第十章 共同生活(7)
楽しんでいただけたら幸いです。
昼食の準備に取りかかったジャンヌの後を少し距離を開けて付いていく俺。いや、別にジャンヌの料理の腕に不安を覚えたからじゃなくて、一体どんなメニューなのかな~っていう空腹からなる好奇心からくる行為なのであって。
誰に言い訳しているのかも分からずに、俺は必死に自己弁護の言葉―――――要は言い訳――――を口にする。
俺はてっきりまた厨房に行くのかと思いきや、ジャンヌは厨房に入る扉を通り過ぎると、独房に通じる入り口傍に設けられた畑とは別の畑へと向かっていた様で・・・・・・。
俺はジャンヌにこの畑には一体なんの野菜を作っているのか尋ねてみることにした。
「なぁ、ジャンヌ。この畑には何の作物を植えているんだ?」
「ジャガイモよ兄さん。ちなみに独房横の畑では人参を植えているのよ」
ジャガイモと人参か。どうにか普通の野菜だな、と俺は安堵の息を漏らす。
少し、いや結構不安はあったんだ。
ジャンヌが栽培しているのは普通の野菜とかじゃなくて、もっとこう得体の知れない野菜とか・・・・・・。どんなって言われても明確には言えないけど、身体が勝手に身構えていたのも事実だ。
だってさ、あんなゲキブツ料理見たら誰だって不安になるだろう? 特にああいうグロ料理に抵抗のない人は誰だって俺みたいな状態になると思うし。
近年の日本人は蛙の内臓やトカゲの尻尾なんかを好んで食う奴なんかいない。そりゃあ漢方なんかに入っているパターンもあるかもしれないが、それを”薬”として日常的に飲む奴はほぼいないだろうと思う。
そしてそれを美味そうに飲む奴も・・・・・・。別にジャンヌの味覚をディスっている訳じゃないから、そこは勘違いしないでほしい。
と、そうこうしている間にジャンヌは数個のジャガイモを収穫し終えたみたいだ。手伝えなくて悪いなと謝る俺に、
「いいのよ。これは私の仕事だもの。兄さんは適当に過ごしてて。昼食が出来たら呼びに行くから」
ジャガイモを腕に抱えながら服の裾に付いた土を払いつつ立ち上がるジャンヌ。
俺は目の前の少女が何だか天使に見えてきて、やっぱりこのジャンヌは俺の妄想が創り出した幻想? だって最初に俺の背中を踏みつけてきたジャンヌと、この目の前にいるジャンヌととでは百歩譲っても同一人物には見えない。
というかなんだ。まるで俺とこの女が本当の兄妹のようじゃないか。あまりにも俺の事を兄と慕うジャンヌを目の当たりにして、何だか俺も彼女のことを本当の妹のようだと錯覚してしまう。
俺の本当の妹は、目の前にいて俺に微笑んでくれる少女――――――ジャンヌ・ダルクなのではないか。
なんて馬鹿げた考えまで抱く始末。
俺はそんな愚かな考えを一瞬でも思い浮かべた己を恥じつつ、これ以上ジャンヌの厚意に甘えるわけにもいかないと、
「いや、ジャンヌばかりに働かせるのも気が引けるから、俺も手伝うよ。いいだろう?」
「ほんとにいいの? 兄さん、前は絶対に『家事仕事は女のやることだ』って言って絶対にやらなかったのに」
うぐっ!! そう言えば昔の男はそういう考えだったよな。現代日本でもそういう固定観念を持つ男は多いが、俺はどちらかというと男でも家事をやってもいい派だ。今のご時世女性だけに家事や育児を押し付けるのは時代遅れな考えだし・・・・・・、それに俺は幼少の頃から家の事はみなやってきたし、家事全般が好きなのもある。
しかし、ジャンヌに疑われてまで手伝うことはないんじゃないか、とも思うし。
あぁ、こういうのを”板挟み”というのであろうか(多分違う)、と頭を抱えて悶えていると。
「まぁ、いいか。じゃあ兄さん、手伝いお願いできるかしら」
「えっ、いいのか?」
「いいもなにも、兄さんから言いだした事じゃない」
と、ジャンヌ直々の許可に思わずそう聞き返した俺に、ジャンヌはさも可笑しいという風に微笑する。
俺はジャンヌの気が変わらぬうちにと、
「じゃあ、俺は何の手伝いをしたらいい? なんでもいいから言ってくれよ」
「う~ん、そうね。じゃあ――――――――」
可愛らしく顎に人差し指を当てて考え込むジャンヌ。
俺は一体何の手伝いを言いつけられるのかと若干胸を期待に高鳴らせながら待っていた。炊事か選択か、それとも掃除か。もうなんでもいい!! なんか久々に家事したくて堪らないのだ。
しかし、彼女の口から飛び出したのは俺の想像の斜め上を行くもので・・・・・・・。
その手伝いの内容とは―――――――――――――。
「―――――――――まさか、こんなのとは思っても、なかった!! っと!!」
――――――――パカン!! と小気味よい音と共に台座に立ててあった小さめの丸木へと斧が振り下ろされ、見事な一撃で丸木が縦に両断されて二本の薪になる。
そう、俺が言いつけられたのは”薪割り”というバリバリの力仕事であった。
なんでもそろそろ薪が切れるとのことで、手伝ってくれるのならばとお願いされたのだ。
確かにこれは中々の重労働である。斧は重いし、中々に木は裂けないし。上手く両断できるまで数本の木を駄目にしたが、どうにかコツを掴んで今は上手くいくようになったのだが・・・・・・。
疲れる事には疲れるもので・・・・・・、よく昔の人はこの苦行を毎日やっていたもんだと、見ず知らずの昔の人に敬意を払う。それを払うだけの価値はあると思う。
というかアイツは魔女なんだし、薪なんかいらないと思うけどな。やっぱりあれなのか。昔の生活習慣が抜けないという事なのかな。やはり魔女も人間時代の自分を捨てきれないものなんだな、と俺は額から流れ落ちる汗を拭いながら、今台所で昼食を作っているであろうジャンヌへと思いを馳せる。
もしかしたらこれこそにジャンヌたちを救う”ヒント”があるやもしれない。
いつの間にか魔女である彼女たちに愛着というか、好意的な感情を抱いている自分自身を不思議に思うが、それでも一度彼女たちの素顔に触れたら以前のような考えを持つ事は無理だとも思う。
そりゃ勿論、俺や妹をこんな”身体”にしたことは許せないことだが、それと同時にあの事故から命を救ってくれたことも事実だし、何より彼女たちも苦しんできた過去がある。
それは今俺の為に昼食を作ってくれるジャンヌも同様で・・・・・・、だからこそ俺は彼女たちに一体何ができるのだろうか、という思いも少しではあるが抱きつつある。
考えても考えても、中々に良い考えは思いつかないもので・・・・・・、俺は一先ず無心になって薪割りに専念しようと中断していた作業を再開させるのであった。
その方が良い考えが思いつくと判断したからで・・・・・・、薪割りはジャンヌが昼食の用意できたと呼びに来るまで延々と続いたのであった。
「兄さん、えらく熱中していたね。おかげで当分の薪は確保できたわ」
「そうか、なら頑張った甲斐があったよ」
俺はジャンヌに案内された屋外テラスに設置されたテーブル席に腰を下ろし、また彼女に手渡されたタオルで滴り落ちる汗を拭いながら答える。
心地よい疲労が全身を覆い、その体にジャンヌ御手製の昼食の匂いが酷なほどで。食欲をそそる香りにますます俺の空腹感は増すばかりであった。
ここには少女たちの姿が見えないので、少女たちはどこに行ったのかジャンヌに尋ねると、
「あの子たちは別の場所で食べるようにしているの。それにあの捕虜に薬膳スープを飲ませた後、体力回復に専念できるように空いている小屋を掃除させているのよ。あとで移動させようと思ってるから、あの捕虜」
と、ジャガイモスープを器に注ぎながら、俺の問いに律儀に答えてくれるジャンヌ。
自身が頼んだよりも好待遇なケティの処置に、俺はジャンヌへと嘘偽りのないお礼を述べる。それでも極力お礼と悟られないように、だけれども。
「そうか、ジャンヌは相変わらず優しいな。兄さんは嬉しいよ」
「・・・・・・兄さんの頼みだもの。私は全力でそれに応えるだけよ」
照れ隠しだからか少々素っ気ない態度で答えるジャンヌ。器ギリギリまでスープが注がれた皿を俺の方へと差し出す。
ごくごく普通のスープに感動する俺。
普通に美味しそうだ。食欲を刺激する匂いに涎が口中に溢れ出て、早く食わせろと胃が催促するようにグゥ~グゥ~と鳴り続ける。
ジャガイモスープがメインのようで、付け合わせは焼き立ての黒パンにハーブとナッツ類のサラダであった。
「ゴメンね、これだけしかなくて。朝昼は軽く食べて夕食に肉や魚を食べているの」
「いや、これで十分だよ。ありがとうなジャンヌ」
「に、兄さん!! ほら、早く食べてみて」
「あぁ、そうだな。じゃあ、遠慮なく」
ジャンヌに促されたのも手伝って、俺は早速ジャンヌお手製のジャガイモスープを木の匙で掬い、その美味しそうな匂いに誘われるまま口へと運ぶ。
口に含んだ瞬間、俺はあまりの美味しさに目を見開き、もっとこのスープを味わいたいと一心不乱にスープを口へと運び続ける。
俺の凄まじい食いっぷりに一瞬呆気にとられるジャンヌであったが、すぐさま嬉しそうな笑みを浮かべると自身もスープを啜り始める(もちろん、俺とは正反対の優雅さで)。
あまりの美味しさにあっという間にスープを飲み干した俺は、
「いや~、ジャンヌって料理が上手だったんだな。すごく美味しかったよ」
手放しで、お世辞抜きで褒める。
「ありがとう。兄さんの口に合うか不安だったけど、うまくできて良かったわ」
「謙遜するなって。これは本当に美味しかったよ。今度レシピを教えてほしいな」
たかがジャガイモスープと侮るなかれ。スープ料理はシンプルながらも奥の深い料理であるが故に、その人の料理の腕前が分かるのだ。
だからか、このスープを上手く作れたジャンヌの腕前は一級品ということだ。
俺はジャンヌの照れた表情を見つめながら、残りの料理に舌鼓するのであった。勿論どの料理も絶品であったのは言うまでもなかった。
スープって美味しいですよね。
スープの中で一番好きなのはコーンスープです。
そう言えば中世時代のスープ料理ってどんな味だったんでしょうか。
香辛料がないから薄味なのでしょうか。一変飲んでみたい気がします。
では、次回に。




