第十一章 深手(5)
楽しんでいただけたら幸いです。
ケティとアラタが脱出の話し合いをしていたちょうどその頃。
黄昏の森の外れにある洞窟の中にひっそりと身を隠している二人の少女がいた。
その少女とは魔女派の魔女であるクラリスと、クラリスに操られているジャンヌであった。クラリスの魔法の罠にまんまとかかってしまったジャンヌは、アラタを崖先で追い詰めたほんの瞬だけ理性を取り戻し、彼を崖下に突き落としたのであるが・・・・・・・、その理性は長くは続かなった。
すぐにジャンヌの理性は雲隠れし、それから二度と表に出ることはなかった。今のジャンヌの頭にあるのは人間であるアラタを必ず見つけ出し始末すること。それしかなかった。
そしてそのジャンヌの背後にはつい先ほどまで村にいた少女たちが控えていた。ジャンヌの赤く染まった瞳に同調するように、ジャンヌに操られた少女たちの瞳も赤く染まっていた。少女たちが村にいなかったのはジャンヌに呼ばれたからであった。
クラリスは思いもよらぬ伏兵に目を細めた。どうやら彼女は人間の少女がこの場にいることがに気に食わないようだ。
しかし、この際贅沢は言うまい。人手は多い方がいいのも事実だ。
「・・・・・・ふむ、魔法が使えないっていってもこのくらいは使えるのね。精神に作用する呪文。それも初歩の初歩。威力は精々子供に作用するくらいか」
顎に手を当てて、少女たちにかけられた呪文の威力を鑑定する。
この威力なら何かキッカケでもあればすぐにでも解けるレベルだ。ならばこの少女たちを連れていても邪魔になるだけとも思うけど・・・・・・、クラリスは人間の少女たちを手にかけようと思い立つも、ふと一瞬脳裏にあの少年の顔が浮かび、つい少女たちを殺めるのを躊躇ってしまう。
もしこの”少女たち”とあの少年がつながっていたら? 殺してしまったら後々の心象が悪くなってしまうかもしれない。
クラリスは人間の少女たちを始末するのを止めることにし、かの少年を捕縛するための作戦を立てることにした。正直に言って今のジャンヌではあの少年を殺しかねない。
ならばここは自分が計画を練らないと。
あの少年には我が魔女派の本拠地である”バロンズ・ガーデン”に来てもらわなければいけない。そして、我が派閥を治める”大魔女”ヴァネロペ様に会っていただかなければ。
さすれば我が魔女派はもっともっと強くなる。
あの目障りな人間派を駆逐できるまでに。
そうなる日が早く来ることを願いながら、クラリスは洞窟の隅で幽鬼のように佇むジャンヌを放置して、此度の作戦を完璧に遂行させるための計画を練り始めるのであった。
小屋の小窓から差し込む日差しの色が橙色に変わり始め、小屋の中でその色の変わり目をぼんやりとした表情で眺めていた俺の真横で、黙々とこれまたジャンヌの家屋で拝借してきた小鉢とすりこぎで、何やら赤色と緑色の葉を擦り潰していたケティが、長時間に及ぶ作業の疲労から額に滲む汗を袖で拭いつつ口を開く。
「・・・・・・なぁ、本当にこんな悠長なことをしていていいのか? 脱出するならすぐにでも行動に移した方がいいと思うのだが」
「ケティの言い分も分かるが。昼間に動くのは今の俺たちじゃ不利だ。夜の闇に紛れて移動した方がいいに決まっている」
「それはそうかもしれないが・・・・・・。お前の話を聞くとジャンヌの他にあのクラリスもいるというじゃないか。念のために言っておくがアラタ。あの女はヤバいぞ」
ケティは恐怖からかブルリと身を震わせる。あのクラリスと何かあったのであろうか?
「ヤバいって、魔女はみんなそうなんだろう?」
「魔女だからみんなあの女みたいな奴ばかりではないぞ。魔女派も一枚岩じゃないから。派閥が三つほどあるんだ。”過激派”に”穏健派”に”諦観派”。まぁ、”穏健派”はつい最近壊滅されたらしいけどな」
また新しい派閥名が出たな。諦観派って言うくらいだから、そんなにヤバそうな集団じゃなさそうだけど・・・・・・。
「諦観派はある意味で言ったら”過激派”よりもタチが悪い。あいつらはこちらを敵視することもなければ、対話の意志を見せるわけでもない。となれば対話でこちらへと引き抜くことも出来ず、打ち負かして強引に引き込むことも出来ず。それでいてヴァネロペの忠誠心は篤いと来ている」
この前ヴァレンシア様とやり合っていた魔女が諦観派の長であるリラで、あの女は本当に何考えているか分からないから、私はあの女は苦手なんだよ、とケティ。その表情はどこか苦々しげだ。
にしてもなんでケティはこんなにも魔女派の内部構成に詳しいんだ? まるで魔女派の事を昔から知っているかのような口ぶりだ、と俺は彼女の言質からそんな感想を抱いた。
しかし、彼女は魔女ではないと公言していたし、俺の勘違いとして、その考えは一旦保留することにした。
その間にもケティの口は止まることはなく・・・・・・、荒ぶった言葉と比例して草をすり潰す手つきも荒々しくなっていた。ぐちゃぐちゃとすり潰した草の汁が方々に飛び散る。
「本当に最悪だ。なんであのクラリスが。そんなにアラタが欲しいのか? ったく、理解できない」
「おい、そんなに潰していいのか?」
あまりにも乱暴な手つきを見て、ついそう問いかけてしまう俺。そんな俺の言葉が聞こえてないのか、ケティはぐちゃぐちゃと一息にすり潰し終えると、草の汁が先についたすりこぎを乱雑に床の上に置くと、その汁を木で出来たコップの中に零れないように慎重に注ぐ。
「さぁ、アラタこの汁を一息に飲むんだ。さすれば一日くらいは痛みを感じなくなるぞ」
俺はその草汁入りのコップを手ずから受け取ると、その禍々しい臭いに鼻が曲がりそうになるも、どうにか表情には出さずにすぐ真横で欠伸をかますケティに、この草汁が何なのかを尋ねてみることにした。
「なぁ、この草汁は一体・・・・・・・」
「ん? あぁ、確かヌルヴァとグルバの草汁かな。この草の効能は鎮痛作用があるんだ。だから、この汁を飲めば足の痛みが気にならなくなるぞ」
「本当に?」
「信用しないのか? 逃げる際に痛みがあったら困るのはアラタだろう?」
「そりゃ、まぁ、そうだけど」
しかし、この臭いは二の足を踏む臭さだよな。いくら痛みを消してくれると言っても、「さぁ、飲むぞ!!」と一息に煽る勇気は出ないわけで。
だが、飲まないと始まらないのは事実だ。
俺は意を決して飲むことにした。鼻をつまみ上げ、ぐびりと草汁入りのコップの縁に口を付けて一気に飲み干す。すり潰したての草の臭いが口中に広がって、俺は思わず口いっぱいに含んだ汁を吹き出しそうになった。
だが、折角俺の為に作ってくれたケティに申し訳なくて、俺は何とか噴き出すことを我慢して草汁を喉の奥に流し込んだ。
出来る事なら二度と飲みたくないほどのまずさであった。
涙目で荒く息をつく俺を横目に、ケティはヘラヘラと笑いながら、
「よく飲んだなアラタ。効果は一時間ほどで現れるから、そうしたらこの森を脱出しよう」
「・・・・・・あぁ」
その顔を思わず殴り飛ばしたい衝動に駆られたが、どうにかその拳を空いた方の手で押さえつけつつ、ケティの言葉に相槌を返す俺であった。
ったく、逃げるのも一苦労だな、と溜め息を吐きつつ、俺はジクジクとした足の痛みが無くなるのを願いつつ、早く夜が更けないかと心待ちにするのであった。
これでこの章は終わりです。
次章はついに森を脱出します。
無事に脱出でき、ルーシアたちの待つ村に二人そろって帰ることはできるのでしょうか?
では、次回に。




