第十章 共同生活(6)
短いですが楽しんでいただけたら幸いです。
ジャンヌが向かった先はどうやら厨房の様であった。どうやら俺の指示通りに行動してくれているようで、恐らくケティに食べさす料理を作ろうとしているのであろう。
厨房は一人暮らしに丁度良い大きさであり、設備的にも何ら不備はないごくごく普通の炊事場であった。それに使用具合から見てもジャンヌが自炊派なのが見て取れる。
まぁ、一人でこんな森に暮らしているのだし、自分でやるしか選択肢がなかった、というのが正解であろうが・・・・・・。
俺は何かを探すように食器棚を漁るジャンヌの背に向けて、一体何を探しているのかを尋ねてみる。
「・・・・・・なぁ、一体何してるんだ? 良かったら俺も手伝おうか?」
「兄さんはいいのよ。それに探している物はもう見つかったから」
と、ジャンヌは数本の瓶を抱えつつ、やんわりとした口調で俺の申し出を断る。何故食器棚の中にその様な瓶がしまわれていたのか定かではないが、ここはいわばジャンヌの城なのだし、彼女のしたい様にするのが道理なのであんまり気にしないようにした。
ジャンヌは慣れた手つきで瓶の蓋を外すと、その中身の匂いを確かめるようにヒクヒクと可愛らしい鼻をひくつかせる。
そんなジャンヌの様子を見て、そんな危ない物を衰弱した奴に食わすのかと、俺はジャンヌに異議申し立てしようと口を開くが、
「・・・・・・うん、どうやら大丈夫なようね。あれ? どうしたの兄さん。何か言いたいことでも?」
「えっ、いや、その・・・・・・。その瓶の中身は何なのかなって、ちょっと気になっただけだよ」
相変わらず肝心の所でヘタレな俺。
ハッキリスッパリと言える日本人になりたい。
俺のその場しのぎの問いにも、ジャンヌは最愛の兄に質問されたことがよっぽど嬉しかったのか、ニコニコと満面の笑みを浮かべて答えてくれる。
「これはね滋養強壮によく効くと言われる”大蛙の胆嚢”に”黒蜥蜴の尻尾”よ。本当は干したやつがいいのだけれど、生憎これはまだ干す前のだけれど。でも効果のほどは干したと同じくらいだから安心して」
――――――――――――ナンダッテ?
今・・・・・・、蛙とか蜥蜴とかの単語が聞こえたような気がするんだけど。
はははは、疲れてんのかな俺。
そういや俺一徹してるんだった・・・・・・、ならさっき聞こえたのはきっと幻聴だよな、と己に言い聞かせながら、とりあえずジャンヌの言葉をあまり気にしないことにした。
きっとその方が互いに平和だと思ったからだ。
ジャンヌは急に乾いた笑いを浮かべて遠い目をした俺を不思議そうに見つめていたが、やがて時間が惜しいと思ったのか、俺を放置してテキパキと手早くケティに食わす料理の下準備をこなしていく。
瓶の中身を素手で掻きだすと、それをザルにぶちまけて擂り粉木のようなものでかき混ぜていく。ぐちゃぐちゃとした粘着質的な効果音が耳について、とてもじゃないが料理を作っているようには見えなかった。
まぁ、百歩譲って・・・・・・、生物兵器を生産中にしか見えなかった。それか死体の解剖作業中。
というか、あんなグロ料理?を食わされるケティ・・・・・・、可哀想!!
俺ならばあんなの死んでも食いたくない。断固拒否するレベルだよあれは。
作ってくれた人には悪いが、実物を見なくても臭いだけで体が拒否反応を起こすゲキブツだよあれは。
”アレ”を食わされるであろうケティの未来を嘆いている俺を他所に、ジャンヌは楽しそうに鼻歌を歌いながら着々と料理を完成させていて・・・・・・、ツゥ~ンとした刺激臭が俺の鼻の穴から侵入してきて、何の抵抗もしていなかった俺の脳に強烈な一撃を食らわした。
あまりの刺激臭に、俺は息をするのも辛くなって、ジャンヌに悟られぬようにソッと厨房を後にしたのであった。
「すぅーはぁー。・・・・・・はぁ、空気が美味い」
無事に逃げ出すことが出来た俺は、存分に外の空気を味わうとようやく一息つけた。
とてもじゃないが、あれ以上あの空間にいると命の危機があった。それほどまでにあの料理はヤバい。
いや、ヤバいなんて生ぬるい表現かもしれない。
あんなのが食えるのは、それこそ未確認生物くらいしかいない。
というか、この世の食べ物ですらないような気がした。
しかし、俺とジャンヌには数百年の時間の隔たりがあるのを思い出した。もしかしたらあのゲキブツだって、中世ヨーロッパならば割と普通に食っていたかもしんないし。
ならあれを食えるのかと言えば、俺は無理だけどな。
なんていうか、生理的に無理だし。絶対にジャンヌの前では弱った素振りを見せないようにしよう、と密かに決意していると、
「――――――――ふぅ、ようやく完成したわ。味も申し分ないし・・・・・・。あっ!! 兄さんそこにいたんのね」
一仕事やり終えた親方のように清々しい表情を浮かべたジャンヌが、更にいっそう禍々しいオーラを発する、”自称”料理を注ぎ入れた木製のコップを手に持って厨房から出てきた。
そして見つけてくれなくていいのに、と嬉しそうに笑いながらこちらへと駆け寄って来るジャンヌを苦々しく見つめながら、それでも俺の頼みを聞いてくれたのだから、と背を向けて逃げ出したくなる衝動を必死に抑え込み、
「あ、あぁ。ちょっと外の空気が吸いたくなってさ。それで、出来たのか?」
「えぇ、我ながら惚れ惚れするくらいの出来栄えよ。これを飲めばすぐに回復すること間違いなし。兄さんも、飲んでみる?」
「い、いや!! 遠慮しとくよ!! それにあんまり飲んだら、肝心の奴に飲ます分が無くなってしまうだろ?」
「・・・・・・そうね。兄さんの言う通りだわ。じゃあ、これ冷ましたら捕虜に飲ませに行くように頼んでおく」
――――――――あっぶねぇぇぇぇぇぇ!!!!!
ジャンヌからのとんでもない申し入れをやんわりと断ることに成功した俺は、彼女の視線が外れた瞬間に顔を背けて体内に溜まった諸々を思いっきり吐き出した。
普通ならばときめくシチュエーションであろうが、あのゲキブツがセットだと全然ときめかない。むしろ恐怖の方が勝つ。
というかジャンヌあのゲキブツ味見してみたのか。それなのにあんなに平気な表情で、しかも味の感想まで言えるほど余裕があるなんて・・・・・・、もしかして”味オンチ”の方ですかね。
あんなゲキブツ飲むくらいなら、自分の小便飲んだ方が幾分かマシだ。アンモニアの方が天使に見えると思う。
内心ですごくジャンヌ御手製の”ゲキブツスープ”を酷評していると、不意にジャンヌが何かを思い出したかのように大粒の瞳を真ん丸に見開かせて、
「そうそう!! 兄さん、まだご飯食べてないわよね。もうそろそろお昼前だし、一緒に昼食を取りましょう」
――――――――――とんでもない提案がその愛らしい口から飛び出す。
正直言ってその申し出はお断りしたかったが、兄である自分が妹であるジャンヌの頼みを断るわけにもいかず、
「・・・・・・あぁ、そうだな。ご相伴にあずかるよ」
嬉し泣きだが絶望から来る涙かは定かではないが、俺は消えかけた理性を総動員してそう答えるのみに留めたのであった。
――――――――――――あの絶望的な料理の腕前を想像し、キリキリと痛くなる胃を抑えながら、ではあったが。
次回はジャンヌとの楽しい昼食回です。
果たしてジャンヌは料理の腕は壊滅的なのか? それとも?
私の予想的に忠実のジャンヌは料理下手だと思います。
では、次回に。




