第71話 閑話 いなくなった夜から
番外編(閑話)です。
本編第1話〜第8話の裏側を、レオンを追放した側――剣士グラッドの視点で描いています。
時系列は本編の途中に収まります。ネタバレを避けたい方は本編読了後にどうぞ。
あの夜、俺は正しい判断をしたと思っていた。
宿の部屋。
全員を集めて、短く告げた。
「レオン、お前にはパーティを抜けてもらう」
理由なら、いくらでも並べられた。
火力が足りない。
支援の効果が、数値に出ない。
もっと分かりやすい回復役が要る。
新しく入るエルナは、回復量も範囲も、レオンより上だと聞いていた。
だから、間違っていない。
そう思っていた。
レオンは、少し考えてから頭を下げた。
「分かった。今まで、世話になった」
驚くほど、静かな声だった。
俺は、それ以上何も言わなかった。
止める理由が、なかったからだ。
――そのはずだった。
翌日。
新体制で、次のダンジョンに挑んだ。
「行くぞ!」
号令をかけて、先頭で剣を振る。
いつも通りの、はずだった。
だが。
最初の一撃を、避けられなかった。
なぜか。
いつもなら、勝手に体が退いていた。
敵の起こりが、見える気がしていた。
だから、ぎりぎりで届かない。
それが、届いた。
「っ……!」
浅い。
だが、確かに斬られた。
「グラッド、大丈夫か!?」
「問題ない」
答えながら、違和感だけが残った。
その日は、それだけでは終わらなかった。
二層目。
バルドの魔法と、俺の剣。
その連携が、微妙にずれる。
「……遅い!」
「合わせてるだろうが!」
言い合いになる。
こんなこと、前はなかった。
エルナの回復は、数値通りに飛んでいる。
足りている。
足りているはずなのに。
「なんで……減る速度が、こんなに」
誰かが呟いた。
撤退を決めたのは、三層目の手前だった。
地上に戻って、全員が座り込んだ。
誰も、口をきかない。
――何かが、噛み合っていない。
だが、その原因が何かを、誰も分からなかった。
次の依頼も、その次も。
同じだった。
瞬殺されるわけじゃない。
壊滅するわけでもない。
ただ、常に、危ない。
いつも誰かが焦っている。
いつも回復が、一手遅れる。
いつも、あと一歩、間に合わない。
「回復量は、足りてるのよ……!」
エルナが、壁を背に膝を抱えて言った。
声には、焦りが滲んでいた。
「わかってる」
俺はそう答えるしかなかった。
彼女のせいじゃない。
それだけは、分かっていた。
バルドが、苛立ちまぎれに壁を殴る。
「くそっ……なんで、こんなはずじゃ……!」
誰にぶつける言葉でもなかった。
だから、余計にきつかった。
夜。
安宿の天井を見上げながら、俺は考えていた。
レオンがいた頃。
思い返してみる。
派手な戦いは、なかった。
強敵を瞬殺したことも、ない。
ただ――危ない場面が、なかった。
誰も焦らなかった。
回復は、いつも一手早かった。
敵の一撃は、いつも紙一重で外れていた。
あれを、俺たちは「慣れ」だと思っていた。
自分たちが、強くなったのだと思っていた。
「……たまたま、噛み合っただけですよ」
あいつは、いつもそう言っていた。
そのたびに、俺は聞き流していた。
――たまたま。
本当に、そうだったのか。
認めたくなかった。
だから、しばらくは目を逸らしていた。
だが、ギルドの噂は、耳に入ってくる。
「支援職が一人抜けたパーティが、あるらしい」
「そいつが入った現場は、なぜか誰も死なないんだと」
「戦闘力は平均以下。なのに、生存率だけが異常だ」
名前は、聞かなくても分かった。
俺が、追い出した男だ。
あいつが去った現場では、誰も死なない。
あいつが去った俺たちは、毎回死にかけている。
単純な引き算だった。
答えは、最初から出ていた。
ただ、俺が見ようとしなかっただけだ。
エルナは悪くない。
彼女の回復は、数字の上では俺たちを支えている。
足りなかったのは、回復量じゃない。
あの、目に見えない一手。
呼吸の、筋肉の、魔力の、ほんの少しのズレを、黙って戻していた誰か。
それが、抜けただけだ。
たったそれだけで、俺たちは、こんなにも脆かった。
俺は、天井に向かって笑った。
笑うしかなかった。
「――強くなったつもりでいた」
声に出すと、余計に惨めだった。
だが、不思議と、恨む気にはならなかった。
あいつは、何も奪っていない。
ただ、いなくなっただけだ。
奪っていたのは、ずっと、こっちの方だった。
支えられていることにすら、気づかずに。
――そして。
噂は、やがて前線へと繋がっていく。
国が動き、大きな作戦が組まれるという。
そこに、あの男が呼ばれるらしい。
もし、その現場で、また会ったら。
俺は、何を言うだろう。
謝るのか。
それとも、まだ意地を張るのか。
分からない。
ただ、一つだけ、決めていることがあった。
次に隣に立つときは。
あいつの後ろ姿を、ちゃんと見る。
いなくなってから気づくのは、もう、たくさんだった。
俺は、剣を握り直す。
まだ、終わっていない。
少なくとも、俺の中では。
あの静かな夜から、何も。
番外編、お読みいただきありがとうございます。
本編はレオンの視点で進むため、「追い出した側」がその後どんな時間を過ごしていたかは、あまり描かれませんでした。
この閑話は、その空白を、剣士グラッドの側から埋めるものです。
彼を破滅させて溜飲を下げるのではなく、「いなくなって初めて分かるものがある」という、本編の温度のまま描いてみました。
グラッドたちの物語が、この先どこへ向かうのか。
それは、まだ決めていません。
本編ともども、楽しんでいただけたら嬉しいです。
――次の現場で、またお会いしましょう。




