かう。
タクヤは近づいてきたユウヤを見て胸をなでおろす。
「よかった。無事だな……って、な、何?」
突然ユウヤに睨まれたタクヤは一歩引いて距離を置く。
以前、この顔が怖いと言っていたことがあったな、と場違いに思い出す。これからは積極的に使っていこう。
そんなことを考えながら距離を詰め、左手の中指を親指で押さえて力加減を確認する。
すっと運ばれるユウヤの手を不思議そうに目で追うタクヤ。それを額の前で止め、力を込めて思い切り破裂させた。
「痛ってぇぇぇぇ!?」
なかなか良い音だ。満足げに息を吐いたユウヤに非難の視線が刺さる。
「落ち着けよ」
「いやいや、何考えてんの!? 人にデコピン食らわせといてそれ!? すっごい音したんだけど、え、何でこんなことで俺を負傷させるの!? 痛ってぇ、体全体に響いたんだけど! 腕まで響いたんですけど!」
行動に対するユウヤの言葉が不服だったか、タクヤの口からは次々と文句が飛び出る。
ーー不満を抱いているのはこちらだ。
「お前こそ、何考えてんだ」
その一言で、恨みたらたらだった口はぴたりと動きを止めた。
「あ、え……?」
困惑するタクヤに、あえて怒りを放ちながら口を開く。
「怒ってるのはわかる。オレだって腹が立つくらいだ、あの男と知り合いだったお前ならよっぽどだろうな。ただ、今のお前はそれに振り回されて周りが見えてねぇ」
「そんな、ことは」
「あるんだよ。自覚してねぇらしいな」
タクヤは手で口元を押さえ、考え込んでいる。ユウヤは畳み掛けるようにそれを指摘した。
「お前、助けるなって言ったよな。自分のことを無視してそのまま戦えって。ーー誰が言うことなんか聞くか。普段ならいいにしろ、今のお前を放っておいたらその瞬間に死ぬだろうが。俺に守られたくないなら、自分のことは自分で面倒見ろ」
そのポーズを崩さずに考え続けるタクヤ。あとひと押し、とさらに口を回す。
「リズにとどめを刺す時は呼ぶなんてかっこつけておきながら、お前がとどめを刺されるつもりか。自分で言ったことくらいちゃんと守れ」
目を伏せたタクヤはため息を吐き、呟いた。
「……まさか、ユウヤに説教されるとはね」
「おい、はぐらかすな」
まだ誤魔化すのか、と追求をかけるが、どうやらユウヤの考えていることとは違うらしい。顔を上げたタクヤは、どこか晴れ晴れしい表情を浮かべていた。
「はぐらかしてない。……そうだね、俺は冷静じゃなかった。冷静だったら、自分でコイツらを倒そうなんて、思えるはずがなかったんだ。ーーユウヤ、ゴーレムの弱点はわかる?」
何か吹っ切れた様子で敵を見据えたその姿。ユウヤは安堵しつつ、説明をする。
「胸の中心に核が埋め込まれてる。それを破壊すれば止まるらしい。……そもそも、それができないから封印されてたんだぞ?」
「大丈夫。これは本物のゴーレムじゃないんだろう?」
そう言って、にやりと笑ったタクヤ。
いつも通りのタクヤだ。
「ユア、君の出番だ! 俺たちじゃあ、どうしようもない!」
ーーいつも通り、清々しいほどの他力本願、他人任せのタクヤだ。




