暗礁4
福沢薫と桐原紀子は、今回の事故後、大門医師から事前に病状を説明されていたが、このようなプロジェクトチームの立ち上げの話は初めて聞かされた。
大門はさらに続けた。
「今回のカンファレンスは、われわれ医師のほか、看護師、理学療法士、言語聴覚士、薬剤師、医療ソーシャルワーカー、臨床心理士が参加して、それぞれの専門分野からアドバイスをいただき、東京の病院とも連携して、おふたりの今後の治療方針を進めていきます。
今日は私から精密検査のご報告をしていこうと思います。
まずCTやMRIの検査では、出血、骨折、脳挫傷、海馬、前頭葉、側頭葉の損傷を調べるのにとても適しています。
福沢夕子さんの場合、軽い脳挫傷が認められましたが、脳圧下降剤を投与したところ、とてもいい状態まで戻って来ています。そのほか注意しなければいけないのは、衝撃が前頭葉や側頭葉にまで影響を及ぼしている点です。
前頭葉は言葉を理解して、実際に口を動かして話すための言語処理を行う役割があります。
また、側頭葉の内側には、記憶の関門と呼ばれる海馬があり、体験や知識を脳に引き出しのように整理して、記憶を定着させる役割があります。
彼女はこれらの部分に問題があり、状態が悪化して、今ではほとんどの記憶を失っています。
現在、全てを忘れる全般性健忘の症状に近い状態ですが、次第に過去を思い出せない逆向性健忘に移行していくと推測され、今後の動向を注意深く見守っていく必要があります。
交通事故による記憶障害は、医学的には高次脳機能障害と呼ばれます。
交通事故の場合、首や上腕骨の骨折、内臓のケガなどを合併していることが多いため、現在は全身の酸素状態や血圧をコントロールして、脳に十分な血液が行き渡るように処置して経過を見守っています。
次にふたりの骨折に関して説明いたします。
2人とも医学的用語でいう、大腿骨の亀裂骨折、上腕骨近位端と呼ばれる骨のひび割れが認められます。
4トントラックにぶつかった衝撃を、うまくかわして複雑骨折を免れたことは、とても幸運なことであります。
ギプスで十分修復可能と判断しておりますが、上腕の肩に近い骨のひび割れは、肩の可動域を元通りに回復させることが、とても重要になっていきます。
さらにトラックのバンパーとぶつかった時の右膝の傷や、飛ばされた後の左半身の切り傷は、消毒液を使わず、細部までワセリンを塗って保護し、その上からガーゼを使用して、傷跡が最小限になるよう心がけました。
このような点を重視して、躰のダメージを少なく保ちながら、今後の治療にあたっていきたいと考えております」
と大門は見解を述べた。
薫は話を聴きながら、集中治療室で過酷な戦いを強いられている、夕子の姿を思い浮かべていた。
男兄弟に啖呵を切るほどの強気な性格が、今は自信を失いとても弱々しくなっていた。
元の姿に戻ってほしい、と強く願うのだが、女の子としては少しか弱いくらいが丁度いいのかもしれない、と親として複雑な心境に陥っていた。
to be continue




