第十一章 深手(2)
楽しんでいただけたら幸いです。
全身に走る痛みのおかけで、俺は深い闇の底から這い出てくることが出来た。何が言いたいのかというと――――――――、意識が目覚めたという事である。
現在俺がいる所は、崖のすぐ真下の場所―――――――、幾重にも重なった木々の枝上に落ちた俺は枝をへし折りながら数十メートル下の地面へと滑落した。
滑落というか、故意に落とされたというか。少しだけ正気に戻ったジャンヌの手によって、俺は崖の下へと・・・・・・。
気を失う前に見たあのジャンヌの悲しそうな表情が、今も瞼の裏に焼き付いていて消え失せなかった。崖から故意に落とされたからか? 否。
あれほどに悲しそうな表情を浮かべる女の子の顔を忘れるなんて、俺にはとてもできなかった。
昔から年端もいかない女の悲しそうな顔に弱いんだ。
俺は崖に落とされたことを少しも恨んではおらず、逆に正気に戻ってまで崖から落としたのかその真意が気になるばかりだ。
しかし、その理由も何となくだが分かる気がした。まだ素の彼女と触れ合って僅かな時間だが、彼女の人となりや性格は十分に把握できたつもりだ。彼女が無益な殺生は好まないし、自然を足する心優しい少女だ。
でなければ昼食時に出されたスープの中に入っていた野菜があんなに美味しいわけがない。彼女が真剣にそして真摯に野菜に向き合っている証拠であろう。
生家が農家であることも起因しているのであろうか? なら何故、ジャンヌは”騎士”の道に走ったのだろうか。いくら神の声が聞こえたからって、それだけで人間は決断できるものなのだろうか。
と、余計な考え事をしてしまったようだ、が・・・・・・・、この体では満足に動けないだろうな。
俺は自身の体を上から下まで万遍なく視線を這わせる。崖から落ちて無傷なはずもなく、というかよく命が助かったものだ。打ち所が悪かったら死んでいた可能性だってあるのだ。もしかして、ジャンヌには絶対の自信があったからこそ俺を崖下に落としたのかもしれないな。今となっては定かではないが。
だが今は取りあえずこの場から離れないとな、と俺は四肢の関節が無事に動くかどうか動かしてみると、右の足首に激痛が走り、あまりの痛さに俺は呻き声を上げて固まってしまう。
どうやら落ちた際に足首をどこかに打ち付けてしまった様だ。もしかしたらヒビが入っているかもしれない。あれほどの高さから落ちて骨折しなかっただけでも御の字なのかもしれないが、それでもこの怪我では満足に動けやしない。どうせ負傷するならば走るのには不自由のない腕の方が良かった。
足首が骨折しなかったのは、身体の下に幾重に折り重なっている木の枝がクッションになって、落下の際に生じた衝撃の威力を弱めてくれたようだ。だがへし折った際に枝の尖った先端部分や葉の部分が掠ったのか、全身の皮膚に無数の切り傷が走っており、中には深い切り傷もあって、そこから多量の血が流れだしていた。
このままでは出血多量で死んでしまう恐れがあったので、俺は痛む足首に鞭打って遅々とした動きではあったが、少しづつ前へ前へと進んでいく。ここがどこなのかは分からないが、どうにかしてジャンヌの居住地区に辿り着かなければ。
この傷の手当てをして、すぐにケティを連れてこの森を脱出しなければ。
きっとジャンヌもそれを望んでいるはずだ。だからこそ、彼女は俺を崖から落としたのだ。
そう思いたい。思わなければ、俺は・・・・・・、これから一体何を信じていいのか分からない。
地を這う蛇やミミズのように這いつくばった体勢を保ちつつ、まだ力の入る両腕だけで前進しているものの、進むたびに血が傷口から溢れ出して羽織っている白地のシャツが赤く染まっていく。
痛みが強すぎて動くのも億劫になるが、動かなければ俺に待っているのは”死”のみだ。俺はこんなところで死ぬわけにはいかないのだ。俺には元の世界で俺の事を待っている大切な人がいるのだから。
その人の為にも、俺は必死に生にしがみ付いてやる。
血を流し過ぎたことよる意識障害を併発してたが、それでも意識が続く限りは俺は前進するのを止めなかった。だが、惜しいかな。俺の意志とは裏腹に体の方はこれ以上動くのを拒否するかのように、その動きをピタリと止めてしまった。それからは俺がいくら力を込めようが無駄だった。
俺の体から徐々に力が抜けていくのが分かり、最後の足掻きとばかりに眼前に見える茂みへと手を伸ばして、俺自身の存在をアピールするかのように残った力を振り絞って茂みを揺らす。どうかこの付近に誰かがいる事を願って。
もうこの際敵だろうが関係ない。俺を助けてくれるなら魔女派の魔女であろうがだ。だが出来る事なら正気を失ったジャンヌに見つからないことを願いつつ、俺は全身を蝕む痛みに意識を刈り取られるのを感じている最中。
俺の声なき助けに気づいた誰かの足音が聞こえてきて、だいぶ視界が霞んできてよく見えない両の目を音がした方向へと向ける。逆光故かその人物の顔はハッキリと確かめられなかったけど、風に乗って微かに香る匂いに俺は心の底から安堵すると、その人物に俺の全てを委ねるように意識を手放した。
特に理由はないが、強いて言うならば、この人は”信用できる”と思ったからだ。
それだけで、今は十分だと判断し、俺のこの判断が、間違ってないことを祈る。
もし間違っていたら―――――――――――、俺の人を見る目がなかった。
ただそれだけのこと。
そう割り切った方が、だいぶダメージが軽いという事を、俺は幼少時の経験から嫌というほど学んでいる。人を過度に信じすぎると、もし裏切られた時に受けるダメージが大きいからだ。けれど心の奥底では、俺はもっと他人を信じたかったのではないか。もっと頼ってみたかったのではないか。
この世界に来てから、そんな考えを抱いてしまうようになった。
これは”変化”か、それとも”願望”か。
どちらにせよ。かつての俺には”不必要”なものであったことは確かだ。
ならば、これは”変化”と呼んだ方が妥当か。そして俺が望んでいなかった”変化”であると。
しかし、何故であろうか。
今となってはこの変化を快く受け入れている自分がいる。
だって、過去の俺ならばこのような危機的状況に陥っても、決して他人には救いを求めなかったはずだからだ。
なのに、今の俺はこうして”他者に助けを求めている”。それだけでも信じられないことなのに・・・・・・、どうしてだろう。
どうして、俺はこんなにも”必死”なんだ。
元の世界で待っている”妹”の為に帰らなければと思うのも分かる。だが、今はそれだけではないとも思う。その”何か”は分からないが、今は取りあえず”生きたい、生きなければ”という思いが俺の全身を支配していた。
その気持ちを確かめるまでは、俺は死ねない。
だから、俺の取った行動が”吉”と出るか”凶”と出るか。
それは目が覚めてからのお楽しみだ、として俺はゆっくりと両の瞼を閉じるのであった。
この章はあまり長くならない予定です。
5話くらいを予定していますが、話によっては少し長くなるかもです。
では、次回に。




