第32話 分けるという選択
最初に始めたのは、記録だった。
難しい理論でも、秘匿の術式でもない。
ただ――
「どういう順番で見ているのか」
それを書き出した。
治療の前に何を見るのか。
判断の前に何を確認するのか。
迷ったとき、何を基準に戻るのか。
俺にとっては、無意識の工程。
だが、それを言葉にする。
「……これ、公開するんですか?」
リーナが、紙束を覗き込む。
「はい」
「危なくない?」
「危ないです」
即答だった。
支援は、独占すれば強い。
共有すれば、薄まる。
だが。
「薄まらないと、
濃すぎる」
それが、今の状態だ。
午後、神官と行政官を集めた。
「今日は、講義ですか?」
誰かが冗談めかして言う。
「いいえ」
首を振る。
「説明です」
紙を配る。
「これは、俺の判断基準です」
ざわめきが広がる。
「全部は再現できません」
正直に言う。
「でも、“何を見ているか”は共有できる」
沈黙。
最初に口を開いたのは、イオナだった。
「……これなら」
彼女は、紙を見つめる。
「奇跡を使う前に、
考える余地が増えます」
それでいい。
別の神官が言う。
「でも、あなたと同じ結果には」
「なりません」
遮る。
「同じである必要はない」
全員が、こちらを見る。
「間違えても、いいんです」
その言葉に、空気が揺れる。
「取り返しがつく範囲で」
続ける。
「修正できるなら、それは失敗じゃない」
エリスの言葉が、頭をよぎる。
正しさを、集めるな。
その夜、エリスは珍しく真面目な顔をしていた。
「本気なんだね」
「ええ」
「力が、減るよ?」
「減らします」
迷いなく言う。
「俺一人が最適である必要はない」
エリスは、しばらく黙っていた。
「……それ、世界は嫌がるよ」
「でしょうね」
国家も。
宗教も。
“扱いやすい唯一”を、手放すことになる。
翌日。
若い神官が、自分の判断で処置を変えた。
完璧ではなかった。
少し遠回りもした。
だが。
「……助かりました」
患者の家族が、頭を下げる。
神官は、震えながら頷いた。
俺は、口を出さなかった。
胸の奥が、少し軽い。
分けるという選択は、弱体化じゃない。
時間がかかる。
遠回りになる。
それでも。
世界が、自分で立つための――
支え方だ。
ただ一つ、問題がある。
この動きを、
**国家がどう見るか。**
そして。
宗教が、
どこまで許すか。
分けた正しさは、
もう俺だけのものじゃない。
それが、
次に波を起こす。
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