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3/3

こちらから捨てる。自分の人生を生きるために

そして夢の世界は、今日も誰かを待っている。

すうっと息を吸い込んで、スぺレッセは喋り始める。


「お言葉ですが。傾国のピンクブロンドの存在は正しくはないと思います。当時、我が国は天候の悪化に伴い、農作物が不作。しかしながら王侯貴族らの散財は止まらず、税率を上げてしまいました。当然民の不満

と不信は高まり、各地で平民や低位貴族が結託し、王制打破の声すら上がり始めます。慌てた王家はすべての罪を一人の妃に押し付けた。その妃がたまたま、ピンクブロンドの髪を持つ女性だっただけでしょう」


 フォールマテイオ男爵の目が細くなった。


「ふふふ……。ピンクブロンドの伯爵令嬢は、危険思想の持主だな。優秀過ぎる女性は怖いコワい」


「いやですわ。これは我が国の正史として、教科書にも載っている内容です」 


 フォールマテイオ男爵は、鼻を鳴らし、静かにカップを置く。


「本日はこれで……」


 見送りに部屋を出ると、男爵にまとわりつく姉の姿が見えた。

 見た目だけなら、高位貴族にも引けを取らないフォールマテイオ男爵だ。

 きっと姉の好みのタイプなのだろう。

 

「すみません、閣下。妹は世間知らずの頭でっかちで」

「あなたがお姉さまなのですか。私はどうやら、お相手を間違えたようですね」


 男爵も、にこやかに話をしている。

 スぺレッセには関心を失くしたらしい男爵の様子に、スぺレッセは安堵した。


 その後、父と兄には厳しい叱責を受けたが、スぺレッセは頭を下げ続けてやり過ごした。


「お前なんか、今度こそ二度と帰って来られぬような所へ捨ててやる!」


 そう息巻いていた父だったが、男爵から代わりに姉を娶りたいと申し入れがあったため、スぺレッセへの恫喝はなくなった。

 スぺレッセに支払われる予定だった三倍の支度金が、姉に用意されると分かったからだ。

 姉は姉で、散々スぺレッセに「幼女趣味の加虐男」などと言っていたのに、婚約予定だった子爵令息よりも見た目が好みで尚且つ富豪の男爵を気に入ったらしい。


 その辺のことは、スぺレッセにはどうでも良い話だ。

 学園に引き続き通えることになり、微かな希望が見えたのだから。


「上手くいきましたね、スぺレッセ様」

「おかげ様で。図書館で歴史の本を読み漁った甲斐がありましたわ」


 夢でジャンから聞いた事項を、スぺレッセは自分なりに調べてみたのだ。

 司書の男性に詳しく書いてありそうな本を教えて貰った。司書の男性は、丁寧に何冊も本を選んでくれた。読んで分からなかった箇所は、歴史担当の教員に訊いてみたりもした。


「ではスぺレッセ様。以前のお約束覚えていらっしゃいますか?」

「勿論です。プリメア様のお邸に、訪問させていただく、それを励みに頑張りましたもの」


 互いの両手をパチンと合わせ、二人は笑いあった。



 それから一か月後。

 春学期のテストが終了してから、スぺレッセはプリメアの邸を訪れた。

 プリメアの家は、子爵家と言っても由緒正しく、その上安定した経済力を持つ。

 門構えも立派で、邸全体、スぺレッセのドロワー家よりも明るく感じられた。

 

 執事に案内されて庭に向かうと、デイドレスに着替えたプリメアが立ち上がって手を振っている。


「ようこそ。スぺレッセ様」

「お招きにあずかり、光栄ですわ」


 スぺレッセは手土産を渡す。


「あら、素敵!」


 この一か月、男爵との顔合わせの時に渡された、姉のお下がりのドレスを売って、布と糸を揃え刺繍をした。


「この模様、緑の葉と猫ちゃん、ですね」


 プリメアの言葉に、恥ずかしそうにスぺレッセは頷く。


「ええ。好きな、私の好きなモチーフです」

「ありがとうございます! 大事にしますね」


 カサリと音がした。

 その方角を見ると、一人の男性が立っている。


「そうそう。今日は、スぺレッセ様に紹介したい人がいるんです」


 どこかで見たことがあるような……。


「あ、司書の……」


 男性は右足を引き、スぺレッセに挨拶をする。


「イテリアス・アーベルと申します。初めまして、ではないですね。確かに学園の図書館で、時々仕事もしております」


 顔を上げたイテリアスの黒髪が舞う。春の日差しのような笑顔だ。

 何処かで、図書館以外のどこかで、スぺレッセは見たことがあるような気がした。

 アーベル家は確か、侯爵家だったはずだ。

 

「もう、私がご紹介しようと思っていたのに」


 口を尖らせるプリメアに、ゴメンゴメンと謝るイテリアス。

 

 ふにゃりと笑うイテリアスを見て、スぺレッセの脳裏に思い出が蘇る。


 散る花を眺めていたあの日。

 隣にいたのは誰?


「こちらでは初めまして、ですね。ドロワー伯爵家の次女、スぺレッセでございます」


 スぺレッセも淑女の礼で応えた。


 その後、三人での茶会となった。

 イテリアスは学園の卒業生で、文官試験を受けるために、司書の手伝いをしなが卒業後も図書館に通っているという。プリメアとは母親同士が従妹なので、又従兄の関係なのだとか。


「それは素晴らしいですね。差し支えなければ、何の試験を受けるのか、教えていただけませんか?」

「外交担当の文官になりたいのです」


 プリメアは新しいお茶を淹れながら口を挟む。


「リアスにいさま、あ、ゴメン。いつもの癖で」

「構わないよ」


「コホン。イテリアス様は、小さい頃は体が丈夫じゃなくて、領地で暮らしていたのですよね」

「ああ、そうだった」


 トクン、とスぺレッセの胸が鳴る。


「領地での生活は、あまり楽しいものではなかったけれどね。周囲の子供たちは、顔色が悪くて黒髪の僕を、気持ち悪がっていたし……でも」


 イテリアスはスぺレッセに視線を向ける。


「ある女の子が、僕の髪を『綺麗』と言ってくれたんだ。だから、僕は嘆くのを止めることが出来た。自分を認めることが出来たんだ」


 スぺレッセの心臓は早鐘のようになる。

 散る花を眺めていたあの日。

 あの時、隣にいたのは!


「わ、私もです。髪色が家族からも疎まれて、自分で諦めながらも苦しくて。初めてだったのです」

「え?」


「髪色が『綺麗』と言ってもらえたのは」


 イテリアスはゆっくりと瞬きをする。


「そう、だったのか。……こんなに綺麗なのに」


 スぺレッセの顔が赤くなる。

 気が付けば、プリメアの姿が見えない。

 

「少し、歩こうか」


 促されてスぺレッセは、イテリアスと庭園を廻る。


「髪とか肌とかの色が、周囲と違うそれだけで、弾かれてしまうような国は息苦しくてね。もっと広い世界を見てみたい。異なる言葉や文化、人々の生活を知りたいと思っているんだ。だから僕は外交文官を目指している」


「私も、私もです。いつか広い世界を見てみたいって」


「そうか、なら、一緒に行こうよ」

「はい!」


 午後の日差しが庭園を包む。

 ピンクブロンドは午後の日差しに煌めき、それを見つめる黒髪の男性の眼差しは、蜂蜜の色を宿していた。



 その後。

 

 イテリアスは無事に外交文官の試験に合格する。

 スぺレッセは前よりも一層、他国の言語と文化の習得に努める。

 

 イテリアスがアーベル家からドロワー家に、スぺレッセとの縁談の申し込みをしたのだが、スぺレッセの父は勝手に断ってしまう。

 

「全く、男に媚びを売ることは上手いのだな。ピンクブロンドは」


 吐き捨てる父の言葉に、もうスぺレッセが傷つくことはない。

 祖父母に相談し、ドロワー伯爵家から一旦籍をはずし、祖父の持つ爵位の元、養子に入った。

 大きくなった黒猫は、イテリアスの家で飼われることになる。


 学園卒業と同時に、イテリアスとの婚姻届けを提出し、二人で他国へ旅立つことになる。


 旅立つ前夜。


 スぺレッセはアーベル家の客間で、大きくなった黒猫を抱きしめていた。


「猫ちゃん。あなたがいたから、私は耐えることが出来たわ。きっとあなたが、夢の世界へ連れて行ってくれたのね。おじさまたちに逢えて、本当に良かった」


 黒猫は何も言わず、顔を洗っていた。

 

「今夜は一緒に寝ましょうね」

「にゃん!」




 …………


 港で汽笛が鳴ってる。

 侯爵家のイテリアスと、現子爵令嬢のスぺレッセが乗っている船が出航するのだ。

 侯爵家の面々と、スぺレッセの祖父母が、波止場で見送っている。


 スぺレッセに助言というか、戯言というべきか、ともかくも彼女の悩みを昇華する一助となったであろう男たちもまた、大きな樹の洞からスぺレッセを見送っていた。


「うんうん、相変わらずスぺレッセ嬢は美しい」


「最初に彼女を招いたのは、私ですがね」


 グレゴールは眼鏡のレンズを拭いている。


「生き残るための道筋を示したのは私、チャールズだがな」


「いやいや、ピンクブロンドの呪いを解いたのは、僕だよ」


 ニマニマ笑うジャン。


「それよりも、見ろよ、波止場の倉庫のトコ」


 チャールズが指さす先には、スぺレッセの父が虚ろな表情で立っていた。


「捨てたはずの娘のことが、今更惜しくなったのか?」


 ジャンがぼそりと言う。


「捨てたはずでも我が子だからな。手を差し伸べようとした時には、もう遅いのだ」


「さすが! 何人もの子供を捨てた実績のある先輩のお言葉。重みがありますな」

「殴るぞ、グレゴール」


 ジャンの拳を避けたグレゴールは呟く。


「あの父親、奥方がスぺレッセ嬢を妊娠している時、浮気してたんですよね。その浮気相手というのが……」


「「ピンクブロンドだった!!」」


 船は航跡を残し、外洋へ向かう。

 船の後を追うように、一枚の葉が流れていく。


 二人の行く末が幸ありますようにと、三人のおじさんは願った。   


 

*おまけ


 スぺレッセの姉は、互いの性癖が上手くかみ合ったので、なんとか結婚生活を続けているという。


 了

Q おじさんたちって誰ですか?

A (読者の皆様はだいたいお分かりだろうな)はあい、下記をどうぞ。あ、あくまでモデルの皆様。モデルですのでよろしく~


グレゴール(のモデル):グレゴール・ヨハン・メンデル 司祭で生物学者。「メンデルの法則」が有名。

チャールズ(のモデル):チャールズ・ロバート・ダーウィン 生物学者で地質学者。「進化論」が有名。

ジャン先輩のモデル:ジャン=ジャック・ルソー 哲学者、特に政治哲学者。「エミール」が有名。

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― 新着の感想 ―
 楽しく読ませて戴きました。  三人のおじさんたちにはモデルがいらっしゃったんですね。  しかも有名な人ばかり。( ゜□゜)  ハッピーエンドで本当に良かったです。  あの少年がスペレッセに求婚なんて…
最後に答え合わせがあってスッキリ……(´ω`*) スペレッセ、頑張りましたね! 確かに偉人のおじさまたちのサポートもあったかも知れませんが、この未来を勝ち得たのは本人の努力があってこそだったと思います…
よかったにゃん( ˘ω˘ )
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