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第43話 デート

 離宮からの出発は慌ただしく、ヤニックさんとお話をする時間がとれなかった。私は私でヤニックさんを探しに工房に行っていたし、彼は彼で私を探していたらしい。出発間際になんとか会うことができたが、手袋を工房に置いたことを伝えることしかできなかった。

 そのときヤニックさんが私を見つけてくれ、斜め後ろから腕をつかんでくれた。その掴まれた腕の感触が、呼びかけられた「レイコさん」という声とともに生々しく残っている。


 もどってきた日常に、軸受に使うリボン状の金属板の作成が加わった。早速会議である。鉄のかたまりをたたいて伸ばすことだけであれば簡単にできるのだが、それだと凹凸がたくさんできてしまう。そんなことはわかりきっていたから議論は紛糾した。


 ネリス先輩は言う。

「きちんとしたものを作るには、まずできたものがどのくらい正確にできているか測定する道具が必要じゃ。まずそこから手を付けたほうが結局いいじゃろ」


 それに対してマルス先輩は、

「わかるんですけど、それだと喫緊の課題である軸受を作るには年単位でかかっちゃいますよ。軸受に関しては現物合わせでいいんじゃないですか」

と言った。


 ケネス先輩がそれに賛同する。

「う~ん、現物あわせで作ればとりあえず天文観測は楽になるだろうしね」


 ヘレン先輩は納得しない。

「それだと技術の発展性がない。回り道でも基礎技術からちゃんとしていったほうがいいんじゃない?」


 フィリップ先輩は、

「ぼくは技術のことはよくわかんないけど、基礎技術の整備にはマルスの言う通り、時間がかかりすぎるよ。そもそも我々はいろんなことに手を出して、やることがたくさんあるんだから」

と言った。


 フローラ先輩は、

「だけどさ、測定技術をしっかりさせることは他の事にも応用が効くじゃない。天文観測はとりあえず始まっているんだし」

と言う意見だ。


 聖女様はそれまでめずらしく黙って聞いていたが、

「う~ん、どっちの意見もわかるのよね。ステファン、天文台つくったとき水平出しに苦労してたわよね。ほとんど一人でやってたと思うんだけど、どうだったの?」

「アン、一人じゃないよ。離宮の人たちに協力を頼んだよ」

「そっか、そうよね」

 聖女様は腕を組んで考え始めた。


 ちょとして聖女様は言った。

「ステファン、あのとき作った定規、どうした?」

「あれはまだ向こうにある」

「離宮で複製してもらおう。まず定規くらいはしっかりしたものを作らないと」

「そうだね、あとね、僕は定盤が欲しい」

「定盤?」

「ああ、きちんと平面が出ている板だよ。簡単に言えば定規は1次元だろ。定盤は2次元だ」

「なるほど」

 凸凹のない金属板を作るなら、その基準となる面が必要だ。

 フィリップ先輩がちょっと反対した。

「あのさ、定盤って金属だろ。現実味がないんじゃないか」

 私は口を挟むことにした。

「あの、私、硬いものならそれ、石でもいいと思うんです。で、石の加工ならノルトラントの職人さんに任せればいいと思うんです」

 ヘレン先輩が、手を打った。

「そっか、石の加工なら、王宮の工房に話ししてみよう。お役所仕事は私とフィリップがやる」

「おう、俺達に任せろ」

 聖女様は、

「現場関係はネリスとマルスね」

と言い、二人は頷いた。


「定盤を石でつくる話で思いついたんですが……」

「何、玲子ちゃん?」

 ヘレン先輩が返事してくれた。

「観測機器の部品、石で作れないですかね」

「そっか、その手もあるか」

「摩耗も少ないでしょうし」

「そうだね」

「あと、木工でつくる部品の型も作れると思うんですよね」

「型?」

「はい、そうすると大量生産に近づけると思うんですよ」


 私とヘレン先輩の会話を聞いていた聖女様の顔が暗くなった。

「私達一生懸命やっていたけど、まだまだ気づかないことが多いのね」

 私としては今まで関わってこなかった分客観的なことが言えたのだと思うのだが、一生懸命やってきた本人にとってはショックなのだろう。仲間の皆さんも、どう声をかけていいかわからないようでしばらく静かだった。


「ああ、これはね、ステファン殿下、殿下が悪い」

 突然フィリップ先輩が言い放った。

「なんだよ、僕?」

「そう、聖女様と適当に遊んだり、リラックスしたりしてないんだろう。休みの日も一緒に勉強してんだろ。いくら聖女様が喜んで学問にうちこんでても、ものには限度があるぞ」

「そうか」

「そうそう、今度の週末は、ガッチリデートしてこい」

「わ、わかった」

「ヘレン」

「何、フィリップ」

「ネリーさんとかレギーナさんとか、根回しよろしく」

「了解」


 聖女様はと言うと、いきなり表情が明るくなり「デート、デート」と小声で呟いていた。

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