第十話 ― 確信
空き地でみた光景をもとに、ハルがアヒムとアリスに推測を話してから既に七日が経過していた。あれ以降、特に村の様子に変化は見られなかったが、ただ一つ学校の授業時間が短くなった。アルフレッドが村の異変を察知したと言うよりも、村長からそうするようにとの言いつけがあったのだ。
普段、村長にかわり村の状況を探る、いわば補佐のような役割にあたる男がアルフレッドを呼び出すのをハルは見ていた。ダレンという名のその男が学校を訪ねることは珍しかったので、ハルには強く印象に残っていた。
どこか卑屈な雰囲気のその男は、周りに聞こえないように用件だけを短くアルフレッドに伝えるとそそくさと学校を出る。その際にハルが”最近は大変みたいですね”とかまをかけると、ダレンは分かりやすいぐらいに動揺を見せた後で、忌々しそうにハルをにらみつけた。その反応を見てハルは今回の件をブラムが認識していると確信した。
そんな数日前の出来事もあり、ハルはいよいよこの村が末期状態にあると判断する。
ダレンの様子だと、ブラムも分かっていて放置しているみたいだ
ダレンとのそのやり取りを思い出しハルは考える。そして”大方、責任問題か金の問題でも考えているんだろうな”と結論付けた。
別にハル自身そのことについて取り立てて危機感を覚えることも、憤りを覚えることもない。ただブラムの行動は自らの首を絞めるだけなのに、と彼を哀れんだ。
とは言え、この機会を逃すほどハルも甘くはない。既にほとんど追い詰められるだけの材料は手元にそろっている、とハルは思う。けれど――
自身の安全確保が第一、その上で出来うる限りのの利益を
そのためには一刻も早い事態の把握が必要だとハルは考えていた。
「おう坊主、元気そうだな!」
いつもよりも早く終わった学校から帰路、そんなふうに上の空で思案していたハルに、ザックが声をかけた。
「ああ、ザックさん、こんにちは」
普段は神出鬼没なザックにしては珍しく、道端に座り込んでハルを待っていたようである。
「……もしかして、あのことですか?」
「ああ、さすがに坊主は察しがいいな」
笑顔で手を挙げていたザックは急に真面目な顔になりハルを見る。
”ここで話し込んでも目立つから”とザックはハルの隣に並ぶ。帰り道に付き添いながら話すことにしたようである。
「結論から言っちまうと、坊主の睨んだとおりだったぜ」
ザックはそう話を切り出した。
「あっちの、外れに住んでる連中は村と折り合いが悪くてよぉ、村ぐるみで後回しにされがちだから被害が出るときはいつもあそこに皺寄せが行く。今回の件だって例外じゃねぇ」
”全員が全員悪いヤツじゃあねぇんだがな”とザックは寂しげに目を伏せた。
「おっと、悪りぃな、話がそれちまった。でだ、ンなことがあるから一人や二人急にいなくなることは偶にあるんだが、このところは異常なペースらしい」
「このところって言うと、もしかして、ここ四、五ヶ月だったりしない?」
ハルの質問にザックは驚いたように目を丸くする。
「よく分かったな、何でも目に見えて酷くなったのは三ヶ月ぐらい前からだそうだ」
「どのぐらいの被害が出てるの?」
「詳しくは分からん。だが、聞いた話だけでも既に十人をこえてるぜ」
両手の指を折りながら口の中で名前を読み上げる。すぐに両の指は全て閉じ、それでも足りなかった分ザックは再び指をあげていく。その様子をハルは黙って見つめた。
「そんなに……」
「ああ。しかも村の外れ、その中でも一番北に住んでる夫婦ンとこの子供たちがいなくなったのを皮切りに、時間が経つにつれて被害は大きくなってるみたいでな、しばらしたら今度は大人の男まで被害が出るようになった」
「大人の男も?」
ハルの問いにザックは頷く。
「初めの頃は子供ばかりだったみたいだが、このところは老若男女の別がねぇ。確かなのは子供以外は一人でいるときに消えるって事ぐらいか」
「子供と大人、男と女の比率はどのくらいなの?」
「ひりつ?」
「ええと、何人ずついなくなってるかってこと」
「ああ、そういうことか。ちょっとまて……」
ザックは再び指折り数える。
「あーと、大人が九人で、子供が五人か。女と男は大人だけで考えたら、女三人うち一人は婆さんだが……男は六人だな」
「そう、なんだ」
「ん、どうかしたのか?」
不思議そうに首を捻るハルにザックが聞く。
「ううん、思った以上に被害が酷いなって思って」
ハルは正直にそう答えた。
そんなハルに対してザックも”全くだ”と同意する。
「そういや、酷いって言やぁ、村長さ」
「村長がどうかしたの?」
「いや、俺も坊主に言われてから注意するようになったんだが、最近の村長は鬼気迫るというか」
”また、面倒なことでもしたのか”とハルは溜息をつきたくなるのをどうにか我慢する。
「見えもしねぇ怪物とやりあってるみたいなヒデェ面だ」
ザックは目じりを下げて歯を食いしばり”こんな顔をしてる”と嘲るように言う。
「なんと言うか……そう! ありゃあ、強迫観念に取りつかれてるってヤツじゃあねぇかな」
「そんなに酷いんだ」
「酷いなんてもんじゃねぇよ。もともと疑り深い人だったが、最近じゃあ被害妄想のレベルだ。知ってるか? この間村長が”何たらを無くしたー、誰かが盗ったんだー”って騒いでいてよぉ、結局どうなったと思う?」
笑いをかみ殺したようにザックはハルに答えを求めた。
「実はポケットに入ってました、とか」
それに対して冗談交じりにハルは言う。
ハルとしては皮肉のつもりだったのだが――
「おう、冴えてんじゃねぇか、坊主! 正解は”よく探したら、ありました”だ」
――残念なことに皮肉は皮肉たりえなかった。
あまりのことに呆れて果てたハルにザックは”それじゃあ本題といこうぜ”と話を変える。
「本題?」
「おっと、誤魔化すのはなしだぜ、坊主? もう何があったか何となく想像ついてんだろ」
”馬鹿な俺でもそれぐらいは分かる”と彼は自虐を付け足した。
情報収集にしろブラムよりもよっぽど有能なのではないか、と考えながら、これ以上ははぐらかしても仕方が無いと、ハルはこれまでのことを適当に選別して彼に伝えることにする。
「……ってぇと、一連の失踪の原因は狼ってわけか」
ハルの口から語られた推測にザックは思わず舌打ちした。
「しかし、どうしてまたこの村なんかに」
「実は――」
ハルがザックに最近アヒムに聞いた話を伝えようとしたとき、タイミングを見計らったように木陰からその男は現れた。
「その話、俺にも聞かせてもらえるか?」
男は”嫌だとは言わせない”とでいった様子で鋭い目を二人に向けて立ちふさがる。突然現れたその男にザックは一瞬顔を歪ませた後、迷惑そうに憎まれ口を叩く。
「キールよぉ、盗み聞きたァ、躾がなってねぇな」
ザックの言葉にキールはピクリと眉を揺らした。
次話は三日以内を予定しています。




