第十章 共同生活(10)
楽しんでいただけたら幸いです。
ようやく体の自由が効く様になったことを確認した俺は、自身にかけられた金縛りの術が解けたことを知る。何がキッカケで解けたのか定かではないが、これ幸いとばかりに俺は勝手にキスしてきた女と距離を取る。
女は俺が離れたことに何の感情も示しておらず、ただ淡々とその様子を眺めているだけに留めていた。
今のところキス以上の事はする気はない様なので、一先ずこの女の事は放っておいて。今俺の成すべきことは、俺とこの見ず知らずな女とのキスを目の当たりにして、多大なるショックを受けているジャンヌを慰めることが先決である。
それにしてもなんて間の悪い・・・・・・、いや。もしかしたらこの女が”ワザと”ジャンヌが戻ってくるタイミングを見計らってしたという線も拭えないであろう。
ならばこの展開になったのも説明がつく。つくが・・・・・・、今はそんな事よりジャンヌの機嫌を直す方が重要だ。別に俺はジャンヌの濃い中でもないのだし、気にする必要はないとは思うのだけれど。それでも一応彼女は俺の”ファーストキス”の相手なわけで。
誰しも”初めての相手”というのは特別な存在であるからして。だから俺はこうも必死になって、ジャンヌの機嫌を直そうと躍起になっているのであろう。
さながら嫉妬深い彼女に浮気を疑われる彼氏のようであるが、そうも言っていられない状況ではあった。
俺は背後で嗚咽を上げながら、尋常じゃないほどの殺気を撒き散らすジャンヌへと振り向きながら、俺はどうにかしてジャンヌの怒りを鎮めようと試みる。何でもいいからとりあえず言葉をかけてみよう。それで機嫌が直らなければ、また別の作戦を考えたらいい話だ。
「ジャンヌ。これは、その、お前が思っているような特別な行為じゃないんだ。というか、俺は無理やりこの女に唇を奪われたようなものだし・・・・・・」
「うそ。だって、嫌なら振りほどけばいいことじゃない。私の後を付いてこなくなったのだって、この女と逢引するためでしょう!!」
「逢引きって、お前本当にそんなことありえると思っているのか?」
この森は俺たちが来る前はジャンヌ一人しか住んでいなかったはずだ。例外としてあの少女たちが森に入りこんでしまった経緯があるが、その前は本当にジャンヌしかいなかったはずだ。
しかし、ジャンヌはこの女の事を知っているようだ。何せ俺と彼女がキスしている時だって、行為自体に驚いていたが、この女の事には一切触れていなかった。
そのことを踏まえた結果。ジャンヌはこの女と”顔見知り”ということになる。
とすると、既にジャンヌは魔女派の連中に懐柔されたということか。ならばもうジャンヌは”人間派”の、強いては俺の”敵”というわけか。
それにしてはこの女とジャンヌは妙に余所余所しいというか、端的に言えば親しみとかを感じないんだよな。本当に仲間なのか疑いたくなるほどだ。
それほどまでにこの両者に漂う雰囲気は険悪そのものであった。
まぁ、その原因はあのキスにあるんだろうけど。それにしたって何故この女はジャンヌの気に障るようなことをしたんだ? 彼女と険悪になる必要性などないはずなのに、全くもってこの女の真意が分からない。
と考え込んでいる俺を置いてけぼりにして、瞳に殺意と憎悪を宿し”修羅”と化したジャンヌは、最愛の”兄”の唇を奪った女へと詰め寄る。その手はすでに腰に提げた剣の柄へとかかっており、何か気に食わないことがあればすぐにでも引き抜けるようにしていた。
”元”騎士であるジャンヌであるから、いざとなればこの女を殺すことも厭わないであろう。それが騎士というものであり、有事の際には私情も何もかも捨てて非情になりきることができるのだ。
ジャンヌの刺すような視線にも動じることなく、女は怒りに我を忘れているジャンヌを更に挑発するように、
「――――――――ふふふふ。何をそんなに怒っているの。お前と彼は別に”恋人”というわけでもないのに。それどころか本当の兄ですらないのに、本当にちゃんちゃら可笑しいわ。なに、彼と”家族”になろうとしたの?」
「―――――――貴様には。関係ないでしょ」
「関係ない、か。確かにそうね。けれど、貴女は自分の立場を忘れているんじゃないかしら。いい? かの少年は我が”魔女派”を率いる大魔女のヴァネロペ様のモノであり、お前の”兄”なんかじゃないのよ」
「・・・・・・違う。彼は、私の」
何度言わせるの、と女は肩をすくませながら、未だに少年の事を諦めないジャンヌの発言に煩わしさを覚えたのようで、
「何度言わせるの。いい? そもそも貴女には――――――――――、”家族”なんていないじゃない」
「!? 貴様!!」
どうやら女は言ってはいけない言葉を口に出してしまったみたいで、ジャンヌの怒りの琴線をもろに刺激してしまった様子だ。ジャンヌは感情の一切を取っ払った表情で、手にかけていた剣の柄を強く握りしめ、常人には見えない速さで剣を鞘か抜き放つと、その勢いを殺さずに振りぬいた剣を眼前に立つ少女へと横薙ぎに切り払う。
あまりの事に俺は声も出せずに呆然とその様子を見やる。ジャンヌの素早い剣戟で女の胴は一刀両断されると思ったのだが、ジャンヌの抜き放った剣は何もいない空間を切りつけており、そこにはあの女の姿はなかった。
二重の意味で驚いた俺は、あの女の姿を探すべく周囲を見渡すと、案外あっさりとその姿が見つかった。あのジャンヌの剣戟を紙一重で避けた少女は手の届かない遥か上空へと逃げていた。
その辺は流石魔女といったところか。空を飛ぶ魔法何て定番中の定番だしな。
って、今はそんなことどうでもいい!!
というか、やはり完全にはジャンヌの剣戟を躱せなかったようだ。姿を隠すために羽織っていたローブがズタボロに破けており、彼女の隠された素顔が明らかになった。
感情の一切が抜けたような、端正な顔立ちだけれどもまるで人形のような作りこまれた顔。なのに口元だけは薄笑いを浮かべていて・・・・・・、どことなく不気味な印象を彼女に抱いた。
ジャンヌは宙に浮かぶ少女を、まるで親の仇でも見るかのように一瞥すると、
「―――――――――――クラリス」
あまりの怒りにジャンヌの青い瞳が真紅に染まり、宙に浮かびつつこちらを不敵な笑みで見下ろし続ける少女の名―――――――クラリス――――――を憎々しげに呼ぶのであった。
あまり主人公の出番がなかったですね。
次回はなるべく主人公も活躍できるようにしたいと思います。
ジャンヌの視点は幕間にて書きたいと思います。
では、次回に。




