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第十章 共同生活(11)

楽しんでくれたら幸いです。

「――――――――クラリス? まさかルーシアたちが言っていた?」


 確か出発する前にチラリとではあるが、ルーシアたちがその名を口にしていたのを思い出す。魔女派の中でも最過激派に属する魔女であり、魔女としての格は勿論のことだが、統率力はヴァネロペの次くらいにあるとされている傑女らしい。


 しかも、性格破綻者でもあり、話の通じる相手ではないと。ルーシアたちの忠告を思い出した俺は、慌ててクラリスから距離を取りつつ、いつでも逃げ出せるように身構える。


 その間にもクラリスの動向を注意深く見守るのも忘れずに。


 実力者でもあり、性格破綻者でもあるクラリスのことだ。何を考えているか分かったものではない。こちらに危害を加える気でいるならば、ジャンヌを連れて逃げる所存でいた。敵に背を向けるのは屈辱ではあるが、今はまだこの女と交戦するべきではないと判断したためである。


 でも、俺の視界に映るクラリスの外見は、とても性格破綻者と見えるような感じじゃないんだよな。ぱっと見は清楚系お嬢様のように見えるけど・・・・・・、よくよく見たら少し普通の人とは纏う雰囲気が違うってだけで。


 というか、そんな奴わりとそこら辺にいるよな。俗に言う”変人”のカテゴリーに分類される人種だ。


 俺はこの世界に来る前にも、そんな奴を日常的に見る機会も多かったので、ただ”変人”というだけの理由で、クラリスを偏見する気はさらさらない。


 まぁ、この後の彼女の取った行動次第で、その考えが覆される可能性は十分あるかもだけど。


 取りあえずしばらくは様子見だな、と俺はジャンヌとクラリスから少し離れた場所まで退避し、彼女たちに動向を注意深く見ることに徹することにした。



 さて、その頃のクラリスとジャンヌはというと。


 お互いを牽制し合いながら、一言も発することもなく、互いの出方を窺っていた。というか圧倒的に有利なのは空中に浮いているクラリスであろうが・・・・・・。ジャンヌは彼女と同じ魔女なのに、宙に浮かぶ魔法を使わないのか。


 優越そうに地を見下ろすクラリスとは対照的に、歯ぎしりをしながら悔しそうに宙を見上げるジャンヌ。対照的すぎる双方の様子から、俺はある仮説を思いついた。


 それは――――――――――、ジャンヌは魔女でありながら”魔法”を使えないというものだ。


 その仮説を裏付けるように、ジャンヌは先ほどから一度も魔法を唱えていなかった。


 それどころか、俺はこの森に来てから一度もジャンヌが魔法を使う場面を見ていなかった。


 いや、ケティに姿を変えていたから、全くの魔法を使えないわけではないのか?


 なら、どうして魔法を唱えてクラリスに反撃しないのか。


 俺はジャンヌの考えていることが全く分からず、腕を組んで「う~ん」と首を捻って唸った。


 そんな俺を他所に、一向に何も仕掛けてこないジャンヌに業を煮やしたのかクラリスは、


「どうしたの? 私の事が殺したいほど憎いのなら、ここまで来てみなさいよ。仮にも貴女は私と同じ”魔女”なのだから」


 ここまで来る方法を知らないわけないわよね? とジャンヌの葛藤を逆なでするような挑発を続ける。


 当の本人もその言葉の意味が痛いほど分かっているのか、何度も何度も自分もクラリスのいる宙へと飛び上がろうと呪文を練るが、上手く発動せず不発に終わったようで――――――――。


 その様子をつまらなそうに見下ろしたクラリスは、


「・・・・・・やはり貴女は”半端者”ね。魔女にもなりきれず、普通の女にもなれず」


「―――――――ッ!! 五月蝿い!! うるさいうるさいうるさい!! お前に何が――――――――――!!」


「分かるわよ。だって、処刑されかけていた貴女をこの世界に呼んだのは――――――――――」


 

 ――――――――ヤメロ。それ以上は。


 

 俺は脳内に知らない男の声が聞こえたのに気付き、思わず周囲を見渡してその声の主を探すが、ここには男は俺以外いないのを思い出し、単なる気のせいかと再び俺はクラリスの言葉の続きを聞き逃すまいと意識を集中させる。


 しかし、何度も何度もクラリスが話すのを止めさせろ、という旨の、どこか嘆願めいた叫びが、俺の脳内にリピートされる。


 

 ―――――――――お願いだ。ジャンヌの心を、これ以上壊さないでくれ。



 壊さないでくれ、と言われても、俺にはどうする事も出来ない。というか、この声の持ち主は一体誰なんだ。なんかジャンヌの事を知っているようだけど・・・・・・。


 戸惑う俺にはその声の主が望むようにすることは出来ず、クラリスは一度区切った言葉の続きを口にした。してしまった。



「―――――――――他ならぬ、この私だもの。いい駒になると思ったけど、まさかこんなに”役立たず”なんて思わなかったけど」


 

 クラリスの言葉を聞いたジャンヌはあまりの衝撃に目を大きく見開き、みるみるうちに顔面蒼白になると手にした剣を地面に落とした。ガチャンと金属特有の耳障りの音が辺りに響く。


 ジャンヌは自身の全てがこのクラリスの掌で転がされていることに気づき、もう一体何を信用していいか分からなくなってしまう。


 この世界に来た時は、自分は天に”選ばれた”と思った。国を救った見返りだと。口では『神を捨てた』と言っていたが、本当は心の奥底では神は全てをお見通しで、顕現なる神の僕である自分の事を”天界”へと救い出してくれたのだと。


 この不可思議な力は神の贈り物として。


 そして、この世界で第二の人生を過ごしていいと。


 そう思っていたのに、やはり私は――――――――――――、”あの時”から、こうなる運命だったのか。


 親兄弟を、家族を捨てた”親不孝者”である私が、人並みの”幸せ”を享受できるなんて無理だったのだ。


 

 そう悟った瞬間、何だか自分の体が”自分のもの”じゃなくなってきて――――――――、ありとあらゆる感覚が、感情が失い始めた。


 その時、ジャンヌは、私は否応なしにも直感してしまった。


 ”あぁ、自分は完璧に堕ちたのだ”と。


 せめて、堕ちきってしまう最期の瞬間まで、最愛の”兄”の姿を見つめてしまいたい、とジャンヌは最後の砦に縋りつく一心で、自身の最愛の兄のいる方へと視線を向ける、が。


 視界の先にいたのは、自身が愛する”兄”ではなく、”見ず知らず”の少年であった。


 ジャンヌは愛する兄の姿が突然見えなくなったことによって、心身的に激しいパニック状態に陥り、微かに残っていた理性も自制心も消失し、完全に己の心が生み出した闇へと飲み込まれた。


 その様子を宙に浮かびながら見下ろしていたクラリスは、ジャンヌが完全に自身の術中に嵌ったことに満足すると、



「――――――――――――堕ちたようね、ジャンヌ・ダルク。さぁ、我が”魔女派”の為に働きなさい」



 自身の”駒”となったジャンヌ・ダルクへと、狡猾な笑みを浮かべながら楽しそうに命令を下すのであった。


 ”堕ちきった”ジャンヌは、全身からこれでもかと溢れ出す殺意を隠そうともせずに、周囲にまき散らして、人間への憎悪を込めに込めた真紅の瞳で、先ほどまで”兄”と呼び慕っていた少年を見据えるのであった。

 

 なんか、共同生活っていうサブタイトルが詐欺のようですね。

 次回でこの回が終わり、幕間を挟んだ後、新章に移ります。

 ”闇堕ち”してしまったジャンヌを、果たして主人公は救えるのか?

 では、次回に。

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