第41話 観測実習
離宮の中庭に降り天文観測台に行くと、すでに担当の騎士たちが星の位置の測定を始めていた。女性騎士の声で、機器を操作しているのがわかる。
「チョイ右、もうちょい右、ちょい上、ヨシ!」
「方位223度、高度60度」
女性騎士が騎士団式の数呼び方で数値を読み上げている。少し離れたところにいる別の騎士が復唱し、時刻を付け加え記録しているのがうっすらと見える。
屋上で見せられた赤いランタンはまだこちらには配備されていなく、機器に星を入れる人、機器を操作し数値を読み取る人、記録を取る人3人がかりになっている。
同じ機器が聖騎士団にも設置されているから私も扱い方は知っている。星の位置は距離をあけて設置した二つの穴を通してみることで測定する。2つの穴を結ぶ線は垂直方向に立てられた大きなリングの直径にあたるようになっていて、リングの周上に目盛りが書かれている。垂直方向のリングは水平方向にも動くようになっていて、方位も測定される。穴を覗く人が動かす方向を指示し、もうひとりの人が機器を操作し、合図によって数値を読み取る。数値を読み取るときどうしても明かりが必要だから、穴を覗く人はその間眼を閉じて明かりに眼がやられないようにする必要がある。
しばらく私達は黙って見学していたが、観測者たちのほうから声をかけてきた。
「レイコ先生、実際の観測のようす、いかがですか?」
声の主は騎士団で聞き慣れたイルゼさんだった。他の二人も顔見知りのアデーレさん、ウルスラさんだ。この人たちは私達より数日早く離宮に来ていたはずだ。その出発前に私は算術を彼女たちに教えていたのだ。
「先生だなんて、よしてください」
照れくさくてそう言うと、
「いやいや、数字がからむこととなると、レイコ先生はやっぱり先生ですよ」
「ははは、私としては算術を教えるより、実際に観測に参加したいです」
「何言ってるんですか、聖女庁でデータの処理、してるんでしょう?」
「まあそうですけどね」
実験に参加できない聖女様の気持ちがなんかわかった気がした。
アデーレさんとウルスラさんは、みほちゃん、あかねちゃんを抱き上げて星を見る穴を交代でのぞかせている。まほちゃんもはじめはそっちにいたのだが、イルゼさんと話す私の方にやってきた。
「イルゼさん、観測していて、何がたいへんなの?」
「ああ、そうだな、丁寧に観測しても、どうしても数値がバラついてしまうんだよ。そうかと言って時間をかけすぎてしまうと星が動いていってしまうし」
「そうなんだ、寒くはないの?」
「ははは、騎士としてはそれは言えないな」
「やっぱり寒いんだね」
ここで私は先ほどヤニックさんに手袋を渡し忘れたことに気づいた。滞在中に忘れずに渡さないといけない。
赤い光がゆらゆらと近づいてきた。フローラ先輩が実習生を連れてきたのだろうか。
「イルゼさん、今から実習生、いいですか?」
やっぱりフローラ先輩だ。赤い光の中に学生が5人、ケネス先輩も見える。更に後ろに画板をかかえたヤニックさんの姿も見えた。
「玲子ちゃんは機材の使い方知ってるわよね」
フローラ先輩が聞いてきた。
「はい、でも実際の観測はまだです」
「じゃあいい機会だからやってみよう。実習生の見本になるんじゃない?」
「はあ」
「じゃあイルゼさんはサポートしてください」
「承知しましたが、その赤いランタンは何でしょうか?」
「ああこれ、新兵器。これならね、明かりを点けたまま観測ができるはずなの」
「そうですか、うまくいくといいですね」
イルゼさんに促され、私は観測の位置についた。とりあえず先ほどイルゼさんが位置を測定した星を狙う。
観測用の穴をのぞくと、その星は視野から外れている。日周運動でわずかに位置がずれたのだ。ちょっと頭を動かして、星の位置を確認する。
「ではおねがいします。少し右、少し下」
「少し右、少し下」
復唱とともに穴の中に星が入ってきた。
「ほんのちょい左、少し下」
「ほんのちょい左、少し下」
ほぼ視野の中央に入った。
「ヨシ!」
記録がとられたところでイルゼさんが言った。
「私より要領がいいくらいですよ。本当に初めてですか」
「ええ、そうですよ」
続けて二つの星の位置を測定して、実習生にバトンタッチした。
画板から顔を上げたヤニックさんの顔が、赤いランタンに照らされて見えた。わずかに微笑んでいるように見え、私も笑顔を返す。
そのあと実習の手伝いをかなり遅い時間までやった。みな一生懸命だが、この世界の人は機械の操作や数値の読み上げには慣れていない。とにかく数をこなしてもらうしかない。
頭の芯まで疲れて寝室へ行くと、先に部屋に戻っていた子どもたちがすやすやと寝息を立てていた。




