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第十二章 脱出(6)

 楽しんでいただけたら幸いです。

「――――――――いいだろう。その作戦に乗ろうじゃないか」


 よくよく判断しての結論であり、決してクラリスの口車に乗ったわけではない。


 ジャンヌを調略できないのは残念だが、このクラリスの言う通り。どちらを取るかと言われたら迷う事もなくアラタの方であろう。


 ジャンヌには悪いが、彼女は一魔女でしかない。戦力には期待できるが・・・・・・、我が”人間派”にとって切り札となる存在ではないのだから、当然の選択ではあった。


 だが、あまり気分のいい話ではないのも事実だ。ここ数百年間、自分は人を殺した事が無いのを思い出す。相手にするのは魔物化動物ばかりで・・・・・・、今になって緊張と恐怖が全身を這うようにして駆け上って来るのを感じた。


 この世界はそういう物騒な事とは一切無縁だ。


 そりゃ魔女からの理不尽な拷問とかはあったけど、それも百年足らずの短い期間だけで、それ以降はルーシア様が治める村で平和に暮らしてきた。老いや病気とは無縁な、ある意味全世界の人間が望む夢のような世界での日々。


 そんな世界にどっぷり浸った自分が、果たしてジャンヌ・ダルクという人間を”殺せる”のだろうか?


 無様だ。


 自分はこんなにもちっぽけな存在だったのか、と小刻みに震える手を見下ろし自嘲する。


 この世界に来る前の自分ならば、自分以外の他人の命を奪うなんて何の躊躇も抱かなかったであろう。息をするのと同等の行いだからだ。


 自分は兵士。そのことにすごく誇りを持っていた。敵将の首を刈れば刈るだけ誇らしい気になった。戦場で負った傷は勲章であると。


 だが今の自分はどうであろうか。


 己が生死をかけて行う”命のやり取り”に、恐怖を抱いている?


 否。


 恐怖なんていう生温い感情では、この胸中に広がる感情は表現できない。


 ともかく早く平静を取り戻さなければ。急に私が黙ったことをクラリスが怪訝に思う。


 だが一度抱いてしまった負の感情は早々拭えるものではない。


 焦りが、ますます私の心を苛ませる。このような感情は生まれて初めてでどう対処すれば分からない。


 初めて戦場に立った時ですらも抱くことのなかった感情だ。


 何故、今になって私は――――――――――――――――。


「・・・・・・どうしたのかしら。まさか、今になって怖気ついたんじゃないでしょうね?」


 ほら。やっぱりな。


 うんともすんとも言わなくなった私の態度にを見て、怪訝に思ったクラリスからの的確過ぎる一言が放たれた。図星過ぎて何も言い返せない。


 そうか、私は怖気ついているのか。

 

 クラリスの言葉でこの胸中に燻る感情の正体が分かったことが癪に障るが、だがこの感情の意味が判明した瞬間、ストンと体の奥深くに落ちてくるのが分かった。


 怖気であると気づいた私は、何だか腹の底から無性に笑いがこみあげてきた。あまりの恐怖心に気が狂ったのかもしれない。


 突如笑い出したケティにクラリスは変な奴を見るように眉根を寄せて、


「・・・・・・どうしたの? 貴女さっきから変よ」


「ふふ、はは。―――――――――はぁ、そうか。私はビビっているのか。そうか、そうか・・・・・・」


 ひとしきり笑った後、噛み締めるように何回も何回も同じセリフを口に出す。


 どんな強敵でも嬉々として立ち向かった”過去”の自分はもうここにはない。この場に立つ私はすっかり牙を抜かれた”現在”の自分だ。平穏な日常を享受し続けた、少々腕の立つ女に過ぎない。


 そんな私が今のジャンヌに勝てる可能性はほぼ0に等しい。


 つまり―――――――――”負ける”ということだ。


 戦士である自分たちにとって負ける=死だ。


 それが戦う者同士の”死合”というものだ。だからこそ、とても価値のある、と私は思う。


 もしクラリスが私がジャンヌに討ち果たされるのを期待しているのかもしれない。もしくは相打ちか。そして護るものが何もいなくなって無防備になったアラタを攫う算段かもしれない。


 もしジャンヌが生き残ったとしても、この女の事だ。いくらでも手段はあるであろう。


 だから、私は漁夫の利を狙っているかもしれないクラリスに、念のために今一度釘をさすことにした。


「おい、クラリス。これだけは約束しろ」


「何?」


「―――――――――もし、私がジャンヌに討ち取られたり、相打ちした場合。どのような結果でもアラタには決して手を出すな。もし破れば、私は死の淵から蘇り、お前の喉笛に食らいつくことになるだろう」


「それは脅しかしら?」


「どう取ろうとお前の勝手だ。だが、私は”本気”だ。嘘や冗談では決してない」


 私は人生で初めて”嘘”をついた。


 私は決して”死ぬ”ことはない。いや、正確には死んでもすぐに”蘇る”か。


 そういう”契約”をヴァレンシア様と結んでいるのだから。


 その代償は――――――――――――――、私の記憶だ。


 私は死ぬ度に、記憶の一つを失う。


 それがどの記憶かは私自身は選べない。ランダムに選ばれる決まりになっている。


 だから、私はこう思うのだ。


 私、ケティという女は”肉体的”には死なないが、”精神的”には死を迎えるのであると。


 記憶を失う。


 それは一種の罪であると思う。


 魔法によって奪われた記憶は決して戻ることはない。


 現に私は両親の名前や顔も思い出せない。


 それはまだ一度しか死んでいないから、その程度で済んでいるのだ。死ぬ回数が増えていけば失われる記憶も膨大になっていく。


 そうなれば、私は・・・・・・・、”私自身”で無くなるであろう。


 それがどんなに恐ろしい事か。


 だが、それでも私はこの契約を破棄する気はない。


 今ほどこの契約が有難かったことはない。


 この契約のお陰で、私は何度でも蘇れるのだから。


 大丈夫、もう覚悟は括った。


 死ぬ準備は、記憶を失う覚悟は、もう出来ている。


 だから、私は今一度己が覚悟の意志をクラリスに伝えるべく口を開いたその時。


 


「―――――――――――――駄目だ!! 俺は、そんなのは認めない!!」



 

 今の今まで呆然と固まっていたアラタが、抑えきれないほどの怒りのせいか顔を真っ赤に染め上げながら、ケティの言葉に被せるようにして声を張り上げた。


 誰から見ても、この少年は怒っていた。その怒りのオーラが視界でも判別できるほどに。


 アラタの燃えるような黒い瞳を、半ば見惚れるようにして私たちは見続けたのであった。


 そう、数百年ぶりに感じる”男”という存在に、年甲斐もなく体の奥底を痺れさせたのであった。


 この時ばかりは、ケティもクラリスも己が”女”であることを恨むのであった。


 オチが無くてすみません。そして、やはり主人公が目立ちませんでした。

 次回ではもう少し活躍できるはず、です。

 では、次回に。

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