第十二章 脱出(7)
楽しんでいただけたら幸いです。
不覚にも少年の男らしさに中てられたクラリスは思わず胸をときめかすも、すぐさま我を取り戻し話の腰を折ったアラタを睨みつける。
「もう決まった事にいちいちケチをつけないでちょうだい。今まで固まっていた貴方が悪いのよ」
「ぐっ、それはまぁそうだけど・・・・・・、けど!! だからってジャンヌを殺していい理由にはなんないだろ!? それにお前の言い方じゃあケティだって無事では済まないはずだ!!」
チッ、話を聞いていたのね、と美しい顔を苦々しく歪めるクラリス。
だからといって発言を撤回する気などクラリスの頭にはない。
「確かに。あのジャンヌとやり合って五体満足では済まないでしょうね」
「なら!!」
「だけど、その点はすでに彼女の了承済みよ。何の問題はないわ」
「!?」
俺は耳を疑った。
それほどまでにクラリスの言葉は衝撃的だったのだ。
俺は信じられなくてケティへと縋るような視線を向ける。俺と視線が合ったケティは気まずそうに視線を逸らすと、
「―――――――――――済まないアラタ。クラリスの言う通りなんだ」
「そんな、嘘だろ?」
信じたくなかった。
あのケティがこの女の、クラリスの作戦の片棒を担ぐなんて。
しかもただ担ぐだけじゃない。ジャンヌ殺しの汚名を、敵であるこいつの為に被るのだ。結果次第では自分もただでは済まないというのに。
なのに、何故なんだ?
俺には、全くケティの胸の内が分からない。一体何を考えているのかすらも・・・・・・。
あまりのショックに俺は立っている事すらもままならず―――――――、両膝を地に付けて項垂れてしまう。
そんな俺を一瞥したクラリスはどこか満足した表情を浮かべて、
「さて、それじゃあ話を元に戻しましょうか。いい? あの子は今日の夜―――――――――、月の昇らない夜に奇襲をかける気でいるわ。場所はそうね、この森の出入り口付近よ」
「・・・・・・やはりか。ジャンヌには我々の作戦などお見通しだったわけか」
「そうね。体調も装備も万全でない貴方たちが、これ以上ここに留まるのを考えるはずがない。絶対ここから脱出し助けを呼びに戻るはず、と読んでいたようよ」
しかも、貴方たちが実行する時間も言い当てていたわ、と肩を竦めながらクラリス。
その表情に浮かぶ感情は呆れ半分、感嘆半分といったところか。
同じ兵役に身を置いていた自分としては、彼女の手腕に素直に脱帽した。
やはり、百年戦争を終結させたその手腕は衰え知らずか。
「そうか、すでに私たちの行動は読まれていたか」
「そうね。私の作戦に乗ろうが乗らまいが結果は変わらなかった。いいえ、むしろ最悪な結果になったかもしれないわね」
「そうだな・・・・・・、今回ばかりはお前の言う通りかもしれない」
そう。この女の作戦に乗らなければ、この女も私たちの敵になっていた。ジャンヌだけでも手に余るというのに、この女も相手をするとなると少々どころかすごく骨が折れる。
この二人を相手にしながらアラタを守り切るのは困難であっただろう。
それを思うと、この女の作戦に乗ってよかったとも思う。
「ふふふ、事の重大さがようやく分かったようね。ねぇ、これで納得できたかしら? アラタ」
と、力なく膝をつき項垂れているアラタの元へと歩み寄ったクラリスは、彼の目線に合わせるように自身も膝をついて優しく語りかける。彼女の声に反応するように俯けていた顔を上げるアラタ。その瞳には明確な敵意が宿っていた。
「・・・・・・他に、手はないのかよ」
「他? そんなのないわ。今の彼女は、貴方を殺す事しか頭にないのよ。対話しようなんて生ぬるい考えは捨てた方が身のためよ。男の言葉に耳を貸すとは到底思えないから」
貴方を”兄”と慕っていたジャンヌを殺す事に抵抗があるのも分かるけど、とクラリス。
非情とも取れるクラリスの言葉。
だが、俺の脳裏に数時間前のジャンヌが映し出される。あの時のジャンヌは俺に対する敵意と殺意に満ち満ちていた。
あの血の様に紅く染まった瞳を思い出し、俺は背筋も凍りつくような恐怖に打ち震えた。
本当にクラリスの言う通り。もう打つ手はないのかもしれない。
しかし、このままジャンヌを殺されるのを黙って見ていられるのか。
本当に、もうジャンヌを救えないのか。
絶望感に何も考えられなくなり、視界から色が失われていく。気を抜けば吐きそうになる中、俺は俺を崖から突き落とした際のジャンヌの表情を思い出す。
あの時にジャンヌが浮かべていた表情は、感情は――――――――――。
俺に対する憎悪や殺意ではなく、愛情や慈しみの感情であった。
そうだ、俺は何を馬鹿な事を考えていたんだ。
ここで、俺が彼女を見捨てたら―――――――――――、誰がジャンヌ・ダルクを救うんだ。
ガツン、とハンマーで叩かれたような強い衝撃が頭に響く。
そうだよ。
彼女が邪魔だから、手に負えないからって見殺しにするんじゃ、数百年前に彼女を処刑した奴らと変わらないじゃないか。
確かに、俺には彼女を救う義務もなければ義理もない。
だけど・・・・・・、彼女は俺に微笑んでくれた。兄と慕ってくれて、美味しい昼食も作ってくれて、聞かなくてもいい俺の頼みも聞いてくれた。
ジャンヌ・ダルクは悪い魔女かもしれない。あの女の子たちを操ってこき使う酷い魔女かもしれない。
でも、それでも―――――――――――、俺は彼女を、ジャンヌ・ダルクを救いたい。
俺の意志は固まった。
やはり、俺はクラリスの作戦に素直に応じる気はない。
その事を彼女に伝えると、
「!? 馬鹿なの貴方!? 私の言う通りにしなければ殺されるだけよ!?」
あまりの動揺に声が裏返るクラリス。俺の背後ではあまりの驚きからかケティの息を呑む音が聞こえた。
だが、そんな両者を目の前にしても不思議と俺の心臓は落ち着いていた。
二人の慌て具合が俺に平静を保たせているのか、そう思うと何だか可笑しくなって仕方がなかった。
「何を笑っているの!? その馬鹿な考えを撤回しなさい!! さもないと、何をするか分からないわよ私は」
と、突如真顔になったクラリスがスッとこちらに向けて人差し指を突き付ける。
これは脅しになのか? 俺の返答次第では何かの呪文をかけるつもりなのか? 辺りに不穏な空気が漂い始め、クラリスの突然の行動にケティも黙ってはおらず、剣の柄に手をかけたまま俺の前へと躍り出る。
「クラリス、約束を忘れたのか? アラタに何かしてみろ。私は黙ってはいない」
一発触発。
誰かが先に動くかによって結末は変わる。
果たしてクラリスか、ケティか、それともアラタか。
それは―――――――――――――――、
中途半端ですが、今回はここで区切らせてもらいます。
主人公の考えは実に日本人らしいと思います。平和な世界で暮らしてるからこその発言でしょうね。
それに彼には悲惨な過去がありますから、人一倍人が死ぬことが耐えられないのだと思います。
そんな彼に周りも感化されていけばいいなと思います。
では、次回に。




