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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第2章 望まぬ再会
23/85

9.襲撃と宣戦布告

更新できました。

立て込み一旦終了。

次も完成に近いので、近日中に更新できそうです。

書いててめちゃくちゃ楽しい部分なのでぜひ見て頂けたらと!

 連日行われるユアの特訓を終えた後のこと。


「ここのご飯美味しいけど、そろそろ違うの食べたいよね」


 宿に併設された食堂で肉をつつきながらタクヤ。

 すでに全員が食べ終えているというのに、いつまで経ってもこの調子だ。


「贅沢ね。食べられるだけいいじゃない」


 呆れた声でリズに窘められている。それでも不満そうな顔を崩すことはない。


「いや、そうなんだけどさ。屋台料理が食べたい。体に悪そうなやつ」


「屋台? すごく美味しかったよ。ね、ユウヤ」


「…………」


「ユウヤ?」


 ユアに返答せず、両手を組んで額に押し当てたまま俯くユウヤに視線が集まる。


「……料理してぇ」


 返事がない。


「料理ーー」


「聞こえてるから。一応、何で?」


 ユウヤはタクヤの形ばかりの質問に答える。


「落ち着かない。何かやりたい。やろうと思っても全部綺麗で……」


 手で顔を覆い隠したユウヤに引き気味のタクヤ。

 手を縦に伸ばしてユウヤの頭を軽く叩いた。


「仕事中毒か。何もやらなくていいのが宿屋なんだけど」


 タクヤの手の重みに顔を上げるのも億劫になり、俯いたまま会話をする。


「料理……」


「もう、厨房借りれば? ……冗談! ユウヤ、冗談だから!」


 ふらりと立ち上がったユウヤをタクヤは慌てて引き止める。


 夜の食堂で喧しく騒ぐ一行。遅めの時間だからか、他に客がいないのが幸いした。


「……そろそろかな」


「何がだ?」


「いいや、何でもないよ」


 そう言って水を一口含んだタクヤはある一点に目を留めた。


「あ、受付の人変わってる。理知的な可愛さを感じるね」


「また、お前は、そ、んな話……を」


 突然、呂律が回らなくなる。視界が歪んで見えない。


 ひょっとしてこれは。


「な、で。ねむ、い……?」


 そんな猛烈な眠気に襲われた。


 がしゃん、と音を立てたのはテーブルに突っ伏したユア。リズも頭を押さえて持ちこたえようとしているが、時間の問題だろう。


 もしかすると、全員が同じ状態にあるのでは。


 そこに行き着いた頃、ユウヤの瞼は閉じていた。



◆◇◆◇◆



 客はいない。従業員さえも。


 厨房には眠りこけた料理人。


 この場において自らの意志で動く者はただ一人。

 女はカウンターを出て食堂に足を踏み入れていた。

 懐から取り出した折りたたみナイフを開きながら、対象を見定める。


 眠る少女に迫る魔の手。


「……!?」


 それは一人の青年によって阻まれた。


「ねえ、お嬢さん」


 眠っていたはずの青年が、目を開いて女を見上げている。


「受付の人が何の用かな?」


「な……!?」


 掴まれた腕を振りほどくことすら忘れ、ただただ驚愕の目を向ける。


「残念だったね。俺に()()()()()は効かないよ、お嬢さん……カラーズ、と言った方がいいかな?」


 片眉を動かし、あえてその正体を口にする青年に、女は強張った表情を少し緩めた。


「……全て、お見通しだったというわけですね」


 諦めたように体の力を抜いた女からナイフを奪った青年は質問を始める。


「この子を狙ったってことは、橙サマはこの子を脅威に感じたってことでいいのかな?」


「いいえ、逆です」


 落ち着きを取り戻した女は静かに白状した。


「逆……?」


 怪訝そうに尋ねる青年。女は余裕の表情だ。


「何もできない子どもに興味はない。私の手を煩わせるな、との命令ですので」


 青年は目を見開いた後、喉奥でくつくつと笑い、堪え切れなかった声を上げ始めた。

 その様子に眉をぴくりと動かした女を気に留めることなく、笑い続ける。


「しかしアンタら、見る目がないよ。ーーこの子は、俺たちの中で一番強いんだ」


 青年はひとしきり笑った後、少女の頭に手を乗せた。


「……何を言っているのか、わかりかねます」


「わからないならいいさ。そのまま消えてくれ。一生な」


 女の心臓へとナイフを向けた青年だったが、女が恐怖に震えることもない。


「相当自信がおありのようですね。これから殺されるのはあなたたちだというのに」


「アーデス博士にかい?」


「…………」


 女は無言を選んだ。


「沈黙は正解と捉えていいんだね」


 なおもそれを貫く女は一枚の紙を取り出し、青年の前にそっと置いた。


「ここに来い、とのことです。それでは」


「逃すと思う?」


 握る手の力を強める青年だったが、女の表情は変わらなかった。


「いいえ。なので……実力行使です」


「それは困るな」


 目の輝きを確認した青年は手を離した。


「さっさと行きなよ。俺たちも後から追いかけてやるから」


「……何の、つもりですか」


 警戒を強める女は後手に隠した何かを準備する。青年はそこに目をやりながら口を開いた。


「何もないよ。早く準備しないといけないだろ? ーー俺たちに殺される準備をさ」


 宣戦布告とも取れるその一言を、女は息を吐いて流す。


「ご冗談を。ではお言葉に甘えて失礼させて頂きます。もし来られなかった場合は……おわかりですね」


 青年は少女に視線をやる言外の主張に軽く眉をひそめ、手で追い払う仕草を見せた。


「ああ。皆が起きたら行ってあげるよ」


「遺書を書く時間も差し上げましょう。明日の日没までにおいでください。それでは」


 青年は椅子をぎしりと軋ませ、天を仰いだ。


「やってらんないな、こんな仕事。ほんと、命がいくつあっても足りないや」



◆◇◆◇◆



「……?」


「お、ユウヤが一番か。頑丈さが売りなだけあるね」


 初めに聞いたのは、相変わらずの人を茶化したような言葉だった。


「何で……オレ、寝てた……?」


 今はユウヤに対する間違ったイメージを正せるほどの余裕はない。タクヤの発言を最後に記憶がぷつりと途切れているのだ。


「頭、ぼーっとする? 副作用はないはずなんだけど」


「副……?」


 小さな呻き声とともに、リズが体を起こした。


「ここ、は……」


「おはようリズ。二番目だよ」


 ユウヤよりも早く覚醒し、状況の理解が済んだリズはタクヤに目を吊り上げた。


「あんた、黙ってたわね」


「うん、炙り出しのためにね。案の定、引っかかりました」


 その視線を意にも介さず、指を二本立てるポーズをとったタクヤ。何だか無性に腹が立つ。


「何の話を……」


「食べ物に薬が入ってたのよ。私たちは眠らされた。この男以外、全員ね」


「……は!?」


 その一言で起き抜け特有の頭の回転の鈍さはどこかへ吹き飛んだ。


「まあ、毒の味はしなかったし。どうせ睡眠薬だろうなって」


「待て。何でそんなことがわかるんだ」


 毒の味とは何だ。毒に味なんてあるのか。それ以前に口に入れたことがあるのか。


 ぐるぐる回るユウヤの頭は大混乱だ。


 それを見たタクヤは首を捻りながら答えようとする。


「え、言ってなかったっけ? 俺はーー」


「ん……」


 先程のユウヤの驚きの声のせいか、ユアが目をこすりながら顔を上げた。


「ユアはビリでーす」


「えっ! ……何が?」


 ビリという言葉に反応したユアだが、辺りを見回してタクヤの言葉の意味に気がつく。


「皆起きたから話すね。さっきカラーズと接触した。明日の日没までにここに来いってさ」


 タクヤは一枚の紙をテーブルに滑らせた。


「接触って、何で一人でそんなことーー」


「ウォルダム……!」


 ユウヤの苦言は息を呑んだユアに飲み込まれた。


「ユア、知ってるの?」


「ウォルダム研究所はアーデス博士が所属していた研究所。かなり大規模で研究員が百人くらい所属していたの。でもアーデス博士が研究の世界から姿を消した後、少し経ってから行方不明、に……」


 ユアが何かに気がついたように、タクヤへ顔を向ける。

 タクヤは目を覆った。


「あちゃー。完全にやられたな、それ。何人が行方不明に?」


 ユアは言いづらそうに口を動かした後、回答。


「……五十人くらい」


「大分持ってかれてるな。ほとんど死んだ、もしくはカラーズになったと見た方がいいね」


「ウォルダム研究所にはかなりの数のカラーズが待ち構えている、そういうこと?」


 リズが顔を顰めて尋ねると、タクヤはため息を吐きながら肯定した。


「その可能性は高い、と言わざるを得ないね。敵がこっちを甘く見て戦力温存とかしてくれるならありがたいんだけど。赤を倒したことが知られている以上、それは考えにくい」


 ユウヤたちは一度に最大五十人の相手を強いられるという訳だ。一人で十人倒してもまだ足りない。

 戦う前から絶体絶命の窮地に立たされ、途方に暮れかける空気が流れた。


「もう遅いし、とりあえず寝ようか。明日寝不足とかなったら洒落にならない」


 タクヤの一言で解散となる。


 これが結果として現実逃避にならないことを祈りたい。



◆◇◆◇◆



 翌朝、四人は昨日の話を再開させる。


「今回、こっちの戦力で確実なのは体術二人に魔術一人。俺は状況に合わせて動くよ。基本はユアと組むことにする」


 タクヤの提案に三人は合意の頷きを返す。


「さて俺とペアのユア。その筋肉痛、どうにかしようか」


「そんなこと言われても、どうすれば……」


 困惑するユアに爽やかな笑顔を向けたタクヤ。いつもとは真逆の胡散臭さを感じる。


「筋肉痛って動けば平気になるんだよね。というわけで、ばっちり動けるようになるまで俺と運動です」


「え……リズ」


 縋るようにリズを見つめるユアだが、珍しいことに首を振った。


「ごめんなさい。準備があるから今は……」


「はい、行こうねー」


 問答無用と言わんばかりに両脇に手を入れられ、ずるずると引きずられていく。


「ユウヤー!」


「絶対、ダメ。安静にしてて」


「い、いってらっしゃい」


 タクヤの眼差しに一瞬にして不可能を悟ったユウヤは手を振る。


「ユウヤのこと、ちゃんと見張っててねー」


 そう念押ししたタクヤに連行されるユアが伸ばした手は、何も掴むことはなかった。

 図らずも和んだユウヤだったが、それどころではないと気を引き締める。

 ユウヤはただただ安静に、体力温存。それしかできないのだ。


 ……少しくらいはいいだろうとこっそり柔軟を始める。


 リズはしっかりこちらを向いていたが、見ないふりをしてくれるようだ。


 ユウヤは片手で伸ばした足を掴みながら思考に沈む。


 ーー橙。


 蘇生をテーマにしていたという研究者。

 魔術を使うことができながら、才能がないと落とされた哀れな人。

 話を聞いたユウヤの印象はそこに落ち着いた。


 彼自身は何もしていない。ただ、相性が悪かっただけの話。

 彼は才能に負けたのだ。

 研究の世界を追われた彼はきっと恨んだのだろう。憎んだのだろう。

 その感情がどれだけの大きさなのか、ユウヤにはわからない。

 だからと言って、それが人を殺めていい理由とはならない。

 目の前で行われたあの惨劇。ユウヤは決して忘れない。


「……ユウヤ。さすがにそこまで目を瞑る気はないわよ」


「え?」


 ユウヤの瞳には、リズの顔が逆さまに映っている。


 考えにふけっていたユウヤは自分の行動に気がついていなかった。

 ユウヤは両の手のひらを床につけ、足を立てて倒立していた。

 静かに足を戻し、リズに向き合う。


「……えへ」


「可愛くない。準備運動くらいにしておきなさい」


 ユアの真似をしてみたが失敗のようだ。


 ちっ、と口に出しながらリズの言う通り『準備運動』をする。


「……それは準備運動じゃないわね?」


「オレなりの準備運動だ」


 会話をしながら腕立て伏せや腹筋を繰り返すユウヤを何とも言えない表情で眺めて一言。


「あいつに言うわよ」


「やめてくれ」


 ユウヤはすぐさま中止して寝転んだ。


 タクヤは温和に見えるが、全くそんなことはない。ここ何日かで学んだユウヤが導き出した答えだ。何しろ、ユウヤを注意するときに目が笑っていないのだから。


「まったく。本当に大人しくしてなさいよ。本番でコケたら世話ないわ」


「……わかった」


 ユウヤを心配する故の言葉であることは十分承知している。決して困らせたい訳ではないのだ。

 大人しくなったユウヤを見たリズは再び自分の運動に戻る。


「リズはこれが終わったらどうするんだ?」


「どうって……仕事、でしょうね。私はヒュールだから、他に道はないわ」


「……そうか」


 仕事の意味するところは理解している。リズは黙り込んだユウヤに微笑みかけた。


「……先に言っておくわ。ーーありがとう。楽しかった」


 ーーどうして、今。


 それではまるで今生の別れのようではないか。


 ユウヤは立ち上がり、リズの正面に移動する。


「後で言ってくれ。ユアにも、タクヤにも」


 その言わんとするところを理解したのか、リズはユウヤの瞳を真っ向から見つめ返した。


「……そうするわ。あいつには言わないけど」


「そこまで言うか?」


 タクヤへの当たりがかなり強いリズ。ユウヤも理解できる部分はあるがリズほどではない。そこまでの理由があるのか、常々疑問に思っていた。


「あいつを甘く見てるとえらい目に合うわよ」


「別に甘く見てるわけじゃないが」


 ユウヤだって痛い目、とは言わないかもしれないが、そのようなものに遭ってきているのだ。

甘く見るなんてありえない。


「覚えておいた方がいいわ。あれ、まだ本性じゃないのよ」


 衝撃の言葉にこめかみを押さえた。


「……あれで?」


「そう。本当はもっと面倒臭くて、もっと胡散臭い奴なんだから。……と言っても。あの男が簡単に本性をあらわすとは思えないし、私が見てたあいつも嘘かもしれないわね」


 頭が痛くなりそうだ。


 リズは途切れることなく全力でタクヤを貶している。


「仕事の時もか?」


 何となく尋ねた質問。予想外に、リズは少し考え込んだ。


「……そうね。認めたくないけどあの男、仕事は一流よ。ほぼ一人で斡旋業を回していたわけだから、有名人でもあるわ」


 自分は知られている方だ、とは言っていたが、大袈裟ではなく事実として認識していただけらしい。

 頭の回転が速いタクヤは仕事も相当できるのだろうとは思っていたが、まさかそこまでだったとは。


「この世界で信用を得るのは相当大変なこと。だけど、あいつはそれを得ている。その手腕だけは評価せざるを得ないわ」


 苦い顔をしながら褒めるという矛盾した行いをするリズ。そこには私情を挟まないリズの誠実さが表れている。


「いやあ、照れるなー。そんなこと思ってくれてたなんて」


 この声は。


 リズの凄まじい顔に察しながらも振り返る。

 そこにはいつの間に開けていたのか、扉に片腕を預けて破顔するタクヤの姿があった。


「げ、帰ってきてたの。ユア、早くこっちに。そいつから離れて」


「『げ』とは何だ。素直に褒めてくれればいいのに、もう」


 リズは手招きをしてユアを腕の中に収めた。

 あからさまに嫌そうなリズを見ながら、タクヤの緩んだ顔は崩れない。


「ユウヤ。こいつ、ここでくたばった方が身のためよね?」


「落ち着け」


 ユウヤは拳を握るリズの前を塞ぐ。

 こんなところで味方の戦力を削ぐ訳にはいかない。相手は軽くこちらの十倍はいる可能性があるのだから。


「はっはっは。俺の仕事が一流なのは当たり前だよ。散々準備してきたんだからね!」


 タクヤは腰に手を当て、自慢げにそう語る。


「準備……」


 呟いたユウヤの言葉に、タクヤはさらりと答えた。


「仲介から商談、裏切った時の対処法まであらゆる知識を叩き込んで臨んだ仕事だ。成功しなきゃ困る」


 ユウヤはいつにも増して饒舌なタクヤに疑問をぶつける。


「裏切ったら?」


「こうして、こうだ」


 タクヤはぐしゃぐしゃに丸める動作を取り、それを投げ捨てた。


「……今、何を丸めた?」


「ひーー」


「やめて。ユアに聞かせないで」


 リズがユアの耳を塞いで抗議する。

 ユウヤは残りの言葉をタクヤの口の形から連想することができてしまった。確かに聞きたいものではない。


「ま、当然でしょ。信用が大事なんだから、これくらいはしないとね。始めは死人が出たもんだ……」


「言うなって言ってるでしょう!」


 リズは近くの枕を投げつけた。

 その経路ど真ん中に立っていたユウヤは慌てて横飛びに避ける。


「おおっとぉ! いいじゃんこのくらい。許容範囲だよ」


 勢いのついたそれを見事に掴んだタクヤは器用なことに投げて元の位置へ戻す。


「よくない! この馬鹿!」


 リズの一言で、タクヤは顔色を変えた。


「は!? 俺に馬鹿って言った? もう仕事紹介してやんないぞ!」


「休業中のくせに何言ってるのよ! 子どもなの!? 斡旋屋(まわしや)様は子どもなの!?」


「何だと!?」


 お互いに距離を詰め、睨み合う状況が作り上げられる。


「ゆ、ユウヤ。これ、どうすれば……?」


 そして、いつの間にかヒートアップした年長者二人組の喧嘩は次元が違っていた。

 リズが体全体を余すことなく使って猛攻撃、タクヤはそれを躱す。


 関わりたくない、というのが本音だ。


「……放っておくのは」


「駄目!」


 ユウヤは断固としたその姿勢に押され気味になる。


「ユアが間に入れば止まるんじゃないか?」


「……そうかな? ちょっとやってみるね」


 かなり投げやりな提案は受け入れられ、面食らっているうちにユアはおっかなびっくり進み始めた。ユウヤは万が一を考えてついていく。


「ふ、二人とも! 喧嘩はやめて!」


「ユア、大丈夫だから少し待ってて」

「今それどころじゃないんだ。後でね」


 聞く耳を持たない二人に動きを止めたユアはこちらを振り返った。


「ユウヤぁ……」


 ユウヤは今にも泣き出しそうな顔で助けを求めるユアに折れた。


「わかったよ。ーーやめろ」


 飛んできたリズの拳を受け止め、後ろに下がろうとしたタクヤの胸ぐらを掴む。


「ゆ、ユウヤ?」


「……わあ。顔、こわぁい」


 おどけたタクヤを睨みつけると、そっぽを向いて口笛を吹き出した。


「ユウヤが凄むと謎の迫力があるよね。顔が綺麗だから」


「あ? 馬鹿にしてんのか?」


「黙ってればモテるのになぁ……」


 ユウヤの手を外しながら意味のわからないことをほざいたタクヤ。力を込めていたはずが難なく抜けられ、少し複雑な気持ちになる。


「ユアが怖がってるぞ」


 混乱するリズに告げて手を離すと、ユアの方へ体を向ける。

 そこにはほっとしたような笑みを浮かべるユアがいた。


「……ごめんなさい。止めてくれてありがとう」


「いいや。元はと言えばタクヤが悪いからな」


 心外だ、とでも言いたげな顔をするのはベッドに腰を下ろしたタクヤ。


「何でも人のせいにしないでくださーい」


「お前のせいだから言ってんだよ」


「そんなことないから。……あのね、ユウヤ」


 突然、真剣な表情を見せる。大事な話なのだと耳を傾けた。


「周りを注意深く見ることはとても大切なんだよ」


「うるせぇよ」


 子どものような振る舞いを見せていたタクヤに諭されても説得力がない。真面目に聞いて損をした気分だ。

 そんな緊張感のない空間を壊したのはユアだった。


「……行かないの?」


 タクヤはユアの声に慌てた様子で時計を見上げる。


「あ、まずい。ちょっと急ごう。研究所はこの町の外れにあるらしいからね」


 四人は慌ただしく支度を済ませ、宿を出る。



◆◇◆◇◆



 タクヤを先頭に小走りで向かう一行。

 息切れするユアの背中を押しながら、何とか辿り着く。

 町の外れに位置する研究所。到着まで少し時間がかかった。

 太陽はぎりぎり沈んでいない。


「……間に合ったな?」


「そうだね。よかったよ、一安心」


 汗を拭う仕草を見せるが、果たして本当にそう思っているのだろうか。そんな考えがよぎるほどの余裕を見せている。


「ね、ねえ。私、運動、する必要、あった?」


「あー、ごめん。なかったね」


 ユアにとっては今ので十分運動だろう。息を切らしてがっくり肩を落とすユアを慰める。


「ほらほら。息整えて、最後の準備運動する。入った瞬間に襲われるかもよ」


 タクヤの脅しに悲鳴が喉から出かかったらしいユアが咳払いをする。


「おい!」


 どうしてこんな時にむやみに脅すのか。ユウヤはユアを連れて、タクヤから距離を取った。




 タクヤは追いかけることなく、リズの元へすすっと近寄っていく。

 リズはその場から離れようと歩き出す。


「二人とも大丈夫そうだ。緊張はほぐせたね」


 リズはその一言に振り返り、目を見開いた。


「あんた、そのためにあんな茶番をしたとは言わないわよね? それこそ本物の馬鹿よ」


「さーて、どうかな……っていうか、また馬鹿って言った? ねえ、また? 今度は君がユウヤに睨まれるぞ」


 リズは自分を指を差すタクヤに冷え切った視線を向ける。


「知らないわよ。それはあんただけでしょう」


「あれ、本気で怖いから。あんな目、二度と向けられたくないよ」


 ところで、と呟いたタクヤ。


「思ってたんだけどさ。三人とも、俺の扱い雑だよね」


「そんなことないわ。気のせいよ」


「それこそ違うだろ。……目を見ろ?」


 頑なに目を合わせないリズの様子に、タクヤはため息を吐いた。


「まったく。俺、人気者のはずなのにな」


「気のせいね」


 今度はまっすぐにタクヤの目を見据えたリズ。


「……その発言は今後の俺たちの関係を変えそうだね。覚えてろよ」


 青筋を浮かべそうなタクヤの声音を気にもせず、リズは優雅に微笑んだ。


「この中で一番年上のお兄さんは心が狭いのね」


「くっ、それはもういいだろ……」


 タクヤの脳裏にちらつくのは宿の初日のあれこれ。リズが知らないのは幸いだ。


「何を馬鹿ーーいえ、アホなこと言ってるのよ」


「知っておくといいよ。それ、大して意味変わんないから。マジで覚えてろ」


 先刻の発言を実行に移すこともやぶさかではないタクヤから脅迫を受けながら、リズは薄く笑う。


「生きてたら覚えてるかもしれないわね」


「よし、じゃあリズは絶対に生かしておかなきゃ」


「面倒臭いお兄さんだこと」


 先程から引っかかる言葉を使う。それとなく確認しようとタクヤは口を開いた。


「さっきからやけに兄を強調するね。……何か聞いた?」


「知らないわよ。ナンパに失敗したお兄ちゃんなんて」


「何で知ってんだよ!」


 リズは最初から全てを知った上でからかっていたのだ。

 突如大声を上げたタクヤに遠くの二人から視線が集中する。

 リズは笑顔で手を振り、異常はないと示す。ユアは楽しそうに振り返し、ユウヤも控えめに倣う。


「惨めね、お兄ちゃん。斡旋屋(まわしや)の名が泣くわよ」


 してやったり、という顔のリズに睨みをきかせる。


「その呼び方からするにユアだな? ユアが話したんだな?」


 あとで話し合いだな、と固く心に決めたタクヤ。

 一瞬目を伏せた後、まだこちらを気にしている様子の二人にこれからの会話を悟られぬよう、少し頰を緩めた。


「できる限り、俺たちで倒そうね」


 しばし沈黙を保つリズだったが、同じく笑みを浮かべた。


「そこだけは協力してあげるわ。……情報のこと、忘れてないでしょうね」


 リズは一歩踏み出して背を向けているタクヤの横に並び、最後の確認を取る。


「もちろん。それが条件だからね」


「わかってるならいいわ。行きましょう」


 リズは二人と合流し、何かを話し始めた。


 気をつけて、気を抜かないで。


 そんなところだろう。


 リズはその価値観からすれば普通の人間だ。まとももまとも、元いた場所へ戻っても適応は容易いだろう。

 あんなにも優しい少女が殺人者の道へ導かれてしまうなんて、この世界は不公平で、残酷だ。


「こんなところで終わるわけにもいかないし、俺も頑張るかなぁ」


 呟き、やる気の溢れている三人の元へ歩みを進めるのだった。

リズに止められたタクヤの一言。

二文字です。わかりますかね。

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