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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第十一話 ― キールの憂鬱

 時はキールとハルの邂逅よりも数日前に遡る。


 被害者は日々増え続け、既に二桁を超え、今月中には二十人に迫ろうかと言う勢いであった。しかし緘口令を布かれ、事の次第が伝わらないせいで、村の住民たちはいまだ仮初の平和の中にいる。ただその平和にも、ヒビが入り始めていることにキールは気付いていた。


 最近になって、この件を嗅ぎまわっている者がいる


 いつまでも隠し通せることでないことなど、初めから分かりきったことであったが、この”調査団気取り”のおかげで、来るべきその時は急激に近づいていた。既に一部の住人は彼らの行動から”何か”がこの村で起こっていることに感づき始めている。


 全く……俺が聞き出せた(、、、、、)のは本当に幸運だった


 もう少し、自身の行動が遅かったらと思うと、キールはゾッとする。


 だが、これで対応が出来る


 すぐにでも行動に移したいキールではあったが”その前にやることがある”と彼は村で一番大きなその家の扉を叩いた。


「村長! 村長はいるか?」


 荒々しく彼が扉を叩くと、ギギィと軋むような音を立てながらその扉が開かれる。開いた隙間からは頬のこけた妙齢の女性が迷惑そうに顔を覗かせた。そしてキールの顔を見ると、困惑したような表情をする。


「キールさん、どうしたんですか? ウチの人に何か用でも?」

「ああ、奥さん、悪いが急ぎの用なんだ。出来ればすぐにでも村長に会わせてもらいたい」

「……少し待っていてください」


 女性は一度扉を閉じる。すぐに足音が扉から遠ざかるのが彼の耳に届いた。どうやらブラムに伝えにいったようだ、とキールは判断する。彼の予測の通り、すぐにこちらに向かってくる足音が聞こえたかと思うと、扉が開かれた。


「どうぞ……あの人は奥の書斎で待っていますから」

「感謝する」

「……いえ、それよりもどうぞ中へ」


 丁寧な言葉遣いとは裏腹に表情を変えず、作業のように女性は返答する。


 暗い女だ


 彼女の後ろを歩きながらキールは思う。見た目は悪くないものの、愛想のない女性である。彼にはブラムがなぜ彼女を娶ったのか理解できない。


 家柄がいいのだろうか?


 失礼なことだとは思いながらも、ブラムならばありえるかもしれない、とキールは考えた。

 そんな風にしているうちに二人は書斎の前の扉につく。彼女はノックをし、中へと声をかけた。


「あなた、キールさんを連れてきました」

『そうか、ご苦労だったな。お前は下がっていてくれ』

「はい」


 彼女の呼びかけに部屋の中からブラムが答える。それを聞くと”それではごゆっくり”とキールに頭を下げ彼女は廊下を引き返していった。


 ”ごゆっくり”か


 これから話す内容には似つかわしくないその言葉に、キールはフッと鼻で笑う。


「村長、入るぞ」


 そう言って、扉をを開けようとドアノブに手をかけたとき、キールは自身に向けられた視線に気付いた。チラリと目を動かすと、廊下の奥からグレッグが彼をジッと睨みつけている。


 やはり今日も、か


 そう思いながら、彼はグレッグを無視するように部屋の中へと足を踏み入れた。

 後ろ手に扉を閉めながらキールはブラムに声をかける。


「悪いな、いきなり。だが、どうしても緊急を要する件だったんでな」

「前置きはいい、それよりも一体何の用だ?」


 ブラムは組んだ手に顎を乗せ、目だけを動かしてキールを見る。その口調には隠しきれない焦りと憤りが滲み出ている。その姿は”言いたいことを言ってさっさと帰れ”と言外にキールに促しているようである。


 そんな村長を気にするでもなくキールは告げる。


「村長、村の空き地のことは知っているか?」

「空き地? あの何の役にも立たん、クソみたいな場所がどうしたのだ」


 遠まわしなキールの言葉にイライラを隠せないのかブラムは眉根に皺を寄せた。


「獣の死体が見つかったそうだ」

「たかだか畜生が死んでいたところで何だと言うのだ。臭いのせいで文句でも出てるのか?」


 ”そんなこと、いちいち報告せずとも、適当に埋めておけ”と言いながらブラムは追い払うように手を振る。


「その死体が狼の可能性があるとしてもか?」


 その言葉を聞いた瞬間、ブラムは凍りつく。


「ふ、ふん! そんなのくだらない作り話に決まっておろう!! 一体誰がそんな噂を流した!?」

「例のハルとかいう半獣人だ」

「――ッ! また、あの小僧……い、いや、そもそも森に狼はいない」


 ”そのことは、お前もよく知っているだろう?”


 同意を求めるようにブラムはいいながらキールへと目線を向ける。その様子は”そうだと言ってくれ”と嘆願するような弱弱しいものであった。


「俺もそう思っていたよ。だがな――」


 キールは自身の知りえた内容をブラムに伝えていく。彼の話を聞くにつれて、初めこそ馬鹿馬鹿しいと相手にしなかったブラムも、ついには顔色を変え始め、最後には真っ青な顔で脂汗をタラタラと滝のように流し始める。


「そ、それでは本当に?」

「可能性は高い。ここまで来ると空き地で見つかった死体が狼だと言うのもあながち嘘とは言い切れない。狼爪とかいう狼の特徴も見られたそうだ」

「ろうそう? 何だソレは?」

「足の裏側にある五本目の爪のことだとよ」


 キールはブラムに教える。


「それで、どうするつもりだ? 原因はハッキリした。これ以上、手をこまねいているようなら、さすがに――」


 いよいよ目に見えて焦り始めたブラムにキールは無慈悲に言い放つ。しかし、ブラムはキールが言い切る前に言葉を発した。まるでそれ以上は聞きたくもない、とでも言うように――


「……野犬だ」

「なに?」


 ブラムが何を言っているのかキールには一瞬理解できなかった。

 ”この期に及んで犬だと言い張るつもりだろうか”と彼は呆れたが、ブラムの言葉は彼のそんな予想をはるかに裏切るものだった。


「野犬の仕業ということにして、お前たち自警団が処理しろ」

「冗談……じゃないようだな」


 そんな”笑えない冗談”みたいなことを至極真面目な顔でブラムは言い放つ。

 どう考えても、受け入れるはずがないその提案をしたブラムに、キールはこめかみを押さえる。


「よく聞けよ、村長。相手は狼だ、犬じゃあない。俺たちの中に狼を狩ったことがあるヤツなんて……アドニスはどうだか知らないが、他は一人もいやしない。下手をすりゃあ、村から出たことのないやつは狼すら知らんぞ」


 これまで森にはいなかった生き物なのだ、あまりにも当然のことである。ただでさえ犬よりもずっと社会性の強い獣だ。集団相手を覚悟せねばなならない。そのときにそれを知っているかどうかと言うのは文字通り生死を分ける情報だ。そんな相手と、ましてや仲間内には野犬と偽ってやりあったら、こちらとてただではすまない。最悪全滅の危険もある。


 しかし、ブラムはキールの諫言にも耳を貸さない。


「知らないからなんだと言うのだ! 狼も犬も大差なかろう!?」

「馬鹿を言うな!!」


 いまだに保身に走るブラムに対して、憤りを感じキールは叫ぶように言う。


「犬と狼じゃあ完全に別物だ、危険度が違いすぎる。そんなことはアンタも気付いているだろ! それを他のヤツらには知らせずに、なんてありえない!!」

「し、知らん、そんなことは私の知ったことではない」


 ブラムは目線を手元に下げ、キールから目をそらす。

 これ以上の議論を無駄だと判断したキールは”それならば”とブラムにこれから彼がしようとしていることを告げることにした。


「アンタがその気なら、俺は領主に報告に行く」

「ふ、ふざけるな! 許さんぞ、そんな勝手な行動はッ!!」


 これで考えを改めればと言う思いもあっての行動であったのだが、これがブラムを完全に開き直らせる結果となった。


「ハ、ハハハ、アッハッハッ」


 静かになったかと思ったとたんに、急に笑い出したブラムに”気でも違ったか?”とキールは思う。しかし、現実は彼にとってそれよりもずっと悪い方向に転がり始めていた。


「い、いいか? よく聞け、そうなったらお前も道連れだ」


 そう言うブラムの目は完全に据わっている。


「何を馬鹿なッ」


 予想外の事態にキールは口調を荒げた。


「実際、お前もこの事態を知りながらこの三ヶ月、行動を起こさなかった。お前がいくら私の命令だと主張したところでその事実は変わらん」


 そんなキールを嘲笑うようにしてブラムは続ける。


「お前が領主に報告した時点で、私はお前を共犯者として告発する!」

「……そんな妄言がまかり通ると思っているのか?」


 キールはブラムに食って掛かる。

 それすらも意に介さずにブラムはニヤニヤ笑いを浮かべているだけだった。どこから湧いてくるのか、と言うほどの自信を漲らせブラムは口を開く。


「通るさ、通るとも! おかしなところで律儀なお前のことだ、自警団には私たちが密談していたことを伝えずにいたのだろう? だが、全く漏れないわけがあるまいて、お前は仲間にも内緒でコソコソと私に会っていたのだぞ、そんな中で私がお前を共犯だと言えばどうなる? その瞬間からお前は村側にとっても私側にとっても自分の命惜しさに仲間を売った、汚らわしい”裏切り者”だ」


 ブラムから告げられたことにキールは唖然とする。


 これでは居直り強盗だ


 だが、今のブラムならばやりかねない、とキールは思う。


 そうなった場合、果たして自分の言い分は通るのだろうか?


 そんな疑問を頭に浮かべ、キールは思わず歯噛みした。

 ”あまりにも迂闊だった”と彼は今にして考える。キールの意見をブラムがにべもなく却下した時点で彼は自警団にその経緯を全てを伝えるべきだった。そうすれば今のような状態は防げたのである。


「いいか、お前の道は二つに一つ。大人しく私に従うか、私と共に破滅するか、だ」


 『窮鼠猫をかむ』


 そんな様相でブラムはキールに向けて不敵な笑みを浮かべた。

次話は三日以内を予定しています。

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